妖精王オベロンの異世界生活

悠十

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篩編

第二十四話 春

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 早朝、外の方でドサリ、と重い物が落ちる音がした。恐らく、中途半端に溶けた雪が落ちたのだろう。テオは寝ぼけ眼をこすってベッドから出た。
 季節は早春。雪が融け、大地は地肌を見せていた。木々の芽吹きに人々は目を輝かせ、柔らかな日差しに向かって背を伸ばす草花に、喜びの感情を溢す。
 窓から見える鮮やかな緑に、テオはこれが本物の春なのだと知った。そして、今日、トラル皇国の使者一行は故国に帰る予定だ。トラル皇国に住まう予定の妖精――『木霊』を連れて。

「ふふ。トラル皇国にも、春が来るんだ……」

 テオは手早く着替え、残りの荷物を鞄に詰めて部屋を飛び出した。廊下を歩くテオの足取りは軽く、その顔は希望に満ちて明るい。
 荷物を馬車に積み込む為の荷物置き場には多くの荷物が集まっており、サイラスがチェック表を持って指示を出していた。

「サイラスさん! おはようございます!」
「おや、テオ。おはようございます。早いですね」

 テオの挨拶に、サイラスは優し気な笑顔で挨拶を返してくれた。
 あの騒動の後、サイラスは一週間程で仕事に復帰した。しかし、やはり完全に元通りというわけにはいかず、随分と体力が落ち、疲れやすくなってしまっていた。

「サイラスさん、無理しないで下さいね。僕に出来る事があったら何でも言って下さい。僕、元気が有り余ってますから!」
「ふふ、ありがとうございます。頼りにしてますよ。今は大丈夫ですから、先に朝食を摂って、手伝いに来てください」
「はい! わかりました!」

 サイラスの言葉に、テオは満面の笑みを浮かべて元気に答え、跳ねる様な足取りで召使用の食堂へと歩いて行った。



   ***



 テオが食堂で朝食を食べている頃、ブラムは困っていた。ブラムが見ているのは全身が映る鏡であり、その鏡には可笑しなものが映っていた。

「その……、そこは窮屈じゃないかね……?」

 ブラムの質問に、鏡に映っている可笑しなもの――木製人形の様な姿の妖精がコトリ、と首を傾げた。
 さて、この木製人形こと妖精の『木霊』、一体何処に居るかと言うと、ブラムのジャケットの胸ポケット、普段はチーフを入れている筈のそこにちょこん、と納まっているのである。
木霊は首を傾げたまま、鏡に映るブラムをその円らな瞳でじっと見つめている。暫しお互いに視線をぶつけ合ったものの、諦めて先に視線を逸らしたのはブラムだった。

「……出発する時はコートを着る。だから、そこに居られては困る」

 ぼそり、と溢された言葉に、木霊は鏡に映るブラムではなく、生身のブラムの顔を見上げ、じっと見つめた。
 その視線をひしひしと感じながら、ブラムは言う。

「コートを着るときは、其処から出る様に」

 つまり、それまでは其処に居て良い、という事である。その返答に、ブラムの胸ポケットがそわりと小さく揺れた。
 再び視線を鏡に移したブラムは、表情の変わらない筈の木霊の顔が何故か喜んでいるように見え、眉間に皺を寄せたのだった。



   ***



 雪が融け、道のぬかるみは少し気になるものの、旅をするには心配ない位になったそんな日、トラル皇国の使者一行は早々に帰国する事になった。
 魔道具や、鳥に持たせて飛ばした書簡等から妖精を受け入れる事に決まった本国に、一刻でも早く『生命の樹』――もとい妖精の木霊を届けたいと願うトラル皇国の使者一行の顔は明るい。何せ、妖精を受け入れれば来るだろう未来の姿が、目の前に在るのである。
 しかし、そんな一行の中に、眉間に皺を寄せ不機嫌そうな顔をしている者が居た。一考の責任者であり、トラル皇国の使者であるブラムである。普段ならばブラムの不機嫌そうな顔に焦るが、今回は何が彼の機嫌を損ねているのかが一目分かる為、一行はブラムの眉間の皺をスルーし、それに触れない様に行動していた。
 だが、それに触れねばならぬ者も居た。

「スミット殿、その、随分木霊に懐かれた様で……」
「………」

 そう言ったのは、ロムルド王国の国王だった。
 苦笑気味に言われたそれに、ブラムの眉間の皺が深くなり、国王はどうしたものかと思いながらも笑顔を作る。
 そう、件の木霊は、何故かブラムのコートの合わせ目から首をひょこりと出し、何処か満足気な顔をしていたのである。何というか、とても間抜けな光景であった。
 しかしながら、いつまでもしかめっ面をしていられない。ブラムは気を取り直す様に咳払いをし、国王に向き直る。

「この度は、大変お世話になりました」
「いや、こちらこそ大変な騒動に巻き込んで申し訳なく思っている。そして、我が国の妖精を守ろうとしてくれ、感謝している」

 そう言って、国王は手を差し出した。

「君の故国が緑で溢れ、豊かになる事を祈っている」
「ありがたく……」

 ブラムは差し出された手を取り、二人はしっかりと握手した。
 こうしてブラム率いるトラル皇国の使者は旅立った。そして、無事に帰国した数日後、ロムルド王国でも見られた様に物々しい姿の騎士に囲まれた妖精が町を闊歩し、町中の広場の寂しい花壇に種を植えた。
 そして、トラル皇国の人々は奇跡を見る事になる。
 木々は青々と芽吹き、くたりと萎れた草は生気を取り戻し、するりと伸びて花を咲かせた。
 
 そうして、ロムルド王国に続き、また一国が命を吹き返したのであった。
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