妖精王オベロンの異世界生活

悠十

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篩編

第二十二話 信仰

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 サイラスが目を覚めてから、医師に改めて診察してもらい、サイラスは医師に安静を言い渡された。

「一先ずは安心ですが、今風邪でも引いたらひとたまりも有りません。暫くは無理せず、こちらで安静になさって下さい」
「ですが、仕事が――」

 端的に入院を言いつけられたのだが、仕事があると渋るサイラスに、医師は眦吊り上げ、語調を強めて言い放つ。

「安・静・に!」
「はい……」

 そうして、サイラスの医務室への入院が決まったのだった。
 しかしながら妖精王から貰ったポーションが良かったのか、朝食をペロリと平らげ、随分と顔色が良いと見舞いに来たブラムは安堵の息を吐いていた。そしてブラムはロムルド王国と打ち合わせがあると言って、少し肩の荷が下りた様な顔をして仕事へ向かった。テオもまた休憩時間にサイラスの見舞いに来て、暇を持て余していたらしいサイラスと雑談をしていた。

「実は、奥様は押し掛け女房というやつだったのですよ」
「え、そうなんですか?」

 ブラムの妻はブラムより一回り近く年下の女性で、中々の美人だった。

「何でも、王宮で侍女として勤めていた時、困っていた所を旦那様に助けられたそうです。それから想いを募らせ、自分には勿体ないと尻込みされる旦那様を押し倒――強行突破された情熱的な方なんですよ」

 今、押し倒したとか言わなかっただろうか、と思いつつも、テオは聞かなかった振りをして頷いた。まあ、強行突破という表現もどうかと思うが。
 しかしながら、ブラムの悪い噂の一つが、これが原因の様な気がした。

「そう言えば、少し無茶な事もする方なので、気を付けて欲しいんですが……」
「え、そうなんですか?」

 割と慎重な人物であると印象を持っていた為、テオは意外に思った。

「昔、使用人に扮した指名手配犯の泥棒が堂々と城内を歩いているのを見つけて、旦那様が思わず殴りつけて捕まえた事があるんですよ。あれはもう、焦りましたね……」

 兵を呼んでくれればいいものを、焦って思わず捕まえてしまった、と言うのだから、ブラム付きの使用人としてサイラスは仰天し、心配のあまり胃を痛めたそうだ。

「普段は慎重な方なんですが、咄嗟に予想外の行動を取られるので注意が必要なんです」
「は~、知りませんでした……」

 ここでまた、ブラムの噂の真相が明らかになった。要は、詳細を知らない人間が事を目撃し、誤解したのだろう。どうにも、ブラムは誤解されやすい人物の様である。

「いつも眉間に皺を寄せて、厳しいお顔をしていらっしゃいますから、どうにも怖い方だと思われている様で。自分に厳しくて、他人にお優しい方なんですがね」

 ふふふ、とにこやかに笑うサイラスに、テオもにこにこと笑う。
 そんな和やかな空間に、思わぬ来訪者が現れたのは、その時だった。

「サイラス様、お客様がお見えなのですが、お通ししてもよろしいですか?」

 カーテンの向こう側から看護師に尋ねられ、サイラスはテオに目配せしてから許可を出した。テオは慌てて椅子から立ち上がり、ひっそりと端へと寄る。
 そして、カーテンの向こう側から現れたのは、妖精王だった。

「やあ、こんにちは。お加減はいかがかな?」

 突然現れた妖精の王様に、サイラスは目を丸くして驚き、テオはあわあわと慌てた。

「あ…の……、失礼ですが、もしや妖精王様でいらっしゃいますか?」

 恐る恐る尋ねるサイラスに、妖精王は頷いて肯定した。

「ああ、そうだね、貴方はずっと意識を失っていたから、初めまして、だったね」

 そういえばそうだった、と苦笑する妖精王に、サイラスも少し困った様に微笑みつつも、居住まいを直して頭を下げた。

「この様な恰好で申し訳ありません。私、サイラス・プラフウッドと申します。お助け頂いた事、感謝の念に堪えません」
「いや、出来る事をしたまでだ。気にしなくていい」

 穏やかな微笑みでそう答える妖精王に、サイラスが尋ねる。

「あの、本日はどういったご用件で?」
「ああ、君が目覚めたと聞いたから、様子を見に来たんだ。お医者先生が、働き者は困る、すぐ動こうとする、とぶつぶつ言っていたよ」

 そう答えた妖精王に、サイラスが苦笑いする。
 そんなサイラスを妖精王がじっと見て、ほんの少しのためらいの後、口を開いた。

「少し、聞いても良いかな?」
「はい、何でしょうか? 私に答えられる事なら、何でもお聞きください」

 妖精王の言葉に、サイラスは柔和な微笑みを浮かべて快諾した。

「……君は、熱心な女神教徒だと聞いた。君にとって、信仰とは何だい?」

 それを聞き、テオは妖精王があの聖女様の事を気にし、女神教の事が気になっているのだと気付いた。それは、サイラスも感じたのだろう。サイラスは殊更深い微笑みを浮かべ、妖精王に告げた。

「私にとって、信仰とは『導』です」
「導……?」

 首を傾げる妖精王に、サイラスは頷く。

「私は弱い人間です。ともすれば、楽な方へ簡単に逃げようとしてしまう様な、そんな意志の弱い人間なんです」

 そう言って、サイラスは語りだした。
 人の目が無ければ勉強を投げ出し、人の目が無ければ任された仕事をサボる。そんな子供だったのだと言う。
 しかし、そんなサイラスにほとほと手を焼いた両親が、ある日教会へ連れ言った。

「その時、神父様に言われたんですよ」

――貴方の行いは、全て女神様がご覧になっています。今の貴方は、女神様のお顔を真っすぐ見る事が出来ますか?

「出来ない、と思いました。そして、自分は女神様の御前に立つには、恥ずかしい人間だと自覚したのです」

 そうして、サイラスは何かを投げ出そうとする度に、女神様のお顔をまっすぐ見れるか、と自問自答し、踏みとどまって来たのだと言う。

「いつしか、そうした事を繰り返すうちに、投げ出さない事が普通になり、良く出来た子だと両親に褒められるようになりました」

 それでも、自分は意志の弱い、楽な方へ逃げる人間である事を知っていた。だから、サイラスは女神様の御前に立つ事が出来る、恥ずかしくない人間であろうと努力してきたのだ。

「私にとっての信仰は、私の背筋を正すもの。いつか私の生が終わり、魂が女神様の御前に召された時、彼の方のお顔を真っすぐ見れる人間でありたいのです」

 サイラスの答えを聞き、妖精王は穏やかに微笑んだ。

「貴方の信仰心に、尊敬の念を感じます。女神様はきっと、貴方の行いを認めて下さるでしょう」
「そう言っていただけると、嬉しいですな」

 女神様に慈悲を求めるのではなく、己を正しい道へ進むための導としたサイラスに、妖精王は尊敬の念を示し、サイラスは何処か誇らしげに微笑んだのだった。
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