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篩編
第十九話 ご近所さん
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「妖精は魔物だと思われていたのは重々承知だったが、まさか数か月で殺されそうになるとは……。特に扇動者が女神教の聖女と言うのが頭が痛い。最悪だ」
そうぼやくオベロンに、枢機卿が気まずそうに視線を泳がせる。
「女神教は多くの国に浸透し、教会がいくつもあるのだろう?」
「ええ、国教としている国が多いですね」
オベロンの質問に、エイベルが頷く。
「あの様な考えを持ち、暴力的な手段に出る者が女神教には多いのか?」
その問いに、重鎮達は顔を見合わせ、最終的に枢機卿へと視線が集まった。
「枢機卿、どうだ?」
「それは……」
枢機卿はしばし迷った後、観念した様に口を開いた。
「我々女神教の者は、長く妖精は魔物であると定め、教えられて来ました。流石に今回の様な暴力的な手段に出る者や、極端な思想を持つ者はそうは居ないでしょうが、無いとは言い切れません」
そして、少しばかり疲れた様子を滲ませ、言う。
「民は皆豊作という事実を前に、妖精は魔物であるという教えが間違っていたのではないかと考えを柔軟に変えられるようですが、我々教会の者はその教えを信じ、それを発信する場所で生きてきたのです。中々この考えを変えるのは難しい……」
枢機卿は既に老年の域に入る年頃である。その年にもなれば、確かに凝り固まった考えを柔軟に転換しろと言われても、そう簡単にはいかないだろうと周りの重鎮達は少しばかり同情を覚えた。
「ただ、そうですね……。確かに、こうして貴方や広場の妖精を見て、魔物では無いのではないか、とは、思いましたよ……」
小さく震える声は、それだけ妖精が魔物では無いのだと言う事実が受け入れがたいものだったからだろう。
「我々は、女神教で神の教えを説いていながら、その実、我々が最も女神様のご意志に背いて来たのですね……」
きっと、枢機卿にとって――否、枢機卿に限らず、女神様の教えの元で生きてきた人々にとって、その事実は余りに残酷で、身を切り裂くような痛みを齎すものだったのだろう。妖精が魔物云々より、その事実こそが受け入れられないのだ。とうとう枢機卿は目元を手で覆い、静かに涙を流した。
そんな枢機卿の様子をオベロンは静かな目で見つめ、けれど何かを言う事も無く、視線をエイベルに戻して告げる。
「今回の問題は、頑なに妖精は魔物であるという認識を変えられない者が、力を持つ者だった事と、立場として尊敬される地位に居た事だろう。そして、女神様の御威光を借りれる立場であったのも悪かった。対策として、『生命の樹』を求めるなら、国と教会がよくよく協議し、受け入れるか受け入れないかを話し合ってから与える様にしたい」
オベロンの言葉は、納得できるものだった。そして、その次に来るだろう言葉も、重鎮達には想像できた。
「そして、その協議をする様に、他国にこの国から働きかけて欲しい」
やはり、と重鎮達は思った。実際、『生命の樹』は現在ロムルド王国にしかなく、また、妖精王と対面したのはロムルド王国の面々だけなのだ。
そして、対するオベロンだが、オベロンとしてもこの国の住人は、木霊から時折聞いていた様子から比較的信用できると感じていた為、この案をロムルド王国には飲んでもらいたかった。
「正直、人族側でよくよく話し合ってもらわなければ、早々に『生命の樹』は切られ、木霊が殺される未来しか見えない。最早、それでは篩に掛ける以前の問題だ。そうなれば、先に在るのは滅びじゃないか」
どこか愚痴めいたその言葉に、重鎮達は途端にオベロンに対し、申し訳なさを感じた。そもそも、オベロンはこの様な事をしなくても良い立場であり、むしろ人族などさっさと滅べと吐き捨てて、滅びを傍観していても良い存在だ。それが、滅んでしまうのを見ているだけなのはしのびないと手を差し出してくれたのである。それこそ、女神様に失望された存在である人族に、だ。
滅びを目の前にした人族に対し、差し出された手は一つだけ。ならば、何としてでもその手を放してはならず、それが人族の為になるのであれば、むしろ率先してやるべきだろう。――そして、これは恩だ。いつかは、この恩を返さなくてはならない。
ロムルド王国の面々は視線を交わし、頷き合う。
「その役目、喜んで引き受けさせていただきます」
力強いエイベルの言葉に、オベロンの顔が少しだけ緩む。
オベロンは席を立ち、皆が見守る中エイベルの傍まで行き、手を差し出す。
「――よろしく頼むよ、ご近所さん」
その言葉にエイベルは目を丸くした後、王としての仮面が剥がれ落ち、エイベルという個人の顔で破顔する。
エイベルもまた席を立ち、オベロンの手をしっかりと握り返した。
「ああ、これからよろしく、ご近所さん」
きっと、その言葉は『願い』だった。オベロンは、妖精と人族はそう言う関係になって欲しかった。そして、エイベルもまた、その願いを正しく感じ取り、王の仮面を剥ぎ取って、個人の顔で破顔したのだ。
妖精と人族の関係は、遠すぎず、近すぎず――目が合えば挨拶をして、困った時には助け合う。そんな、『ご近所さん』というのが理想なのだ。
そうなれれば良いと、二人の王は静かに願う。
こうして、ロムルド王国は妖精の――人族と妖精王との窓口という立場に立ったのだった。
そうぼやくオベロンに、枢機卿が気まずそうに視線を泳がせる。
「女神教は多くの国に浸透し、教会がいくつもあるのだろう?」
「ええ、国教としている国が多いですね」
オベロンの質問に、エイベルが頷く。
「あの様な考えを持ち、暴力的な手段に出る者が女神教には多いのか?」
その問いに、重鎮達は顔を見合わせ、最終的に枢機卿へと視線が集まった。
「枢機卿、どうだ?」
「それは……」
枢機卿はしばし迷った後、観念した様に口を開いた。
「我々女神教の者は、長く妖精は魔物であると定め、教えられて来ました。流石に今回の様な暴力的な手段に出る者や、極端な思想を持つ者はそうは居ないでしょうが、無いとは言い切れません」
そして、少しばかり疲れた様子を滲ませ、言う。
「民は皆豊作という事実を前に、妖精は魔物であるという教えが間違っていたのではないかと考えを柔軟に変えられるようですが、我々教会の者はその教えを信じ、それを発信する場所で生きてきたのです。中々この考えを変えるのは難しい……」
枢機卿は既に老年の域に入る年頃である。その年にもなれば、確かに凝り固まった考えを柔軟に転換しろと言われても、そう簡単にはいかないだろうと周りの重鎮達は少しばかり同情を覚えた。
「ただ、そうですね……。確かに、こうして貴方や広場の妖精を見て、魔物では無いのではないか、とは、思いましたよ……」
小さく震える声は、それだけ妖精が魔物では無いのだと言う事実が受け入れがたいものだったからだろう。
「我々は、女神教で神の教えを説いていながら、その実、我々が最も女神様のご意志に背いて来たのですね……」
きっと、枢機卿にとって――否、枢機卿に限らず、女神様の教えの元で生きてきた人々にとって、その事実は余りに残酷で、身を切り裂くような痛みを齎すものだったのだろう。妖精が魔物云々より、その事実こそが受け入れられないのだ。とうとう枢機卿は目元を手で覆い、静かに涙を流した。
そんな枢機卿の様子をオベロンは静かな目で見つめ、けれど何かを言う事も無く、視線をエイベルに戻して告げる。
「今回の問題は、頑なに妖精は魔物であるという認識を変えられない者が、力を持つ者だった事と、立場として尊敬される地位に居た事だろう。そして、女神様の御威光を借りれる立場であったのも悪かった。対策として、『生命の樹』を求めるなら、国と教会がよくよく協議し、受け入れるか受け入れないかを話し合ってから与える様にしたい」
オベロンの言葉は、納得できるものだった。そして、その次に来るだろう言葉も、重鎮達には想像できた。
「そして、その協議をする様に、他国にこの国から働きかけて欲しい」
やはり、と重鎮達は思った。実際、『生命の樹』は現在ロムルド王国にしかなく、また、妖精王と対面したのはロムルド王国の面々だけなのだ。
そして、対するオベロンだが、オベロンとしてもこの国の住人は、木霊から時折聞いていた様子から比較的信用できると感じていた為、この案をロムルド王国には飲んでもらいたかった。
「正直、人族側でよくよく話し合ってもらわなければ、早々に『生命の樹』は切られ、木霊が殺される未来しか見えない。最早、それでは篩に掛ける以前の問題だ。そうなれば、先に在るのは滅びじゃないか」
どこか愚痴めいたその言葉に、重鎮達は途端にオベロンに対し、申し訳なさを感じた。そもそも、オベロンはこの様な事をしなくても良い立場であり、むしろ人族などさっさと滅べと吐き捨てて、滅びを傍観していても良い存在だ。それが、滅んでしまうのを見ているだけなのはしのびないと手を差し出してくれたのである。それこそ、女神様に失望された存在である人族に、だ。
滅びを目の前にした人族に対し、差し出された手は一つだけ。ならば、何としてでもその手を放してはならず、それが人族の為になるのであれば、むしろ率先してやるべきだろう。――そして、これは恩だ。いつかは、この恩を返さなくてはならない。
ロムルド王国の面々は視線を交わし、頷き合う。
「その役目、喜んで引き受けさせていただきます」
力強いエイベルの言葉に、オベロンの顔が少しだけ緩む。
オベロンは席を立ち、皆が見守る中エイベルの傍まで行き、手を差し出す。
「――よろしく頼むよ、ご近所さん」
その言葉にエイベルは目を丸くした後、王としての仮面が剥がれ落ち、エイベルという個人の顔で破顔する。
エイベルもまた席を立ち、オベロンの手をしっかりと握り返した。
「ああ、これからよろしく、ご近所さん」
きっと、その言葉は『願い』だった。オベロンは、妖精と人族はそう言う関係になって欲しかった。そして、エイベルもまた、その願いを正しく感じ取り、王の仮面を剥ぎ取って、個人の顔で破顔したのだ。
妖精と人族の関係は、遠すぎず、近すぎず――目が合えば挨拶をして、困った時には助け合う。そんな、『ご近所さん』というのが理想なのだ。
そうなれれば良いと、二人の王は静かに願う。
こうして、ロムルド王国は妖精の――人族と妖精王との窓口という立場に立ったのだった。
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