妖精王オベロンの異世界生活

悠十

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篩編

第十一話 過ち

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 一瞬、何を言われているのか分からなかった。
 その言葉の内容を理解したのは、騎士達が一斉に妖精を庇う様に動いた時である。

――ガァァァン!

 鉄と鉄がぶつかる音が広場に響き、驚いて身を固くしたテオの腕を掴み、引きずる様にその場から離れたのはブラムだった。
 驚き、思わず見上げたブラムの顔は、信じられないと言わんばかりに強張っていた。
 ブラムの視線の先を追ってみれば、そこにはロムルド王国の騎士と、神殿騎士が鍔迫り合いをしており、先程の音の発生源が何なのかを知る。

「これは、一体どういう御つもりか!」

 ロムルド王国の騎士が聖女に対し声を上げ、対する聖女は相変わらず美しい微笑みを浮かべていた。

「私は間違いを正しているだけですわ」
「間違い?」

 厳しい眼差しで聖女を見つめるのは、銀髪の騎士だ。その騎士に、聖女は憐みの視線を向け、告げる。

「だって、妖精は魔物なのですよ? それなのに、この様に魔物を祀り上げて……。皆、騙されているのです!」
「何を言って――」
「ですが、大丈夫です。私が必ずや皆さんを解放して見せます!」

 聖女は決然と胸を張り、そう宣言した。
 その姿は美しかった。
 しかし、同時にとても不気味に見えた。
 この短い遣り取りだけで、聖女セリーナ・リヴェールと言う人間がどういう人物なのか察する事が出来た。
 この女は、己の信じている物こそが正しいと思い込んでおり、話の通じないタイプである事が分かった。もし彼女を説得するなら、彼女が心酔する誰かしらの言葉が必要だろう。但し、彼女の心酔する相手が女神様だけだったのなら、最早誰の言葉も届かないという事になる。
 なんて厄介な人だろう、とテオが青褪め、震えると、テオの様子に気付いたブラムがテオを隠すように前に出た。
 驚くテオに、ブラムが言う。

「お前は城に行って、この事を伝えて来なさい」
「えっ? で、ですが――」
「いいから、行け! このままでは、妖精が殺されてしまう!」

 主人のブラムを置いて行くわけにはいかず、反論しようとしたテオに、ブラムが言葉を重ねる。

「もし、妖精の事が真実であるなら、ここで死なせたら我等は滅びるしかないのだ! 明日を生きる為にも、お前はこの事を知らせろ!」

 ブラムの言葉に、テオは思わずブラムを凝視する。
 ブラムは厚着をしている所為か、体格はよく分からない。けれど、その顔はうっすら痩けており、テオの知る貴族の顔を思い出させる。
 貴族は総じて短命だ。
 食うものは貴族も平民も同じで、着る物こそ違うけれど、その身は自分達と同じものから出来ている。
 貴族の肩には民の命が掛かっており、民の為に生き、死ねと教育されるのだ。そして、その通りに走り続け、民より先に命が尽きる。
 ブラムは壮年に見えるが、本当は何歳なんだろう、とテオは揺れる思考の中で取り留めもなく思った。

「行け!」

 その言葉に、テオは弾かれた様に走り出した。
 テオは、分かっている。ブラムは、自分を逃がすためにそう言ったのだ。
 涙が滲み、足がもつれそうになるものの、必死に走った。しかし、その足は直ぐに止まる事となる。

「うわっ!?」

 テオは確かに道を走っていたのだが、何も無い筈の所で何かにぶつかり、ひっくり返った。

「テオ!?」
「な、何が……?」

 テオの声にブラムが驚いて振り返り、テオは目を白黒させながら身を起こした。

「あらあら、ごめんなさい。言っていませんでしたね。魔物を退治する為に戦闘をするので、結界を張っておいたんです。魔物が暴れて、人が寄ってきたら危険ですから」

 ブラムがすぐさま駆け付け、テオが身を起こすのを手伝っていると、セリーナのそんな声が聞こえ、ブラムがセリーナを睨みつけた。

「直ぐに終わりますから、ちょっとお待ち下さいね」

 そう微笑み、セリーナが騎士達に向き直り、少し困った様に言う。

「そこを退いていただけないでしょうか? 魔物は、すべからく人類の敵。倒さなくてはなりません」
「聖女様、妖精は魔物ではありません。妖精は、精霊が実体を持った存在です」

 そう言ったのは、銀髪の騎士だった。

「私は、妖精王が治める島に行き、その力を目の当たりにしました。私は見たのです! 彼の方が存在しているだけで、その足元から植物が芽吹いたのを! そして、この『生命の樹』を植えた時、石畳の隙間から緑が覗き、小さな花が咲いたのを!」

 銀髪の騎士は、必死になって言葉を重ねた。

「妖精は、世界を巡る女神様のお力を活性化させ、世界を豊かにする存在です! 此度遣わされた妖精こそ、女神様の御慈悲なのです! 我等は、その慈悲を裏切る訳にはいかないのです!」

 銀髪の騎士の言葉は、テオの胸を打った。
 彼の言葉には、実感が籠っており、彼の言葉に何かしらの確信があって言っているのだろう事が分かった。
 しかし、セリーナは首を横に振った。

「貴方は、魔物に騙されているのです」

 セリーナの瞳には、哀れみの色があった。

「そうやって、人の弱みに付け込んで、我々を操ろうとしているのです。さあ、其処をお退きなさい。その汚らわし魔物を排除せねばなりません」

 話が通じなかった。
 セリーナは、妖精を魔物と信じ切ってしまっている。
 そして、セリーナの側に控えていた冒険者や、町の住人と思しき男女が各々武器を構え、苦い顔をした騎士達の前に進み出た。

「大丈夫です。女神様は常に我等を見守り、導いてくださいます」

 その言葉は、破滅への序曲に聞こえた。

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