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篩編
第十話 微笑み
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ある日の事である。
このロムルド王国に来てから、テオは久しぶりに休みをもらった。
テオとしては、初めての他国である。折角なので、色々見て回ろうと少ない小遣いを握り締め、町をうろつくことにした。
しかし、この国の秋の収穫が豊作だったとしても、ようやく好転しだした始まりの時期であり、現在冬である事から見る物は少ない。
結局、食堂で温かい物を食べ、広場の妖精を見に行くだけになってしまった。
妖精の宿る『生命の樹』は騎士達に守られ、他国の人間であるテオが近づく事は未だ許されていない。
その為、騎士達を挟み、遠くから観察するに留まった。
『生命の樹』の側に設置してある人形サイズの小屋――恐らく妖精の家と思しきそれの屋根の上で、妖精は眠っていた。
「家で寝ればいいのに……」
テオのその呟きが聞こえたのか、側に居た騎士が噴き出した。
「ぷはっ……、あ、いや、すまん」
「あ、いいえ……」
笑いをこらえようとしつつも、どうやらツボに入ったらしい騎士が声を震わせながら謝罪して来て、テオは少し驚き、目を瞬かせる。
周りの騎士からは呆れた様な視線を貰っており、笑いの沸点が低い人なんだな、と思いながら騎士の笑いの波が引くのを待った。
「あの妖精はいつも樹の側に居るんですか?」
「ああ、そうだぞ。基本的に離れるのを嫌がるな」
騎士に質問してみれば、騎士は快く答えてくれた。
「一度雨が降った時に屋根のある家の中に入れようと思ったんだが、凄く嫌がってな。それからずっと雨曝しで居るもんだから、あの小さな妖精用の小屋を設置したんだ」
それでも小屋に入る方が少ないが、と騎士が笑う。
「多分、あの妖精は植物と同じなんだろうな。太陽の下が好きなんだよ」
そうなのか、と思い、妖精に視線を戻してみれば、丁度妖精が寝がえりを打ち、屋根の上から転げ落ちる所だった。
沸点の低い騎士の爆笑が広場に響いたのは、言うまでもないだろう。
***
ひらひらと雪が降って来て、積もる。
雪の中でもミサに出席する為、人々は教会へと集まる。
聖女のミサは大人気で、未だに人の足が衰えない。
テオの主人のブラムもまたミサに参加し、テオは荷物持ちをしながらも、ありがたくミサに参加した。
テオとしてはミサに参加するのは良いのだが、最初程聖女様にお会いしたい、見てみたい、とは思わなくなっていた。要は、見慣れてしまったのである。
そして、そんなテオとは真逆の反応をしたのが、熱心な女神教信者であるサイラスだった。
テオは、城でもサイラスが聖女と言葉を交わしている姿をよく見かける様になった。聖女なんて、滅多にお言葉を交わす機会の無い人である。幸せそうなサイラスを見て、テオは良かったなぁ、と思っていた。
ミサが終われば、ブラムは妖精を見に、テオやサイラス、護衛騎士と共に広場へ足を延ばす。そして、暫く妖精の様子を観察するのだ。
妖精は、何故かでんぐり返しをして遊んでいた。
しかし、遊んでいると感じたのはテオだけだった様である。ブラムが眉間に皺をよせ、首を傾げながらも、近くに居た妖精の護衛騎士に声を掛けた。
「職務中に申し訳ない。ちょっと、お聞きしたいのだが、よろしいだろうか?」
「はい? ええ、大丈夫です」
ブラムが声を掛けたのは、若い銀髪の騎士だった。
何でも聞いてください、と微笑む騎士に、ブラムが妖精を指さして尋ねる。
「あの妖精は、一体何をしているのだね。あれは、呪いか何かか?」
「えっ」
思わぬことを聞かれたとばかりに銀髪の騎士が目を丸くし、テオもブラムの予想外の質問に思わずブラムの顔を凝視した。
そんな周りの反応に、ブラムは居心地悪そうに暫し視線を泳がし、最終的に眉間の皺をより深くした。
「あっ、失礼しました。あれはただ遊んでいるだけですよ」
「……遊ぶ?」
騎士の言葉に、今度はブラムが目を丸くした。
「妖精は、遊ぶような行動をとるのか……?」
どうやら、相当意外だったらしく、コロコロとでんぐり返しをして転がる妖精を凝視する。
「ええ、妖精はよくああやって『生命の樹』の側で遊んでますよ。樹の世話をして、遊んで、眠ります。行動は割と子供っぽいですよ」
「そうなのか……」
騎士の言葉に、そうポツリと返し、ブラムは妖精を暫く眺めていた。
そして、そんなブラム達の側にやって来る人物が居た。
「あら、ブラム様。ごきげんよう」
そう言ってブラムに声を掛けたのは、聖女だった。
サイラスがその声に一番に反応し、首にかけているだろうメダイを握る仕草を見せた。
「おや、ごきげんよう、聖女様。奇遇ですな」
聖女は神殿の護衛騎士を四人程引き連れており、その後ろには冒険者と思しき数人の屈強な体つきの男女や、町の住人達が居た。
「聖女様も妖精の様子を見に?」
「ええ、そうです」
聖女は微笑み、言った。
「人々を惑わす悪しきものを見に参りました」
その微笑みは、いつか見たミサの時と変わらず、慈悲深いものだった。
このロムルド王国に来てから、テオは久しぶりに休みをもらった。
テオとしては、初めての他国である。折角なので、色々見て回ろうと少ない小遣いを握り締め、町をうろつくことにした。
しかし、この国の秋の収穫が豊作だったとしても、ようやく好転しだした始まりの時期であり、現在冬である事から見る物は少ない。
結局、食堂で温かい物を食べ、広場の妖精を見に行くだけになってしまった。
妖精の宿る『生命の樹』は騎士達に守られ、他国の人間であるテオが近づく事は未だ許されていない。
その為、騎士達を挟み、遠くから観察するに留まった。
『生命の樹』の側に設置してある人形サイズの小屋――恐らく妖精の家と思しきそれの屋根の上で、妖精は眠っていた。
「家で寝ればいいのに……」
テオのその呟きが聞こえたのか、側に居た騎士が噴き出した。
「ぷはっ……、あ、いや、すまん」
「あ、いいえ……」
笑いをこらえようとしつつも、どうやらツボに入ったらしい騎士が声を震わせながら謝罪して来て、テオは少し驚き、目を瞬かせる。
周りの騎士からは呆れた様な視線を貰っており、笑いの沸点が低い人なんだな、と思いながら騎士の笑いの波が引くのを待った。
「あの妖精はいつも樹の側に居るんですか?」
「ああ、そうだぞ。基本的に離れるのを嫌がるな」
騎士に質問してみれば、騎士は快く答えてくれた。
「一度雨が降った時に屋根のある家の中に入れようと思ったんだが、凄く嫌がってな。それからずっと雨曝しで居るもんだから、あの小さな妖精用の小屋を設置したんだ」
それでも小屋に入る方が少ないが、と騎士が笑う。
「多分、あの妖精は植物と同じなんだろうな。太陽の下が好きなんだよ」
そうなのか、と思い、妖精に視線を戻してみれば、丁度妖精が寝がえりを打ち、屋根の上から転げ落ちる所だった。
沸点の低い騎士の爆笑が広場に響いたのは、言うまでもないだろう。
***
ひらひらと雪が降って来て、積もる。
雪の中でもミサに出席する為、人々は教会へと集まる。
聖女のミサは大人気で、未だに人の足が衰えない。
テオの主人のブラムもまたミサに参加し、テオは荷物持ちをしながらも、ありがたくミサに参加した。
テオとしてはミサに参加するのは良いのだが、最初程聖女様にお会いしたい、見てみたい、とは思わなくなっていた。要は、見慣れてしまったのである。
そして、そんなテオとは真逆の反応をしたのが、熱心な女神教信者であるサイラスだった。
テオは、城でもサイラスが聖女と言葉を交わしている姿をよく見かける様になった。聖女なんて、滅多にお言葉を交わす機会の無い人である。幸せそうなサイラスを見て、テオは良かったなぁ、と思っていた。
ミサが終われば、ブラムは妖精を見に、テオやサイラス、護衛騎士と共に広場へ足を延ばす。そして、暫く妖精の様子を観察するのだ。
妖精は、何故かでんぐり返しをして遊んでいた。
しかし、遊んでいると感じたのはテオだけだった様である。ブラムが眉間に皺をよせ、首を傾げながらも、近くに居た妖精の護衛騎士に声を掛けた。
「職務中に申し訳ない。ちょっと、お聞きしたいのだが、よろしいだろうか?」
「はい? ええ、大丈夫です」
ブラムが声を掛けたのは、若い銀髪の騎士だった。
何でも聞いてください、と微笑む騎士に、ブラムが妖精を指さして尋ねる。
「あの妖精は、一体何をしているのだね。あれは、呪いか何かか?」
「えっ」
思わぬことを聞かれたとばかりに銀髪の騎士が目を丸くし、テオもブラムの予想外の質問に思わずブラムの顔を凝視した。
そんな周りの反応に、ブラムは居心地悪そうに暫し視線を泳がし、最終的に眉間の皺をより深くした。
「あっ、失礼しました。あれはただ遊んでいるだけですよ」
「……遊ぶ?」
騎士の言葉に、今度はブラムが目を丸くした。
「妖精は、遊ぶような行動をとるのか……?」
どうやら、相当意外だったらしく、コロコロとでんぐり返しをして転がる妖精を凝視する。
「ええ、妖精はよくああやって『生命の樹』の側で遊んでますよ。樹の世話をして、遊んで、眠ります。行動は割と子供っぽいですよ」
「そうなのか……」
騎士の言葉に、そうポツリと返し、ブラムは妖精を暫く眺めていた。
そして、そんなブラム達の側にやって来る人物が居た。
「あら、ブラム様。ごきげんよう」
そう言ってブラムに声を掛けたのは、聖女だった。
サイラスがその声に一番に反応し、首にかけているだろうメダイを握る仕草を見せた。
「おや、ごきげんよう、聖女様。奇遇ですな」
聖女は神殿の護衛騎士を四人程引き連れており、その後ろには冒険者と思しき数人の屈強な体つきの男女や、町の住人達が居た。
「聖女様も妖精の様子を見に?」
「ええ、そうです」
聖女は微笑み、言った。
「人々を惑わす悪しきものを見に参りました」
その微笑みは、いつか見たミサの時と変わらず、慈悲深いものだった。
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