妖精王オベロンの異世界生活

悠十

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篩編

第九話 メダイ

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 それは、ある日の午後の事である。
 テオは仕事中、部屋の隅で女神様が彫られたメダイを見付けた。
 誰のだろう、と首を傾げていると、部屋に少し慌てた風のサイラスが入って来た。
 視線を床に落とし、キョロキョロと何かを探している様で、その様子から、もしや、と思い、テオはサイラスに声を掛けた。

「あの、サイラス様。もしかして、これをお探しですか?」

 慌てるあまり、テオに気付いていなかったらしいサイラスは、ぎょっとして目を剥いたが、テオの持つ物に気付き、顔に安堵の色が広がった。

「そうです! ああ、良かった。ありがとう、テオ。このメダイは何処にありましたか?」

 そう言いながらテオからメダイを受け取ったサイラスは、テオにそう尋ねた。

「あそこの部屋の隅に落ちてました。きっと落ちた時に転がって行っちゃったんですね」

 テオは部屋の隅を指さし、微笑んだ。
 きっと大事な物なのだろうな、と察し、ちゃんとサイラスの元へ返すことが出来て良かったとテオは思った。

「首に下げていたんですが、チェーンが切れてしまいましてね。毎晩これを握ってお祈りを捧げていたので、落としてしまったと気づいた時は、どうしようかと思いましたよ」

 本当に助かりました、とサイラスに言われ、テオはちょっと照れたように破顔した。

「それにしても、とても綺麗なメダイですね」
「おや、ありがとうございます」

 テオの言葉にサイラスは嬉しそうに礼を言った。

「実は、若い頃に巡礼の旅に出た事がありましてね、最後に聖堂に行って手に入れたメダイなのです」
「聖堂!」

 それを聞き、テオは驚きのあまり声を上げた。
 何故なら、聖堂とは女神教にとって特別な場所だからだ。

「聖堂、って、女神様のお声を聴く巫女様や聖女様達が居る場所ですよね」
「ええ、そうです。女神様のお声が届く聖なる場所ですよ」

 それは、女神様からの神託を受ける場所であり、女神様の存在をその身に感じられるが故に、女神教では最も尊い最重要施設であった。

「うわぁ、凄いです。聖堂って、どんな感じなんですか?」
「そうですねぇ……。私が入れたのは、一般公開されている部分だけでしたが、まず、やはり空気が違いました。とても厳かで、圧倒される何かがありました」

 サイラスはメダイを胸に抱きながら、当時を思い出すように語る。

「女神様をその身に感じられる様で、自然に涙が出てきました。私はその日の感動を忘れない様、このメダイを手に入れ、毎晩女神様に祈っているのです」
「そうなんですか……」

 サイラスは熱心な女神教徒であるらしく、テオは感心した様に頷いた。

「そういうサイラス様だからこそ、女神様のメダイがちゃんと戻って来たんですね」
「ああ……、そうですね。そうだと、とても嬉しいです」

 少し照れたように微笑むサイラスに、テオも笑顔を返し、ほんの少しの遣り取りの後、それぞれの仕事に戻って行った。
 後に、テオは思い出す。
 そんなサイラスだからこそ、あんな事になってしまったのだろう、と。



   ***



「何? それでは、『生命の樹』の効果は十年しかないというのですか?」
「ええ、そうです」

 それは、妖精に関する事で、ロムルド王国の国王、並びに役人達と、今回やって来た他国の使者達との話し合いの場での事である。
 ロムルド王国は妖精に関し、国民に殆どの情報を開示しているが、一つだけ明かしていない事があった。
 それは、『生命の樹』が土地を活性化さられるのには期限がある、という事である。
 これを国民に明かさなかったのには、幾つかの理由があった。
それは、今は良くとも、絶望が十年後に待っているというストレスの心配であり、また、『生命の樹』に宿る木霊へ無茶な要求をする者が出て来るかもしれない心配であった。
 この情報の取り扱いに関し、様々な意見が飛び交ったが、結局はそうした心配を重要視した国は、知らせるよりも、妖精に良い印象を持たせるよう情報操作した方が建設的だと判断したのだ。
 そして、何より、妖精王はこの十年の間に妖精が生まれて来たいと思わせる様な国にせよ、と言っているのだ。
 つまりは、逆にこの十年の間にそう思わせることが出来れば、妖精は必ず生まれてくるのである。自分達のする事は、彼等に見られているのだ。
 それは、その情報を知る関係者には責任重大で、大変な使命であった。しかし、今まで滅びを遅くする為の作業よりも、ずっと希望に満ちている様に感じられた。
 そして、それは他国もまた、協力してもらわねばならない事だった。

「今、我々は篩に掛けられているのだ。女神様は我等に失望し、此度我等に齎された妖精こそ、最後の慈悲だ。失敗する訳にはいかぬのだ」

 決意に満ちる眼差しを、ロムルド王国の国王は、二つの国の使者たる聖女セリーヌと外交官ブラムへと突き刺した。
 その眼差しに、ブラムは身を固くして息を飲み、聖女は目を細めて微笑んだ。
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