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篩編
第七話 名付け
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オベロンは、その時を粛々とした態度で待っていた。
オベロンが何故神妙な面持ちでリビングで座っているかと言うと、それは南大陸で発見した新種が原因であった。
名前がまだ付いていない種族に、オベロンがうっかり名前を付けてしまったのである。
この名前を付ける『名付け』という行為は、神の権利であり、仕事である。つまり、オベロンがした事は越権行為なのだ。
そんなオベロンが今にも死にそうな顔色で待っているのが、この世界の女神、アルテシアである。
オベロンのうっかりを正直に女神様に告白しよう、という事になり、女神様と連絡が取れる上級精霊に頼み、今は沙汰を待っているのだ。
そして、ついにその時は訪れた。
リビングを包む空気が突如変わり、ポツリ、ポツリと光が浮かび、徐々に収束していく。そして、一際強い光を放った。
オベロンがあまりの眩しさに目を閉じ、光が収まった頃に目を開ければ、そこには女神アルテシアが居た。
「アルテシア様!」
「うふふ。こんにちは、オベロン」
顔色の悪オベロンに、女神様は微笑んで挨拶した。
どうやら、ご機嫌は悪くないらしい。
「あの、この度は、誠に申し訳ありませんでした」
「あらあら」
勢い良く頭を下げるオベロンに、女神様は頬に手を当て、小首を傾げる。
「わざとでは無かったのですが、知らず、新しい種族に名前を付けてしまい……」
「まあまあ」
肩を落とし、申し訳なさそうに顔を歪めるオベロンに、女神様が近付く。
「ねえ、オベロン。確かに、種族名を付けるのは神である私の仕事なのだけど、私もまさか新種の生物が誕生しているとは、夢にも思わなかった。そして、本来なら、種族名の無い種など、居てはならないの。つまりね、これは私の怠慢の結果なのよ」
オベロンの顔を覗き込み、優しい声音で言う女神様の表情は、少し困った様な微笑みを浮かべていた。
「私がずっと世界から目を逸らし続けた結果、貴方がその種族を発見し、事故で『名付け』をした。これは、私の罪であって、貴方の罪ではないわ」
困った――否、罪悪感を抱いている様な表情の女神様に、そっと視線を合わせる。
オベロンもきっと、情けない表情をしているだろう。
「あの……、じゃあ、お互い様、という感じで……」
「そうね、お互い様、という事にしましょうか……」
本来、その言い様は相応しくなく、もっと重い問題なのだが、二人の間での落とし所は、それしかなかった。
オベロンは女神様に席を勧め、こっそりこちらを伺っていたシルキーにお茶を頼む。
シルキーにハーブティーを出してもらい、それを飲んで人心地着いた後、徐に二人は話し出した。
「それでね、オベロン。名付けをしたからには、貴方は幻獣種の神になったの」
「はあ……」
オベロンの困りきった、気の抜けた返事に、女神様は苦笑する。
「そうね、いきなり『神』だなんて言われても、分からないわよね」
「はい……。あの、何か特別な事をしなきゃならないとか、あるんでしょうか?」
オベロンの質問に、女神様は少し考え、首を横に振る。
「常に何かしなくてはならない、という事は無いわ。幻獣種もこの世界の生き物である限り、この世界のサイクルに則った命の巡り方をし、結局は私の管理下にあるの。けれど、何をするにも、先ずは幻獣種の固有種名を付けないといけないわね。確か、あの羽付き狼の幻獣には、まだ固有種名をつけていなかったでしょう?」
女神様の言葉に、オベロンは頷く。
「それなら、直ぐに付けてしまいなさい。この世界の神である私に言ってもらえれば、大丈夫よ」
そう言われ、オベロンは悩む。
「そうですね、空を飛ぶ狼な訳ですから……」
暫し考え、告げる。
「天を駆ける狼、故に『天狼』と」
この日、『エルダーアース』に妖精王を神と掲げる種族、『天狼』が誕生した。
***
「では、『名付け』をして貴方を『神』と仰ぐ種族が誕生したわけだけど……」
「はい……」
女神様の言葉に、オベロンは神妙な面持ちで聞く。
「さっきも言った様に、常に何かしなくてはならない、という訳では無いの」
ぱちり、と意外そうに目を瞬かせるオベロンに、女神様は言葉を重ねる。
「これが私の様な純粋な神なら、自分を神と仰ぐ種族の心からの願いが届く場合があるんだけど、貴方は地上に生きる生命でもあるから、そういう事も無いわ」
「そうなんですか……」
確かに、何かを願われても叶えてやれる気がしない。
これがオベロンが純粋な『神』ではないという事なのだろう。
「例えば、命の危機に、神に心底『助けて』と強く願えば、届く可能性があるの。けれど、それを助けるかどうかは私の判断で決めてしまって良いのだけど、気を付けなくてはならないのは、それをすると世界の調和が乱れる可能性があのよ」
真剣な表情で語られるそれに、オベロンも真剣な様子で耳を傾ける。
「その世界で生きるからには、神は贔屓をしてはいけない。基本的に、全ての種族を平等に愛さなくてはならないの」
「はい」
女神様の言葉に、オベロンは頷く。
「襲う方と襲われる方。生存競争、食物連鎖。それらが世界の理であり、同じ世界で生きるからには、どちらかを贔屓するような真似はしてはいけないの。繁栄も衰退も、神の手で引き起こす事では無く、そこに生きる者達の手で切り開かなくてはならない」
それは、もっともな話だった。
「大体、『神』が自由に手出しをして良いのなら、妖精が絶滅なんて目も当てられない様な事にはならなかったでしょうね」
一つ溜息を吐き、女神様は告げる。
「つまり、『助けて』と言われて、直接乗り込んで助けるなんて事はしてはいけないの。身を隠しているなら見つからない様に少しだけ細工してやったり、追いかけられているのなら、相手を少し躓かせたり、そういった小細工しかしてはいけないわ。だって、相対する者も、この世界に生きる命なのだから。その命に対する扱いは、平等でなければならないの」
それは、神の視点の言葉だった。
「それが『神』というものなのよ、オベロン」
長く、永く、世界を見守り続けた神は、何処か悲しげに見えた。
オベロンが何故神妙な面持ちでリビングで座っているかと言うと、それは南大陸で発見した新種が原因であった。
名前がまだ付いていない種族に、オベロンがうっかり名前を付けてしまったのである。
この名前を付ける『名付け』という行為は、神の権利であり、仕事である。つまり、オベロンがした事は越権行為なのだ。
そんなオベロンが今にも死にそうな顔色で待っているのが、この世界の女神、アルテシアである。
オベロンのうっかりを正直に女神様に告白しよう、という事になり、女神様と連絡が取れる上級精霊に頼み、今は沙汰を待っているのだ。
そして、ついにその時は訪れた。
リビングを包む空気が突如変わり、ポツリ、ポツリと光が浮かび、徐々に収束していく。そして、一際強い光を放った。
オベロンがあまりの眩しさに目を閉じ、光が収まった頃に目を開ければ、そこには女神アルテシアが居た。
「アルテシア様!」
「うふふ。こんにちは、オベロン」
顔色の悪オベロンに、女神様は微笑んで挨拶した。
どうやら、ご機嫌は悪くないらしい。
「あの、この度は、誠に申し訳ありませんでした」
「あらあら」
勢い良く頭を下げるオベロンに、女神様は頬に手を当て、小首を傾げる。
「わざとでは無かったのですが、知らず、新しい種族に名前を付けてしまい……」
「まあまあ」
肩を落とし、申し訳なさそうに顔を歪めるオベロンに、女神様が近付く。
「ねえ、オベロン。確かに、種族名を付けるのは神である私の仕事なのだけど、私もまさか新種の生物が誕生しているとは、夢にも思わなかった。そして、本来なら、種族名の無い種など、居てはならないの。つまりね、これは私の怠慢の結果なのよ」
オベロンの顔を覗き込み、優しい声音で言う女神様の表情は、少し困った様な微笑みを浮かべていた。
「私がずっと世界から目を逸らし続けた結果、貴方がその種族を発見し、事故で『名付け』をした。これは、私の罪であって、貴方の罪ではないわ」
困った――否、罪悪感を抱いている様な表情の女神様に、そっと視線を合わせる。
オベロンもきっと、情けない表情をしているだろう。
「あの……、じゃあ、お互い様、という感じで……」
「そうね、お互い様、という事にしましょうか……」
本来、その言い様は相応しくなく、もっと重い問題なのだが、二人の間での落とし所は、それしかなかった。
オベロンは女神様に席を勧め、こっそりこちらを伺っていたシルキーにお茶を頼む。
シルキーにハーブティーを出してもらい、それを飲んで人心地着いた後、徐に二人は話し出した。
「それでね、オベロン。名付けをしたからには、貴方は幻獣種の神になったの」
「はあ……」
オベロンの困りきった、気の抜けた返事に、女神様は苦笑する。
「そうね、いきなり『神』だなんて言われても、分からないわよね」
「はい……。あの、何か特別な事をしなきゃならないとか、あるんでしょうか?」
オベロンの質問に、女神様は少し考え、首を横に振る。
「常に何かしなくてはならない、という事は無いわ。幻獣種もこの世界の生き物である限り、この世界のサイクルに則った命の巡り方をし、結局は私の管理下にあるの。けれど、何をするにも、先ずは幻獣種の固有種名を付けないといけないわね。確か、あの羽付き狼の幻獣には、まだ固有種名をつけていなかったでしょう?」
女神様の言葉に、オベロンは頷く。
「それなら、直ぐに付けてしまいなさい。この世界の神である私に言ってもらえれば、大丈夫よ」
そう言われ、オベロンは悩む。
「そうですね、空を飛ぶ狼な訳ですから……」
暫し考え、告げる。
「天を駆ける狼、故に『天狼』と」
この日、『エルダーアース』に妖精王を神と掲げる種族、『天狼』が誕生した。
***
「では、『名付け』をして貴方を『神』と仰ぐ種族が誕生したわけだけど……」
「はい……」
女神様の言葉に、オベロンは神妙な面持ちで聞く。
「さっきも言った様に、常に何かしなくてはならない、という訳では無いの」
ぱちり、と意外そうに目を瞬かせるオベロンに、女神様は言葉を重ねる。
「これが私の様な純粋な神なら、自分を神と仰ぐ種族の心からの願いが届く場合があるんだけど、貴方は地上に生きる生命でもあるから、そういう事も無いわ」
「そうなんですか……」
確かに、何かを願われても叶えてやれる気がしない。
これがオベロンが純粋な『神』ではないという事なのだろう。
「例えば、命の危機に、神に心底『助けて』と強く願えば、届く可能性があるの。けれど、それを助けるかどうかは私の判断で決めてしまって良いのだけど、気を付けなくてはならないのは、それをすると世界の調和が乱れる可能性があのよ」
真剣な表情で語られるそれに、オベロンも真剣な様子で耳を傾ける。
「その世界で生きるからには、神は贔屓をしてはいけない。基本的に、全ての種族を平等に愛さなくてはならないの」
「はい」
女神様の言葉に、オベロンは頷く。
「襲う方と襲われる方。生存競争、食物連鎖。それらが世界の理であり、同じ世界で生きるからには、どちらかを贔屓するような真似はしてはいけないの。繁栄も衰退も、神の手で引き起こす事では無く、そこに生きる者達の手で切り開かなくてはならない」
それは、もっともな話だった。
「大体、『神』が自由に手出しをして良いのなら、妖精が絶滅なんて目も当てられない様な事にはならなかったでしょうね」
一つ溜息を吐き、女神様は告げる。
「つまり、『助けて』と言われて、直接乗り込んで助けるなんて事はしてはいけないの。身を隠しているなら見つからない様に少しだけ細工してやったり、追いかけられているのなら、相手を少し躓かせたり、そういった小細工しかしてはいけないわ。だって、相対する者も、この世界に生きる命なのだから。その命に対する扱いは、平等でなければならないの」
それは、神の視点の言葉だった。
「それが『神』というものなのよ、オベロン」
長く、永く、世界を見守り続けた神は、何処か悲しげに見えた。
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