妖精王オベロンの異世界生活

悠十

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篩編

第六話 新種

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 南大陸の探索は、一日では終わらなかった。
 当然である。南大陸はオーストラリアの倍近くの面積があるのだ。そんなやたらと広い大地に、広範囲に渡ってバラバラに散らばって魔物が居るのである。移動だけでもそれなりに時間を食うのだから、一日で終わる筈がない。

「これは、この冬一杯の仕事になりそうだなぁ……」
「そうじゃのう。ま、冬は畑仕事が無いぶん暇じゃしな」
「そうだな。これが冬以外だったら大変だった」

 そう言って、オベロンとノームは頷きあう。
 オベロンとノームが魔物狩りを始めてから、一週間以上の時が流れた。
 最初のバジリスククラスの大型の魔物は滅多に居なかったが、中々手強い魔物ばかりで、一日に二匹倒せれば上々、といった感じだった。
 オベロンとノームのスペック的にはもう少し魔物を相手に出来るのだろうが、上位の魔物と戦うのは精神的に疲れるのだ。別に急ぐ仕事でもないので、無理せず倒していこうという事になり、このペースを保っていた。
 オベロン達は再び精霊達に南大陸に連れて来てもらい、服を着替える。
 最近では精霊達もオベロン達の運搬に慣れた様で、こちらに気を使った穏やかな飛行となっている。

「さて、今日はどっちに行くか……」
「数が多い方に行けばどうかの?」

 気配を探り、魔物を見付ける。
 今の所感知できる気配は五つだが、その内の二つが同じ場所に居た。

「んん? どうやら、争ってるらしいな……」

 激しく動く気配に、首を傾げる。

「折角だし、そこに行ってみるか」
「そうじゃの」

 魔物同士の争いは未だに見たことが無く、折角なので見物してみようと現場へ向かう。
 空を飛び、向かった先は岩場で、そこに居たのは牛の頭部を持つ魔物と、茶色い毛皮で翼のある狼の様な魔物だった。

「あの牛頭の魔物は、ミノタウロスじゃの」
「そうだな。……あ、片腕を持って行かれた」

 気配を断ち、岩場の陰から二者の戦いを覗く。
戦況は、どうやらサイクロプスが不利である様だった。狼に左腕を噛み千切られたのだ。

「けど、あの茶色の羽付き狼は何なのかな?」
「ふむ、何じゃろうな? どうやら、普通の魔物ではないみたいじゃの。気配が可笑しい」

 二人して首を傾げて見つめるのは、羽付き狼だ。遠くから気配を探った時は魔物だと思ったのだが、実際に姿を見てみれば、どうにも気配が可笑しいのである。魔物であれば抱く嫌悪感や悪寒が無く、けれども魔物の心臓である魔石の存在を感じるのだ。

「うーん……、あ、終わった」
「む、やはり羽付き狼の勝ちじゃの」

 眼下では勝負の決着がついたらしく、ミノタウロスの巨体は倒れ伏し、羽付き狼は警戒しながらもそれに近付き、ふんふんと匂いを嗅いでいる。

「やはり魔物らしく無いのう」
「魔物だったら、警戒せずがぶりと喰いに行くもんな」

 魔物と言うより、ただの獣の様に見えた。
 それを見守っていると、羽付き狼は何を思ったのか、一声遠吠えをしたのだ。

――オオーン!

 そして、オベロン達はそれを見た。

――キャン!
――キャンキャン!
――キャフン!

「こ、子犬……?」
「あ、ありえん。魔物は子は産まんぞ!」

 遠吠えの後、羽付き狼に近付く小さい生き物が居た。
 それは、その羽付き狼をそのまま小さくしたような三匹の小さな羽付き狼だったのだ。
 羽付き狼の子犬達はミノタウロスの匂いを嗅ぎ、そのまま勢いよく食べ始める。

「いや、待て。あの子犬の方は魔石の気配は無い」
「む、そうじゃの……。いや、しかし、それなら何故あの大きい方は魔石の気配がするんじゃ?」

 不思議に思っていると、その理由は程なくして判明した。
それは、母親らしき羽付き狼もミノタウロスを食べ始めた時の事だった。母狼は身を減らしていくミノタウロスから魔石を見付け、それをそのまま、ぱくり、と飲み込んでしまったのだ。

「何と!」
「ちょ、食べたぞ!?」

 唖然とするオベロン達だったが、その時、あまりの衝撃にうっかり気配を揺らしてしまい、羽付き狼達に気付かれてしまった。

――グルル……。

 母狼は後ろに子狼を庇い、こちらに向かって唸る。

「どうするかの?」
「バレてしまっては仕方がない。ここから出よう」

 そう言って、オベロンとノームは隠れていた岩陰から姿を現した。
 そのオベロン達の姿を見て、母狼は少し戸惑ったような様子を見せた。それは、魔物では無い普通の動物がオベロン達妖精を始めて見た時に見せる様子に似ていた。
 動物は精霊や妖精に対してあまり敵意を抱かないのだ。それは、恐らく本能的に自分達を積極的に害する存在では無く、尚且つ世界の運営に必要な存在であるのを感じているのだろう。
 そんな母狼の反応を見て、オベロンとノームは羽付き狼が魔物では無いと確信した。

「どうやら、野生動物に分類される種の様じゃの」
「そうだな。けど、それにしては保有魔力量が多い様に感じるな。それに、魔石を食べた事も気になる」

 オベロン達に興味深げに見つめられ、母狼は益々困惑した様子を見せ、とうとう唸るのをやめた。興味は有れど、害意が感じられなかった為だろう。

「王よ、こういう時こそ『鑑定』の出番ではないかのう?」
「あ、そうだな」

 オベロンは、飛び掛かれる体制を改め、行儀よくお座りする母狼を『鑑定』してみた。


 『   』
 在来のオオカミ種が魔物を食べ続けて進化した新しい種族。
 夏場は茶色、冬場は白い毛になる。
 翼を持ち、自由に大地と空を駆けまわる。


 オベロンは目を見開いた。

「名前が無い……。しかも、進化して全く新しい種族になってるぞ!」
「何!?」

 オベロンの言葉に、ノームも目を剥く。

「これ、人類が滅んだ後に台頭してくる種族なんじゃないか?」
「そうじゃの……。そうかもしれん……」

 実に興味深そうに羽付き狼達をガン見するオベロン達に、母狼は少し身を引く。

「しかも、狼に翼が生えてるとか……。『魔物』じゃないなら、『幻獣』って所か」
「あっ」

 オベロンの呟きに、ノームがぎょっとして振り返る。
 オベロンはそんなノームの様子に少し驚き、何をそんなに驚いているのかと首を傾げた。
 その時だった。
 羽付き狼達が強い光を放ったのだ。

「えっ、何だ!?」
「ああ……、迂闊じゃった……」
「え? ノーム、一体どうしたんだ?」

 発光する羽付き狼達を眺めながら弱りきった顔をするノームに、オベロンは慌てる。

「王よ、今、何と言った」
「え? 何が?」

 ノームの言葉に、オベロンは訳が分からず困惑する。

「あの羽付き狼を見て、『幻獣』と言ったな?」
「え、ああ、うん」

 戸惑いながらも頷くオベロンに、ノームは弱り切った声で言う。

「王は、あれらに『名付け』をしてしまったのじゃ」
「『名付け』?」

 そんな事を話している間に、羽付き狼達が放っていた光は落ち着き始め、再びその姿を現した。
 発光前とあまり変わっていない様で、何だったんだ、と首を傾げるオベロンに、ノームはもう一度『鑑定』していみろ、と言った。
 その言葉に従い、『鑑定』してみて、オベロンは目を剥いた。


 『   』
 種族:幻獣
 妖精王オベロンを神とする狼の幻獣種。
 夏場は茶色、冬場は白い毛になる。
 翼を持ち、自由に大地と空を駆けまわる。
 主に魔獣を食べ、大きな魔力量を保有する。魔石を食べるのは、魔力を補充する為である。


「な、な、な……」
「よく見てみろ。あの羽付き狼、少しだが様子が変わっておるぞ」

 まさかの鑑定結果に、言葉を無くしていると、ノームがオベロンに羽付き狼をよく見てみる様に促した。
 言われた通りに見てみれば、羽付き狼達の毛艶が良くなっている様に見え、更に体を巡る魔力の巡りが良くなっているように見えた。
 そして、更に言うなら、羽付き狼達のオベロンを見る目が明らかに好意的なものになっている。

「ノ、ノーム、これは一体……」
「『名付け』の所為じゃ」
「いや、だから『名付け』って何?」

 その質問に、ノームは困った様子で答えた。
 曰く、オベロンがしてしまった『名付け』とは、新しい種族の種族名を命名してしまったのだという。

「本来、普通の妖精はそのような事は出来ん。もちろん、精霊も、人種もじゃ。しかし、王はこの世界では女神様に次ぐ力を持っておる。言うなれば、準神なんじゃ。それ程の力を持つ王ならば、新しい種族に種族名を与えることが出来る。種族名を与えられれば、その存在は世界に強く固定され、その身に宿る力の巡りが良くなり、強化される。よって、その種族は己に名を与えたものを、その種族は『神』と崇めるのじゃ」

 ノームの説明に、オベロンは絶句する。
 そして、ややあって、ゴクリ、と唾を飲み、言う。

「それって、もしかして、女神様がすべき案件だったんじゃ……」
「そうじゃの……」

 力無く頷くノームに、オベロンは崩れ落ちた。

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