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独り歩きする噂
怪談(後)
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その後、ネモ達はヘンリーに何故か「俺が悪かった、大人しくしておいてくれ」と言われ、新たな怪談で上書き作戦は一時保留となった。
しかし、流石のネモも王家の評判に関わってきているとなれば気になるというものである。
「まあ、怪談程度でどうこうするほど王家の威信は貧弱じゃないでしょうけど、少しは悪いことをしたかな、とは思うのよ」
「少しなのか」
チアンの呆れたような物言いに、ネモは「だって、わざとじゃないもの」と口を尖らせる。
しかし、すぐに気を取り直して話を戻す。
「けど、実際、新しい怪談を広げるとしたら、どれなら大丈夫なのかしら? よくよく考えてみれば、ここはファンタジー世界なんだから、向こうでは空想上でも、存在する可能性が十分にあるのよね」
「ふむ……、そうだな……」
ネモの言葉に、チアンは首を傾げて考える。
「怪談程度で済ませるなら、神官を呼んで聖句を唱える程度で済ませられるものであるべきだな。それ以上の脅威の噂だと、騎士やら上位神官やらが出て大騒ぎになる」
「そうすると、学校の怪談的なものもアウトよね。夜中に動く骨格標本とか」
「アンデッド系の魔物と思われそうだな。瞳の動く肖像画や、夜中に勝手に鳴り出すピアノあたりは大丈夫そうだが」
「あー……、不気味なだけで危害を加えられなやつね」
しかし、それだとインパクト不足ではないだろうか?
うーん、と唸るネモに、チアンは、こいつはやらかすつもりだな、と生温い視線を向けた。
「怖い都市伝説……。何だっけ。ほら、猿が出てくる夢のやつと、電車に乗ってたら異界の駅に着くやつ。あと電話の……、そう、メリーさん! ……あと、何かあったっけ?」
前世の記憶をさらうが、不老となってかなり生きているため、名前が出てこない。ご長寿あるあるである。
「見ただけでアウト系があったな。気が狂って、いつの間にか見た者が行方不明になるものが」
「そういえば、そういうものもあったわね」
「ただ、それは魔物の一種と思われそうだな。寄生され、誘引されて食われる系だ」
「居るわね、そういう魔物」
「猿と異界駅は、まず電車が無い」
「そうなのよね」
あるのは乗合馬車の停留所だ。
「メリーさんも電話が無い。まあ、通信系の魔道具があるが、あれは貴重品ゆえ、そんなに出回ってないからな」
いい感じに怖いんだけど、残念だわ、と呟くネモに、チアンは頷く。
「そうだな。せっかく実在する怪異なんだが……」
「は?」
チアンの言葉に、ネモは思わずポカンと呆ける。
「常世から早々出てこない者達ゆえ、こちらでは怪談になりにくいらしいな」
飄々と、とんでもないことを言い放つチアンは、陽が沈み始めた窓の外を見て、もうこんな時間か、と呟いて席を立った。
「今日は寄るところがあるゆえ、これで失礼する」
そう言って、チアンは部室を出て行った。
残されたネモは、夕日の差し込む部室で一人、呟く。
「……は?」
沈む夕日に照らされて、影は長く、長く伸びていた。
***
それは、ヘンリーがネモに苦情を入れた数日後のことである。
ヘンリーはチアンの背後に視線を向け、戸惑い気味に尋ねた。
「……チアン、それはどうした?」
「うむ。ちと、衝撃が大きかったようでな」
チアンは苦笑し、己の背後に視線をやった。
そこには、数珠をジャラジャラと鳴らし、死んだ魚のような目でお経を唱えるネモが張り付いていた。
後日、顔の良い男の背に張り付いて子供のように泣く老婆――『子泣き婆』の怪談が流れ、大穴の怪談は早々に忘れ去られることとなった。
しかし、怪談に怯えるネモがそれを知るのは、大分後になってからのことだった。
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