上 下
5 / 9
何事もまず、先立つものが必要である

資金稼ぎ(前)

しおりを挟む
 その後、結局ヘンリーは醤油と、何故か味噌まで作ることになった。
 更にネモの勧誘に負け、チアンと共に『台所錬金術同好会』へ入部し、副部長にまで就任することになってしまった。
 亀の甲より年の劫とでも言うべきか。王子の身分より、錬金術師の生きた年月分の厚かましさが勝った瞬間である。
 さて、部員が三名となったため、学園のはずれにある研究棟に部室を貰えるようになった。
 そこは旧校舎と呼べるような古い建物なのだが、ちゃんと水道――水が出る魔道具があり、小さいながら竈もある。
 しかし、本校舎から遠いため不便であり、人気が無い。そのため、弱小クラブや同好会に部室として与えられていた。
 その部室に三人は集まり、ネモによって淹れられた煎茶を飲み、羊羹に黒文字を入れる。
「あー……。落ち着く……」
 煎茶のほのかな甘みと苦み。そして、羊羹の上品な甘み。
 懐かしい和の味に、ヘンリーは腹の底から息を吐き出した。
「ふむ……。カレーは無いのか?」
「あるわけないでしょ。お八つにカレーを出す人間が居ると思ってるの?」
 無いのか、と肩を落とすチアンに、ネモは呆れた様子で煎茶をすする。
 そうして一息ついた後、おもむろにネモが口を開いた。
「それで、『台所錬金術同好会』は無事に部室を貰ったわけだけど、次は活動ね」
「活動?」
「するのか?」
 ヘンリーとチアンの意外そうな声に、ネモは眉間に皺を寄せた。
「そりゃ、立ち上げたからには、活動するわよ」
「いや、しかし……、そうすると、何をするんだ?」
「そういえば、目的も何も聞いておらなんだな」
 その言葉に、ネモはそういえば何だかんだで言ってなかったな、と気付いた。
「一応学校に提出した書類には『台所で出来る錬金術を探す』と書いたわ。だからまあ、そういう理念で活動しましょう」
「あからさまな建前だな」
「計画性を感じぬな」
 男達のツッコミに、「五月蠅いわよ!」とネモがシャウトする。
「ともかく! 活動するわよ!」
「いや、活動すると言われてもな……」
「何をすればよいのだ?」
 困惑する二人に、ネモは重々しく言う。
「まずは、活動資金を稼ぐわ」
「は?」
「活動資金?」
 ヘンリーは唖然とし、チアンは不思議そうに首を傾げた。
「正式にクラブに昇格すると活動資金が出るんだけど、同好会だと部室を与えられるだけなのよね。だから、活動資金は自前」
「そうなのか?」
「知らなんだな」
 そんなわけで活動資金を稼ぐのだとネモは言うが、王子二人は顔を見合わせた。
「そうは言うが、俺は一応王子だからな。商売もあるし、あまりあからさまことは出来ないぞ」
「私は居ても居なくても良い皇子ゆえ、国の顔に傷かつくようなことさえなければ、かまわんが」
 ヘンリーは消極的だが、チアンは別にどちらでも良いという態度だ。
 まあ、その地位故に出来ないこともあるだろうと思っていたネモは、それを理解し、頷く。
「ま、大丈夫よ。ちょっと魔物を狩るか、郊外で薬草を採取して、私がそこから何かしら作ってお金に換えるから」
「ああ、なるほど。『台所で出来る錬金術』、というわけか」
 ネモの発言にチアンは納得するが、ヘンリーは難しい顔をした。
「いや、薬草の採取や、魔物を狩ると言われてもな……。出来ない訳じゃ無いが、三年前くらいならともかく、今の俺の立場だと、護衛なしに城壁の外に出るのは難しいぞ」
 時間もあまり無いし、と言うヘンリーに、ネモは少し呆れた顔をする。
「あのねぇ、アンタの目の前にいるのは誰だと思ってるの?」
 不思議そうな顔をするヘンリーに、ネモは言った。
「私は二つ名持ちの野良錬金術師よ? 私が護衛役だと不足なわけ?」
「あっ」
 その言葉に、ヘンリーはそう言えばそうだったと、改めてネモを見る。
 この若い少女にしか見えない彼女は、歴史に名を刻む偉大なる錬金術師であり、今までずっと世界を放浪して来た野良錬金術師である。くぐり抜けた修羅場の数は常人の倍はあるだろう。
「それに王子様を連れて森の奥までは行かないわよ。城壁近くで採取したり、飛び出して来た魔物を狩るだけよ。部室で食べるお菓子や食事、飲み物の資金を得られる程度で良いのよ」
 つまり、小遣い稼ぎ程度のことがしたいのだ。
 しかしながら、ヘンリーは警備に不安がある場所に行くことが難しい立場だ。
 だが、その『食事』という単語に反応した者が居た。
「ネモ、その『食事』には、カレーは入るか?」
「は? カレー?」
 ネモは疑問に瞳を瞬かせるも、「まあ、入るんじゃない?」と言えば、チアンはキリッ、とした顔で言った。
「よし、私も協力しよう。そして、カレーのスパイスを買おう」
「あー……、ハイハイ、了解。スパイスね」
 カレーは飲み物と宣うタイプだったと思い出し、ネモは雑にあしらった。
 そして、ヘンリーに視線を向けるが、ヘンリーはやはり立場的に難しいと言い、スパイスや食材、いい錬金術素材が置いてある店を調べておくと言って、採取への同行への不参加を告げた。
 ネモも、ヘンリーの立場だと難しいか、と納得し、チアンと採取に出かけることに決まった。

 そして、その数日後。
 ヘンリーは、後悔することになる。
「俺もついて行くべきだった……」
 城壁の上から見える、森と草原の境。
 そこには、馬鹿みたいな大きさのクレーター――某二つ名持ちの錬金術師と、某第十八皇子による破壊痕があった。

しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

野良錬金術師ネモの異世界転生放浪録(旧題:野良錬金術師は頭のネジを投げ捨てた!)

悠十
ファンタジー
 自称永遠の十七歳であるネモことネモフィラ・ペンタスは転生者である。  ファンタジー世界に転生したネモは、錬金術師となって不老の秘薬を飲み、年を取らなくなった。  ネモはこの世界を楽しもうと世界を巡る。  野を超え山を越え、魔物を倒し、採取をし、調合をして商売をしたり。  そして、時にはトラブルに遭遇したり…… 「お、お前は――『山姥ネモ』!」 「誰がババアだってぇぇぇぇ!?」  見た目は乙女、中身はババアのネモは、今日も元気にババアと呼ぶ無礼者に地獄を見せる。  時に国を救う様な偉業を成し、時に王子の尻を蹴飛ばし、悪魔を足蹴にする。  偉業の数と同じだけ恥の多い人生。  ネモは新たな人生を謳歌する! ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ ◎関連作品 ・『ハーレム主人公』とサヨナラしました ・『野良錬金術師ネモの異世界学園騒動録』

錆びた剣(鈴木さん)と少年

へたまろ
ファンタジー
鈴木は気が付いたら剣だった。 誰にも気づかれず何十年……いや、何百年土の中に。 そこに、偶然通りかかった不運な少年ニコに拾われて、異世界で諸国漫遊の旅に。 剣になった鈴木が、気弱なニコに憑依してあれこれする話です。 そして、鈴木はなんと! 斬った相手の血からスキルを習得する魔剣だった。 チートキタコレ! いや、錆びた鉄のような剣ですが ちょっとアレな性格で、愉快な鈴木。 不幸な生い立ちで、対人恐怖症発症中のニコ。 凸凹コンビの珍道中。 お楽しみください。

乙女ゲームの断罪イベントが終わった世界で転生したモブは何を思う

ひなクラゲ
ファンタジー
 ここは乙女ゲームの世界  悪役令嬢の断罪イベントも終わり、無事にエンディングを迎えたのだろう…  主人公と王子の幸せそうな笑顔で…  でも転生者であるモブは思う  きっとこのまま幸福なまま終わる筈がないと…

異世界転生したら何でも出来る天才だった。

桂木 鏡夜
ファンタジー
高校入学早々に大型トラックに跳ねられ死ぬが気がつけば自分は3歳の可愛いらしい幼児に転生していた。 だが等本人は前世で特に興味がある事もなく、それは異世界に来ても同じだった。 そんな主人公アルスが何故俺が異世界?と自分の存在意義を見いだせずにいるが、10歳になり必ず受けなければならない学校の入学テストで思わぬ自分の才能に気づくのであった。 =========================== 始めから強い設定ですが、徐々に強くなっていく感じになっております。

乙女ゲームの世界へ転生!ヒロインの私は当然王子様に決めた!!で?その王子様は何処???

ラララキヲ
ファンタジー
 乙女ゲームの世界のヒロインに転生していると気付いた『リザリア』。  前世を思い出したその日から、最推しの王子と結ばれるべく頑張った。乙女ゲームの舞台である学園に入学し、さぁ大好きな王子様と遂に出会いを果たす……っ!となった時、その相手の王子様が居ない?!?  その王子も実は…………  さぁリザリアは困った!! ◇ふんわり世界観。ゆるふわ設定。 ◇ご都合展開。矛盾もあるかも。 ◇【恋愛】もあるよ! ◇なろうにも上げる予定です。

収納持ちのコレクターは、仲間と幸せに暮らしたい。~スキルがなくて追放された自称「か弱い女の子」の元辺境伯令嬢。実は無自覚チートで世界最強⁉~

SHEILA
ファンタジー
生まれた時から、両親に嫌われていた。 物心ついた時には、毎日両親から暴力を受けていた。 4年後に生まれた妹は、生まれた時から、両親に可愛がられた。 そして、物心ついた妹からも、虐めや暴力を受けるようになった。 現代日本では考えられないような環境で育った私は、ある日妹に殺され、<選択の間>に呼ばれた。 異世界の創造神に、地球の輪廻の輪に戻るか異世界に転生するかを選べると言われ、迷わず転生することを選んだ。 けれど、転生先でも両親に愛されることはなくて…… お読みいただきありがとうございます。 のんびり不定期更新です。

異世界でのんびり暮らしたい!?

日向墨虎
ファンタジー
前世は孫もいるおばちゃんが剣と魔法の異世界に転生した。しかも男の子。侯爵家の三男として成長していく。家族や周りの人たちが大好きでとても大切に思っている。家族も彼を溺愛している。なんにでも興味を持ち、改造したり創造したり、貴族社会の陰謀や事件に巻き込まれたりとやたらと忙しい。学校で仲間ができたり、冒険したりと本人はゆっくり暮らしたいのに・・・無理なのかなぁ?

この度異世界に転生して貴族に生まれ変わりました

okiraku
ファンタジー
地球世界の日本の一般国民の息子に生まれた藤堂晴馬は、生まれつきのエスパーで透視能力者だった。彼は親から独立してアパートを借りて住みながら某有名国立大学にかよっていた。4年生の時、酔っ払いの無免許運転の車にはねられこの世を去り、異世界アールディアのバリアス王国貴族の子として転生した。幸せで平和な人生を今世で歩むかに見えたが、国内は王族派と貴族派、中立派に分かれそれに国王が王位継承者を定めぬまま重い病に倒れ王子たちによる王位継承争いが起こり国内は不安定な状態となった。そのため貴族間で領地争いが起こり転生した晴馬の家もまきこまれ領地を失うこととなるが、もともと転生者である晴馬は逞しく生き家族を支えて生き抜くのであった。

処理中です...