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ヒロインはざまぁされた
第二十九話 公爵家の影
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クライヴは、六年前から交易のために国外を飛び回っていた。それが、ここに居ることにベアトリスは驚く。
「お兄様、いったいどうして――」
気が抜けた声が出た。
声は震えていたが、安堵の色が滲んでいた。
しかし、そんなベアトリスの言葉を無視して、クライヴはカーティスを睨み付けて言い放った。
「義父上はご病気だ。指の魔道具を取り外し、すぐに寝室へお連れしろ」
「クライヴ!」
カーティスが憎々しげに息子の名を叫ぶ。
ルーカスを封じた魔道具は騎士によって取り上げられ、クライヴに渡された。
クライヴは苦い顔をしてそれを受け取り、指輪に向かって「申し訳ありません、必ずお出しいたしますので、少しの間だけお待ちください」と告げ、改めてカーティスに向き直る。
「長かったですよ、義父上。貴方の手によって国外に飛ばされたせいで、根回しに六年もの時間がかかってしまいました」
養父を見つめるクライヴの目は、驚くほど冷たい。
「今日、この日をもって、貴方には当主の座から降りていただきます」
「何を馬鹿な――」
「丁重にお連れしろ」
「お前、こんなことが許されるとでも思っているのか!」
「許されないのは、貴方の方です」
見下すようにそう告げ、騎士達がカーティスを取り押さえるように掴み、その体を執務室から引きずり出す。
その際、カーティスとベアトリスの目が合った。そして、カーティスが叫んだ言葉は、亡くなったベアトリスの母の名だった。
「お兄様、あの、いったい何が・・・・・・」
目の前で起きた一連の事態に、ベアトリスは混乱する。
「ベアトリス、お前は部屋で待っていなさい」
クライヴがそう告げると、泣きそうな顔をしたベアトリス付きの侍女がやって来て、そっと労るように自室へ行くよう促された。
「いったい、何が起きたの・・・・・・?」
自室につき、ベッドに腰かかけて自問自答する。
ベアトリスは混乱していた。いったい、何が起こったのか。分かるのは、カーティスの様子がおかしかったことと、ルーカスがカーティスの手によって封印され、兄が下剋上を行ったということだ。
「お義父様は、何故、ルーカス様を封印したの?」
いくら考えても、分からなかった。
カーティスの言葉から、どうやらルーカスを邪魔に思っていたらしい、ということだ。これは、公爵という地位に就いている男が抱くべき感情ではない。むしろ、喜ばしいことではないか。
何故、と思った。
けれど同時に、気づきたくない、と思っていた。
様子がおかしかった義父から感じた、妙な悍ましさ。あれは、自分にとって良くないモノだと本能が告げていた。
優しい義父だ。
自分に甘くて、愛情を注いでくれている義父だったはずなのだ。
なのに、何故義父を良くないモノを思ったのか。
気づきたくなかった。
だから、ベアトリスは答えを悟る前に、クライヴが部屋を訪ねてきたことで思考が中断されたことに、ほんの少しの安堵を感じたのだった。
「ベアトリス。改めて、久しぶりだな」
「お兄様」
入ってきたクライヴは、随分と疲れているようだった。
そんな彼に話したいことがあるのだと告げられ、ベアトリスは戸惑いながら席をすすめ、侍女にお茶を持ってくるよう指示した。
侍女が淹れたお茶を飲み、一息ついてから、クライヴは口を開いた。
「今回のこと、驚いただろう?」
おもむろに切り出されたそれに、ベアトリスは不安に瞳を揺らす。
「お兄様。いったい、今回の件はなんだったのですか? ルーカス様はご無事なのでしょうか?」
それに、クライヴは当然の疑問だと頷いた。
「そのことについて、説明に来たんだ」
そうして始まった説明は、ベアトリスにとっては驚きの事実の連続だった。
まず、ベアトリスの義父であるカーティス・バクスウェル公爵のこと。
なんと彼は、ベアトリス達の母に惚れていたそうだ。
「義父上――否、叔父上のその気持ちを母上付きの侍女が気づいて父上に相談したそうだ。そして、調べた結果、尋常ならざる執着を母上に抱いていると分かった。そのため、叔父上はお祖父様の手によって国外の仕事に回された」
だからこそ、国に蔓延した病から逃れられたのだ。
「最初、私もそれを知らなかったし、母上も亡くなってしまわれたのでそこで話は終わっていたんだ」
執着する先がなくなったのなら、普通はそうだろう。しかし、祖父も父も死に、カーティスに公爵の座が回ってきて、そこで彼は見つけてしまった。
「ベアトリス。お前は、母上によく似ている。それこそ、生き写しと言っていいほどに」
「・・・・・・!」
ベアトリスの肌が粟立つ。嫌な予感がした。
「お前が幼い頃はよかった。そのころは、あの人も庇護欲しか抱いていなかっただろう」
しかし、いつしかそこに色が混ざり始めた。
「・・・・・・あの人は、ご病気だ」
母に抱いた欲を、実の姪にぶつけることを選んだのだから。
クライヴから齎された真実は、残酷だった。
しかし、次に出た言葉でベアトリスの遠くなりかけた意識は引き戻される。
「叔父上のそれを私に教えてくださったのは、アルフォンス様だったんだ」
「えっ」
まさかの人物の名が出て、ベアトリスは驚いた。
「ベアトリスを見る公爵の目が尋常ではない。気をつけた方がいいと言われてね」
まさかとは思ったが、少し調べてみたら母のことと、古参の使用人の一部からベアトリスを心配する声が上がったのだという。
「今だから言うが、アルフォンス様との婚約は、ベアトリスの身を守るためでもあったんだ」
愕然とした顔をするベアトリスに、クライヴは苦く微笑む。
「アルフォンス様とお前の婚約は、いずれ解消される予定だった。・・・・・・お前が、あまりにも頑なだったからね」
そうして、クライヴはアルフォンスの事情を話し始めた。国王との暗闘は、ゲームにはない設定だ。ベアトリスは夢にも思わなかった裏事情に、血の気が引いていく思いだった。
ベアトリスはゲーム通りの悪役令嬢になりたくなかった。だから、ゲームの中で狂愛していたアルフォンスとは距離をおき、悪役令嬢によって酷い目に遭ったキャラクターを救済してきた。
しかし、ベアトリスがゲームの通りにアルフォンスを愛さず、それどころかゲーム通りに断罪されることを恐れて倦厭したためにアルフォンスは多大な苦労を強いられ、命の危機にまで陥っていた。
そして、何よりあの断罪劇。あれはベアトリスの動きを察知し、利用した茶番だというではないか。
「アルフォンス様はとうとう王太子の座を降りた。あの方は、もう限界だった」
クライヴはアルフォンスの強固な後ろ盾になるため、そして、妹を叔父から守るために暗躍していた。しかし、それは間に合わなかった。
「アルフォンス様はお前を心配していたよ。自分がお前の婚約者の座から降りれば、叔父上が動き出すだろう、と」
だから事前にルーカスに接触し、忠告をしていた。そして、カーティスに感づかれないためと、ベアトリスの心を慮って、そのことはベアトリスに伏せられた。
思い返せば、クライヴはベアトリスとアルフォンスの仲をどうにか取り持とうとしていた。
アルフォンスの身に何が起きているかを告げなかったのは、ベアトリスが幼かったからだろう。何も知らないベアトリスは、深く考えずにアルフォンスを倦厭してしまった。
しかし、よくよく思い出せば、アルフォンスは王子にあるまじき不自然な怪我をよくしていなかっただろうか?
もし、その不自然な怪我をしたのが他の人間であれば、ベアトリスは一歩踏み込んで尋ねただろう。どうしたのか、と。
けれど、アルフォンスだったから――『悪役令嬢を断罪する第一王子』だったから、彼から目をそらし、目の前の『アルフォンス・ルビアス』をよく見ようとせず、気遣うこともしなかった。ただただ、彼を避けていた。
(アルフォンス様は、どう思っていたのかしら)
『悪役令嬢』のせいで不幸になったコーネリアスとジオルド。『悪役令嬢』にはなるまいと彼らに救いの手を伸ばして、すぐ隣に立っていたアルフォンスの顔は見ないふり。
(そういえば、小さい頃は何か言いたげにしていた)
けれど、ベアトリスはそれが自身にとって不都合なことだと思った。だから話題を変えて、それを言わせなかった。そして、いつしか彼はベアトリスに何も求めなくなった。
(何を言おうとしていたのかしら・・・・・・)
いまさら、そんなことを思う。
全ては終わってしまい、アルフォンスは舞台から降りてしまったのに。
情の通わない婚約者。
ベアトリスは、自分がアルフォンスにとって情をかけるべき価値のある人間ではないと自覚した。しかし、そんな自分をアルフォンスは気にかけてくれていた。
「まさか、あの人が大精霊を封じられるような魔道具を手に入れるとは思わなかった。どうにか間に合ってよかったよ。ルーカス様が封じられた魔道具は、我が家の魔道士でも封印を解除できる代物だ。すぐに元気なお姿が見れるだろう。安心しなさい」
そう言って、疲れたように微笑んだクライヴにベアトリスはなんと返していいか分からなかった。
***
厳かな空気の中、神官の声が大聖堂に響く。
葬儀は粛々と進められ、国王への最後の別れのために、白い薔薇の花を棺へ納める。
棺の中の国王の顔には、あの日見た、異様な数の人の名前はなかった。化粧が厚く塗られていたため、それで隠しているのだと察する。
ここ数日で、本当に色々なことがあった。
その後、カーティスは別宅に監禁された。そして、彼の仕出かしがベアトリスの耳に届けられた。
コーネリアスがアリスに呪詛を送ったのは、カーティスのせいだったそうだ。
カーティスがベアトリスを餌にしてコーネリアスを唆し、彼はまんまとそれに騙された。そして、コーネリアスはジオルドを自滅させるために彼を騙し、煽ってコニア男爵領で暴れさせた。恋のライバルを蹴落とすために・・・・・・
結局、二人はカーティスの思惑通りにベアトリスの周りから排除された。デュアー伯爵家はどうにか子爵位に降爵という罰で纏まり、ジオルドは家から身一つでの放逐の処分が下された。そして、コーネリアスは自我を失ったまま、明日をも知れぬ身となった。
二人が、ベアトリスの有力な婚約者候補だったばかりに・・・・・・
(救済したはずなのに、二人とも居なくなってしまった。・・・・・・私が、原因で)
そして、倦厭していたアルフォンスに、ベアトリスは守られていた。
恥じ入る思いだった。
アルフォンスは、ゲーム上では最も攻略難易度が低く、ファンの間では『チョロ王子』などと揶揄されるキャラクターだった。
ベアトリスは、無意識のうちに彼を侮っていたのだ。
(チョロ王子? 厳しい王太子教育をされているのに、そんなの現実にはあり得ない。私は、何を見ていたのかしら・・・・・・)
自分の視野の狭さを、ベアトリスは自覚せざるを得なかった。
前世の記憶のおかげで、ゲームの中のような『悪役令嬢』にはならなかった。ただの心優しい、普通の令嬢であれた。しかし、前世の一般市民の常識を引き継いだせいで、高位貴族の令嬢としの自覚に欠け、甘すぎた。そして何より、ゲーム知識に囚われすぎていた。
ベアトリスの頭は、いろんな事がありすぎて、未だに整理しきれない。
ただ、胸に落ちる重い感情は、いつか後悔という形を取るのだろう。
「お兄様、いったいどうして――」
気が抜けた声が出た。
声は震えていたが、安堵の色が滲んでいた。
しかし、そんなベアトリスの言葉を無視して、クライヴはカーティスを睨み付けて言い放った。
「義父上はご病気だ。指の魔道具を取り外し、すぐに寝室へお連れしろ」
「クライヴ!」
カーティスが憎々しげに息子の名を叫ぶ。
ルーカスを封じた魔道具は騎士によって取り上げられ、クライヴに渡された。
クライヴは苦い顔をしてそれを受け取り、指輪に向かって「申し訳ありません、必ずお出しいたしますので、少しの間だけお待ちください」と告げ、改めてカーティスに向き直る。
「長かったですよ、義父上。貴方の手によって国外に飛ばされたせいで、根回しに六年もの時間がかかってしまいました」
養父を見つめるクライヴの目は、驚くほど冷たい。
「今日、この日をもって、貴方には当主の座から降りていただきます」
「何を馬鹿な――」
「丁重にお連れしろ」
「お前、こんなことが許されるとでも思っているのか!」
「許されないのは、貴方の方です」
見下すようにそう告げ、騎士達がカーティスを取り押さえるように掴み、その体を執務室から引きずり出す。
その際、カーティスとベアトリスの目が合った。そして、カーティスが叫んだ言葉は、亡くなったベアトリスの母の名だった。
「お兄様、あの、いったい何が・・・・・・」
目の前で起きた一連の事態に、ベアトリスは混乱する。
「ベアトリス、お前は部屋で待っていなさい」
クライヴがそう告げると、泣きそうな顔をしたベアトリス付きの侍女がやって来て、そっと労るように自室へ行くよう促された。
「いったい、何が起きたの・・・・・・?」
自室につき、ベッドに腰かかけて自問自答する。
ベアトリスは混乱していた。いったい、何が起こったのか。分かるのは、カーティスの様子がおかしかったことと、ルーカスがカーティスの手によって封印され、兄が下剋上を行ったということだ。
「お義父様は、何故、ルーカス様を封印したの?」
いくら考えても、分からなかった。
カーティスの言葉から、どうやらルーカスを邪魔に思っていたらしい、ということだ。これは、公爵という地位に就いている男が抱くべき感情ではない。むしろ、喜ばしいことではないか。
何故、と思った。
けれど同時に、気づきたくない、と思っていた。
様子がおかしかった義父から感じた、妙な悍ましさ。あれは、自分にとって良くないモノだと本能が告げていた。
優しい義父だ。
自分に甘くて、愛情を注いでくれている義父だったはずなのだ。
なのに、何故義父を良くないモノを思ったのか。
気づきたくなかった。
だから、ベアトリスは答えを悟る前に、クライヴが部屋を訪ねてきたことで思考が中断されたことに、ほんの少しの安堵を感じたのだった。
「ベアトリス。改めて、久しぶりだな」
「お兄様」
入ってきたクライヴは、随分と疲れているようだった。
そんな彼に話したいことがあるのだと告げられ、ベアトリスは戸惑いながら席をすすめ、侍女にお茶を持ってくるよう指示した。
侍女が淹れたお茶を飲み、一息ついてから、クライヴは口を開いた。
「今回のこと、驚いただろう?」
おもむろに切り出されたそれに、ベアトリスは不安に瞳を揺らす。
「お兄様。いったい、今回の件はなんだったのですか? ルーカス様はご無事なのでしょうか?」
それに、クライヴは当然の疑問だと頷いた。
「そのことについて、説明に来たんだ」
そうして始まった説明は、ベアトリスにとっては驚きの事実の連続だった。
まず、ベアトリスの義父であるカーティス・バクスウェル公爵のこと。
なんと彼は、ベアトリス達の母に惚れていたそうだ。
「義父上――否、叔父上のその気持ちを母上付きの侍女が気づいて父上に相談したそうだ。そして、調べた結果、尋常ならざる執着を母上に抱いていると分かった。そのため、叔父上はお祖父様の手によって国外の仕事に回された」
だからこそ、国に蔓延した病から逃れられたのだ。
「最初、私もそれを知らなかったし、母上も亡くなってしまわれたのでそこで話は終わっていたんだ」
執着する先がなくなったのなら、普通はそうだろう。しかし、祖父も父も死に、カーティスに公爵の座が回ってきて、そこで彼は見つけてしまった。
「ベアトリス。お前は、母上によく似ている。それこそ、生き写しと言っていいほどに」
「・・・・・・!」
ベアトリスの肌が粟立つ。嫌な予感がした。
「お前が幼い頃はよかった。そのころは、あの人も庇護欲しか抱いていなかっただろう」
しかし、いつしかそこに色が混ざり始めた。
「・・・・・・あの人は、ご病気だ」
母に抱いた欲を、実の姪にぶつけることを選んだのだから。
クライヴから齎された真実は、残酷だった。
しかし、次に出た言葉でベアトリスの遠くなりかけた意識は引き戻される。
「叔父上のそれを私に教えてくださったのは、アルフォンス様だったんだ」
「えっ」
まさかの人物の名が出て、ベアトリスは驚いた。
「ベアトリスを見る公爵の目が尋常ではない。気をつけた方がいいと言われてね」
まさかとは思ったが、少し調べてみたら母のことと、古参の使用人の一部からベアトリスを心配する声が上がったのだという。
「今だから言うが、アルフォンス様との婚約は、ベアトリスの身を守るためでもあったんだ」
愕然とした顔をするベアトリスに、クライヴは苦く微笑む。
「アルフォンス様とお前の婚約は、いずれ解消される予定だった。・・・・・・お前が、あまりにも頑なだったからね」
そうして、クライヴはアルフォンスの事情を話し始めた。国王との暗闘は、ゲームにはない設定だ。ベアトリスは夢にも思わなかった裏事情に、血の気が引いていく思いだった。
ベアトリスはゲーム通りの悪役令嬢になりたくなかった。だから、ゲームの中で狂愛していたアルフォンスとは距離をおき、悪役令嬢によって酷い目に遭ったキャラクターを救済してきた。
しかし、ベアトリスがゲームの通りにアルフォンスを愛さず、それどころかゲーム通りに断罪されることを恐れて倦厭したためにアルフォンスは多大な苦労を強いられ、命の危機にまで陥っていた。
そして、何よりあの断罪劇。あれはベアトリスの動きを察知し、利用した茶番だというではないか。
「アルフォンス様はとうとう王太子の座を降りた。あの方は、もう限界だった」
クライヴはアルフォンスの強固な後ろ盾になるため、そして、妹を叔父から守るために暗躍していた。しかし、それは間に合わなかった。
「アルフォンス様はお前を心配していたよ。自分がお前の婚約者の座から降りれば、叔父上が動き出すだろう、と」
だから事前にルーカスに接触し、忠告をしていた。そして、カーティスに感づかれないためと、ベアトリスの心を慮って、そのことはベアトリスに伏せられた。
思い返せば、クライヴはベアトリスとアルフォンスの仲をどうにか取り持とうとしていた。
アルフォンスの身に何が起きているかを告げなかったのは、ベアトリスが幼かったからだろう。何も知らないベアトリスは、深く考えずにアルフォンスを倦厭してしまった。
しかし、よくよく思い出せば、アルフォンスは王子にあるまじき不自然な怪我をよくしていなかっただろうか?
もし、その不自然な怪我をしたのが他の人間であれば、ベアトリスは一歩踏み込んで尋ねただろう。どうしたのか、と。
けれど、アルフォンスだったから――『悪役令嬢を断罪する第一王子』だったから、彼から目をそらし、目の前の『アルフォンス・ルビアス』をよく見ようとせず、気遣うこともしなかった。ただただ、彼を避けていた。
(アルフォンス様は、どう思っていたのかしら)
『悪役令嬢』のせいで不幸になったコーネリアスとジオルド。『悪役令嬢』にはなるまいと彼らに救いの手を伸ばして、すぐ隣に立っていたアルフォンスの顔は見ないふり。
(そういえば、小さい頃は何か言いたげにしていた)
けれど、ベアトリスはそれが自身にとって不都合なことだと思った。だから話題を変えて、それを言わせなかった。そして、いつしか彼はベアトリスに何も求めなくなった。
(何を言おうとしていたのかしら・・・・・・)
いまさら、そんなことを思う。
全ては終わってしまい、アルフォンスは舞台から降りてしまったのに。
情の通わない婚約者。
ベアトリスは、自分がアルフォンスにとって情をかけるべき価値のある人間ではないと自覚した。しかし、そんな自分をアルフォンスは気にかけてくれていた。
「まさか、あの人が大精霊を封じられるような魔道具を手に入れるとは思わなかった。どうにか間に合ってよかったよ。ルーカス様が封じられた魔道具は、我が家の魔道士でも封印を解除できる代物だ。すぐに元気なお姿が見れるだろう。安心しなさい」
そう言って、疲れたように微笑んだクライヴにベアトリスはなんと返していいか分からなかった。
***
厳かな空気の中、神官の声が大聖堂に響く。
葬儀は粛々と進められ、国王への最後の別れのために、白い薔薇の花を棺へ納める。
棺の中の国王の顔には、あの日見た、異様な数の人の名前はなかった。化粧が厚く塗られていたため、それで隠しているのだと察する。
ここ数日で、本当に色々なことがあった。
その後、カーティスは別宅に監禁された。そして、彼の仕出かしがベアトリスの耳に届けられた。
コーネリアスがアリスに呪詛を送ったのは、カーティスのせいだったそうだ。
カーティスがベアトリスを餌にしてコーネリアスを唆し、彼はまんまとそれに騙された。そして、コーネリアスはジオルドを自滅させるために彼を騙し、煽ってコニア男爵領で暴れさせた。恋のライバルを蹴落とすために・・・・・・
結局、二人はカーティスの思惑通りにベアトリスの周りから排除された。デュアー伯爵家はどうにか子爵位に降爵という罰で纏まり、ジオルドは家から身一つでの放逐の処分が下された。そして、コーネリアスは自我を失ったまま、明日をも知れぬ身となった。
二人が、ベアトリスの有力な婚約者候補だったばかりに・・・・・・
(救済したはずなのに、二人とも居なくなってしまった。・・・・・・私が、原因で)
そして、倦厭していたアルフォンスに、ベアトリスは守られていた。
恥じ入る思いだった。
アルフォンスは、ゲーム上では最も攻略難易度が低く、ファンの間では『チョロ王子』などと揶揄されるキャラクターだった。
ベアトリスは、無意識のうちに彼を侮っていたのだ。
(チョロ王子? 厳しい王太子教育をされているのに、そんなの現実にはあり得ない。私は、何を見ていたのかしら・・・・・・)
自分の視野の狭さを、ベアトリスは自覚せざるを得なかった。
前世の記憶のおかげで、ゲームの中のような『悪役令嬢』にはならなかった。ただの心優しい、普通の令嬢であれた。しかし、前世の一般市民の常識を引き継いだせいで、高位貴族の令嬢としの自覚に欠け、甘すぎた。そして何より、ゲーム知識に囚われすぎていた。
ベアトリスの頭は、いろんな事がありすぎて、未だに整理しきれない。
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