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ヒロインはざまぁされた
第二十二話 王子様の悩み
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春が過ぎ、夏の入り口にさしかかったころ。
青々と茂る葉は青空によく映え、人々は眩しそうに眼前に手をかざす。
野を駆ける風は強く、農夫の麦わら帽子を空へと攫う。
あっ、という農夫の声を聞いて、空を舞う麦わら帽子の姿に農夫の息子が笑う――その足元で、ゆらり、と影が揺れた。
まるで影の中を魚が泳いでいるかのごとく波紋が広がり、それは影から影へと移動していく。
そして、とある暗い森の中、木の影から、とぷんと小さな人影が現れた。
その人影は小さく、背には蜻蛉のような羽があった。
小さな人影は、忌々しそうに己の首に巻き付く鉄の首輪を引っ掻く。そして小さく舌打ちすると、再び影の中に潜り、波紋を広げながら移動する。
向かう先にあるのは、王都から離れた田舎の小さな村――コニア男爵領。
アリス達の元に、新たな騒動が近づこうとしていた。
***
アリスが生きるこの国の夏は、日本と違って湿度が低く、温暖化やヒートアイランド現象などとも遠いため、日本の夏を知るアリスには過ごしやすく感じる。
しかし、それでもまあ暑いものは暑い。
窓の外では燦々と太陽が輝き、分厚い入道雲が空を流れている。
アリスはローズと共に、居間の窓際に置いてある小さなテーブルを挟んで座り、窓を全開にして涼やかな風を感じながら午後のお茶を楽しんでいた。
「最近、暑くなってきて、夏を感じますね」
「そうねぇ。けど、こういう時こそ油断していると体調を崩すの。人間は脆いんだから、気をつけなきゃだめよ」
いかにも健康の化身のような姿をしたローズにそう言われると、確かに自分は彼女に比べれば脆いだろうと思ってしまう。
アリスは素直に気をつけると頷き、ローズはそうしなさいと紅茶を飲み干す。そして、今日のおやつである冷たいゼリーを口にする。
「ああん、美味しい……♡」
うっとりとするローズに、アリスはにっこりと微笑む。
このゼリーには、この地で採れないはずのマンゴーがふんだんに使われていた。普通、産地でもない地でそうした食材を手に入れようと思うと、とんでもない金額が請求される。当然、さして裕福でもない田舎貴族であるコニア男爵家が手に入れられるような食材ではない。
しかし、最近ではたまにそういう珍しい食材がコニア男爵家の食卓に上がるようになった。
「ダンジョンって、ホント、凄いですよね。海の向こうの食材まで手に入るんですから」
アリスの言葉に、ローズもそうよねぇ、と同意した。
そう。このマンゴー、なんとダンジョン産のものなのだ。
いまだに肉目当てで通っていたダンジョン探索なのだが、最近到達した階層は食材メインの階層らしく、珍しい食材が多くドロップする。おかげさまで、最近のコニア男爵家の食卓は大変潤っている。ただし、コックは珍しい食材を前に、どう料理すれば美味しいのかと奮闘が求められている。それもまた幸せな苦労だと、笑って職務に励んでいるのは幸いだ。
そんなコックの奮闘の成果を笑顔で口にしながら、ローズとおしゃべりをしていると、風の通り道を作るために開けていた扉を叩く音がした。
「ごめん、アリス。ちょっといいかな?」
扉の傍に立っていたのは、アルフォンスだ。
アルフォンスは数枚の書類を持っていた。父の仕事の手伝いだろう。最近父はアルフォンスに頼りすぎて逃亡癖が酷くなり、先日、とうとうクリントによって椅子に縛り付けられて仕事をしていた。アリスが鍛え上げた己の拳で説教する日も近いかもしれない。
アルフォンスはアリスに書類を見せ、内容を説明し、質問する。それに頷き、質問に答えようとした、その時。
不意にローズが何かに気づいたようにパチリと目を瞬かせた。そして、視線を対象に走らせ、思わずその言葉をこぼした。
「あら? ダーリン君、もしかして、太った?」
――時が、止まった。
シン、と静まり返る部屋。
窓の外で燦々と輝いていた太陽は分厚い雲に隠れ、不穏な音を地上へ響かせる。
「……あらぁん?」
落ちた沈黙から、まずいことを言ったと察したローズは冷や汗を流しながら視線を泳がせる。
アリスもまた、書類に落としていた視線をゆっくりと動かし、アルフォンスの顔を見上げた。
――ピシャァァァァン!
雷鳴が轟き、稲光が室内を照らす。
「あるふぉんす・・・さま……?」
恐る恐る、アリスは愛する旦那様の名を呼ぶ。
「うん、何かな?」
アルフォンスは、笑顔を浮かべていた。完璧な、微笑みである。
(こ、こわい……)
ポツリ、と大地に雨粒が落ち、外は雷鳴轟く嵐へと姿を変える。
アルフォンスは完璧な微笑みのまま、告げた。
「ねえ、アリス。今度、私とデートに行かないかい?」
「へ?」
脈略のない誘いに、アリスは目を瞬かせた。
「それで、デートの場所なんだけど……」
アルフォンスの微笑みが輝く。
「ダンジョンなんてどうだろう?」
アリスとローズは、アルフォンスが無茶なダイエットを思い付いたことを悟った。
青々と茂る葉は青空によく映え、人々は眩しそうに眼前に手をかざす。
野を駆ける風は強く、農夫の麦わら帽子を空へと攫う。
あっ、という農夫の声を聞いて、空を舞う麦わら帽子の姿に農夫の息子が笑う――その足元で、ゆらり、と影が揺れた。
まるで影の中を魚が泳いでいるかのごとく波紋が広がり、それは影から影へと移動していく。
そして、とある暗い森の中、木の影から、とぷんと小さな人影が現れた。
その人影は小さく、背には蜻蛉のような羽があった。
小さな人影は、忌々しそうに己の首に巻き付く鉄の首輪を引っ掻く。そして小さく舌打ちすると、再び影の中に潜り、波紋を広げながら移動する。
向かう先にあるのは、王都から離れた田舎の小さな村――コニア男爵領。
アリス達の元に、新たな騒動が近づこうとしていた。
***
アリスが生きるこの国の夏は、日本と違って湿度が低く、温暖化やヒートアイランド現象などとも遠いため、日本の夏を知るアリスには過ごしやすく感じる。
しかし、それでもまあ暑いものは暑い。
窓の外では燦々と太陽が輝き、分厚い入道雲が空を流れている。
アリスはローズと共に、居間の窓際に置いてある小さなテーブルを挟んで座り、窓を全開にして涼やかな風を感じながら午後のお茶を楽しんでいた。
「最近、暑くなってきて、夏を感じますね」
「そうねぇ。けど、こういう時こそ油断していると体調を崩すの。人間は脆いんだから、気をつけなきゃだめよ」
いかにも健康の化身のような姿をしたローズにそう言われると、確かに自分は彼女に比べれば脆いだろうと思ってしまう。
アリスは素直に気をつけると頷き、ローズはそうしなさいと紅茶を飲み干す。そして、今日のおやつである冷たいゼリーを口にする。
「ああん、美味しい……♡」
うっとりとするローズに、アリスはにっこりと微笑む。
このゼリーには、この地で採れないはずのマンゴーがふんだんに使われていた。普通、産地でもない地でそうした食材を手に入れようと思うと、とんでもない金額が請求される。当然、さして裕福でもない田舎貴族であるコニア男爵家が手に入れられるような食材ではない。
しかし、最近ではたまにそういう珍しい食材がコニア男爵家の食卓に上がるようになった。
「ダンジョンって、ホント、凄いですよね。海の向こうの食材まで手に入るんですから」
アリスの言葉に、ローズもそうよねぇ、と同意した。
そう。このマンゴー、なんとダンジョン産のものなのだ。
いまだに肉目当てで通っていたダンジョン探索なのだが、最近到達した階層は食材メインの階層らしく、珍しい食材が多くドロップする。おかげさまで、最近のコニア男爵家の食卓は大変潤っている。ただし、コックは珍しい食材を前に、どう料理すれば美味しいのかと奮闘が求められている。それもまた幸せな苦労だと、笑って職務に励んでいるのは幸いだ。
そんなコックの奮闘の成果を笑顔で口にしながら、ローズとおしゃべりをしていると、風の通り道を作るために開けていた扉を叩く音がした。
「ごめん、アリス。ちょっといいかな?」
扉の傍に立っていたのは、アルフォンスだ。
アルフォンスは数枚の書類を持っていた。父の仕事の手伝いだろう。最近父はアルフォンスに頼りすぎて逃亡癖が酷くなり、先日、とうとうクリントによって椅子に縛り付けられて仕事をしていた。アリスが鍛え上げた己の拳で説教する日も近いかもしれない。
アルフォンスはアリスに書類を見せ、内容を説明し、質問する。それに頷き、質問に答えようとした、その時。
不意にローズが何かに気づいたようにパチリと目を瞬かせた。そして、視線を対象に走らせ、思わずその言葉をこぼした。
「あら? ダーリン君、もしかして、太った?」
――時が、止まった。
シン、と静まり返る部屋。
窓の外で燦々と輝いていた太陽は分厚い雲に隠れ、不穏な音を地上へ響かせる。
「……あらぁん?」
落ちた沈黙から、まずいことを言ったと察したローズは冷や汗を流しながら視線を泳がせる。
アリスもまた、書類に落としていた視線をゆっくりと動かし、アルフォンスの顔を見上げた。
――ピシャァァァァン!
雷鳴が轟き、稲光が室内を照らす。
「あるふぉんす・・・さま……?」
恐る恐る、アリスは愛する旦那様の名を呼ぶ。
「うん、何かな?」
アルフォンスは、笑顔を浮かべていた。完璧な、微笑みである。
(こ、こわい……)
ポツリ、と大地に雨粒が落ち、外は雷鳴轟く嵐へと姿を変える。
アルフォンスは完璧な微笑みのまま、告げた。
「ねえ、アリス。今度、私とデートに行かないかい?」
「へ?」
脈略のない誘いに、アリスは目を瞬かせた。
「それで、デートの場所なんだけど……」
アルフォンスの微笑みが輝く。
「ダンジョンなんてどうだろう?」
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