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ヒロインはざまぁされた

第十五話 呪い

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 その後、アルフォンス達は急いで屋敷に戻り、ジオルドは村人達の手で拘束され、簀巻きにされて男爵邸の地下牢に転がされた。
 アリスは自室のベッドに寝かされ、ベッドの周りにはアルフォンスとローズ、デニス、マイラ、クリントが居る。
 普通、大精霊と契約した者には加護が与えられ、呪いなどはかけられない。しかし、アリスには呪いがかかっているという。これはいったい、どういうことなのか。
「加護も絶対ってわけじゃないのよ」
 ローズは苦々しい口調で言う。
「より格上の存在からの攻撃であれば、その加護は突破されるの。それと、裏ワザがあるのよ」
 馬鹿みたいな魔力量が必要になるから普通は出来ないけど、と付け加え、ローズはその方法を話す。
「小さな呪いをとにかくたくさん絶えずかけ続けるの」
 加護は体を覆うバリアーみたいなもので、多くの呪いで絶えず攻撃されれば、バリアーはたわみ、薄くなり、そして小さな穴が一瞬開く。その一瞬の間に無数の呪いが打ち込まれ、対象は呪われる。
 今回、アリスが呪われたのも、そういう手法を取られたのだ。
「呪い自体は、簡単で些細なものでいいの。箪笥の角に足の小指をぶつけるだとか、滑って尻もちをつく、だとかね。けど、そんな呪いでも、数が多ければ命の危険があるものに変質する恐れがある。今は気を失っているだけだけど、このままだとまずいわ」
 その言葉に、アルフォンス達は顔を悲痛に歪めた。
「ローズ様! ローズ様のお力でどうにかならないのですか?」
 縋りつくようにマイラが言うが、ローズは申し訳なさそうに首を横に振った。
「ごめんなさい。アタシの力では人にかけられた呪いは解くことが出来ないの。アタシの解呪方法は『呪いを燃やす』こと。アタシではアリスちゃんを死なせちゃう」
 光の精霊ならアリスを傷つけずに呪いを解けるのだが、彼らの手を借りるのは難しい。基本的に、精霊は人に手を貸さない。貸すとしても、契約者を通してだけ。ローズが頼んだとしても、きっと手を貸してはくれないだろう。
 ローズの返答に、マイラははらはらと涙を零し、崩れ落ちた。
「そんな、それじゃあ……お嬢様は……」
「マイラ……」
 忠実な侍女の顔が絶望に染まる。
 呪いというものは厄介だ。
 時間がたてばたつほど被害者は体や精神を蝕まれ、大抵は人として立ち行かなくなり、いずれは死に至る。
 もちろん、呪いを解く専門家が存在する。しかし、その数は少なく、他に依頼を抱えていたり、遠隔地に住んでいるためだったりと、大抵の場合は間に合わないことが多い。
 アリスは大精霊の契約者なので、国に助けを求めれば、その力を惜しんだ国が専門家を派遣してくれるだろう。しかし、それでも絶対に呪いが解けるという保証はないし、専門家が来るまでに容体が変わる可能性もあるのだ。
アリスの父親たるデニスは奥歯を噛みしめ、打ちひしがれる忠実な侍女から目を逸らし――視線先に居た人物の様子に気づく。
「アルフォンス殿? 何をしているんだい?」
 その問いと同時に、パチン、と微かに何かが弾ける音がした。
 皆の視線がアルフォンスに集まり、彼はそれを受けてホッとしたように微笑んだ。
「呪いを一つ、解きました」
 それに、一同はぎょっと目を剥いた。
「簡単な呪いで良かった。簡単なものなら、私が解くことができます」
 変質する前に解いてしまいましょう、とアルフォンスは言い、再びアリスに向き直る。
 そんな彼の後姿を、デニス達は信じられないような面持ちで見た。
 呪いというものは、そう簡単に解けるようなものではない。アリスにかかった呪いが簡単なものだったとしても、大精霊の加護を突破し、契約者の意識を失わせるような呪いだ。厄介な状態になっているのは間違いないだろう。
 しかし、それを解けるというのなら、それは専門家に近しいほどの知識と技術を有していると考えられる。
 それをどうしてアルフォンスが身に着けているのかは謎だが、デニスはこの巡りあわせに感謝した。
 そんなデニスの後ろで、何かを察したローズとクリントは、アルフォンスを憐れむような目で見つめていた。

   ***

 パチン、と小さく何かが弾けるような音が部屋に響く。
 アリスの部屋にはランプの火が灯り、外は既に星が瞬いている。
 あれから解呪作業は続き、深夜になってもそれは終わらなかった。デニス達は寝落ちし、この部屋で起きているのはローズとアルフォンスだけだ。
 解呪作業を黙々と進めるアルフォンスの背中を見つめながら、ローズは切なく思う。彼は、いったいどれほどの数、その身に呪いを受けてきたのだろう、と。
 アルフォンスが呪いが解けるのは、必要に駆られてだろう。そうでなければ、どうして一国の王子がこれほどの腕前を持てるというのか。
 呪いを解くのは、呪いをかけるよりも難しい。それはつまり、呪いを解く方法を習得するには時間と手間がかかるということだ。はたして王太子であったアルフォンスに、そんな時間はあっただろうか?
 一国を治める王となるために、学ぶためのスケジュールはキッチリと組まれ、そこにある程度の年齢になれば公務が差し込まれる。そうなれば、いっそう呪いを解くための勉強の時間をとるのは難しくなる。
 もちろん、呪いを解く方法にさらりと触れるようなことはあっただろう。しかし、専門的な知識は与えられない。そもそも、解呪の専門家は国で雇っており、宮廷魔導士として籍を置いている。そのため、王太子はその知識を深める必要はないのだ。
 しかし、アルフォンスにはその知識がある。それも、解呪の腕前は専門家も認める腕前だろう。そんな実力を手に入れる何かがあったとすれば、それはもう、彼が呪われ、必要に駆られて知識を増やしたとしか思えない。
(可哀想なコ……)
 ローズは空中にぷかぷかと浮かびながら、憐憫に視線を落とす。
 王太子なのに、何故、城に居るはずの解呪の専門家に頼らなかったのか。
 それは、頼ることが出来ない――許されない身の上だったからだろう。
 そこから導き出される答えは、冷遇だ。
(人間って、時々そういうコトをするわよね)
 ローズは、王家に何があったのかは知らない。しかし、時として、人間は思いもよらぬ残酷さを発揮することを知っていた。
(もしかして、アリスちゃんと結婚する切っ掛けになった婚約破棄騒動って、そうする必要があったからやったことなのかしら)
 アルフォンスは、愚かな人間ではない。短い期間ではあるが、彼と接してみて、ローズはそう感じていた。
 再び、パチン、と呪いが解ける音がする。
 ローズは黙々と作業するアルフォンスの背を、無言で見守っていた。
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