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ヒロインはざまぁされた

第三話 肉

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「そりゃお嬢様、そんな時は肉だよ」
 真顔でそう言うのは、村の少年だ。
 コニア男爵領の領地は、住人が四百人程しかいないド田舎の村一つだけだ。男爵も偉ぶらないフレンドリーな人間なので、コニア男爵一家と村人の距離は近い。
 そうなの? と首を傾げるアリスに、少年は重々しく頷いた。
 肉は早々食べられないご馳走である。肉がある日の食卓はいつも戦争だし、体の具合が悪くて食欲がない日も、肉だけはなんとしてでも食べるのが少年の当たり前だ。食べ盛りの少年には、肉こそが正義である。
「肉があれば元気になるし、肉を食べればもっと元気になる」
 確信に満ちた少年の言葉に、そうなのか、とアリスは頷く。
「けど、肉って言われてもねぇ……。獣や魔物を狩るにしても、私だけじゃ難しいわ」
「いや、そこは買いなよ」
 一応、貴族のお嬢様なんだから、と少年は言うが、木っ端貴族の男爵令嬢如きのお小遣いでは王太子の舌を満足させるような高級肉を手に入れるのは難しい。それに、そこは自分の力で手に入れたいという乙女心だ。――手に入れるものが肉であることに疑問を持たないあたり、アリスの女子力は底辺だ。
 アリスは少年と別れ、お嬢様らしからぬ野生児じみた乙女心のままに、どうにかして自分の手で肉を狩れないかと考えながら歩く。
 考えすぎて獣や魔物のルビが肉となったところで、アリスはふと思い出す。この世界が舞台となった乙女ゲームの、期間限定イベントのことを……
「そういえば、あのイベントって、この近くであったんじゃなかったっけ?」
 そのイベントは、ヒロインが契約する精霊の里帰りイベントだった。ちなみに、アリスはその精霊と契約していない。何故なら、その精霊は既に他の人物と契約していたからだ。
 アリスはそれを思い出し、少し困ったような顔をした。
「今思えばベアトリス様って、絶対、前世の記憶――乙女ゲームをプレイした記憶があるよね……」
 ヒロインが契約するはずの精霊は、悪役令嬢――アルフォンスの元婚約者、ベアトリス・バクスウェル公爵令嬢と契約していた。
 この精霊は光の属性を持つ大精霊なのだが、たちの悪い魔法使いに捕まり、魔道具の材料の一つとして鏡の中に封じられてしまうのだ。
 長い間、光属性の破邪の鏡として利用されてきたのだが、精霊の怒りにより邪悪なものどころか、無差別に人間を焼き払おうとするので、呪われた鏡として封印されてしまった。
 ゲームではヒロインが怒りによって引き起こされた災い――小規模なスタンピードを乗り越えてこの封印まで辿り着き、鏡を割って光の大精霊を開放する。そして光の大精霊はヒロインに感謝し、彼女を守護するようになるのだ。
 この鏡の封印場所はゲームをしていれば分かるだろうし、封印場所は小さな町にある廃教会の忘れられた祭壇だ。
大精霊はスタンピードによって魔物に鏡を割らせるつもりだったのだが、ゲーム内ではこのスタンピードによる被害も描写されていたので、この災いは起こされる前にどうにかするべき案件だろう。
 ベアトリスもそう思って大精霊を解放したに違いない。そして、その礼に契約を結んでもらったのだろう。
(別に、横取りされたとかは思わないんだけど……)
 スタンピードなんて、起こらない方がいい。それに巻き込まれるだなんて、御免被るというものだ。それを未然に防いでくれたのだから、礼を言いたいくらいだ。
 しかし、実のところ、この大精霊との契約はヒロインの価値を高めてくれるイベントでもあったのだ。
 元々、ただの精霊と契約できる者も少ない方で、大精霊の契約者ともなればかなり貴重な存在となる。そんな人間が居れば、国で大切に保護する方針をとっていた。
 この大精霊の契約者であったからこそ、ゲーム上のヒロインは男爵令嬢にもかかわらず、地位の高い攻略対象の男達と結ばれることが出来たのだろう。
(大精霊との契約は、ヒロインのパワーアップイベントでもあったからなぁ……)
 地位と武力のパワーアップである。アリスとしては、この武力のパワーアップというのが魅力的だ。
(地位とかどうでもいいけど、武力アップしたい。そうしたら、ダンジョンに潜れるもの)
 ダンジョン。
 それは、『神の遊び心』だの、『神が人に与えた修練の場』だのと言われている不思議な魔境である。つまりは、よくあるファンタジー世界のお約束の場所だ。
 この世界のダンジョンでは、ダンジョン内の魔物は外に生息する魔物が弱体化して出現する。そして、不思議なことに倒した魔物は素材となるアイテムを幾つか残して、その骸は消えてしまう。
 それを思えば損した気分になるのだが、とれるアイテムの量は少なくとも、強い魔物が弱体化しているため、冒険者などが高価なドロップ品目当てでダンジョンに潜ったりする。
 実はこのダンジョンが、この男爵領の近くにも一つ存在するのだ。
「けど、ピーキーダンジョンなんだよね……」
 ダンジョンは普通、深く潜れば潜るほど攻略難易度が上がる。人々はその難易度を上層、中層、下層、深層と大きく四つに分けて呼んでいる。
 多くのダンジョンはその四つの特性を持っているのだが、稀に攻略難易度が低い上層のみだったり、中層までしかないダンジョンも存在する。
 そんな、四つの特性を持たないダンジョンの一つが、このコニア男爵領のダンジョンだった。
 なんと、ここのダンジョン、中層が存在しないピーキーダンジョンなのだ。
 この中層が存在しないというのは、ダンジョン攻略において困るものだった。ダンジョンが『神が人に与えた修練の場』といわれるように、深く潜るにつれ魔物が強くなり、一定以上の強い魔物が出ないというのは、己を鍛えるのにうってつけの場でもある。特に中層は自分の実力を把握しやすく、次のステップに移せる階層だ。
それなのに、コニア男爵領のダンジョンは、それがない。
 初心者コースを抜けたら突然プロ専用の上級者コースなんてどんな悪夢かというものだ。
 だいたいの冒険者は中層で腕を磨き、金を稼ぐ。そして自分の実力を把握して、下層行きを諦める者は多い。下層より深く潜れるのは、限られた実力者のみだ。
 そんな重要な中層が無いダンジョンは実入りが悪く、冒険者が居つかない。そのため、コニア男爵領のダンジョンは、領地経営には向かない困ったものだった。
 しかし、そんな上級者コースを一人で悠々と進み、アイテムを回収できる人間も居る。そんな人間の一人が、大精霊の契約者だ。
「これはもう、私も大精霊と契約するしかない……!」
 普通であれば精霊と契約するなど無謀もいいところだ。精霊と接触するなど、困難極まりないからだ。
 しかし、前世の乙女ゲームの記憶があるアリスには、精霊と接触できる場所を知っていた。
 乙女ゲーム『精霊の鏡と魔法の書』の期間限定イベント。『大精霊の里帰り』で出てきた精霊たちの集う場所、その名も『精霊の泉』。
 その場所に、アリスは心当たりがあった。
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