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ヒロインはざまぁされた

第一話 お婿さんゲット

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 ――結婚したい。
 それは、女の切なる願いだった。
 見合い回数三十六回。その全てに全敗し、お一人様をひた走る三十路女は、ちょっといいなと思っていた同僚の結婚式の引き出物を酒の肴に、やけ酒をしていた。
「バームクーヘンエンドなんて、冗談じゃないわよぉぉぉ!」
 ド畜生! と吠えながらバームクーヘンをかっ食らうその様は、男が見れば回れ右して走って逃げるに違いない。
 婚期が遠のくのも納得な形相をする彼女は、結婚がしたくてたまらなかった。
 結婚相手と新婚旅行先を相談したいし、ウエディングドレスを着たいし、新居を探すのに苦労したいし、一緒にスーパーに買い物に行きたいし、愛する命を腹に宿したかった。
「けっこんしたいぃぃ……」
 女の嘆きは深かった。それこそ、その想いを来世に持ち越すくらいに……

   ***

「けっこんしたい……」
 そう呟いて目を覚ましたのは、金髪碧眼の可愛らしい少女だ。
 少女の名は、アリス・コニア。デニス・コニア男爵の一人娘である。
 幼い頃に母を亡くし、父と使用人たちの手で育てられた田舎者の令嬢だった。
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「余計なことを思い出したぁぁ……」
 アリスは現在、コニア男爵領にある実家に帰って来ていた。
 あの婚約破棄事件が起きたのは半月ほど前。アリスはアルフォンスと共に王城へ送られ、事情聴取を受けた。
 その結果、アリスは二つの罰を受けることとなった。その一つが、王立学園からの退学だ。
 貴族の子は、必ず王立学園に入学し、卒業する。それが、貴族としての絶対的なステータスだ。
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 けれども、それは騒動の原因の一人に対する罰としては、軽いものだった。
 それもそのはず、アリスはアルフォンスの企みに一切関与していなかったのだ。
 アリスはアルフォンスに単純に恋をして、諦め半分、恋しさ半分で彼の傍に居続けただけだ。
 それに、実のところアリスとアルフォンスは二人きりになったことはない。いつだって側近の男子生徒が傍にいた。そんな状態で深い仲になれるはずもない。
 正直、あわよくば側妃になれないかとは思ったこともあったが、王妃になりたいとは一度も思ったことがなかった。男爵令嬢如きの地位や教養では無理だと分かっていたからだ。
 時折、仄かに柔らかな熱を帯びる綺麗な瞳に見惚れながら、アリスは恋心を抱えて一人悶々としていた。
 だが、嫌がらせを受けていたのは本当だ。
 あの頃、アリスは初恋に浮かれ、脳内が花畑状態になっていたのだろう。そうでなければ、男爵令嬢如きが王太子の傍をうろつくなどという令嬢達を刺激するようなことはしない。そして、そんな虐めの相談を、アルフォンスに――男に相談するようなことはしない。女の諍いに、男が首を突っ込むと拗れるのは知っていたのだから。
 しかし、その相談の末に迎えたのがベアトリスへの糾弾になるとは夢にも思わなかった。
 そういったことをアリスは正直に話し、その裏取りもなされ、今回の騒動にはアリスに大きな非は無いという結論が下された。
 それゆえに、男爵家に大きなお咎めはなかった。
 けれど、事が起きた責任の一端はアリスにあった。だから、退学という罰が下ったのだ。
 そんなわけで学園に居られないアリスは早々に実家に帰されたのだが、その日の夜に前世の記憶を思い出してしまった。
「なんで、今更思い出しちゃうのかしら。もう、全部終わったっていうのに……」
 その記憶は、結婚したくてたまらない三十路女の記憶だった。
 彼女はごく平凡なOLで、周りが次々に結婚していくなか、一人取り残されて足掻きまくっていた。
 お一人様の寂しいことといったらなかった。
 そんな彼女の心を慰めていたのは、画面の向こうの恋人達だった。
「けど、まさか乙女ゲームの世界に転生するとは思わなかったわ」
 ポツリと呟き、ため息をつく。
 前世のアリスは乙女ゲームに嵌っていた。
 幾つものそれをプレイし、現実にも恋人や旦那が欲しいと嘆いていたのだ。
 そんなプレイしていた乙女ゲームの一つに、『精霊の鏡と魔法の書』というタイトルのものがあった。
 ストーリーは男爵令嬢のヒロインが学園に入学し、そこで攻略対象と関わりながら二年間過ごすというものだ。
 もちろんライバル役の悪役令嬢もおり、彼女をいなしながら各種イベントやフラグを回収し、攻略対象の好感度を稼いで、二年後の攻略対象達の卒業式のパーティーでエンディングを迎える。
 そんな乙女ゲームの世界に、アリスは転生してしまったのだ。
 しかし、せっかくそんな記憶を思い出したとしても、アリスには既に無用の長物と化してしまっている。
「もう退学しちゃったし、何より……」
 アリスの口元が、にんまりと弧を描く。
「アルフォンス様と結婚しちゃったもんね!」
 
 アリスは、二つの罰を受けた。
 一つが、学園の退学処分。
 そしてもう一つが、王家の不良在庫となった元王太子、アルフォンス・ルビアスとの婚姻だった。
 あの断罪の日に堪能した素敵な胸筋の持ち主は、アリスの婿となったのだ。

   ***

「おはようございます、お嬢様」
 聞きなれた侍女の声に、アリスはそちらに視線を向ける。
「おはよう、マイラ」
アリスの専属侍女であるマイラ・ラッツに朝の挨拶をする。
 マイラは、アリスが幼い頃から面倒を見てくれたお姉さんのような存在だ。二十代半ばの彼女は茶色の髪をひっつめて一つにまとめ、きりっとした顔立ちの如何にも仕事が出来そうな女性だ。
 マイラはアリスの朝の支度を手伝いながら、小言を口にする。
「まったく、お嬢様は昔から突拍子もないことをしますが、マイラは今までで一番驚きましたよ」
 昔から結婚願望が強かったですけど、こんな結婚の仕方は予想していませんでした、と言われ、アリスは苦笑いする。
「アルフォンス様がお婿さんになるのは、私も予想外だったわ。素敵な方だったし、恋もしたけど、結ばれるのは難しいと分かっていたもの」
 だから、アリスはあと一歩を踏み出せなかった。噂に反して、恋人と呼ぶには足りない関係だった。側妃を夢見ていたが、無理だと分かっていた。
「けど、さすが貴族社会というか、学園っていう狭い世界だからこそなのか、アルフォンス様との関係がバレて、浮気相手として尾ひれがついて噂が流れちゃったのよね」
 想いあう二人がこっそり会っていた。それだけなら、確かに浮気だろう。しかし、アリスはアルフォンスと二人きりで会ったことはなかったのだ。
「いつもアルフォンス様の傍には側近のバートラム・シュラプネル様がいらっしゃったの。だから私達の関係は先に進まなかったし、決定的なことは無かったわ」
 アリスとアルフォンスの関係は、彼が卒業間近になり、忙しくなれば自然消滅するはずだった。しかし、そうはならず、今に至っている。
「まったく、呆れた話ですよ」
 何がどうしてそうなった。
 自分の所のお嬢様も迂闊だが、元王太子殿下も地位ある人間として、いったい何を考えているのか。
 それが、マイラを含む男爵家の使用人一同の共通認識である。……ちなみに、アリスの父たる男爵は現在、胃を痛めてベッドの住人となっている。しかし、きっと明日には復活するだろう。なんだかんだ図太いので。
「うん。まあ、迂闊だったのは認めるし、反省してる」
 お馬鹿なアリスの状態は、前世のライトノベルで見かけたざまぁされる花畑令嬢を彷彿とさせた。
(まあ、あれよりはマシだったと思いたいけど)
 少なくとも、一線は守り、片思いに浸っていた。……結局、ざまぁされたが。
 しかし……
「けど、私は素敵な旦那様を手に入れたわ。国で一番の高等教育を施された、イケメンよ!」
 ギラギラとした肉食獣のような目で、アリスは力強く拳を握る。
「うちはそもそも権力欲も無くて、中央にも全く興味無し。むしろお父様は引きこもり体質で、行きたくないと駄々をこねるタイプ!」
 マイラはいつかの駄々をこねる男爵家当主の姿と、それをしばき倒す家令の姿を思い出して遠くを見つめる。
「私も権力にも過ぎた贅沢にも興味はないし、衣・食・住が足りて、優しい旦那様と愛し愛される生活さえできればそれで満足!」
 それはつまり……
「私は、勝ち組! イケメン王子をお婿さんに貰った私は、誰がなんと言おうと勝ち組よ!」
 わーっはっはっはっは! と腕を組んで高笑うアリスに、なんだかんだ心配していたマイラは、「元気でようございました」と呆れつつも、安堵したように微笑んだのだった。
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