上 下
12 / 18

第十一話

しおりを挟む
 そこは、後宮の奥まった一角。
 部屋から見える庭園の花は寂しく、他の庭よりみすぼらしい。
 そんな庭園が見える部屋の窓から身を乗り出し、手紙を渡すのは黒髪の美女――この国の皇妃、ヴィヴィアンだった。

「お願い、この手紙を大使館のコーウェン子爵に渡して! 誰にも悟らせず、内密に……」
「えっと、あの……」
「私はきっと、もう駄目……。でも、娘だけは助けたいの! 貴女だけが頼りなの! ごめんなさい、巻き込んでしまって……。本当に、ごめんなさい……!」

 ヴィヴィアンの顔色は青白く、伸ばした手は震えていた。
 ミリアリスは恐る恐るその手紙を受け取り、胸に抱いた。

「ごめんなさい、どうか……、お願いします」
「は、はい、確かに承りました!」

 さあ、ここに居てはいけないわ、行って! と言われ、ミリアリスは走ってその場を離れた。
 そして、物陰に入り、息を整える。

「さっきの人、たぶん、皇妃様よね……。娘だけは助けたいって、どういうこと? ジェームズ様を頼ればいいのに、それをしないって、どうして……? 娘って、ジェームズ様のお子様でもあるのに……」

 困惑し、受け取った手紙を見つめる。

「……もしかして、姫様はジェームズ様のお子ではない? だから、醜聞として誰かが殺そうとして?」

 愛する男を心から信じているミリアリスはそう思い、悩む。

「浮気したヴィヴィアン様はともかく、姫様には何の罪もないわ。姫様を助けたいというなら、それは正しい行いよ」

 ミリアリスは頷き、決意する。

「どうすればこの手紙をコーウェン子爵に届けられるかしら……」

 そう呟き、胸元にその手紙を隠してミリアリスは歩き出した。



   ***



「「いや、全部あのクソ皇帝のせいだから」」

 魔女達は遠見の水晶を覗き込み、そうツッコんだ。
 
「まさかのキーパーソンにミリアリス妃が選ばれたんだけど」
「ミスキャストどころの話じゃないんだけど。けど、とんでもない運命力よね。男爵家に生まれて皇帝に見初められ、側妃になって、寵愛を受けてる。それこそ、皇妃を殺してまで隣に置こうと思えるほどに」
「それから、全ての元凶とも言えなくもないメイドに扮したミリアリス妃にヴィヴィアン皇妃が一縷の望みを託すって、どんな運命のいたずらよ、って話よね」
「これ、どうなると思う?」
「普通は無理だと思うけど、なーんか、成し遂げちゃいそうな気がするのよね」
「可哀想にねぇ。あのクソ皇帝にさえ見初められなければ、相応の幸せがあったでしょうに」
「そうね。働き者で、顔も性格も悪くなさそうなのに、変な男に捕まったばっかりに……」

 ミリアリスから受ける印象は、純朴でウブな田舎娘だ。
 それに、彼女の年齢から考えて社交界デビューして間もなく、貴族の子女との付き合いもなかったように見受けられる。あまりにも貴族間の情報に疎く、平民出身のメイド達になじみ過ぎている。生家の男爵家は裕福ではなく、彼女は平民と共に育ったのだろう。きっと嫁入り先は貴族ではなく、平民の良家あたりを予定していたはずだ。彼女の成すことは、平民の家なら働き者の良い嫁だと褒められそうだった。

「可哀想にね」
「本当にね」

 そんなミリアリスは、彼女の愛する男のせいで、知らぬうちに加害者の立ち位置に立ってしまっている。このままいけば、彼女の行きつく先は破滅しかない。
 
「全部クソ皇帝のせいよ」
「そうね。皇帝なんて責任ある立場に立っている癖に、スッカラカンな頭をしやがってるあのゲス以下のせいね」

 眉間に深い皺を刻み、魔女二人はやってられない、とばかりに度数の高いワインを空け、グラスに注いで一気に飲み干した。

 翌日、昼間から飲みまくり、居間には酒という酒の空き瓶が何本も転がっていた。そんな荒れた居間に、寝落ちた二日酔いの魔女達が朝日を浴びて苦し気に呻いている。
 そんな見苦しい姿をさらす主人に、彼女達の使い魔二匹は顔を見合わせ、小さく溜息をついた。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

悪女と呼ばれた死に戻り令嬢、二度目の人生は婚約破棄から始まる

冬野月子
恋愛
「私は確かに19歳で死んだの」 謎の声に導かれ馬車の事故から兄弟を守った10歳のヴェロニカは、その時に負った傷痕を理由に王太子から婚約破棄される。 けれど彼女には嫉妬から破滅し短い生涯を終えた前世の記憶があった。 なぜか死に戻ったヴェロニカは前世での過ちを繰り返さないことを望むが、婚約破棄したはずの王太子が積極的に親しくなろうとしてくる。 そして学校で再会した、馬車の事故で助けた少年は、前世で不幸な死に方をした青年だった。 恋や友情すら知らなかったヴェロニカが、前世では関わることのなかった人々との出会いや関わりの中で新たな道を進んでいく中、前世に嫉妬で殺そうとまでしたアリサが入学してきた。

継母ができました。弟もできました。弟は父の子ではなくクズ国王の子らしいですが気にしないでください( ´_ゝ`)

てん
恋愛
タイトル詐欺になってしまっています。 転生・悪役令嬢・ざまぁ・婚約破棄すべてなしです。 起承転結すらありません。 普通ならシリアスになってしまうところですが、本作主人公エレン・テオドアールにかかればシリアスさんは長居できません。 ☆顔文字が苦手な方には読みにくいと思います。 ☆スマホで書いていて、作者が長文が読めないので変な改行があります。すみません。 ☆若干無理やりの描写があります。 ☆誤字脱字誤用などお見苦しい点もあると思いますがすみません。 ☆投稿再開しましたが隔日亀更新です。生暖かい目で見守ってください。

愛する婚約者に殺された公爵令嬢、死に戻りして光の公爵様(お父様)の溺愛に気づく 〜今度こそ、生きて幸せになります〜

あーもんど
恋愛
「愛だの恋だのくだらない」 そう吐き捨てる婚約者に、命を奪われた公爵令嬢ベアトリス。 何もかもに絶望し、死を受け入れるものの……目を覚ますと、過去に戻っていて!? しかも、謎の青年が現れ、逆行の理由は公爵にあると宣う。 よくよく話を聞いてみると、ベアトリスの父────『光の公爵様』は娘の死を受けて、狂ってしまったらしい。 その結果、世界は滅亡の危機へと追いやられ……青年は仲間と共に、慌てて逆行してきたとのこと。 ────ベアトリスを死なせないために。 「いいか?よく聞け!光の公爵様を闇堕ちさせない、たった一つの方法……それは────愛娘であるお前が生きて、幸せになることだ!」 ずっと父親に恨まれていると思っていたベアトリスは、青年の言葉をなかなか信じられなかった。 でも、長年自分を虐げてきた家庭教師が父の手によって居なくなり……少しずつ日常は変化していく。 「私……お父様にちゃんと愛されていたんだ」 不器用で……でも、とてつもなく大きな愛情を向けられていると気づき、ベアトリスはようやく生きる決意を固めた。 ────今度こそ、本当の幸せを手に入れてみせる。 もう偽りの愛情には、縋らない。 ◆小説家になろう様にて、先行公開中◆ *溺愛パパをメインとして書くのは初めてなので、暖かく見守っていただけますと幸いですm(_ _)m*

【完結】4公爵令嬢は、この世から居なくなる為に、魔女の薬を飲んだ。王子様のキスで目覚めて、本当の愛を与えてもらった。

華蓮
恋愛
王子の婚約者マリアが、浮気をされ、公務だけすることに絶えることができず、魔女に会い、薬をもらって自死する。

死に戻ったわたくしは、あのひとからお義兄様を奪ってみせます!

秋月真鳥
恋愛
 アデライドはバルテルミー公爵家の養子で、十三歳。  大好きな義兄のマクシミリアンが学園の卒業式のパーティーで婚約者に、婚約破棄を申し入れられてしまう。  公爵家の後継者としての威厳を保つために、婚約者を社交界に出られなくしてしまったマクシミリアンは、そのことで恨まれて暗殺されてしまう。  義兄の死に悲しみ、憤ったアデライドは、復讐を誓うが、その拍子に階段から落ちてしまう。  目覚めたアデライドは五歳に戻っていた。  義兄を死なせないためにも、婚約を白紙にするしかない。  わたくしがお義兄様を幸せにする!  そう誓ったアデライドは十三歳の知識と記憶で婚約者の貴族としてのマナーのなってなさを暴き、平民の特待生に懸想する証拠を手に入れて、婚約を白紙に戻し、自分とマクシミリアンの婚約を結ばせるのだった。

悪役令嬢が美形すぎるせいで話が進まない

陽炎氷柱
恋愛
「傾国の美女になってしまったんだが」 デブス系悪役令嬢に生まれた私は、とにかく美しい悪の華になろうとがんばった。賢くて美しい令嬢なら、だとえ断罪されてもまだ未来がある。 そう思って、前世の知識を活用してダイエットに励んだのだが。 いつの間にかパトロンが大量発生していた。 ところでヒロインさん、そんなにハンカチを強く嚙んだら歯並びが悪くなりますよ?

【完結】聖女になり損なった刺繍令嬢は逃亡先で幸福を知る。

みやこ嬢
恋愛
「ルーナ嬢、神聖なる聖女選定の場で不正を働くとは何事だ!」 魔法国アルケイミアでは魔力の多い貴族令嬢の中から聖女を選出し、王子の妃とするという古くからの習わしがある。 ところが、最終試験まで残ったクレモント侯爵家令嬢ルーナは不正を疑われて聖女候補から外されてしまう。聖女になり損なった失意のルーナは義兄から襲われたり高齢宰相の後妻に差し出されそうになるが、身を守るために侍女ティカと共に逃げ出した。 あてのない旅に出たルーナは、身を寄せた隣国シュベルトの街で運命的な出会いをする。 【2024年3月16日完結、全58話】

死んで巻き戻りましたが、婚約者の王太子が追いかけて来ます。

拓海のり
恋愛
侯爵令嬢のアリゼは夜会の時に血を吐いて死んだ。しかし、朝起きると時間が巻き戻っていた。二度目は自分に冷たかった婚約者の王太子フランソワや、王太子にべったりだった侯爵令嬢ジャニーヌのいない隣国に留学したが──。 一万字ちょいの短編です。他サイトにも投稿しています。 残酷表現がありますのでR15にいたしました。タイトル変更しました。

処理中です...