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第三話

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 ミリアリアが死に、ミアが目覚めた翌日、ミアは箒に乗って食料の調達に出かけた。
 ミアの住まいは森の中に在り、滅多に人が来ない。近くに小さな村があるが、そこでは芋とミルク、卵以外の食料を手に入れるには向いていない。そのため、ミアは箒に乗って空を飛び、程々に栄えた大きな町でよく買い物をしていた。
 ミアは町が見えてくるとゆっくりと降下し、街道沿いに飛んだ。
 分厚い城壁に守られた町は、十八年前と変わらないように見えた。
 関所で箒を降りれば、若い兵士が驚いた顔をしてミアを見た。

「わっ、魔女様だ……」

 兵士が、あんまりにも真っ正直に驚きを顔に出すものだから、なんだかおかしくなって思わず噴き出してしまった。

「ふふっ、そうよ。魔女様です。さあ、確認をお願いしますね」
「あっ、はい! 失礼しました!」

 兵士が慌てて身分証明書を確認し、魔道具にて犯罪歴が無いかどうか確認する。

「……はい、大丈夫です。それでは、このままお進みください」
「はい、ありがとう」

 身分証を返してもらい、ミアは門をくぐり抜ける。門の先に在ったのは、大きな広場だ。
 色んな人々が行きかい、賑やかだ。

「さて、まずは食料品ね」

 そう呟き、マーケットへと向かう。
 マーケットは相変わらず大賑わいで、人が多かった。
 調味料は問題ないので、パン、小麦粉、野菜、肉……ときて、肉屋の店主が嬉しそうに声を上げた。

「おお! 魔女様じゃないですか! お久しぶりですね!」
「あら、ご主人、私のことを覚えてるの?」
「もちろんですよ! 贔屓にしてもらってましたしね」

 気持ちのいい笑顔を浮かべる店主は、十八年前よりも老け、初老といっていい年齢になっていたが、生命力にあふれていた。

「息子さんは元気? もう店を継ぐ年頃かしら?」
「はっはっはっ! 元気ですよ! けど、まだまだ甘いですから、まだ店は任せられませんね!」

 そう言いながらも、その顔には憂いは見つけられなかった。口でなんと言おうと、本心では自慢の息子なのだろう。
 そうやって懐かしい顔を見つけたりして、楽しい買い物を終える。
 家に帰って買ってきたものを仕舞い、またすぐに箒で近くの村へ行き、卵と牛乳を買って帰る。そしてようやく一息つくため、お茶を淹れた。

「はー、疲れた……」
「お疲れさまぁ」

 だらりと椅子に伸びるミアに、ノアがするりと体を摺り寄せる。
 そんなノアの体を持ち上げ、膝に乗せて毛並みを撫でる。

「ふぅ……、明日は魔女協会に業務再開の手続きに行かないとね」
「そうネェ。きっと皆びっくりするわネェ」
「ホントよ。六十年以上はかかると思ってたもの」

 そう言いつつ、お茶を飲む。

「……そう言えば、ミリアリアの死体はもう発見されたかしら?」
「えぇ~? 死体ノ発見って、ご主人サマ、どういう死ニ方をしたノォ?」

 ノアの質問に、ミアは大まかに答える。

「それがね、多分、長旅の疲れと、寒さのせいで風邪を引いたんじゃないかと思うの。倒れて、そのまま丸一日発見されず、熱でもうろうとしながらそのまま死んじゃったみたい。平民ならもう少し持ったかもしれないけど、なにせ、大切に育てられたお姫様だからね。大切にされてたぶん、体が弱かったのよ」

 ミアは遠見の水晶を魔法で呼び寄せる。

「そういうわけで、嫁いですぐに死んじゃったのよ」
「信じられナァい! 猫のわたしでも大問題だって、分かるわよぉ!」

 尻尾をピン立て、ぼわっと毛を逆立てるノアに、ミアも同意して頷く。

「そうなのよ。知性ある者なら大問題だってすぐ分かるような事なんだけど、昨日の時点で死体が発見されてなかったのよね」

 そう言いつつ、遠見の水晶を覗く。そして、その先に見えたものに顔を歪めた。

「まだ発見されてないみたい。死んだときのままだったわ」
「うそぉ……」

 唖然として目を見開くノアを横目に、その光景を手を振って切り替える。
 もう死体が発見されたかどうか確認するのはやめよう。このぶんだと、すぐに発見されるのは期待薄だ。それに、今は冬目前で気温が下がっているからマシな状態が、それでもいつかはあの死体は腐る。それを見たいとは思わない。

「ネェ、ご主人サマ。お姫サマだった時ノ家族ニは、死んだって言わナくて良いノォ?」
「ええ。言うつもりは無いわ。相手は王家だし、明らかに国際的な問題だもの。魔女はそういう国家間のことには首を突っ込んじゃいけない決まりなのよ。私の場合、ただでさえ側妃の願いを叶えてるんだもの。守秘義務もあるし、これ以上はダメね」
「そうナノネェ。複雑だわぁ」

 主人が宿っていた体が放置されているというのは、使い魔にとってちょっと複雑な気分になるらしく、ノアは苦い顔をしていた。

「それでなんだけど、一国の姫君を迎えておいて死なせてるんだから、この国のことは気になるのよ。今後の為にも観察は続けようと思うんだけど……」
「それが良いと思うわぁ。戦争とかニナったら、そノ国ノ魔女を利用するお馬鹿さんがきっと出るもノォ。観察して、警告出来るノはご主人サマだけだわぁ」
「ええ。そうなのよね」

 遠見の水晶は縁有る所や、人物の周囲しか見られない。だから、ブレスコット王国の王宮の内部や、ミリアリアが死んだ場所であるブレスト皇国の王宮内はミアでなければ知ることはできないのだ。

「面倒な事になったわ、ホント……」
「ご主人サマ、頑張ってネェ」

 励ますように顔を摺り寄せるノアを撫でながら、ミアは大きな溜息をついた。

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