上 下
4 / 18

第三話

しおりを挟む
 ミリアリアが死に、ミアが目覚めた翌日、ミアは箒に乗って食料の調達に出かけた。
 ミアの住まいは森の中に在り、滅多に人が来ない。近くに小さな村があるが、そこでは芋とミルク、卵以外の食料を手に入れるには向いていない。そのため、ミアは箒に乗って空を飛び、程々に栄えた大きな町でよく買い物をしていた。
 ミアは町が見えてくるとゆっくりと降下し、街道沿いに飛んだ。
 分厚い城壁に守られた町は、十八年前と変わらないように見えた。
 関所で箒を降りれば、若い兵士が驚いた顔をしてミアを見た。

「わっ、魔女様だ……」

 兵士が、あんまりにも真っ正直に驚きを顔に出すものだから、なんだかおかしくなって思わず噴き出してしまった。

「ふふっ、そうよ。魔女様です。さあ、確認をお願いしますね」
「あっ、はい! 失礼しました!」

 兵士が慌てて身分証明書を確認し、魔道具にて犯罪歴が無いかどうか確認する。

「……はい、大丈夫です。それでは、このままお進みください」
「はい、ありがとう」

 身分証を返してもらい、ミアは門をくぐり抜ける。門の先に在ったのは、大きな広場だ。
 色んな人々が行きかい、賑やかだ。

「さて、まずは食料品ね」

 そう呟き、マーケットへと向かう。
 マーケットは相変わらず大賑わいで、人が多かった。
 調味料は問題ないので、パン、小麦粉、野菜、肉……ときて、肉屋の店主が嬉しそうに声を上げた。

「おお! 魔女様じゃないですか! お久しぶりですね!」
「あら、ご主人、私のことを覚えてるの?」
「もちろんですよ! 贔屓にしてもらってましたしね」

 気持ちのいい笑顔を浮かべる店主は、十八年前よりも老け、初老といっていい年齢になっていたが、生命力にあふれていた。

「息子さんは元気? もう店を継ぐ年頃かしら?」
「はっはっはっ! 元気ですよ! けど、まだまだ甘いですから、まだ店は任せられませんね!」

 そう言いながらも、その顔には憂いは見つけられなかった。口でなんと言おうと、本心では自慢の息子なのだろう。
 そうやって懐かしい顔を見つけたりして、楽しい買い物を終える。
 家に帰って買ってきたものを仕舞い、またすぐに箒で近くの村へ行き、卵と牛乳を買って帰る。そしてようやく一息つくため、お茶を淹れた。

「はー、疲れた……」
「お疲れさまぁ」

 だらりと椅子に伸びるミアに、ノアがするりと体を摺り寄せる。
 そんなノアの体を持ち上げ、膝に乗せて毛並みを撫でる。

「ふぅ……、明日は魔女協会に業務再開の手続きに行かないとね」
「そうネェ。きっと皆びっくりするわネェ」
「ホントよ。六十年以上はかかると思ってたもの」

 そう言いつつ、お茶を飲む。

「……そう言えば、ミリアリアの死体はもう発見されたかしら?」
「えぇ~? 死体ノ発見って、ご主人サマ、どういう死ニ方をしたノォ?」

 ノアの質問に、ミアは大まかに答える。

「それがね、多分、長旅の疲れと、寒さのせいで風邪を引いたんじゃないかと思うの。倒れて、そのまま丸一日発見されず、熱でもうろうとしながらそのまま死んじゃったみたい。平民ならもう少し持ったかもしれないけど、なにせ、大切に育てられたお姫様だからね。大切にされてたぶん、体が弱かったのよ」

 ミアは遠見の水晶を魔法で呼び寄せる。

「そういうわけで、嫁いですぐに死んじゃったのよ」
「信じられナァい! 猫のわたしでも大問題だって、分かるわよぉ!」

 尻尾をピン立て、ぼわっと毛を逆立てるノアに、ミアも同意して頷く。

「そうなのよ。知性ある者なら大問題だってすぐ分かるような事なんだけど、昨日の時点で死体が発見されてなかったのよね」

 そう言いつつ、遠見の水晶を覗く。そして、その先に見えたものに顔を歪めた。

「まだ発見されてないみたい。死んだときのままだったわ」
「うそぉ……」

 唖然として目を見開くノアを横目に、その光景を手を振って切り替える。
 もう死体が発見されたかどうか確認するのはやめよう。このぶんだと、すぐに発見されるのは期待薄だ。それに、今は冬目前で気温が下がっているからマシな状態が、それでもいつかはあの死体は腐る。それを見たいとは思わない。

「ネェ、ご主人サマ。お姫サマだった時ノ家族ニは、死んだって言わナくて良いノォ?」
「ええ。言うつもりは無いわ。相手は王家だし、明らかに国際的な問題だもの。魔女はそういう国家間のことには首を突っ込んじゃいけない決まりなのよ。私の場合、ただでさえ側妃の願いを叶えてるんだもの。守秘義務もあるし、これ以上はダメね」
「そうナノネェ。複雑だわぁ」

 主人が宿っていた体が放置されているというのは、使い魔にとってちょっと複雑な気分になるらしく、ノアは苦い顔をしていた。

「それでなんだけど、一国の姫君を迎えておいて死なせてるんだから、この国のことは気になるのよ。今後の為にも観察は続けようと思うんだけど……」
「それが良いと思うわぁ。戦争とかニナったら、そノ国ノ魔女を利用するお馬鹿さんがきっと出るもノォ。観察して、警告出来るノはご主人サマだけだわぁ」
「ええ。そうなのよね」

 遠見の水晶は縁有る所や、人物の周囲しか見られない。だから、ブレスコット王国の王宮の内部や、ミリアリアが死んだ場所であるブレスト皇国の王宮内はミアでなければ知ることはできないのだ。

「面倒な事になったわ、ホント……」
「ご主人サマ、頑張ってネェ」

 励ますように顔を摺り寄せるノアを撫でながら、ミアは大きな溜息をついた。

しおりを挟む
感想 48

あなたにおすすめの小説

陰謀は、婚約破棄のその後で

秋津冴
恋愛
 王国における辺境の盾として国境を守る、グレイスター辺境伯アレクセイ。  いつも眠たそうにしている彼のことを、人は昼行灯とか怠け者とか田舎者と呼ぶ。  しかし、この王国は彼のおかげで平穏を保てるのだと中央の貴族たちは知らなかった。  いつものように、王都への定例報告に赴いたアレクセイ。  彼は、王宮の端でとんでもないことを耳にしてしまう。  それは、王太子ラスティオルによる、婚約破棄宣言。  相手は、この国が崇めている女神の聖女マルゴットだった。  一連の騒動を見届けたアレクセイは、このままでは聖女が謀殺されてしまうと予測する。  いつもの彼ならば関わりたくないとさっさと辺境に戻るのだが、今回は話しが違った。  聖女マルゴットは彼にとって一目惚れした相手だったのだ。  無能と蔑まれていた辺境伯が、聖女を助けるために陰謀を企てる――。  他の投稿サイトにも別名義で掲載しております。  この話は「本日は、絶好の婚約破棄日和です。」と「王太子妃教育を受けた私が、婚約破棄相手に復讐を果たすまで。」の二話の合間を描いた作品になります。  宜しくお願い致します。  

【完結】伯爵令嬢の格差婚約のお相手は、王太子殿下でした ~王太子と伯爵令嬢の、とある格差婚約の裏事情~

瀬里
恋愛
【HOTランキング7位ありがとうございます!】  ここ最近、ティント王国では「婚約破棄」前提の「格差婚約」が流行っている。  爵位に差がある家同士で結ばれ、正式な婚約者が決まるまでの期間、仮の婚約者を立てるという格差婚約は、破棄された令嬢には明るくない未来をもたらしていた。  伯爵令嬢であるサリアは、高すぎず低すぎない爵位と、背後で睨みをきかせる公爵家の伯父や優しい父に守られそんな風潮と自分とは縁がないものだと思っていた。  まさか、我が家に格差婚約を申し渡せるたった一つの家門――「王家」が婚約を申し込んでくるなど、思いもしなかったのだ。  婚約破棄された令嬢の未来は明るくはないが、この格差婚約で、サリアは、絶望よりもむしろ期待に胸を膨らませることとなる。なぜなら婚約破棄後であれば、許されるかもしれないのだ。  ――「結婚をしない」という選択肢が。  格差婚約において一番大切なことは、周りには格差婚約だと悟らせない事。  努力家で優しい王太子殿下のために、二年後の婚約破棄を見据えて「お互いを想い合う婚約者」のお役目をはたすべく努力をするサリアだが、現実はそう甘くなくて――。  他のサイトでも公開してます。全12話です。

時間が戻った令嬢は新しい婚約者が出来ました。

屋月 トム伽
恋愛
ifとして、時間が戻る前の半年間を時々入れます。(リディアとオズワルド以外はなかった事になっているのでifとしてます。) 私は、リディア・ウォード侯爵令嬢19歳だ。 婚約者のレオンハルト・グラディオ様はこの国の第2王子だ。 レオン様の誕生日パーティーで、私はエスコートなしで行くと、婚約者のレオン様はアリシア男爵令嬢と仲睦まじい姿を見せつけられた。 一人壁の花になっていると、レオン様の兄のアレク様のご友人オズワルド様と知り合う。 話が弾み、つい地がでそうになるが…。 そして、パーティーの控室で私は襲われ、倒れてしまった。 朦朧とする意識の中、最後に見えたのはオズワルド様が私の名前を叫びながら控室に飛び込んでくる姿だった…。 そして、目が覚めると、オズワルド様と半年前に時間が戻っていた。 レオン様との婚約を避ける為に、オズワルド様と婚約することになり、二人の日常が始まる。 ifとして、時間が戻る前の半年間を時々入れます。 第14回恋愛小説大賞にて奨励賞受賞

悪役令嬢に転生したので、推しキャラの婚約者の立場を思う存分楽しみます

下菊みこと
恋愛
タイトルまんま。 悪役令嬢に転生した女の子が推しキャラに猛烈にアタックするけど聖女候補であるヒロインが出てきて余計なことをしてくれるお話。 悪役令嬢は諦めも早かった。 ちらっとヒロインへのざまぁがありますが、そんなにそこに触れない。 ご都合主義のハッピーエンド。 小説家になろう様でも投稿しています。

【完結】婚約者は自称サバサバ系の幼馴染に随分とご執心らしい

冬月光輝
恋愛
「ジーナとはそんな関係じゃないから、昔から男友達と同じ感覚で付き合ってるんだ」 婚約者で侯爵家の嫡男であるニッグには幼馴染のジーナがいる。 ジーナとニッグは私の前でも仲睦まじく、肩を組んだり、お互いにボディタッチをしたり、していたので私はそれに苦言を呈していた。 しかし、ニッグは彼女とは仲は良いがあくまでも友人で同性の友人と同じ感覚だと譲らない。 「あはは、私とニッグ? ないない、それはないわよ。私もこんな性格だから女として見られてなくて」 ジーナもジーナでニッグとの関係を否定しており、全ては私の邪推だと笑われてしまった。 しかし、ある日のこと見てしまう。 二人がキスをしているところを。 そのとき、私の中で何かが壊れた……。

女嫌いな辺境伯と歴史狂いの子爵令嬢の、どうしようもなくマイペースな婚姻

野菜ばたけ@既刊5冊📚好評発売中!
恋愛
「友好と借金の形に、辺境伯家に嫁いでくれ」  行き遅れの私・マリーリーフに、突然婚約話が持ち上がった。  相手は女嫌いに社交嫌いな若き辺境伯。子爵令嬢の私にはまたとない好条件ではあるけど、相手の人柄が心配……と普通は思うでしょう。  でも私はそんな事より、嫁げば他に時間を取られて大好きな歴史研究に没頭できない事の方が問題!  それでも互いの領地の友好と借金の形として仕方がなく嫁いだ先で、「家の事には何も手出し・口出しするな」と言われて……。  え、「何もしなくていい」?!  じゃあ私、今まで通り、歴史研究してていいの?!    こうして始まる結婚(ただの同居)生活が、普通なわけはなく……?  どうやらプライベートな時間はずっと剣を振っていたい旦那様と、ずっと歴史に浸っていたい私。  二人が歩み寄る日は、来るのか。  得意分野が文と武でかけ離れている二人だけど、マイペース過ぎるところは、どこか似ている?  意外とお似合いなのかもしれません。笑

私は王子の婚約者にはなりたくありません。

黒蜜きな粉
恋愛
公爵令嬢との婚約を破棄し、異世界からやってきた聖女と結ばれた王子。 愛を誓い合い仲睦まじく過ごす二人。しかし、そのままハッピーエンドとはならなかった。 いつからか二人はすれ違い、愛はすっかり冷めてしまった。 そんな中、主人公のメリッサは留学先の学校の長期休暇で帰国。 父と共に招かれた夜会に顔を出すと、そこでなぜか王子に見染められてしまった。 しかも、公衆の面前で王子にキスをされ逃げられない状況になってしまう。 なんとしてもメリッサを新たな婚約者にしたい王子。 さっさと留学先に戻りたいメリッサ。 そこへ聖女があらわれて――   婚約破棄のその後に起きる物語

拾った仔猫の中身は、私に嘘の婚約破棄を言い渡した王太子さまでした。面倒なので放置したいのですが、仔猫が気になるので救出作戦を実行します。

石河 翠
恋愛
婚約者に婚約破棄をつきつけられた公爵令嬢のマーシャ。おバカな王子の相手をせずに済むと喜んだ彼女は、家に帰る途中なんとも不細工な猫を拾う。 助けを求めてくる猫を見捨てられず、家に連れて帰ることに。まるで言葉がわかるかのように賢い猫の相手をしていると、なんと猫の中身はあの王太子だと判明する。猫と王子の入れ替わりにびっくりする主人公。 バカは傀儡にされるくらいでちょうどいいが、可愛い猫が周囲に無理難題を言われるなんてあんまりだという理由で救出作戦を実行することになるが……。 もふもふを愛するヒロインと、かまってもらえないせいでいじけ気味の面倒くさいヒーローの恋物語。 ハッピーエンドです。 この作品は、他サイトにも投稿しております。 扉絵は写真ACより pp7さまの作品をお借りしております。

処理中です...