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悠十

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魔王城編

第八話 兄と弟

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 相変わらず寒そうな部屋だな、とセスはテオドアの物が少ない部屋をさりげなく見渡す。テオドアの部屋は、魔王の子とは思えない程、簡素だった。

「兄上、紅茶のお味はどうですか?」
「ああ、美味しいよ」

 嬉しそうに笑うテオドアに、セスも小さく微笑みを返す。
 セスが異母弟であるテオドアと初めて会ったのは、セスが八歳、テオドアが四歳の時だった。
 その頃にはテオドアの母親は亡くなっており、テオドアはその生まれによって疎まれ、誰かに気にかけられる事も無く、必要最低限の世話だけをされている状態だった。
 当時のテオドアは、表情の無い、生きているのが不思議なくらいの、空虚な目をした人形のような子供だった。生きていられたのは、頑強な体を持つ魔族の血のおかげだろう。
 そんなテオドアを見つけたセスは、テオドアの世話をしだした。その行動には、実のところ、これといって理由は無かった。ただ単純に、兄は弟の面倒を見るものだと書物から得た知識を実践してみただけだった。好意も、同情すら無かった行動だったのだが、共に過ごしていくうちに結局は情が生まれた。そうして時が経つにつれ、テオドアの瞳にも感情の光が灯り、気付けば本当の意味での兄弟になっていた。
 今でもテオドアの扱いは良いものではなく、与えられるのは必要最低限の衣食住のみで、生きるのに必要な知識も、技術も、何もかもセスが教え、与えていた。

「兄上、今日は一緒にお風呂に入って、一緒に寝ても良いですか?」
「一人で風呂に入って、寝なさい。どうしても誰かと、と言うなら、ダリオに頼みなさい」
「ダリオじゃ嫌です!」

 口をとがらせて、ブーブー文句を言うテオドアに、セスは苦笑する。
 テオドアがここまで自分に懐くとはセスは思ってもみなかったが、アビーからは「予想通りです」との言葉をもらっている。テオドアは誰が自分に最も必要としているものを与えてくれているのかを正しく理解しているのだ。

「兄上が良いんです!」
「駄目だ」

 駄々をこねるテオドアに、セスは涼しい顔をしてテオドアのお願いを却下した。



   ※ ※ ※



 ダリオをテオドアの従者に迎えて、翌日の朝。

「おはようございます! 兄上!」

 元気よくテオドアがセスの寝室に突撃し、その後をダリオが息を切らせて追ってきた。

「は、ひぃ……、嘘だろ、坊ちゃん、早い……」

 テオドアは一体どれだけのスピードを出してセスの寝室へ突撃しているのだろうか。

「……おはよう」

 寝ぼけ眼でテオドアに朝の挨拶を返し、セスはベッドから降りて着替えを探す。
 昨日とは違い、ちゃんと着替えが所定の位置に置いてあるのを確かめると、隣室からアビーが入ってきた。

「セス様、おはようございます」
「ああ、おはよう、アビー」

 アビーはにっこりと美しい笑顔を浮かべて挨拶をし、セスも挨拶を返した。今日のアビーはパンツを盗まなかったようである。そのままパンツ泥棒から足を洗ってほしい。

「それでは、本日のご予定はいかがしますか?」

 そして、騒がしい一日が始まる。


 
   ※ ※ ※



「手合わせ?」

 首を傾げるダリオにセスは一つ頷き、言葉を紡ぐ。

「ああ。ダリオには武術指南をしてもらう事も目的として呼び起こしたからな。だから、まず実力を知っておきたい。それに、魔族は基本的に力に重きを置くから、よく魔物を狩りに行くし、貴族に至っては義務だ。つまり、魔王の子である俺達も魔物を狩れるよう訓練し、実際に狩っている。これからはダリオも一緒について来てもらう事になる。だから、戦闘スタイルも知っておきたい」

 ダリオは、ちら、と己の主人であるテオドアを見て、テオドアがにこにこと嬉しそうに笑っているのを確認し、その要請を承諾した。

「では、まずダリオの戦闘スタイルは何だ?」
「俺は基本的に剣を得物に戦う剣士だな。無手でもやれないことは無いが、魔物相手なら剣の方が戦いやすい。坊ちゃん達はどうなんだ?」
「俺は魔術師だから、主に術を行使する。まあ、剣も使える」
「僕は叩くのが得意です!」
「私は切り裂くのが得意です」

 セスの返答はともかく、テオドアとアビーの言葉に、ダリオは何とも言えない顔をして、セスに視線で助けを求めてきた。

「テオドアは身体強化が得意だ。術師としても年の割には優秀だ。アビーは刃物の扱いが上手い」

 そう言ってから、セスは僅かな沈黙の後、言葉を選ぶかの様に、ゆっくりと口を開いた。

「…魔族は、大抵の場合、特殊なスキルを一つ持っている。それは種族的なものだったり、個人の性質によるものだったりするが、大体五歳くらいの時に発現する。先日遇ったアラキナの『魅了魔法』も特殊スキルだが、ああやって公にしている奴は滅多に居ない。特殊スキルは奥の手だったり、莫大な利益を生む物だったりするから探ろうとすると嫌がられるし、最悪命を狙われる。だから、スキルを察しても、口にしない方が良い。その特殊スキルは、俺達も持っている。ハーフであるテオドアもだ」

 この特殊スキルに関する事は、魔族以外にはあまり知られていないため、ダリオも知らなかった。その為、少しばかり驚いた様子で、魔族の三人を見ていた。

「テオドア。ダリオはお前の従者だ。自分のスキルに関し、教えるかどうかは自分で判断しなさい」
「はい、兄上」

 セスの言葉に、にこにこと笑って頷くテオドアに、ダリオは目を瞬く。

「え、教えてもらえるのか?」
「ダリオ次第かな?」

 少しばかり意地悪そうに目を細めて笑うテオドアに、ダリオは面白そうに笑った。

「それじゃぁ、坊ちゃんに信頼してもらえるよう、頑張らにゃならんな」
「うん。頑張ってね」

 ダリオを死の国から引き戻し、その身を自らの手で作成したとはいえ、出会って一日しか経っていない。しかし、それを感じさせない位に仲が良さそうな二人に、セスは人知れず安堵した。
 そんなセスの内心を知ってか知らずか、アビーがそっとセスに話しかけた。

「テオドア様、随分素直に懐きましたね」
「ああ、相性が良かったのかもな」

 テオドアは生まれの事情から、他人を側に置こうとしない。今のところ、テオドアの側に居るのはセスとアビーだけという寂しい状態だ。
 セスのどこか肩の荷が下りた様な、そんな様子に気付いたアビーは、己の主人の思惑を悟った。

「あの従者作成の魔法陣、テオドア様の為に作ったんですねぇ……」

 己の主人の甘さに、アビーは仕方なさそうな顔で微笑んだ。
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