54 / 56
コミック第二巻発売記念
番外編・酒癖(上)
しおりを挟む
コミック第二巻発売!
存在感が半端ないお父様が目印です(笑)
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
その日、ベルクハイツ子爵家の三男坊、ディラン・ベルクハイツは疲れていた。
どこぞの阿呆が、ベルクハイツ家の影響力をどうにか下げようと、探りを入れるためによこしたスパイへの対処。
頭の悪い裏の人間が、一旗揚げようと一つの組織を結成し、動かそうとしたための対処。
五人の子持ちとなったオリアナを、未だにつけ狙う物好きへの対処。
この三つへの対処が重なり、流石のベルクハイツの俊英も疲れが隠せなかった。
今日はもう休もう、と部屋に戻るが、どうにも気が高ぶっていて寝られる気がしない。そのため、ディランは棚から気に入りの酒を取り出し、酒精の力を借りて眠ろうとした。
それは、どこかの家でも見かけるような光景の一つだっただろう。
しかし、それで終わらないのがベルクハイツ家である。
ディランは疲れた体に酒を注ぎこみ――据わった眼でゆらりと立ち上がった。
***
「ああ、まいったなぁ……」
ベルクハイツ家の四男坊、グレゴリー・ベルクハイツは気まずそうな顔をしながら、兄のディランの私室の前に立っていた。
戦場に出て戦うのがベルクハイツの戦士の仕事だが、書類仕事がないわけではない。
グレゴリーもまた、そんな書類仕事をこなしていたのだが、諸々の事情から随分と時間がずれ込み、気づけば草木はとっくに眠りにつく時間となっていた。
そして最後の書類と手に取り、気づく。その書類には、ディランのサインが必要だったのだ。しかも、明日の朝にはオリアナに提出しなければならない書類である。
それなら明日の朝にサインを貰えばいいと思うかもしれないが、朝にディランが捕まるかといえば微妙な所なのだ。なにせ、ディランはその頭の出来の良さから、抱える仕事が兄弟の中で一番多い。それに、ここはベルクハイツ領なのだ。突発的な問題が起こる可能性が無きにしも非ず。
そのため、グレゴリーは遅い時間にも拘らず、ディランの部屋を訪ねて来たのだ。
グレゴリーは申し訳ないと思いつつ、ディランの部屋の扉をノックする。すぐに反応があるだろうと思い、待っていたが、予想に反して部屋の中からの反応は無い。不審に思い、グレゴリーは再びノックして、声をかけて扉を開いた。
グレゴリーは部屋の中に入り、辺りを見回す。
部屋の中は暗かった。
光源は、窓辺の小さなテーブルのランプが一つだけ。
そして、テーブルの上には、空のガラスコップと、酒の空き瓶が乗っていた。
グレゴリーは徐に酒瓶を手に取り、そのラベルを確かめ、青ざめた。
「まずい……!」
アルコール度数40。
ディランの好むウイスキーの空き瓶が、グレゴリーが慌てて出て行った部屋の中でランプの灯に照らされて鈍く光った。
***
突然だが、ここで一つベルクハイツにおいて大事な行事を一つ紹介しよう。
その行事とは、成人祝いの際に行われる酒宴――の名を借りた、酒癖確認である。
この酒癖確認は、ベルクハイツ家の者にとって重要事項だ。酒癖がもし酒乱などだったら、恐ろしい惨状が広がることは想像に容易いからだ。そのため、成人したベルクハイツの戦士は、素面の当主の前で酒を飲み、酒癖の確認をされる。
ちなみに、現在のベルクハイツの男達の酒癖は様々である。
先代当主のアレクサンダーは笑い上戸だ。酔えばただひたすら笑うだけで、それ以上の害はない。
現当主のアウグストはとんでもない蟒蛇で、正体を失くすほど酔えず、ちょっといつもより表情筋が緩んで機嫌がよさそうに見える程度である。
長男のゲイルは一定の酒量を越えると、コトンと寝てしまう。一番害のない酔い方だが、奥方からゲイルの体格が良すぎてベッドに運べないからと、酒量を制限されている。
次男のバーナードは陽気な酒乱である。彼は酔っぱらうと笑顔で己の戦斧を担ぎ、そのまま深魔の森へ突撃して魔物の屍の山を築き上げる。町で暴れたりしないだけマシな酒乱だが、もしそのまま眠りでもしてしまったら危険なため、こちらもまた酒量制限を設けられており、一定量以降は奥方特製の野菜ジュースや果実のジュースを飲むようにしている。
四男のグレゴリーは、泣き上戸である。酔うと静かにシクシクと涙を流し、静かに飲み続ける。比較的マシな酒癖なのだが、後日、マデリーンと飲んだ際にその酒癖を中途半端に発揮し、切なげに潤む目で愛を乞い、彼女を爆発させるという珍妙な被害を出すことになるのは、余談である。
そして、三男坊のディランだが――
「大変だ、ゲイル兄上! ディラン兄上が酒を飲んで消えた! またどこぞの国の国家転覆計画を練ってるかもしれない!」
部屋に飛び込むと同時にグレゴリーによってもたらされた急報に、ゲイルが顔色を変えて立ち上がった。
ディラン・ベルクハイツの酒癖。
それは、完全犯罪計画立案という恐ろしくタチの悪いものであった。
存在感が半端ないお父様が目印です(笑)
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
その日、ベルクハイツ子爵家の三男坊、ディラン・ベルクハイツは疲れていた。
どこぞの阿呆が、ベルクハイツ家の影響力をどうにか下げようと、探りを入れるためによこしたスパイへの対処。
頭の悪い裏の人間が、一旗揚げようと一つの組織を結成し、動かそうとしたための対処。
五人の子持ちとなったオリアナを、未だにつけ狙う物好きへの対処。
この三つへの対処が重なり、流石のベルクハイツの俊英も疲れが隠せなかった。
今日はもう休もう、と部屋に戻るが、どうにも気が高ぶっていて寝られる気がしない。そのため、ディランは棚から気に入りの酒を取り出し、酒精の力を借りて眠ろうとした。
それは、どこかの家でも見かけるような光景の一つだっただろう。
しかし、それで終わらないのがベルクハイツ家である。
ディランは疲れた体に酒を注ぎこみ――据わった眼でゆらりと立ち上がった。
***
「ああ、まいったなぁ……」
ベルクハイツ家の四男坊、グレゴリー・ベルクハイツは気まずそうな顔をしながら、兄のディランの私室の前に立っていた。
戦場に出て戦うのがベルクハイツの戦士の仕事だが、書類仕事がないわけではない。
グレゴリーもまた、そんな書類仕事をこなしていたのだが、諸々の事情から随分と時間がずれ込み、気づけば草木はとっくに眠りにつく時間となっていた。
そして最後の書類と手に取り、気づく。その書類には、ディランのサインが必要だったのだ。しかも、明日の朝にはオリアナに提出しなければならない書類である。
それなら明日の朝にサインを貰えばいいと思うかもしれないが、朝にディランが捕まるかといえば微妙な所なのだ。なにせ、ディランはその頭の出来の良さから、抱える仕事が兄弟の中で一番多い。それに、ここはベルクハイツ領なのだ。突発的な問題が起こる可能性が無きにしも非ず。
そのため、グレゴリーは遅い時間にも拘らず、ディランの部屋を訪ねて来たのだ。
グレゴリーは申し訳ないと思いつつ、ディランの部屋の扉をノックする。すぐに反応があるだろうと思い、待っていたが、予想に反して部屋の中からの反応は無い。不審に思い、グレゴリーは再びノックして、声をかけて扉を開いた。
グレゴリーは部屋の中に入り、辺りを見回す。
部屋の中は暗かった。
光源は、窓辺の小さなテーブルのランプが一つだけ。
そして、テーブルの上には、空のガラスコップと、酒の空き瓶が乗っていた。
グレゴリーは徐に酒瓶を手に取り、そのラベルを確かめ、青ざめた。
「まずい……!」
アルコール度数40。
ディランの好むウイスキーの空き瓶が、グレゴリーが慌てて出て行った部屋の中でランプの灯に照らされて鈍く光った。
***
突然だが、ここで一つベルクハイツにおいて大事な行事を一つ紹介しよう。
その行事とは、成人祝いの際に行われる酒宴――の名を借りた、酒癖確認である。
この酒癖確認は、ベルクハイツ家の者にとって重要事項だ。酒癖がもし酒乱などだったら、恐ろしい惨状が広がることは想像に容易いからだ。そのため、成人したベルクハイツの戦士は、素面の当主の前で酒を飲み、酒癖の確認をされる。
ちなみに、現在のベルクハイツの男達の酒癖は様々である。
先代当主のアレクサンダーは笑い上戸だ。酔えばただひたすら笑うだけで、それ以上の害はない。
現当主のアウグストはとんでもない蟒蛇で、正体を失くすほど酔えず、ちょっといつもより表情筋が緩んで機嫌がよさそうに見える程度である。
長男のゲイルは一定の酒量を越えると、コトンと寝てしまう。一番害のない酔い方だが、奥方からゲイルの体格が良すぎてベッドに運べないからと、酒量を制限されている。
次男のバーナードは陽気な酒乱である。彼は酔っぱらうと笑顔で己の戦斧を担ぎ、そのまま深魔の森へ突撃して魔物の屍の山を築き上げる。町で暴れたりしないだけマシな酒乱だが、もしそのまま眠りでもしてしまったら危険なため、こちらもまた酒量制限を設けられており、一定量以降は奥方特製の野菜ジュースや果実のジュースを飲むようにしている。
四男のグレゴリーは、泣き上戸である。酔うと静かにシクシクと涙を流し、静かに飲み続ける。比較的マシな酒癖なのだが、後日、マデリーンと飲んだ際にその酒癖を中途半端に発揮し、切なげに潤む目で愛を乞い、彼女を爆発させるという珍妙な被害を出すことになるのは、余談である。
そして、三男坊のディランだが――
「大変だ、ゲイル兄上! ディラン兄上が酒を飲んで消えた! またどこぞの国の国家転覆計画を練ってるかもしれない!」
部屋に飛び込むと同時にグレゴリーによってもたらされた急報に、ゲイルが顔色を変えて立ち上がった。
ディラン・ベルクハイツの酒癖。
それは、完全犯罪計画立案という恐ろしくタチの悪いものであった。
530
お気に入りに追加
15,739
あなたにおすすめの小説
私が死んで満足ですか?
マチバリ
恋愛
王太子に婚約破棄を告げられた伯爵令嬢ロロナが死んだ。
ある者は面倒な婚約破棄の手続きをせずに済んだと安堵し、ある者はずっと欲しかった物が手に入ると喜んだ。
全てが上手くおさまると思っていた彼らだったが、ロロナの死が与えた影響はあまりに大きかった。
書籍化にともない本編を引き下げいたしました
側妃は捨てられましたので
なか
恋愛
「この国に側妃など要らないのではないか?」
現王、ランドルフが呟いた言葉。
周囲の人間は内心に怒りを抱きつつ、聞き耳を立てる。
ランドルフは、彼のために人生を捧げて王妃となったクリスティーナ妃を側妃に変え。
別の女性を正妃として迎え入れた。
裏切りに近い行為は彼女の心を確かに傷付け、癒えてもいない内に廃妃にすると宣言したのだ。
あまりの横暴、人道を無視した非道な行い。
だが、彼を止める事は誰にも出来ず。
廃妃となった事実を知らされたクリスティーナは、涙で瞳を潤ませながら「分かりました」とだけ答えた。
王妃として教育を受けて、側妃にされ
廃妃となった彼女。
その半生をランドルフのために捧げ、彼のために献身した事実さえも軽んじられる。
実の両親さえ……彼女を慰めてくれずに『捨てられた女性に価値はない』と非難した。
それらの行為に……彼女の心が吹っ切れた。
屋敷を飛び出し、一人で生きていく事を選択した。
ただコソコソと身を隠すつまりはない。
私を軽んじて。
捨てた彼らに自身の価値を示すため。
捨てられたのは、どちらか……。
後悔するのはどちらかを示すために。

5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?
gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。
そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて
「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」
もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね?
3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。
4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。
1章が書籍になりました。
悪役令嬢に転生したので、すべて無視することにしたのですが……?
りーさん
恋愛
気がついたら、生まれ変わっていた。自分が死んだ記憶もない。どうやら、悪役令嬢に生まれ変わったみたい。しかも、生まれ変わったタイミングが、学園の入学式の前日で、攻略対象からも嫌われまくってる!?
こうなったら、破滅回避は諦めよう。だって、悪役令嬢は、悪口しか言ってなかったんだから。それだけで、公の場で断罪するような婚約者など、こっちから願い下げだ。
他の攻略対象も、別にお前らは関係ないだろ!って感じなのに、一緒に断罪に参加するんだから!そんな奴らのご機嫌をとるだけ無駄なのよ。
もう攻略対象もヒロインもシナリオも全部無視!やりたいことをやらせてもらうわ!
そうやって無視していたら、なんでか攻略対象がこっちに来るんだけど……?
※恋愛はのんびりになります。タグにあるように、主人公が恋をし出すのは後半です。
1/31 タイトル変更 破滅寸前→ゲーム開始直前

愛された側妃と、愛されなかった正妃
編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。
夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。
連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。
正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。
※カクヨムさんにも掲載中
※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります
※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。
余命宣告を受けたので私を顧みない家族と婚約者に執着するのをやめることにしました
結城芙由奈@コミカライズ発売中
恋愛
【余命半年―未練を残さず生きようと決めた。】
私には血の繋がらない父と母に妹、そして婚約者がいる。しかしあの人達は私の存在を無視し、空気の様に扱う。唯一の希望であるはずの婚約者も愛らしい妹と恋愛関係にあった。皆に気に入られる為に努力し続けたが、誰も私を気に掛けてはくれない。そんな時、突然下された余命宣告。全てを諦めた私は穏やかな死を迎える為に、家族と婚約者に執着するのをやめる事にした―。
2021年9月26日:小説部門、HOTランキング部門1位になりました。ありがとうございます
*「カクヨム」「小説家になろう」にも投稿しています
※2023年8月 書籍化
政略より愛を選んだ結婚。~後悔は十年後にやってきた。~
つくも茄子
恋愛
幼い頃からの婚約者であった侯爵令嬢との婚約を解消して、学生時代からの恋人と結婚した王太子殿下。
政略よりも愛を選んだ生活は思っていたのとは違っていた。「お幸せに」と微笑んだ元婚約者。結婚によって去っていた側近達。愛する妻の妃教育がままならない中での出産。世継ぎの王子の誕生を望んだものの産まれたのは王女だった。妻に瓜二つの娘は可愛い。無邪気な娘は欲望のままに動く。断罪の時、全てが明らかになった。王太子の思い描いていた未来は元から無かったものだった。後悔は続く。どこから間違っていたのか。
他サイトにも公開中。
過去1ヶ月以内にレジーナの小説・漫画を1話以上レンタルしている
と、レジーナのすべての番外編を読むことができます。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。
番外編を閲覧することが出来ません。
過去1ヶ月以内にレジーナの小説・漫画を1話以上レンタルしている
と、レジーナのすべての番外編を読むことができます。
このユーザをミュートしますか?
※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。