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悠十

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コミック第二巻発売記念

番外編・酒癖(上)

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 コミック第二巻発売!
 存在感が半端ないお父様が目印です(笑)



 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


 その日、ベルクハイツ子爵家の三男坊、ディラン・ベルクハイツは疲れていた。
 どこぞの阿呆が、ベルクハイツ家の影響力をどうにか下げようと、探りを入れるためによこしたスパイへの対処。
 頭の悪い裏の人間が、一旗揚げようと一つの組織を結成し、動かそうとしたための対処。
 五人の子持ちとなったオリアナを、未だにつけ狙う物好きへの対処。
 この三つへの対処が重なり、流石のベルクハイツの俊英も疲れが隠せなかった。
 今日はもう休もう、と部屋に戻るが、どうにも気が高ぶっていて寝られる気がしない。そのため、ディランは棚から気に入りの酒を取り出し、酒精の力を借りて眠ろうとした。

 それは、どこかの家でも見かけるような光景の一つだっただろう。
 しかし、それで終わらないのがベルクハイツ家である。
 ディランは疲れた体に酒を注ぎこみ――据わった眼でゆらりと立ち上がった。

   ***

「ああ、まいったなぁ……」
 ベルクハイツ家の四男坊、グレゴリー・ベルクハイツは気まずそうな顔をしながら、兄のディランの私室の前に立っていた。
 戦場に出て戦うのがベルクハイツの戦士の仕事だが、書類仕事がないわけではない。
 グレゴリーもまた、そんな書類仕事をこなしていたのだが、諸々の事情から随分と時間がずれ込み、気づけば草木はとっくに眠りにつく時間となっていた。
 そして最後の書類と手に取り、気づく。その書類には、ディランのサインが必要だったのだ。しかも、明日の朝にはオリアナに提出しなければならない書類である。
 それなら明日の朝にサインを貰えばいいと思うかもしれないが、朝にディランが捕まるかといえば微妙な所なのだ。なにせ、ディランはその頭の出来の良さから、抱える仕事が兄弟の中で一番多い。それに、ここはベルクハイツ領なのだ。突発的な問題が起こる可能性が無きにしも非ず。
 そのため、グレゴリーは遅い時間にも拘らず、ディランの部屋を訪ねて来たのだ。
 グレゴリーは申し訳ないと思いつつ、ディランの部屋の扉をノックする。すぐに反応があるだろうと思い、待っていたが、予想に反して部屋の中からの反応は無い。不審に思い、グレゴリーは再びノックして、声をかけて扉を開いた。
 グレゴリーは部屋の中に入り、辺りを見回す。
 部屋の中は暗かった。
 光源は、窓辺の小さなテーブルのランプが一つだけ。
そして、テーブルの上には、空のガラスコップと、酒の空き瓶が乗っていた。
 グレゴリーは徐に酒瓶を手に取り、そのラベルを確かめ、青ざめた。

「まずい……!」

 アルコール度数40。
 ディランの好むウイスキーの空き瓶が、グレゴリーが慌てて出て行った部屋の中でランプの灯に照らされて鈍く光った。

   ***

 突然だが、ここで一つベルクハイツにおいて大事な行事を一つ紹介しよう。
 その行事とは、成人祝いの際に行われる酒宴――の名を借りた、酒癖確認である。
 この酒癖確認は、ベルクハイツ家の者にとって重要事項だ。酒癖がもし酒乱などだったら、恐ろしい惨状が広がることは想像に容易いからだ。そのため、成人したベルクハイツの戦士は、素面の当主の前で酒を飲み、酒癖の確認をされる。

 ちなみに、現在のベルクハイツの男達の酒癖は様々である。
 先代当主のアレクサンダーは笑い上戸だ。酔えばただひたすら笑うだけで、それ以上の害はない。
 現当主のアウグストはとんでもない蟒蛇で、正体を失くすほど酔えず、ちょっといつもより表情筋が緩んで機嫌がよさそうに見える程度である。
 長男のゲイルは一定の酒量を越えると、コトンと寝てしまう。一番害のない酔い方だが、奥方からゲイルの体格が良すぎてベッドに運べないからと、酒量を制限されている。
 次男のバーナードは陽気な酒乱である。彼は酔っぱらうと笑顔で己の戦斧を担ぎ、そのまま深魔の森へ突撃して魔物の屍の山を築き上げる。町で暴れたりしないだけマシな酒乱だが、もしそのまま眠りでもしてしまったら危険なため、こちらもまた酒量制限を設けられており、一定量以降は奥方特製の野菜ジュースや果実のジュースを飲むようにしている。
 四男のグレゴリーは、泣き上戸である。酔うと静かにシクシクと涙を流し、静かに飲み続ける。比較的マシな酒癖なのだが、後日、マデリーンと飲んだ際にその酒癖を中途半端に発揮し、切なげに潤む目で愛を乞い、彼女を爆発させるという珍妙な被害を出すことになるのは、余談である。
 そして、三男坊のディランだが――

「大変だ、ゲイル兄上! ディラン兄上が酒を飲んで消えた! またどこぞの国の国家転覆計画を練ってるかもしれない!」
 部屋に飛び込むと同時にグレゴリーによってもたらされた急報に、ゲイルが顔色を変えて立ち上がった。

 ディラン・ベルクハイツの酒癖。
 それは、完全犯罪計画立案という恐ろしくタチの悪いものであった。



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