乙女ゲームは終了しました

悠十

文字の大きさ
上 下
16 / 56
1巻

1-16

しおりを挟む
 彼はあの騒動の後、飛竜を使いベルクハイツ領をひとっ飛びで脱出する計画を立て、残した盗賊団員達と共に飛竜を強奪したのだった。

「貴族の令嬢も手に入ったしなぁ」

 いやらしいゆがんだ笑顔を向けられ、マデリーンはおびえて見せるも、その胸の内ではこの男をどうやって退しりぞけるか算段を立てていた。もしこの身をけがされるなら、全てを道連れに自爆することすら考えている。
 そんな普通の令嬢からかけ離れている爆弾を抱え込んだのだと知らぬ盗賊達は、マデリーンを無力な獲物と思い、めるように見ていた。

「おかしらぁ、そろそろ席に座ってベルトつけてくれよ。危ないぜ?」

 そんな中、飛竜を操る男がブラスに声をかける。

「落ちるようなヘマはしねぇよ。それよりジェルド、お前は飛竜を操るのに集中してろ。飛竜を操るのは兵士時代以来なんだろ?」
「まあ、そうだけど、心配いらねぇよ。それより、さっきのこっちに来てた連中、あれはベルクハイツの家の奴じゃないのか?」

 飛竜を操っているその男は、ブラスの右腕であるジェルドだ。
 彼は盗賊となる前はある国の軍の飛竜操者だったが、戦争の折に上官に見捨てられて命からがら戦地から逃げ出し、盗賊へ身をとしたのである。
 ブラスはジェルドの質問に、余裕のある表情でうなずいた。

「ああ、あれはベルクハイツ家の四男だな。だが、こっちはすでに飛び立ってるんだ。今から飛竜に乗ったって、追いつけやしねぇよ」

 そう言ってわらうブラスにジェルドはうなずき、笑みを浮かべる。

「まあ、それもそうか。それじゃあ、アンタは用済みだな」
「は?」

 いつもと変わらぬ笑顔で言われたため、ブラスは一瞬何を言われたのか分からない。その内容を理解した時にはもう遅かった。
 飛竜が急激に傾き、なんの支えもないブラスの体が宙に浮く。
 目を見開くブラスと、くらい笑みを浮かべるジェルドの視線が交差する。何が起こったのか理解したブラスの顔が憤怒ふんぬに染まった。

「ジェルドォォォォォォォォ‼」

 憎しみの怒号が上がる。

「俺達を食いものにするかしらにはついていけねぇよ。じゃあな、おかしら

 それは、あまりにも軽い別れの挨拶あいさつだった。
 宙に浮いたブラスの体は飛竜の羽ばたきが起こす風に吹き飛ばされ、重力に逆らうことなく落ちていく。
 ジェルド以外の男達はいつの間にか金具でおのれの体を固定しており、その光景を冷めた目で見つめていた。
 隣国からのがれ、おのれの配下たる盗賊団を盾に使い切り捨てた非情な男の、あまりにも呆気あっけない最期だ。
 その光景を、マデリーンはおびえる可憐かれんな令嬢の仮面の裏で、自分でも驚くほど冷静に見ていた。もしかすると一種の興奮状態にあり、頭が麻痺まひしていたのかもしれない。
 それでも目の前で起きた下剋上げこくじょうに、やたらと好戦的になっていた思考が流石さすがに冷える。おのれのこの後の行動を、どうやってこの男達から逃げるかにシフトチェンジさせた。
 魔力量は多くないものの、彼女には魔法がある。特に小技の引き出しは多く、監禁程度なら逃げ出す自信はあった。しかし、その後が問題だ。
 今は飛竜の上で逃げ場がない。また、途中で休憩するとなれば、きっと人気ひとけのない場所になるだろう。町中ならまだしも、魔獣や肉食獣がうようよいる森の中ではただのか弱い令嬢であるマデリーンが生き延びるのは難しく、ましてやメアリーもいる。彼女はマデリーンを守ろうとするだろうが、きっと二人共すぐに死んでしまう。
 となれば、取れる選択肢は多くない。
 町中に着くまで待って逃げ出すか、最悪どうしようもなくなった場合、この身をけがされる前にもろとも自爆である。
 マデリーンが過激な覚悟を決めた時、ようやく飛竜が傾けた身を元に戻し、安定した飛行へ体勢を整えた。
 操縦に余裕ができたのか、ジェルドが振り向きざまに指示を出す。

「おい、お前ら。その貴族のオジョウサマに余計な手出しはするなよ? 大事な人質だからな。少なくとも、この国から出るまでは役に立つ。世をはかなんで自害なんかされちゃ困る」

 ある意味においてジェルドは最善の選択をした。もしここで手を出すことを許可していれば、この場で全員が死んでいただろう。
 ジェルド以外の盗賊団の男達は不満げにしつつも、従った。とにかく今は逃亡を優先しなければならないのだと分かっているのだ。
 しかし、それら全ては無駄になる。
 彼らの背後から途轍とてつもなく恐ろしいモノが迫っていたのだ。
 ――ギャァァァァァオ‼
 その鳴き声が聞こえたのは突然だった。
 辺りに響く巨大な獣の鳴き声は、人を本能的にすくませる迫力を持っている。

「なっ、何が……」

 動揺する思考をなだめつつジェルドは辺りを見回し、それを見つけた。
 はるか後方の、飛竜の存在を――


     ***


 その飛竜はまだかなり遠くにいるが、尋常ではないスピードで飛んできていた。こちらもそれなりにスピードを出して飛ばしているのに、確実に近づいている。
 ジェルドはあせり、飛竜をさらに速く飛ばそうとした。けれどそれでも後方の飛竜はどんどん近づいてくる。

「ど、どうして……」

 おびえの色を含んだつぶやきが風の中に消えていった。
 飛竜という生き物は、個体ごとの飛行速度に大きな差はない。それゆえにブラスはこの脱出劇を考えついたのだ。この計画ならばより安全に、確実にベルクハイツ領を出られる、と。
 しかし、その常識がくつがえされようとしていた。
 はるか後方に飛んでいたはずの飛竜はすでにその上に乗っている人間を目視できるほどに近い。むしろ追い越すのではないかと思われるスピードで迫っている。
 盗賊団の男達に緊張が走った。
 飛竜を使い空で行われる戦闘といえば、飛び道具の応酬だ。ジェルドは飛竜をとされるのを恐れ、低空飛行へ切り替える。
 しかし、それは悪手だった。
 いよいよこちらに迫る後方の飛竜がジェルドの操る飛竜に追いつき、その上空を追い越していったのだ。――とんでもないものを置き土産みやげにして。
 マデリーンも、盗賊団の男達も、それを確かに見た。上空を通り過ぎた飛竜から、人が降ってくるのを。

「なっ!?」

 あまりに非常識な行動に、その場にいた全員が目をく。降ってきたその人間は難なく飛竜の上に着地し、ジェルドをえた。

「ヒッ」

 小さな悲鳴を上げたのは誰だったか。
 視線の先、そこにいたのは修羅だ。
 吊り上がったまなじり憤怒ふんぬに染まり、ギリギリと音がするんじゃないかというほど噛みしめられた歯のすき間から荒い息が吐き出される。


 それを見て盗賊達は恐怖に身をすくめた。しかし、たった一人喜びの声を上げた者がいる。

「グレゴリー様!」

 マデリーンだ。
 大の男達が無条件にひるむその形相は、痘痕あばたえくぼとはとても言えない迫力に満ちているのに、それを気にせず喜ぶ彼女のきもは太い。

「ベ、ベルクハイツ……!」

 そんなマデリーンの様子と対照的なのが、盗賊団の男達だ。特にベルクハイツ家の化け物ぶりを知るジェルドの動揺は大きかった。

「なんで、お前がここにいるんだ!?」

 恐怖に引きつった問いに、グレゴリーは答えない。
 しかしながら、実はその答えはとても簡単なものだった。
 ジェルドが操る飛竜は普通の飛竜で、グレゴリーが乗って来た飛竜は高速飛竜だっただけだ。
 そもそも、ブラスをはじめ盗賊団の男達は、高速飛竜の存在を知らなかった。
 普通の飛竜の三倍の速さで飛ぶという高速飛竜は、ベルクハイツ領でしか見られない珍しいものであり、とても気難しい。ジェルドは扱いやすそうな飛竜を選んで奪ったため、普通の飛竜だったのだ。そして、それがあだとなった。
 グレゴリー達はマデリーンが飛竜のもとへ案内される様子を見守っていた。そして、案内された先にある飛竜を見て、あれっと思ったのだ。
 飛竜が高速飛竜ではなかったのである。
 何かの不手際かと思ったベルクハイツ夫人が職員を捕まえて尋ねてみれば、職員はその飛竜を見ておかしいと首をひねった。さらにマデリーンの側にいる職員を見て、見たことがないと言い出したのだ。
 それを聞いて猛烈に嫌な予感がしたグレゴリーは兵士達を連れてマデリーンのもとへ向かい、その最中にことが起こったのである。
 目の前で婚約者を奪われたグレゴリーは、一気に頭に血を上らせた。
 飛竜が身を起こした際に転がり落ちて来た護衛騎士は腹から血を流して意識がなく、息はかろうじてあるものの、危険な状態だ。その姿は、マデリーンの置かれている危機的状況をも示す。
 彼は腹の底が煮える思いを味わった。
 怒りに意識を支配されそうなグレゴリーにどうにか冷静さを取り戻させたのは、母であるオリアナだ。
 彼女は持っていたおうぎで息子の顔を容赦なくひっぱたき、高速飛竜でとっとと後を追って嫁を取り返してこい、と命じたのである。
 息子を睥睨へいげい有無うむを言わせぬ女王のような貫禄かんろくでその憤怒ふんぬをねじ伏せたオリアナは、職員に用意されているはずの高速飛竜を出すよう手配した。そして息子の尻をひっぱたいて高速飛竜に乗せたのである。
 そうしてグレゴリーはここにいるのだが、多少冷静になったとはいえ、怒りで燃えていることには変わりない。
 ゆえに、彼の心に『手加減』の三文字はなかった。

「マデリーン、目をつむれ!」
「は、はい!」

 グレゴリーの指示にマデリーンは素直に従う。
 その直後、彼女の側で恐ろしく重い打撃音が響き、人の腹から漏れたと思われる空気がつぶれる音がした。
 思わず目を開けた彼女が見たものは、グレゴリーのこぶしが盗賊の腹にめり込む様子である。

「ぐ……が……」

 腹にこぶしをめり込ませた男は空気を求めるみたいに、はくはくと口を開閉させるも、グレゴリーの容赦ない顔への追撃で意識を飛ばした。死んではいないが、かなりギリギリである。
 目の前で行われた暴力シーンに、マデリーンは目をまたたかせ、自分の手で目をおおい即座につむった――振りをして、指の隙間から覗き見る。
 グレゴリーがマデリーンに怖い思いをさせないよう気を使ってくれたのだと察したが、全く怖くない。むしろグレゴリーに頼もしさを感じ、ぜひともその勇姿を見たかった。
 そうしているうちに、グレゴリーは飛竜の上だというのに素早い動きで盗賊達との距離をめ、反撃を許さずにノックアウトしていく。
 とうとう残るは飛竜を操るジェルドだけになった。

「ヒ、ヒィィィ……!」

 飛竜の操者席に座るジェルドが引きつった悲鳴を上げる。
 次はおのれの番だと分かった。しかし、ここは空の上であり、逃げ場などない。
 ジェルドはブラスを落とした時と同様飛竜を傾けようとするが、それよりも早くグレゴリーが辿たどり着いた。その手でジェルドの頭をがっちりと掴む。

「飛竜を地に降ろせ。そうすれば、殺さずにいてやる」
「ひ、ぎ、あぁ……!?」

 ギリギリと万力のようにめられる。
 この男はおのれの頭を握力だけでつぶせるのだと悟ったジェルドは、情けない悲鳴を上げながら飛竜を操縦し、大地に着陸させた。
 用が済めば、すぐにグレゴリーによって意識を刈り取られる。
 それを見届けたマデリーンは安全ベルトを外し、立ち上がった。少しふらつくものの、しっかりと立って小さな歩幅でグレゴリーに近づく。

「グレゴリー様!」
「マデリーン殿……!」

 グレゴリーが両手を広げたので、彼女は遠慮なくその胸に飛び込んだ。

「マデリーン殿、無事で良かった……」
「グレゴリー様……」

 震える声に、彼がどれほど心配してくれたのかを知る。
 存在を確かめるかのごとくしっかりと抱きしめられ、マデリーンはうっとりとその腕の中に身を預けたのだった。



   第八章


 グレゴリーは腕の中の少女のぬくもりに、心の底から安堵あんど溜息ためいきをついた。
 腕の中の少女は、つい最近おのれの婚約者となった公爵家の令嬢だ。
 妹、アレッタの婚約が駄目になり、中央貴族との繋がりを切らないための政略結婚が新たに必要だとは聞いていたが、その役目を自分がうことになるとは夢にも思っていなかった。
 そもそも、彼は四男であり、典型的な気が利かない無骨な武人である。
 そうした人間に淑女の相手など満足にできるはずがない。だから、まさか自分が選ばれるなど考えられなかった。
 最初に候補に挙がっていた三男のディランは、グレゴリーからしてみればパーフェクトな男である。頭が良く、気の利いた言葉をさらりと言ってのける色男だ。高位貴族の令嬢の夫の座も、彼であればそつなくこなすだろう。
 それなのに、選ばれたのはグレゴリーだった。彼は正直に自分には無理だと言ったのだ。自分には荷が重い、と。
 しかし、母がそれを許さなかった。マデリーン・アルベロッソ公爵令嬢の相手はグレゴリーが最適である、と譲らない。
 結局、恋人も好いた女もいないグレゴリーは、マデリーンの婚約者の座に納まった。
 彼女との結婚は彼女が新しく領地を持たない子爵家を興し、グレゴリーはそこへ婿むこりするにもかかわらず、二人はベルクハイツ領へ住み、ベルクハイツ家へつかえるという。これはベルクハイツ家に配慮したものだ。
 中央貴族と王家が最大限気を使った結果であり、アルベロッソ家からベルクハイツ家へのアピールでもあるのだろう。この婚約により、国の最大武力保持者であるベルクハイツ家と、中央で一、二を争う権力を持つアルベロッソ家には、太く強いきずなができる。
 王家が無視できぬ大家との婚姻は、下手を打った王家への牽制けんせいでもあるのだとオリアナはわらった。
 子爵位であるベルクハイツ家に同じ子爵位を持つマデリーンを迎えても良いのかと聞けば、高い地位にある者のほうが他家からのちょっかいの盾になってくれてちょうど良いと返される。
 それは大丈夫なのか、そもそもこの婚姻でアルベロッソ家になんの得があるのか。グレゴリーはさらに驚き質問を重ねた。
 すると、オリアナはにんまりと笑う。
 いわく、アルベロッソ家の保有するサファイア鉱山を始め、いくつかの宝石や鉱石を産出する鉱山は遠くない未来に底がつく。彼らは代わりになる魔物の素材が欲しいらしい。
 鉱山からの収入がなくなるのも痛手だが、装飾の見事さを誇る職人の町を持つアルベロッソは、職人を腐らせ失うことを恐れた。アルベロッソ領は、職人達がしのぎを削る職人の聖地でなくてはならないのだ。
 元々は、アルベロッソ家はマデリーンの元婚約者であるシルヴァン・サニエリクの実家、サニエリク侯爵家の宝石鉱山をあてにしていた。ところがシルヴァンが盛大にこけそうなので、ベルクハイツ領に目を向けたのである。
 それが、今回の政略結婚の裏事情であった。
 事情は分かったが、はい、そうですか、と行かないのが結婚の当事者であるグレゴリーである。もっとも、いくらごねたところでベルクハイツ領の内政を仕切っている母の命令を断れるはずもなく、この婚約は決まった。
 乗り気ではなくとも、自分の伴侶となる女性と不仲になりたいわけがない。ましてや彼女に恥をかかせたくもないので、グレゴリーはマナーの見直しや、エスコートの仕方を必死になって学んだ。お陰で周囲には生暖なまあたたかい目で見られたが……
 そうして迎えたマデリーンとの初めての対面は、グレゴリーの失態により最悪のものとなった。魔物の返り血にまみれた彼を見て、彼女は気を失ってしまったのである。
 グレゴリーは心から申し訳なく思うと同時に、彼女が気を失う前に放った一言に心臓を鷲掴わしづかみにされた。要は、心を奪われたのである。
 淑女の前で血まみれという凄惨せいさん有様ありさまの自分に対し、マデリーンは真っ青になりながらもグレゴリーに怪我がないか心配してくれたのである。
 高位貴族の令嬢に尻込みしていた彼にとって、その言葉は衝撃的なものだった。
 貴族の令嬢という存在は弱々しく、おのれを見ただけでおびえる小動物。そう思っていた彼は、マデリーンのように正面から目を合わせ、それだけではなくおのれの体の心配をしてくれる女性など初めてだったのだ。
 そこからは坂を転げ落ちるかのごとく、彼女の魅力的な面が目につきんでいく。
 マデリーンの容姿は文句のつけどころがないほど美しく、性格は社交的、気の使い方が上手かった。しかも、一部では悪魔と名高い母が気に入るくらいしたたかな面も持っているようだ。とても頼もしく、何より時折垣間かいま見える矜持きょうじの高さが好ましい。
 グレゴリーは、好いた女性には好かれたいと素直に考え、行動に出た。恋の駆け引きなど気の利いたことはできないがゆえに、まっすぐ好意をぶつけ始めたのである。
 それはマデリーンに対して効果的だった。マデリーンもまたグレゴリーに好意を持ち始めてくれたのだ。
 そうして、会って数日であるにもかかわらず、二人の関係は良好なものとなる。近しい者に揶揄からかわれるほど距離が縮まったのだ。
 そんなグレゴリーの大切な彼女が、目の前でさらわれた。これは、心底こたえた。ある種のトラウマになりそうである。
 そのマデリーンが今、ちゃんと自分の腕の中にいる。
 グレゴリーはマデリーンのぬくもりをしっかり確かめてから腕の力を緩めて、身を離した。改めて見れば、彼女は少し口を尖らせて、不満そうな顔をしている。普段、内面を外に出すのを良しとしない彼女にしては珍しい表情だ。
 後から思えばこの時のマデリーンは誘拐された直後で、感情の制御が上手くできなかったのかもしれない。
 興奮状態であったせいか、マデリーンは大変素直に、正直に、思ったことを口にした。
 マデリーンはグレゴリーの着るよろいの胸元をで、言ったのだ。

よろいが邪魔ですわ」


 ――グレゴリーは首まで真っ赤にして、天をあおいだ。



   エピローグ


 マデリーン達が乗っている飛竜が無事に地に下りたことを確認し、高速飛竜も側に降りてきた。
 未だに頬に赤味が残るグレゴリーにエスコートされて、マデリーンは飛竜から降りる。
 今回の誘拐事件の始めから終わりまで気絶していたメアリーは、高速飛竜に乗って来たマデリーンの護衛騎士に起こされ目を白黒させているものの、怪我はなく、精神的にも元気だ。
 ちなみに、腹を刺された護衛騎士だが、すぐに回復魔法で応急手当がなされ、一命は取り留めた、とのことだった。
 それは良かったと安堵あんどしたものの、その騎士も他の護衛騎士達も、マデリーンを誘拐されたせいで、王都へ帰れば処罰が待っている。少なくとも、鬼のような顔の上官にきたなおされるだろう。
 兵が気を失った盗賊達を捕らえ縛り上げるのを横目で見ながら、マデリーンはグレゴリーを盗み見た。
 彼はマデリーンの隣に立ち、時々兵達に指示を出している。その様子を見つつ、マデリーンは気まずいというか、恥ずかしく思っていた。
 先ほど無意識に、よろいが邪魔だなどと言ってしまったのだ。
 言い換えれば、それはよろいはばまれることなくグレゴリーに触れたい、ということである。
 なかなかセクシャルな台詞せりふだ。
 しかし、すでにこぼれ落ちたそれを取り消すことはできない。
 彼女はいっそ開き直ることにする。

「グレゴリー様……」

 小さくグレゴリーに声を掛け、その腕に自分の腕を絡めた。
 彼がギシリ、と身を固くする。そろそろと視線をマデリーンに移し、見た。マデリーンが、いつもの淑女の仮面を脱ぎ捨てほんのりと頬を染めて上目遣いで彼をうかがっているのを。

「マ、マデリーン殿!?」

 動揺するグレゴリーに、マデリーンはねて口を尖らせる。

「あら、敬称なんてつけなくて良いんですのよ? さっきは呼び捨てにしてくださったのに……」
「いや、あの時は緊急時だったので……」

 マデリーンに目をつむれと指示した際のことを言えば、グレゴリーはそろりと視線を外す。
 しかし、マデリーンは逃げるのは許さないとばかりに半ば抱き着き、強くグレゴリーの腕に密着する。彼はカチン、と石像のごとくさらに固まった。
 マデリーンは精一杯背伸びして、その耳元でささやく。

「次は、よろいなしでの抱擁をお願いいたしますわね」

 グレゴリーは再び顔を真っ赤に染め上げた。顔を片手で隠し、とうとう座り込んでしまう。
 そうして、赤い顔のまま眉を八の字に下げ、情けない表情で告げた。

「もう少し、手加減をお願いします、マデリーン殿……」

 グレゴリーの思わぬ表情に、マデリーンは目をまたたかせ、自分もじわじわと頬を赤くする。さらに口元を軽く押さえて視線をらした。
 いくら開き直ったといっても、まさか今すぐよろいを脱げとは流石さすがに言えなかったのだ。


 ――そんな初々ういういしい二人が巻き起こし、巻き込まれる騒動付きの恋物語は、始まったばかりである。


しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

初夜に「俺がお前を抱く事は無い!」と叫んだら長年の婚約者だった新妻に「気持ち悪い」と言われた上に父にも予想外の事を言われた男とその浮気女の話

ラララキヲ
恋愛
 長年の婚約者を欺いて平民女と浮気していた侯爵家長男。3年後の白い結婚での離婚を浮気女に約束して、新妻の寝室へと向かう。  初夜に「俺がお前を抱く事は無い!」と愛する夫から宣言された無様な女を嘲笑う為だけに。  しかし寝室に居た妻は……  希望通りの白い結婚と愛人との未来輝く生活の筈が……全てを周りに知られていた上に自分の父親である侯爵家当主から言われた言葉は──  一人の女性を蹴落として掴んだ彼らの未来は……── <【ざまぁ編】【イリーナ編】【コザック第二の人生編(ザマァ有)】となりました> ◇テンプレ浮気クソ男女。 ◇軽い触れ合い表現があるのでR15に ◇ふんわり世界観。ゆるふわ設定。 ◇ご都合展開。矛盾は察して下さい… ◇なろうにも上げてます。 ※HOTランキング入り(1位)!?[恋愛::3位]ありがとうございます!恐縮です!期待に添えればよいのですがッ!!(;><)

婚約者に消えろと言われたので湖に飛び込んだら、気づけば三年が経っていました。

束原ミヤコ
恋愛
公爵令嬢シャロンは、王太子オリバーの婚約者に選ばれてから、厳しい王妃教育に耐えていた。 だが、十六歳になり貴族学園に入学すると、オリバーはすでに子爵令嬢エミリアと浮気をしていた。 そしてある冬のこと。オリバーに「私の為に消えろ」というような意味のことを告げられる。 全てを諦めたシャロンは、精霊の湖と呼ばれている学園の裏庭にある湖に飛び込んだ。 気づくと、見知らぬ場所に寝かされていた。 そこにはかつて、病弱で体の小さかった辺境伯家の息子アダムがいた。 すっかり立派になったアダムは「あれから三年、君は目覚めなかった」と言った――。

愛された側妃と、愛されなかった正妃

編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。 夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。 連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。 正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。 ※カクヨムさんにも掲載中 ※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります ※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。

ヤケになってドレスを脱いだら、なんだかえらい事になりました

杜野秋人
恋愛
「そなたとの婚約、今この場をもって破棄してくれる!」 王族専用の壇上から、立太子間近と言われる第一王子が、声高にそう叫んだ。それを、第一王子の婚約者アレクシアは黙って聞いていた。 第一王子は次々と、アレクシアの不行跡や不品行をあげつらい、容姿をけなし、彼女を責める。傍らに呼び寄せたアレクシアの異母妹が訴えるままに、鵜呑みにして信じ込んだのだろう。 確かに婚約してからの5年間、第一王子とは一度も会わなかったし手紙や贈り物のやり取りもしなかった。だがそれは「させてもらえなかった」が正しい。全ては母が死んだ後に乗り込んできた後妻と、その娘である異母妹の仕組んだことで、父がそれを許可したからこそそんな事がまかり通ったのだということに、第一王子は気付かないらしい。 唯一の味方だと信じていた第一王子までも、アレクシアの味方ではなくなった。 もう味方はいない。 誰への義理もない。 ならば、もうどうにでもなればいい。 アレクシアはスッと背筋を伸ばした。 そうして彼女が次に取った行動に、第一王子は驚愕することになる⸺! ◆虐げられてるドアマットヒロインって、見たら分かるじゃんね?って作品が最近多いので便乗してみました(笑)。 ◆虐待を窺わせる描写が少しだけあるのでR15で。 ◆ざまぁは二段階。いわゆるおまいう系のざまぁを含みます。 ◆全8話、最終話だけ少し長めです。 恋愛は後半で、メインディッシュはざまぁでどうぞ。 ◆片手間で書いたんで、主要人物以外の固有名詞はありません。どこの国とも設定してないんで悪しからず。 ◆この作品はアルファポリスのほか、小説家になろうでも公開します。 ◆過去作のヒロインと本作主人公の名前が丸被りしてたので、名前を変更しています。(2024/09/03) ◆9/2、HOTランキング11→7位!ありがとうございます! 9/3、HOTランキング5位→3位!ありがとうございます!

当て馬ヒロインですが、ざまぁされた後が本番です

悠十
恋愛
「お前との婚約を破棄する!」  卒業式のパーティーに王太子の声が響いた。  しかし、乙女ゲームにありがちな断罪劇は、悪役令嬢の反論により、あえなく返り討ちにされた。  そして、『ヒロイン』のアリスは地位を剥奪された元王太子のアルフォンスと無理やり籍を入れられ、学園を退学。都落ちとなった。  急展開に頭がついていかず、呆然とするまま連れ戻された実家の男爵家。そこで、アリスは前世の記憶を思い出し、この世界が乙女ゲームだったことを知る。  そして―― 「よっしゃぁぁぁ! イケメン夫ゲットォォォ!!」  結婚したくてたまらない系三十路女の記憶を取り戻したアリスは歓喜した。  これは、たとえざまぁされたとしても、イケメン夫を手に入れて人生勝ち組と確信する、逞しすぎるざまぁされ系ヒロインの、その後のお話しである。

断罪された公爵令嬢に手を差し伸べたのは、私の婚約者でした

カレイ
恋愛
 子爵令嬢に陥れられ第二王子から婚約破棄を告げられたアンジェリカ公爵令嬢。第二王子が断罪しようとするも、証拠を突きつけて見事彼女の冤罪を晴らす男が現れた。男は公爵令嬢に跪き…… 「この機会絶対に逃しません。ずっと前から貴方をお慕いしていましたんです。私と婚約して下さい!」     ええっ!あなた私の婚約者ですよね!?

【完結】初めて嫁ぎ先に行ってみたら、私と同名の妻と嫡男がいました。さて、どうしましょうか?

との
恋愛
「なんかさぁ、おかしな噂聞いたんだけど」 結婚式の時から一度もあった事のない私の夫には、最近子供が産まれたらしい。 夫のストマック辺境伯から領地には来るなと言われていたアナベルだが、流石に放っておくわけにもいかず訪ねてみると、 えっ? アナベルって奥様がここに住んでる。 どう言う事? しかも私が毎月支援していたお金はどこに? ーーーーーー 完結、予約投稿済みです。 R15は、今回も念の為

私が死んで満足ですか?

マチバリ
恋愛
王太子に婚約破棄を告げられた伯爵令嬢ロロナが死んだ。 ある者は面倒な婚約破棄の手続きをせずに済んだと安堵し、ある者はずっと欲しかった物が手に入ると喜んだ。 全てが上手くおさまると思っていた彼らだったが、ロロナの死が与えた影響はあまりに大きかった。 書籍化にともない本編を引き下げいたしました

処理中です...
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。
番外編を閲覧することが出来ません。
過去1ヶ月以内にレジーナの小説・漫画を1話以上レンタルしている と、レジーナのすべての番外編を読むことができます。

このユーザをミュートしますか?

※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。