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1巻
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第四章
ベルクハイツ領に着いて三日目の朝は、清々しいものだった。
空は晴れ渡り、小さく聞こえてくる小鳥の声が愛らしい。
「ここにも小鳥がいるのね……」
なんとなく、か弱いものがいないイメージのある領なだけに、目覚めたばかりのぼんやりした頭でマデリーンはそう呟く。
程なくしてメアリーがやってきて、朝の支度を整えながら告げた。
「今日は魔物の間引き作業があり、グレゴリー様は午前中、お屋敷におられないそうです。代わりに、朝食をご一緒したいとのことでした。それから、午前中にベルクハイツ夫人からお茶のお誘いがありました」
「あら、そうなの?」
どうやらグレゴリーはなかなか休みを取るのが難しいらしく、午後からしかマデリーンの相手ができないようだ。
「朝食はもちろんご一緒したいわ。それから、お茶のほうもぜひ出席させていただくわ」
「かしこまりました」
グレゴリーと朝食を共にするのは全く問題なく、むしろ短時間でも顔を合わせようとする姿勢が好ましい。
そして、将来義理の母となるベルクハイツ夫人とは、できる限り仲良くしておきたいと思うのが人情である。
メアリーはその旨を知らせるのを他の使用人に任せ、マデリーンの支度に集中した。
そうして支度を終えると、マデリーン達は食堂へ向かう。
食堂の扉の前には既にグレゴリーが待っており、マデリーンの姿を認めて、目をほんの僅かに柔らかく細めた。
「おはよう、マデリーン殿」
「おはようございます、グレゴリー様」
挨拶をした後、自然に彼はマデリーンの手を取り席までエスコートする。椅子まで引いて座るよう促した。
「え、あの、グレゴリー様」
「すまない、ここに座ってほしい。君の顔を正面から見ながら食事をしたい」
なんという恐ろしい男だろうか。朝っぱらから爆弾が投げ込まれ、マデリーンは頭が真っ白になった。
しかし、反射的に淑女の礼を返し、どうにか微笑んで席に着くことに成功する。この時ほど染みつくほどに身につけた淑女教育に感謝したことはない。
そしてグレゴリーがマデリーンの前に座り、食事が運ばれてきた。どうやら、他のベルクハイツ家の方々はこの食堂へは来ないらしい。
食前のお祈りをした後スープを口にしたマデリーンに、グレゴリーがおもむろに告げる。
「今朝は、家族には遠慮してもらった。貴女は明後日には王都へ帰ってしまうから、二人きりで食事をしたくてな」
マデリーンは噴くかと思った。
ちょいちょい前触れもなく、少しも隠すことをせずに好意を伝えてくるとは、なんて恐ろしい男なのか。
駆け引きに向かない性格をしているせいか、いつも直球なのだ。
「その、嬉しいですわ……」
まあ、彼の気持ちは勘違いしようもなく十分伝わり悪い気はしないので、素直に受け取った。しかし、次の瞬間、再び内心で叫ぶことになる。
「顔を見るだけでこんなに幸せな気持ちになるのは初めてかもしれない。ありがとう、マデリーン殿」
珍しく口角まで上がった彼の笑顔に、彼女は固まった。
だから! どうして! そんな! 不意打ちをするの!?
「君が明後日帰ってしまうのが残念だ。その、手紙を出しても良いだろうか?」
「は、はい。大丈夫です」
心臓が早鐘みたいに打っているのを感じながら、鉄壁の淑女の微笑みを浮かべて頷く。
「できる限り貴女に会いたいし、声を聞かせてほしい。都合がついたら、会いに行っても良いだろうか?」
「ええ、もちろんですわ」
グレゴリーはマデリーンのその返事を聞き、またしても照れくさそうに目を細めた。
「本当に、こんなに誰かに夢中になることは初めてだ。なんだか、照れくさいな」
「……っ!?」
心臓が鳴く。
何か、キュン、て音がしたわ、とマデリーンは微笑みの仮面の下で動揺した。
そうして食事の間中、好意という名の攻撃を受け続け、疲労困憊で朝食を終える。
しかし、彼女の一日は始まったばかりだった。
***
「――あの方、ちょっと素直すぎないかしら」
ベルクハイツ夫人とのお茶会のために身嗜みを整えている時、マデリーンはメアリーに愚痴とも惚気とも取れる言葉をこぼした。
「そうですねぇ。けど、恋の駆け引きだなんだと言って、無駄に女性を不安がらせる男よりはよっぽど素敵だと思いますよ」
微笑ましげに相槌を打つメアリーに、マデリーンは唇を尖らせる。
「言葉を飾らないどころか、豪速球で好意をぶつけてくるのよ? 受け止めきれないわ」
しかもそれが本音であると分かるから、質が悪い。
「でも、お嫌ではないのでしょう?」
「……まあ、そうね」
嫌ではないが、ペースを崩されるのが困る。
「お嬢様はプライドが高くていらっしゃいますから、うっかりして醜態をさらしたくないのですよね?」
「そうよ! このまま平常心を乱されれば、どんなことになるか分かったものじゃないわ!」
マデリーンとしては、完璧な淑女であり続けたいのである。しかしメアリーは、その淑女の仮面が取れた先がきっと本番だ、と思っていた。
「きっと砂糖漬けにされますね」
「は?」
――グレゴリーがまだ本気を出していないことを、マデリーンは知らない。
***
さて、朝食の後は、ベルクハイツ夫人とのお茶の約束である。
マデリーンが案内されたのは、美しい薔薇園にひっそりと建つガゼボだった。鳥籠を連想させる繊細な作りのそれに、マデリーンは感嘆の溜息をこぼす。
「ようこそ、マデリーン様」
「お招きいただき、ありがとうございます。ベルクハイツ夫人」
そのガゼボにいるのは、年齢不詳の美貌の女性、ベルクハイツ夫人である。
そして、その場にはもう一人飛び入りの参加者がいた。
「こんにちは、マデリーン嬢。突然ですが、私もお茶会に参加しても良いですか?」
「ええ、もちろん大丈夫ですわ、ディラン様」
それは、ベルクハイツ家三男のディランだ。彼はベルクハイツ家の男らしく武人の体つきをしているが、受ける印象が華やかで、他の兄弟よりも母親の血を濃く引いているように思える。
そうして和やかにお茶会は始まった。
「マデリーン様、昨日は町に行かれたそうですけど、グレゴリーはちゃんとエスコートできていたかしら?」
「ええ、とても紳士的にエスコートしてくださいましたわ。城壁へ連れていってくださって、『深魔の森』も遠目ですが見せていただきましたし、町のことも詳しく教えていただきました」
マデリーンとしてはなかなか充実したデート内容だったのだが、ベルクハイツ夫人とディランは複雑そうな顔で微笑む。
「あいつも、もうちょっとロマンチックな場所に案内すれば良いのに……」
ディランのぼやきが、その表情の答えだ。
「それに、妙な連中が町に紛れ込んできたせいで中断することになったとか。すみません、すぐに潰――捕まえますから、懲りずにあいつとまた出掛けてやってくださいね」
何やら潰すと聞こえたが、気のせいだろうか?
綺麗な笑みを浮かべたディランに、マデリーンも「もちろんですわ」と美しい笑みで返した。
そんな二人を見て、ベルクハイツ夫人が苦笑する。
「どうしたのですか、母上」
「ふふ……。いえ、やはりマデリーン様との婚約はグレゴリーにしておいて良かったと思ったのよ」
ディランの問いに、夫人は微笑みながらそう返した。
マデリーンは目を瞬かせる。ディランが片眉を上げてどういうことか、と視線で母に言葉を促した。
「マデリーン様との婚約は、最初はディランとどうかという話だったのよ。それは知っているわよね?」
「はい、知ってますが……」
ディランが首を傾げ、ベルクハイツ夫人は仕方がなさそうに目を細める。
「確証があったわけではないのだけど、多分、貴方が相手では『仲の良い夫婦』止まりになりそうだと思ったのよ」
「は?」
それのどこがいけないのかと言わんばかりに眉をひそめるディランに、夫人が再び苦笑する。
「私としては、『他の人間が入り込む余地がないくらい愛し合っている夫婦』になってほしかったの」
そうして、意味深にマデリーンに微笑みかけた。
マデリーンは朝食時に見たグレゴリーの笑顔を思い出し、ギシリと固まる。赤面しなかったことを褒めてほしい。
そんな彼女の様子には気づかず、ディランはなるほど、と頷く。
「まあ、確かにそういったことならグレゴリーのほうが良いかもしれませんね」
「別に貴方が悪い、っていうことではないのよ? ただ、貴方は私に似たから、マデリーン様とは根底の部分で似た者同士になってしまいそうで……」
そう言って、ベルクハイツ夫人は苦笑を深める。
「気の合う友人にはなれても、愛し合う夫婦になれるかしら、と心配になったの。だって、二人共、貴族である自覚と誇りがあるでしょう?」
そう言われ、マデリーンとディランは目を瞬かせ、思わず顔を見合わせた。
そんな二人に、ベルクハイツ夫人は微笑む。
「ふふ。実はね、ディランを除く我がベルクハイツの男達は貴族という地位をそれほど重視していないのよ。もちろん、地位に付随する責任に関してはしっかり自覚しているのだけど、『貴族』であることにこだわりはなく、ただこのベルクハイツ領を守り栄えさせていることに誇りを感じているだけなの」
そういうことか、とマデリーンは納得の意を示す。ディランは普段からそう感じているらしく、特に目立つ反応は見せなかった。
「ディランは他の兄弟よりも頭が回るし、色々と視野が広いものだから、私のような普通の貴族の感覚も身につけているでしょう? そうすると、『普通の貴族の夫婦』になれてしまうのよね」
それが悪いわけではないが、このベルクハイツ領では困るのだと夫人は語る。
「ここは命の危険がつきまとう地であるから、とにかく絶対に生きて帰ると思える楔が多ければ多いほど良いのよ。そしてその楔は、家族や伴侶、恋人といったものが良いわ。生き残るための活力になるもの」
それにディランは大いに頷き、納得の意を示した。
「今回のマデリーン様との婚約は、グレゴリーのほうが相性が良さそうだと思ったのもあるけれど、できればディランには自分で伴侶を選んでほしいの。政略結婚だと、貴方の場合、すんなり仮面夫婦ができてしまいそうで怖いのよ」
「そういうことでしたか……」
ディランはベルクハイツ夫人の気遣いに、気恥ずかしそうに頬を掻いた。そして、マデリーンに向き直る。
「まあ、マデリーン嬢。これから義兄として、どうぞよろしくお願いします。母の目は確かだったようですし」
そう言って悪戯っぽく微笑んだ。
「どうにも、我が弟は貴女にベタ惚れみたいなので」
マデリーンはプライドに懸けて赤面することを堪え、ディランの言葉に、にっこりと微笑みを返す。
「光栄ですわ」
しかし、内心、大いに動揺していることは、輝く笑みを浮かべているベルクハイツ夫人には、どうやらバレているようであった。
その後、ベルクハイツ夫人とのお茶会は和やかに進む。最終的には、マデリーンはベルクハイツ夫人に「お義母さまって呼んでちょうだい」と言われ、夫人には「マデリーンさん」と呼ばれることになった。
「『お義母さま』はまだ流石に早いんじゃないですか?」
「そうかしら? グレゴリーが逃がすわけがないから、今からそう呼んでもらっても良いと思うのだけど」
逃がさないって何と思いつつも、マデリーンはその疑問は口にせず、微笑みを浮かべるにとどめる。
そうしてお茶会は、両者の関係を良好なものにして終わった。
最後に昼食を一緒にどうかとディランに誘われたが、それにはベルクハイツ夫人が待ったをかける。
「まあ、それは少しお待ちなさいな。私も昼食をご一緒したいけれど、グレゴリーが頑張って早めに帰ってくるかもしれないわよ」
「あー……いや、無理ですよ。今日は深部には行きませんが、確か、中程まで行くと言ってましたから」
ディランが首を傾げつつ往復時間を計算して、無理だと告げた。
「あら、そうなの? それは可哀そうに……」
「私が代わってやれれば良かったんですけど、私も出ずっぱりでしたからね」
ディランとしては折角マデリーンが来ているのでグレゴリーの仕事を代わってやりたかったのだ。しかし、ディラン達の仕事は命懸けの肉体労働である。休める時に休まなければ、死が待っている。
「やはりお忙しいんですか?」
小首を傾げるマデリーンに、ディランは頷く。
「当主がいないと色々と心配で、やらなければならない小細工が増えるので、忙しいですね」
「旦那様と息子達では、旦那様のほうがお強いのよ。その旦那様が不在だと、町の住人が不安がるの。だから、こまめに『深魔の森』の間引きを行うのよ」
どうやら間引き作業はデモンストレーションの意味もあるらしい。
「旦那様がいれば間引き作業は格段に減らせるのだけど……」
「ただ、間引き作業を減らすと魔物の氾濫が増えるんですよね……」
どちらが楽かと問われると、変わらない、というのが戦場に実際に立つディランの感想だった。それでも間引き作業を行ったほうが魔物の氾濫が小規模で済むので、間引き作業の回数を増やすことを検討しているそうだ。
「間引き作業と魔物の氾濫での怪我人の人数と重傷度を比べて、間引き作業を行ったほうがマシという結果が出ましたしね」
肩をすくめてそう言った彼は、小さく溜息をついた。確かにお疲れ気味のようである。
結局、グレゴリーは帰って来ず、マデリーンはベルクハイツ夫人とディランと共に昼食をとった。
その日、グレゴリーが屋敷に戻ってきたのは食事が終わって、マデリーンが部屋へ戻る途中のことだ。
ちょうど帰ってきたばかりの彼と、マデリーンは廊下で鉢合わせしたのである。
「あら、グレゴリー様」
「あ、マ、マデリーン殿」
鉢合わせしたグレゴリーは明らかに、しまったと言わんばかりの表情をしていた。
「も、申し訳ない……。このような格好で……」
恥ずかしそうに視線を逸らす彼の格好は、随分とラフなものだ。
飾りけのないシャツとベスト、黒のズボンに同色の上着をひっかけて、髪の毛はしっとりと濡れている。初対面の時から推測するに、汚れを落としてきたのだろう。髪が濡れているので、乾かす時間すら惜しみ急いで帰ってきたのだと分かる。
着崩されたシャツのボタンが三つほど開いている。そこから見える逞しい筋肉から目を逸らしつつ、マデリーンは微笑んだ。
「お気になさらないでください。急いで帰っていらしたのでしょう?」
「はい……。そうです」
グレゴリーを気遣い、なるべく穏やかに話す。
「ですが、そのままでは風邪をひいてしまいますわ。きちんと髪を乾かして、もう少し暖かい格好をしてくださいね」
「……申し訳ない」
恥ずかしそうに、小さく縮こまる男が可愛い。
だが、そんな彼の様子とは対照的に妙に色気を感じる胸筋を、ぜひとも隠してほしいと思った。まさか、男の胸元に色気を感じる日が来るとは予想もしていなかったマデリーンである。
微笑みの仮面の裏で割と脳内が大変なことになっていた彼女は、グレゴリーが支度を整えた後で共に過ごす約束をして別れた。
そして、部屋に戻って呟く。
「抱きついたらどんな感じなのかしら……」
そして、なんてはしたないことを、と真っ赤になった。
思えばグレゴリーには初対面の頃から色んな意味でペースを崩されっぱなしである。
彼が迎えに来るまでに落ち着かなくては、と聖書を取り出して心頭滅却すべく読み始めるものの、煩悩はなかなか去ってはくれない。
「なんてこと……!」
とんだ破廉恥娘になってしまった。
混乱する頭でひたすら両親と神に心の中で懺悔する。
しかし、もし誰かがマデリーンの心中を知ったなら、こう言っただろう。
惚れているんだから仕方ないんじゃない? と。
第五章
さて、マデリーンが己の煩悩と戦っているちょうどその頃、グレゴリーと入れ替わるようにディランが午後の仕事へ向かっていた。
彼の午後の仕事は、お茶会でもちらっと話に出た、ならず者に関することだ。
砦に着き、まず長兄のゲイルのもとへ向かう。
ゲイルの執務室の扉をノックすれば、入れ、と言う声が聞こえる。
「ゲイル兄上」
「ああ、ディランか。ご苦労。ちゃんと体は休めたか?」
ゲイルは執務机に座り、書類と格闘していた。父とよく似た面差しの長兄に、ディランは微笑んで頷く。
「ええ、もちろんです。マデリーン嬢とお茶をご一緒しましたよ」
「ふむ。それは、グレゴリーが嫉妬しそうだな」
苦笑しつつそう言うゲイルに、ディランも笑う。
「そうですね。けれど、もし嫉妬したらそれをネタに揶揄ってやりますよ」
「程々にな」
そこでその話を打ち切り、ゲイルは机から書類の束を取り出す。
「これがごろつき連中の情報だ」
渡された書類をよく読み込み、ディランは眉間に皺を寄せた。
「なんですか、この連中。ブムード国から流れてきたんですか? なんとまあ、遠くから来たものですね」
ブムード国とは、ウィンウッド王国の隣国で、大河を挟んだ向こうの国である。その大河は魔物が潜むなかなか厄介な河なのだが、それを渡ってきたというのだからご苦労様なことである。
「わざわざ我が領に来ずに、隣国でうろついていれば良いものを……」
忌々しげに呟くディランに、ゲイルが苦笑する。
「まあ、面倒ではあるな。ぜひ、奴らの国元で解決しておいてほしかった」
「まったくです」
ディランは母親に似て腹が黒く、感情をあまり表に出さない。しかし、なぜかゲイルには弟として甘え、素直に不満を口にし、ころころと表情を変える。
これが相手がアレッタとなると、格好良い兄であろうと振る舞うのだから面白い。
「本当にタイミングが悪いな。領主たる父上がいないと手続きが滞るし、マデリーン嬢を外に出せない」
「そうですね……。このならず者達、面倒な人数らしいじゃないですか。一気に叩き潰したいところですが、隣国から逃れてきただけあって、頭が回りそうですよ」
ディランが秀麗な顔に面倒臭そうな感情を乗せると、ゲイルも溜息をつく。
いくら内務のほとんどを領主夫人である母が受け持とうと、領主の判断を仰がなければならない案件は出てくる。アウグストの不在で、仕事の幾つかがスムーズに終わらない。そんな時に、このならず者達の騒ぎである。ストレスが溜まることこの上なかった。
「屋敷にずっといてもらうのもつまらないだろうし、安全面だけなら早めに王都へお帰りいただくのが安心なんだが……」
「そういえば、あの学園、休みは簡単に取れますが、申請した日数を超えて休むと五月蠅い人がいましたね」
ベルクハイツ子爵家の子息として国立学園に通っていた二人は、過去を振り返り苦い顔をする。
「天候のせいで一日遅れで戻った時は、本当に面倒だった」
「忘れもしませんよ、あのマドック・クロスビー教諭の厄介さは。とても面倒な性格をしていらっしゃるのに、派閥を作るのがお上手で……」
顔を見合わせ、兄弟揃って溜息をつく。
マドック・クロスビー教諭とは、学園の普通科で歴史学を教える教師である。普段は多少世渡り上手のどこにでもいる教師なのだが、規則を破ると、待っていましたとばかりにとても面倒な教師に早変わりするのだ。
ベルクハイツ領に着いて三日目の朝は、清々しいものだった。
空は晴れ渡り、小さく聞こえてくる小鳥の声が愛らしい。
「ここにも小鳥がいるのね……」
なんとなく、か弱いものがいないイメージのある領なだけに、目覚めたばかりのぼんやりした頭でマデリーンはそう呟く。
程なくしてメアリーがやってきて、朝の支度を整えながら告げた。
「今日は魔物の間引き作業があり、グレゴリー様は午前中、お屋敷におられないそうです。代わりに、朝食をご一緒したいとのことでした。それから、午前中にベルクハイツ夫人からお茶のお誘いがありました」
「あら、そうなの?」
どうやらグレゴリーはなかなか休みを取るのが難しいらしく、午後からしかマデリーンの相手ができないようだ。
「朝食はもちろんご一緒したいわ。それから、お茶のほうもぜひ出席させていただくわ」
「かしこまりました」
グレゴリーと朝食を共にするのは全く問題なく、むしろ短時間でも顔を合わせようとする姿勢が好ましい。
そして、将来義理の母となるベルクハイツ夫人とは、できる限り仲良くしておきたいと思うのが人情である。
メアリーはその旨を知らせるのを他の使用人に任せ、マデリーンの支度に集中した。
そうして支度を終えると、マデリーン達は食堂へ向かう。
食堂の扉の前には既にグレゴリーが待っており、マデリーンの姿を認めて、目をほんの僅かに柔らかく細めた。
「おはよう、マデリーン殿」
「おはようございます、グレゴリー様」
挨拶をした後、自然に彼はマデリーンの手を取り席までエスコートする。椅子まで引いて座るよう促した。
「え、あの、グレゴリー様」
「すまない、ここに座ってほしい。君の顔を正面から見ながら食事をしたい」
なんという恐ろしい男だろうか。朝っぱらから爆弾が投げ込まれ、マデリーンは頭が真っ白になった。
しかし、反射的に淑女の礼を返し、どうにか微笑んで席に着くことに成功する。この時ほど染みつくほどに身につけた淑女教育に感謝したことはない。
そしてグレゴリーがマデリーンの前に座り、食事が運ばれてきた。どうやら、他のベルクハイツ家の方々はこの食堂へは来ないらしい。
食前のお祈りをした後スープを口にしたマデリーンに、グレゴリーがおもむろに告げる。
「今朝は、家族には遠慮してもらった。貴女は明後日には王都へ帰ってしまうから、二人きりで食事をしたくてな」
マデリーンは噴くかと思った。
ちょいちょい前触れもなく、少しも隠すことをせずに好意を伝えてくるとは、なんて恐ろしい男なのか。
駆け引きに向かない性格をしているせいか、いつも直球なのだ。
「その、嬉しいですわ……」
まあ、彼の気持ちは勘違いしようもなく十分伝わり悪い気はしないので、素直に受け取った。しかし、次の瞬間、再び内心で叫ぶことになる。
「顔を見るだけでこんなに幸せな気持ちになるのは初めてかもしれない。ありがとう、マデリーン殿」
珍しく口角まで上がった彼の笑顔に、彼女は固まった。
だから! どうして! そんな! 不意打ちをするの!?
「君が明後日帰ってしまうのが残念だ。その、手紙を出しても良いだろうか?」
「は、はい。大丈夫です」
心臓が早鐘みたいに打っているのを感じながら、鉄壁の淑女の微笑みを浮かべて頷く。
「できる限り貴女に会いたいし、声を聞かせてほしい。都合がついたら、会いに行っても良いだろうか?」
「ええ、もちろんですわ」
グレゴリーはマデリーンのその返事を聞き、またしても照れくさそうに目を細めた。
「本当に、こんなに誰かに夢中になることは初めてだ。なんだか、照れくさいな」
「……っ!?」
心臓が鳴く。
何か、キュン、て音がしたわ、とマデリーンは微笑みの仮面の下で動揺した。
そうして食事の間中、好意という名の攻撃を受け続け、疲労困憊で朝食を終える。
しかし、彼女の一日は始まったばかりだった。
***
「――あの方、ちょっと素直すぎないかしら」
ベルクハイツ夫人とのお茶会のために身嗜みを整えている時、マデリーンはメアリーに愚痴とも惚気とも取れる言葉をこぼした。
「そうですねぇ。けど、恋の駆け引きだなんだと言って、無駄に女性を不安がらせる男よりはよっぽど素敵だと思いますよ」
微笑ましげに相槌を打つメアリーに、マデリーンは唇を尖らせる。
「言葉を飾らないどころか、豪速球で好意をぶつけてくるのよ? 受け止めきれないわ」
しかもそれが本音であると分かるから、質が悪い。
「でも、お嫌ではないのでしょう?」
「……まあ、そうね」
嫌ではないが、ペースを崩されるのが困る。
「お嬢様はプライドが高くていらっしゃいますから、うっかりして醜態をさらしたくないのですよね?」
「そうよ! このまま平常心を乱されれば、どんなことになるか分かったものじゃないわ!」
マデリーンとしては、完璧な淑女であり続けたいのである。しかしメアリーは、その淑女の仮面が取れた先がきっと本番だ、と思っていた。
「きっと砂糖漬けにされますね」
「は?」
――グレゴリーがまだ本気を出していないことを、マデリーンは知らない。
***
さて、朝食の後は、ベルクハイツ夫人とのお茶の約束である。
マデリーンが案内されたのは、美しい薔薇園にひっそりと建つガゼボだった。鳥籠を連想させる繊細な作りのそれに、マデリーンは感嘆の溜息をこぼす。
「ようこそ、マデリーン様」
「お招きいただき、ありがとうございます。ベルクハイツ夫人」
そのガゼボにいるのは、年齢不詳の美貌の女性、ベルクハイツ夫人である。
そして、その場にはもう一人飛び入りの参加者がいた。
「こんにちは、マデリーン嬢。突然ですが、私もお茶会に参加しても良いですか?」
「ええ、もちろん大丈夫ですわ、ディラン様」
それは、ベルクハイツ家三男のディランだ。彼はベルクハイツ家の男らしく武人の体つきをしているが、受ける印象が華やかで、他の兄弟よりも母親の血を濃く引いているように思える。
そうして和やかにお茶会は始まった。
「マデリーン様、昨日は町に行かれたそうですけど、グレゴリーはちゃんとエスコートできていたかしら?」
「ええ、とても紳士的にエスコートしてくださいましたわ。城壁へ連れていってくださって、『深魔の森』も遠目ですが見せていただきましたし、町のことも詳しく教えていただきました」
マデリーンとしてはなかなか充実したデート内容だったのだが、ベルクハイツ夫人とディランは複雑そうな顔で微笑む。
「あいつも、もうちょっとロマンチックな場所に案内すれば良いのに……」
ディランのぼやきが、その表情の答えだ。
「それに、妙な連中が町に紛れ込んできたせいで中断することになったとか。すみません、すぐに潰――捕まえますから、懲りずにあいつとまた出掛けてやってくださいね」
何やら潰すと聞こえたが、気のせいだろうか?
綺麗な笑みを浮かべたディランに、マデリーンも「もちろんですわ」と美しい笑みで返した。
そんな二人を見て、ベルクハイツ夫人が苦笑する。
「どうしたのですか、母上」
「ふふ……。いえ、やはりマデリーン様との婚約はグレゴリーにしておいて良かったと思ったのよ」
ディランの問いに、夫人は微笑みながらそう返した。
マデリーンは目を瞬かせる。ディランが片眉を上げてどういうことか、と視線で母に言葉を促した。
「マデリーン様との婚約は、最初はディランとどうかという話だったのよ。それは知っているわよね?」
「はい、知ってますが……」
ディランが首を傾げ、ベルクハイツ夫人は仕方がなさそうに目を細める。
「確証があったわけではないのだけど、多分、貴方が相手では『仲の良い夫婦』止まりになりそうだと思ったのよ」
「は?」
それのどこがいけないのかと言わんばかりに眉をひそめるディランに、夫人が再び苦笑する。
「私としては、『他の人間が入り込む余地がないくらい愛し合っている夫婦』になってほしかったの」
そうして、意味深にマデリーンに微笑みかけた。
マデリーンは朝食時に見たグレゴリーの笑顔を思い出し、ギシリと固まる。赤面しなかったことを褒めてほしい。
そんな彼女の様子には気づかず、ディランはなるほど、と頷く。
「まあ、確かにそういったことならグレゴリーのほうが良いかもしれませんね」
「別に貴方が悪い、っていうことではないのよ? ただ、貴方は私に似たから、マデリーン様とは根底の部分で似た者同士になってしまいそうで……」
そう言って、ベルクハイツ夫人は苦笑を深める。
「気の合う友人にはなれても、愛し合う夫婦になれるかしら、と心配になったの。だって、二人共、貴族である自覚と誇りがあるでしょう?」
そう言われ、マデリーンとディランは目を瞬かせ、思わず顔を見合わせた。
そんな二人に、ベルクハイツ夫人は微笑む。
「ふふ。実はね、ディランを除く我がベルクハイツの男達は貴族という地位をそれほど重視していないのよ。もちろん、地位に付随する責任に関してはしっかり自覚しているのだけど、『貴族』であることにこだわりはなく、ただこのベルクハイツ領を守り栄えさせていることに誇りを感じているだけなの」
そういうことか、とマデリーンは納得の意を示す。ディランは普段からそう感じているらしく、特に目立つ反応は見せなかった。
「ディランは他の兄弟よりも頭が回るし、色々と視野が広いものだから、私のような普通の貴族の感覚も身につけているでしょう? そうすると、『普通の貴族の夫婦』になれてしまうのよね」
それが悪いわけではないが、このベルクハイツ領では困るのだと夫人は語る。
「ここは命の危険がつきまとう地であるから、とにかく絶対に生きて帰ると思える楔が多ければ多いほど良いのよ。そしてその楔は、家族や伴侶、恋人といったものが良いわ。生き残るための活力になるもの」
それにディランは大いに頷き、納得の意を示した。
「今回のマデリーン様との婚約は、グレゴリーのほうが相性が良さそうだと思ったのもあるけれど、できればディランには自分で伴侶を選んでほしいの。政略結婚だと、貴方の場合、すんなり仮面夫婦ができてしまいそうで怖いのよ」
「そういうことでしたか……」
ディランはベルクハイツ夫人の気遣いに、気恥ずかしそうに頬を掻いた。そして、マデリーンに向き直る。
「まあ、マデリーン嬢。これから義兄として、どうぞよろしくお願いします。母の目は確かだったようですし」
そう言って悪戯っぽく微笑んだ。
「どうにも、我が弟は貴女にベタ惚れみたいなので」
マデリーンはプライドに懸けて赤面することを堪え、ディランの言葉に、にっこりと微笑みを返す。
「光栄ですわ」
しかし、内心、大いに動揺していることは、輝く笑みを浮かべているベルクハイツ夫人には、どうやらバレているようであった。
その後、ベルクハイツ夫人とのお茶会は和やかに進む。最終的には、マデリーンはベルクハイツ夫人に「お義母さまって呼んでちょうだい」と言われ、夫人には「マデリーンさん」と呼ばれることになった。
「『お義母さま』はまだ流石に早いんじゃないですか?」
「そうかしら? グレゴリーが逃がすわけがないから、今からそう呼んでもらっても良いと思うのだけど」
逃がさないって何と思いつつも、マデリーンはその疑問は口にせず、微笑みを浮かべるにとどめる。
そうしてお茶会は、両者の関係を良好なものにして終わった。
最後に昼食を一緒にどうかとディランに誘われたが、それにはベルクハイツ夫人が待ったをかける。
「まあ、それは少しお待ちなさいな。私も昼食をご一緒したいけれど、グレゴリーが頑張って早めに帰ってくるかもしれないわよ」
「あー……いや、無理ですよ。今日は深部には行きませんが、確か、中程まで行くと言ってましたから」
ディランが首を傾げつつ往復時間を計算して、無理だと告げた。
「あら、そうなの? それは可哀そうに……」
「私が代わってやれれば良かったんですけど、私も出ずっぱりでしたからね」
ディランとしては折角マデリーンが来ているのでグレゴリーの仕事を代わってやりたかったのだ。しかし、ディラン達の仕事は命懸けの肉体労働である。休める時に休まなければ、死が待っている。
「やはりお忙しいんですか?」
小首を傾げるマデリーンに、ディランは頷く。
「当主がいないと色々と心配で、やらなければならない小細工が増えるので、忙しいですね」
「旦那様と息子達では、旦那様のほうがお強いのよ。その旦那様が不在だと、町の住人が不安がるの。だから、こまめに『深魔の森』の間引きを行うのよ」
どうやら間引き作業はデモンストレーションの意味もあるらしい。
「旦那様がいれば間引き作業は格段に減らせるのだけど……」
「ただ、間引き作業を減らすと魔物の氾濫が増えるんですよね……」
どちらが楽かと問われると、変わらない、というのが戦場に実際に立つディランの感想だった。それでも間引き作業を行ったほうが魔物の氾濫が小規模で済むので、間引き作業の回数を増やすことを検討しているそうだ。
「間引き作業と魔物の氾濫での怪我人の人数と重傷度を比べて、間引き作業を行ったほうがマシという結果が出ましたしね」
肩をすくめてそう言った彼は、小さく溜息をついた。確かにお疲れ気味のようである。
結局、グレゴリーは帰って来ず、マデリーンはベルクハイツ夫人とディランと共に昼食をとった。
その日、グレゴリーが屋敷に戻ってきたのは食事が終わって、マデリーンが部屋へ戻る途中のことだ。
ちょうど帰ってきたばかりの彼と、マデリーンは廊下で鉢合わせしたのである。
「あら、グレゴリー様」
「あ、マ、マデリーン殿」
鉢合わせしたグレゴリーは明らかに、しまったと言わんばかりの表情をしていた。
「も、申し訳ない……。このような格好で……」
恥ずかしそうに視線を逸らす彼の格好は、随分とラフなものだ。
飾りけのないシャツとベスト、黒のズボンに同色の上着をひっかけて、髪の毛はしっとりと濡れている。初対面の時から推測するに、汚れを落としてきたのだろう。髪が濡れているので、乾かす時間すら惜しみ急いで帰ってきたのだと分かる。
着崩されたシャツのボタンが三つほど開いている。そこから見える逞しい筋肉から目を逸らしつつ、マデリーンは微笑んだ。
「お気になさらないでください。急いで帰っていらしたのでしょう?」
「はい……。そうです」
グレゴリーを気遣い、なるべく穏やかに話す。
「ですが、そのままでは風邪をひいてしまいますわ。きちんと髪を乾かして、もう少し暖かい格好をしてくださいね」
「……申し訳ない」
恥ずかしそうに、小さく縮こまる男が可愛い。
だが、そんな彼の様子とは対照的に妙に色気を感じる胸筋を、ぜひとも隠してほしいと思った。まさか、男の胸元に色気を感じる日が来るとは予想もしていなかったマデリーンである。
微笑みの仮面の裏で割と脳内が大変なことになっていた彼女は、グレゴリーが支度を整えた後で共に過ごす約束をして別れた。
そして、部屋に戻って呟く。
「抱きついたらどんな感じなのかしら……」
そして、なんてはしたないことを、と真っ赤になった。
思えばグレゴリーには初対面の頃から色んな意味でペースを崩されっぱなしである。
彼が迎えに来るまでに落ち着かなくては、と聖書を取り出して心頭滅却すべく読み始めるものの、煩悩はなかなか去ってはくれない。
「なんてこと……!」
とんだ破廉恥娘になってしまった。
混乱する頭でひたすら両親と神に心の中で懺悔する。
しかし、もし誰かがマデリーンの心中を知ったなら、こう言っただろう。
惚れているんだから仕方ないんじゃない? と。
第五章
さて、マデリーンが己の煩悩と戦っているちょうどその頃、グレゴリーと入れ替わるようにディランが午後の仕事へ向かっていた。
彼の午後の仕事は、お茶会でもちらっと話に出た、ならず者に関することだ。
砦に着き、まず長兄のゲイルのもとへ向かう。
ゲイルの執務室の扉をノックすれば、入れ、と言う声が聞こえる。
「ゲイル兄上」
「ああ、ディランか。ご苦労。ちゃんと体は休めたか?」
ゲイルは執務机に座り、書類と格闘していた。父とよく似た面差しの長兄に、ディランは微笑んで頷く。
「ええ、もちろんです。マデリーン嬢とお茶をご一緒しましたよ」
「ふむ。それは、グレゴリーが嫉妬しそうだな」
苦笑しつつそう言うゲイルに、ディランも笑う。
「そうですね。けれど、もし嫉妬したらそれをネタに揶揄ってやりますよ」
「程々にな」
そこでその話を打ち切り、ゲイルは机から書類の束を取り出す。
「これがごろつき連中の情報だ」
渡された書類をよく読み込み、ディランは眉間に皺を寄せた。
「なんですか、この連中。ブムード国から流れてきたんですか? なんとまあ、遠くから来たものですね」
ブムード国とは、ウィンウッド王国の隣国で、大河を挟んだ向こうの国である。その大河は魔物が潜むなかなか厄介な河なのだが、それを渡ってきたというのだからご苦労様なことである。
「わざわざ我が領に来ずに、隣国でうろついていれば良いものを……」
忌々しげに呟くディランに、ゲイルが苦笑する。
「まあ、面倒ではあるな。ぜひ、奴らの国元で解決しておいてほしかった」
「まったくです」
ディランは母親に似て腹が黒く、感情をあまり表に出さない。しかし、なぜかゲイルには弟として甘え、素直に不満を口にし、ころころと表情を変える。
これが相手がアレッタとなると、格好良い兄であろうと振る舞うのだから面白い。
「本当にタイミングが悪いな。領主たる父上がいないと手続きが滞るし、マデリーン嬢を外に出せない」
「そうですね……。このならず者達、面倒な人数らしいじゃないですか。一気に叩き潰したいところですが、隣国から逃れてきただけあって、頭が回りそうですよ」
ディランが秀麗な顔に面倒臭そうな感情を乗せると、ゲイルも溜息をつく。
いくら内務のほとんどを領主夫人である母が受け持とうと、領主の判断を仰がなければならない案件は出てくる。アウグストの不在で、仕事の幾つかがスムーズに終わらない。そんな時に、このならず者達の騒ぎである。ストレスが溜まることこの上なかった。
「屋敷にずっといてもらうのもつまらないだろうし、安全面だけなら早めに王都へお帰りいただくのが安心なんだが……」
「そういえば、あの学園、休みは簡単に取れますが、申請した日数を超えて休むと五月蠅い人がいましたね」
ベルクハイツ子爵家の子息として国立学園に通っていた二人は、過去を振り返り苦い顔をする。
「天候のせいで一日遅れで戻った時は、本当に面倒だった」
「忘れもしませんよ、あのマドック・クロスビー教諭の厄介さは。とても面倒な性格をしていらっしゃるのに、派閥を作るのがお上手で……」
顔を見合わせ、兄弟揃って溜息をつく。
マドック・クロスビー教諭とは、学園の普通科で歴史学を教える教師である。普段は多少世渡り上手のどこにでもいる教師なのだが、規則を破ると、待っていましたとばかりにとても面倒な教師に早変わりするのだ。
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