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悠十

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1巻

1-3

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 アレッタはあちらから何か言われる前に、傷ついてはいないというアピールをしてみたのだが、ヘイデンの目はこちらを気遣う色と煮えたぎるような怒りにあふれていた。
 周りを見渡せば、他の者も似たりよったりな感情を持っているらしい。

「アレッタ、おまえの婚約者の父――ノルトラート侯爵にはすでに使いを出し、明日伺うことになっている。しっかり用意しておくように」
「はい、お父様」

 そして、アウグストは声色こそ落ち着いているが、漏れ出る威圧感が普段の倍だ。
 アレッタは道中、罪のない人々が失神したりしていないか心配になった。


     ***


 翌日。アレッタはアウグストとノルトラート侯爵邸へ向かった。
 そこで、それはもう丁寧な対応を受ける。
 侯爵は青褪あおざめた顔で冷や汗をかき続け、夫人はアウグストの威圧感をまともに受けてひっくり返った。遠くでパタパタ人が倒れている気配がするのは、気のせいだと思いたい。
 そして、下手人――ではなく、今回の騒動の張本人の一人であるルイスは、至るところに青あざを作り、顔は派手にれ、ボコボコになっている。イケメンぶりは見る影もない。
 アウグストは眉を寄せてルイスを見たが、すぐに目をらした。自分が殴る余地が残されていない、と不満に思っているのだと、アレッタは察する。

「ノルトラート侯爵、ルイス殿はどうされたのか」
「いえ、はい! 騎士団長殿に稽古けいこをつけていただいたらしく!」

 それは、爵位など無意味だと思わせる遣り取りだった。
 子爵を前に侯爵が鯱張しゃちほこばっている。
 どうやらルイスの状態は騎士団長の怒りによるものらしい。

此度こたびの一件、あのようなことをされたのなら、このまま婚約させておくわけにはいかん。ルイス殿との婚約は解消させていただく」
「それは……!」

 おびえながらも、流石さすがは侯爵家の当主。アウグストを引き留めようとする胆力はあった。
 しかし、アウグストがひとにらみしただけで黙ってしまうあたり、力が不足している。
 その後は側近のヘイデンが交渉を進め、多額の慰謝料を払うことに同意させた。
 アレッタはルイスを見る。けれど彼はアレッタから目をらし、視線を合わせようとはしない。
 結局、アレッタとルイスの元婚約者同士は、一言もしゃべることなく婚約関係を終わらせたのだった。


     ***


 婚約が破棄された翌日、アレッタは学園へ戻った。
 アウグスト達はまだやることがあると言い、王都に残っている。
 アレッタは朝に鍛錬たんれんができなかった分、再び夕方に大剣を振っていた。
 胸にこみ上げる何かを振り払うかのように、一心不乱に振る。
 横にぎ、斜め上に切り裂き、上から振り下ろす。
 それを繰り返し、いつも通り鍛錬たんれんを終えるが、残念ながら気分は晴れなかった。

「アレッタ」

 溜息ためいきをつき肩を落とす彼女に声をかけたのは、フリオだ。

「フリオ」
鍛錬たんれん、終わったか?」

 そう言って尋ねる声は、どこか優しい。
 どうやら、アレッタの心が荒れているのがバレているようだ。

「……フリオ」
「なんだ」

 アレッタは鍛錬たんれんじょうに設置されているベンチに誘導され、そこに並んで座った。

「昨日、婚約破棄してきた」
「そうか」

 彼女はそのまま黙り込み、フリオも何も言わず鍛錬たんれんじょうを眺めている。
 そうしてしばらくして、アレッタは自分のひざ頬杖ほおづえをつき、口をへの字にして語り出した。

「――別に、婚約破棄は全く問題ないの。あんなことされて、婚約関係を継続したいと思わないし、あの人に恋愛感情を抱いていたわけじゃないもの」
「ああ」
「けど、あの人との結婚に納得して、二年間過ごしてきたのよ。ホント、意味が分からないわ。あの人、昨日も私に一言もなかったし、目すら合わせなかったわ……」
「そうか」
「謝られたら謝られたで腹が立ちそうだけど、一発殴ろうにもすでにボロボロで、殴れる箇所もなかった。お父様も不満そうだったわ」
「ふは、すでにボロボロだったのか」
「ええ。騎士団長にしごかれたんですって」

 ルイスの惨状さんじょうを聞き薄く笑うフリオを眺めつつ、アレッタはまたしても大きく溜息ためいきをつく。

「たくさんの人に太鼓判たいこばんを押された婚約だったのよ。それが、こんな結末。ホント、意味分かんない」
「そうか」

 恋愛感情はなかった。けれど、結婚しても良いと思う程度には情があったのだ。
 フリオの静かな相槌あいづちに、アレッタは彼をあおぎ見る。

「……フリオは、まだ婚約者とか、恋人とかは作らないの?」
「あー……」

 彼はアレッタをチラと見て笑った。

「ま、これから、だな」
「え?」

 意味ありげに、ニヤリと笑う彼に、アレッタは跳ねるように立つ。

「フリオ、好きな人がいたの!?」
「さー? どうかなー?」
「ちょっと、ここまで言っといて、内緒なの!? ずるい! 教えてよ~」

 さっさと立ち上がって歩き出した彼を、慌てて追いかける。
 初めて知った衝撃的事実だ。アレッタはフリオにまとわりつき、なんとか想い人の名前を聞き出そうとするが、軽やかにかわされた。
 そしてフリオの想い人を聞き出すのに夢中になったアレッタは、気づかない。彼女の胸にあったくすぶりが、いつの間にか消えていたことに。


     ***


 ここ数日、ウィンウッド王国は水面下で様々な動きがあった。もっとも学園は、日頃目立っていた人間が姿を消し、表面上はつつがなく過ぎている。
 学園には各地で選ばれた優秀な平民も入学しているので、彼らの安全を保証するため、平等をうたっていた。しかし、それなりに身分による優遇はある。
 貴族社会の縮図であるここは、いずれ権力の側へ上がる平民達に貴族社会を学ばせる場所でもあるのだ。
 そんな学園から、王太子とその側近達、そして、貴族の最大派閥をほこっていたブルクネイラ公爵令嬢がいなくなった。今、最も力があるのはマデリーン・アルベロッソ公爵令嬢だ。
 そのマデリーンが今後どう動くのかともくが集まっている。けれど彼女は、それらを華麗に無視し、変わらぬ日々を過ごしていた。
 そして、ある日の午後のティーサロンで友人達に告げたのである。

「シルヴァン・サニエリク様との婚約を解消することになりましたわ」

 にっこりと極上の笑みを浮かべるマデリーンを見て、アレッタ達はさもありなんと思う。それと同時に、余程腹にえかねていたんだな、と察した。

「あの方、随分ずいぶん前から目も当てられないほどお馬鹿さんになっていましたけど、先日の騒動が決定的な失態になりましたの。お父様は大変なお怒りようで、数日内に正式に手続きが済む予定ですわ」

 マデリーンはシルヴァンとそれなりの関係を築いていた。ところが、シルヴァンはリサと関わってからマデリーンとリサをことあるごとに比べ、マデリーンをさげすみ、リサを賛美していたのだという。

「貴族の娘ですから、どんな相手でも笑顔でとつぐ覚悟はありましたけど、あの方、最近では生理的に気持ち悪い――ごほん、失礼。私には荷が重いと思っておりましたので、安心しましたわ」

 シルヴァンは大層美形なのに、それでもカバーできないくらい気持ちの悪い男に成り下がっていたらしい。
 心底安堵あんどし笑顔を輝かせるマデリーンの知られざる苦労を思い、アレッタ達は彼女をいたわるための新たなスイーツを注文したのだった。


     ***


 学園の権力模様から政界まで、多方面で様々な動きがある中、やはり目立つ動きをしたのがレーヌのブルクネイラ公爵家とルイスのノルトラート侯爵家であった。
 マデリーンの婚約解消報告のお茶会から数日後。アレッタの耳にも、両家の現在の様子が聞こえてきた。
 ブルクネイラ公爵家とノルトラート侯爵家から、人が離れていっているらしい。
 さもありなん。ベルクハイツ家は子爵家といえど、その名は安くはないのだ。王太子に非があるとはいえ、二家は王家にも喧嘩けんかを売ったことになる。先細りが目に見えているのだ。
 アレッタはもそもそと揚げたポテトを食べつつ、そんなことを考えた。
 本日は、学園の休養日である。フリオの「おごってやる」という言葉にられ、ホイホイやって来たのは王都の国立公園だ。
 そこでフィッシュ&チップスをおごってもらった彼女は、噴水のふちに座り、フリオと共にポテトを頬張る。

「お前、本当にこれでいいのか? もっと良いもんおごるぞ?」
「えー? いいよ、これで。それに、時々こういうジャンクなものが食べたくなるのよね」

 何やら納得がいかないらしく、フリオは複雑な顔で揚げたタラにかじりついた。

「そういえば、フリオと出掛けるのって、何年ぶりかな?」
「さあな……。ま、俺が学園に入学して以来だから、二年ぶりか?」

 その言葉に、ちょうどその頃に婚約したことを思い出してしまい、アレッタはそれを振り払うように話題を変える。

「――王太子殿下、はいちゃくされるらしいね」
「そうだな。まあ、罪をでっちあげて女をおとしめようって奴には誰もついていかないだろ」

 最高の教育を受けていたはずなのに、なんであんな問題児が出来上がったんだろうと、二人して大きな溜息ためいきをつく。

「けど、王太子殿下って一人っ子よね? 次は誰になるんだろう? 隠し子でもいるのかしら?」
「おい、馬鹿、滅多めったなことを言うな。順当に、王弟殿下だろ。あの方はまだ二十五歳だからな」

 それを聞き、アレッタは首をかしげた。

「そういえば、王弟殿下のうわさってあんまり聞かないね」
「まあ、そうかもな。殿下は今国外にいるし」
「え、そうなの?」
「そうだぞ。外交関連があの方の仕事だ」
「へぇー……」

 そうなんだ、と目をまたたかせる彼女に、フリオが苦笑する。

「王弟殿下にお子様はいらしたっけ?」
「いや、いないぞ。結婚もまだだな」
「あれ? そうだっけ?」
「そうだ。陛下になかなか子供ができなかったことと陛下と年が離れてたことで、王弟殿下が王太子だった時代があるんだよ。で、アラン殿下が生まれたからその座から降りたんだ。だが、王弟殿下が婚約者を決める際に簒奪さんだつそそのか阿呆あほうが出たため、婚約者を決めないまま外交の名目で国外に避難した。それで、そのまま独身ってわけだ」

 よく知ってるなと感心すると同時に、アレッタは少し不安になった。王都に来てから感じているが、どうも自分はうわさだとか情勢だとかにうとい気がしてならない。皆が知っている情報を最後に得ている気がするのだ。
 そんなことを考えて少しばかり情けない顔になってしまったらしく、フリオがなぐさめるように頭をでてくれた。

「え、何? いきなり……」
「ん~? 別に……。ま、気にするな。お前、どうせ自分が世情にうといんじゃないか、って思ったんだろ?」
「えっ!? なんで分かったの!?」

 驚くアレッタに、フリオは肩をすくめる。

「どれだけの付き合いだと思ってるんだよ。分かりやすいよ、お前。けど、それに関しちゃ気にしなくていい。特にお前の家は何よりも戦うことを期待されるんだ。世情だのうわさだのを集めて把握しとくのは家臣や伴侶の役目。お前はまだ若いし、今までだって戦闘訓練を重視してた。そこら辺が甘くても仕方がない。世情の流れをむ能力を磨かなきゃならなかったのは、お前の元婚約者だ」

 まあ、お前に相応ふさわしくない男だったけどな、と彼は締めくくった。
 なんとまあ、本当に気遣いのできる男である。
 アレッタは感心してフリオを見つめた。
 すると彼は、見るなと言わんばかりに乱暴に頭をで、それに怒ると、けらけらと笑う。

「よし、食べ終わったんなら、次に行こうぜ」

 そう言って、アレッタが持っていたゴミをさっと取り上げ、油で汚れた手を浄化魔法で綺麗にしてくれた。
 至れり尽くせりの行動に目を白黒させつつ、アレッタは慌てて立ち上がる。

「え、いいよ。ゴミくらい、自分で捨てるよ」
「ばーか、ここは甘えるところだ」

 彼はニッと笑い、ゴミをゴミ箱に捨て、アレッタの手を引いて歩き出す。

「ちょっと、フリオ!」
「ほら、さっさと行くぞ」

 そう言ったフリオが彼女の手を放すことはなかった。
 アレッタは何がなんだか分からず、結局そのまま園内をフリオと散策し、一日を終える。
 その後、マーガレットに「それはデートじゃないの?」と指摘され、淑女にあるまじき間抜けな顔をさらしたのであった。


     ***


 マーガレットに、フリオとの外出をデートだと指摘されて以来、アレッタは混乱していた。
 デートとは、すなわ逢引あいびき。恋愛関係にある男女の逢瀬おうせ
 そう、双方の間に恋愛感情のある男女が、連れ立って出掛けることを指すのだ。
 そして、アレッタは唐突に自覚した。フリオと自分は男女で、血の繋がりはなく、そういう関係になる可能性があるという事実を。
 その途端、芋づる式に思い出す今までの自分の行動。
 フリオに気軽に近づき、髪まで乾かしてもらい、まるで親族にするみたいにボディタッチをし、甘えてきた。

「ああああああ! 異性に対して、年頃の娘のする行動じゃないぃぃぃぃぃ!」

 アレッタは寮の自室で頭から布団を被ってもだえる。
「なんで自分はあんなことを意識せずしてきたんだ!?」と自分で自分が分からない。穴があったら入りたいほど羞恥しゅうちで一杯だ。

「大体、フリオだって、どうして何も言わないの!?」

 その言葉は、あながち責任転嫁とも言い切れない。
 甘えられていた側の彼が一言注意すれば良い話なのだ。あの察しの良いフリオが気づいていなかったとも思えない。けれど、それだと気づいていたのになぜ言わなかったのかという問題が、新たに浮上した。
 フリオに文句を言いたいが、恥ずかしくて顔が見られない。
 しかし、いつまでももだえてなどいられなかった。
 授業が終わってすぐ自室に戻り奇声を上げ続けていたアレッタは空腹を覚え、ノロノロと布団から顔を出す。

「お夕飯食べに行かなきゃ……」

 そうして身なりを整え、食堂へ向かった。途中、くだんの元凶でもあるフリオと、最近なんだかんだで学園の派閥トップに躍り出たマデリーンを見つける。
 二人は何事か話していた。遠目ではあるものの、マデリーンは疲れているように見える。
 しかし、あの二人が話すなど珍しいこともあるものだ。そう思っているうちに二人は別れ、フリオは寮の方向へ、マデリーンはこちらへ歩いてきた。

「マデリーン様」
「あら、アレッタ……」

 声を掛けると、彼女はやはり疲れた様子でアレッタを見遣る。

「あの、マデリーン様、なんだか疲れているご様子ですが、大丈夫ですか?」
「ああ……。ええ、まあ、大丈夫よ。貴女あなたほどではないけど、このところ、色々あったから……」

 軽く溜息ためいきをついて、マデリーンはアレッタに向き直った。

「確か、三年のフリオ・ブランドンは貴女あなた幼馴染おさななじみだったわよね?」
「え? あ、はい」

 そう問われ、アレッタは戸惑とまどいながらもうなずく。

「彼、随分ずいぶんと策士なのね。私としたことが、全く気づかなかったわ……」
「へ?」

 そして深い溜息ためいきと共に出た言葉に、目を丸くした。
 それを見たマデリーンが少し困ったように微笑ほほえみ、告げる。

「私は元々貴女あなたとは良い関係を築きたいと思っていたけれど、予想以上に長く、深い付き合いになりそうよ、アレッタ」
「ええ?」

 わけが分からず首をかしげるアレッタに意味深に微笑ほほえんで、それ以上は語ろうとしない。代わりにアレッタを夕食に誘い、食堂へ向かう。
 アレッタはマデリーンの気持ちをり、大人しくその後に続いた。
 そして、そんなマデリーンの言葉の意味を知ったのは、その数日後である。
 王都にあるベルクハイツ家の別邸に呼ばれた彼女は、仰天した。

「ベルクハイツ家四男、お前の兄であるグレゴリーと、アルベロッソ公爵家の令嬢、マデリーン・アルベロッソ嬢との婚約が決まった」

 その婚約は、貴族達に再び大きな衝撃を与え、その後、水面下で様々な人間が暗躍することとなるのだった。


     ***


 詳しい話を聞こうと、アレッタはマデリーンと親しい少女達を集め、小さなお茶会を開いた。
 アレッタがどう話したものかと困った顔をしていると、マデリーンが苦笑しながら婚約までの経緯を説明してくれる。
 アレッタはもちろん、マデリーン本人も知らなかったのだが、なんでも、今回の婚約話は随分ずいぶん前からあったらしい。

「どうもお父様は、シルヴァン様との婚約解消を半年以上前から検討していたらしいの」

 アルベロッソ家はシルヴァンがおかしくなり、それが目立ち始めてすぐに彼の実家であるサニエリク家に忠告し、一年程前からは婚約解消をちらつかせてきたのだという。

「それでも、あの方の行動はおかしくなるばかりで止まらないので、とうとう本腰を入れて婚約解消に向けて動き出したの」

 それが、半年前なのだとマデリーンは語った。
 もちろんサニエリク家はそれを了承せず、のらりくらりとかわし続けていたのだが、アルベロッソ家ではすでに次の婚約者の選考を始めていた。そして、その行動をサニエリク家に察知させることで、一層の圧力をかけていたということだ。

「そこに、ベルクハイツとの縁を結ぶ娘を探している勢力があるとの情報が流れてきてね。それで、それとなくベルクハイツ家に話を持っていっていたのですって」

 ベルクハイツ家は当初はいぶかしんでいたものの、徐々に悪くない感触になり、そして、ようやくシルヴァンと婚約解消できたので、先日無事、婚約の運びとなったのである。
 お陰様で騎士爵だったグレゴリーは、将来父親から子爵位をもらうマデリーンに婿むこりすることとなった。ただし、マデリーンの爵位に領地はないので、二人が住む場所はベルクハイツ領である。

「今回、アレッタの婚約が駄目になってしまったでしょう? それで、ベルクハイツ家は王家と中央貴族に不信感を持たざるを得なかった。けれど、今回のことは私達にとっても寝耳に水で参ってしまっている。それにアレッタのご実家としても、中央とことを構えるのは本意ではないのでしょう?」
「はい。今回の件は、どちらかと言えば不幸な事故。というか、各人それぞれの暴走が連鎖したせい、というか……」

 どうにも名状しがたい。
 ベルクハイツ家でも今回の騒動の情報は集めている。それによるとこの騒ぎは、子供達の暴走を大人が制御できず、火種が火事となって恐るべき速度で多方面に燃え広がったものだと思われた。その大火に、各家の政治的な思惑おもわくは絡んでいない。

「王家としてもベルクハイツ家に背を向けられる事態なんて望んでいない。そもそも繋がりを強化するためのアレッタと中央貴族との婚約だったのよ。それがあんなことになって、一番頭と胃を痛めているのはきっと陛下達でしょうね」

 一同はなんとも言えぬ表情で顔を見合わせる。

「それに、中央貴族とアレッタの婚約は、次代でベルクハイツ家が陞爵しょうしゃくを予定しているからでもあるでしょう?」

 それはおおやけにされていることなので、少女達は黙ってマデリーンの言葉の続きを待った。

「初の女領主にはくが付くとアレッタのお父様はお喜びになり、中央のほうでもベルクハイツ家とより強く繋がっておきたいと考えた。ベルクハイツ子爵も、辺境伯となる娘に中央に顔が利く婿むこ殿がいれば心強いと思ったのでしょうね。そうして、あのあんぽんたんとの婚約が決まった」
「あんぽんたん……」

 マデリーンの口から意外なののしり言葉が飛び出したことに、アレッタは唖然あぜんとする。けれどマデリーンはしれっとした顔で話し続けた。

「ところが、あの男はあんぽんたんだったから、御破算ごはさんになった。でも、できることなら中央とベルクハイツ家は繋がりが欲しい。そこで出てきたのが、以前からそれとなく婚約の打診をしていた我が家、というわけ」

 ようやくシルヴァンとの婚約を解消できたアルベロッソ家は、正式にベルクハイツ家に婚約の話を申し入れたのだ。

「そこに飛びついてきたのも王家だったの。もう、あんなわけの分からないことになって、今の王家の求心力は落ちているわ。これでベルクハイツ家に背を向けられたら、一巻の終わりよ。けれど、我がアルベロッソ家の祖母は王家から降嫁してきた元王女様。私には王家の血が入っているし、遠いけれど王位継承権も持っている。その私がベルクハイツ家と婚姻関係を結ぶのは、大変都合が良いわ」

 そして、これは知らなくても良いことなのでマデリーンは語らなかったが、実のところ、水面下ではこの一件を利用してベルクハイツ家を取り込み、王統のすげ替えを目論もくろんだ一派がいたらしい。


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