2 / 56
1巻
1-2
しおりを挟む
***
さて。アレッタの生家であるベルクハイツ子爵家だが、どう特殊なのかと言うと、それは一族が担っている役割による。
ベルクハイツ家が治める子爵領には『深魔の森』という、それはもう強大で恐ろしい魔物が生まれる森があるのだ。
魔物が発生する条件が最悪な意味で揃ったそこは、王国の悩みの種であった。
その森では、とにかくよく魔物の氾濫が起きるのである。
そして、発生する魔物がどれも恐ろしく強いのが厄介だ。
その氾濫を治め、魔物を狩り続ける一族が、現在その地を治めるベルクハイツ家なのである。
ベルクハイツ家の初代は、魔物の氾濫を抑えるために雇われた傭兵だった。彼の一騎当千――常軌を逸するほどの力を知った当時のとある貴族が国に報告し、褒賞として一代男爵位を与えられたのが一族の起こりである。
その初代当主は貴族の娘と結婚し、そのまま魔物と戦い続け、なんと魔物の軍勢を押し返して人の住める土地をじりじりと取り返していったのだ。
その取り返した土地が、現在のベルクハイツ領であった。
当時の国王は彼に『深魔の森』を含む土地の守護を命じ、後に子爵となったベルクハイツ家は今日まで戦い続けてきたのだ。
ベルクハイツなくば魔物が国に溢れる、というのは王国の貴族階級の常識であり、ベルクハイツ家が下級貴族でありながら特別視される由縁である。
王国はベルクハイツ家を大事にし、ベルクハイツ家はその期待に応えんと戦い続けてきた。
そんなベルクハイツ家の当主の基準は、他家とは少々違う。
普通は、まず長男が家を継ぐ。そうでないとしたら、長男に健康面など何かしらの不安があるか、母親の血筋に問題があるかだろう。
しかし、ベルクハイツ家では長男が家を継ぐとは限らない。例えば、アレッタには四人の兄がいるが、彼女がベルクハイツ家を継ぐと決定している。
別に四人の兄に問題があるわけではない。戦い続けることが必要なあの地を治めるという一点のみを重視したが故の決まりがあるのだ。
実は、ベルクハイツ家の直系には卓越した戦闘力以外に、不思議な能力がある。
それは、戦い続ける力を最低何代先まで受け継がせることができるか分かるというものだ。
『深魔の森』を有するベルクハイツ領を治めるには、初代から脈々と受け継がれている戦闘力が必要不可欠。初代の力をより濃く、長く受け継がせることができる者が当主となるのだ。
次に生まれる子次第ではさらに延びるとはいえ、アレッタならば最低でも五代先まで、長男と三男は三代先まで伝えることができる。あとの兄は一代だけだ。
もちろん一人っ子の時――跡継ぎが一人しかいない時にはその子が継ぐが、複数の子がいる時には、これが重要視される。
そんな、王国にとって大事な家の次期当主であるアレッタは、今回の騒動で婚約者と次期王妃だったレーヌから大変な侮辱を受けた格好になった。
これはアレッタの婚約に関わった人間にとって卒倒ものの大事である。
「これ、王家とあの二家が我が家に喧嘩を売ってきたようなものよね……」
「そうねぇ……。ルイス様は言い訳のしようもないだろうけど、レーヌ様もどうしてあそこで手を取っちゃったのかしら? 王妃教育を受けているのに……まさか、知らなかった、なんてことはないわよね?」
そう言って首を傾げる二人は知るよしもない。
レーヌが転生者でこの乙女ゲーム『七色の恋を抱いて』をプレイしており、ルイスが彼女の前世の一押しキャラ――所謂、推しだったことなど。
そして、レーヌがルイスについて調べた時にはまだアレッタと婚約しておらず、ゲーム内では攻略対象外のモブだった彼に婚約者ができるなど考えもしなかったのだということも。
王妃教育ではカバーできぬ場所で、彼女は躓いたのだ。
「お父様に手紙を書かないといけないのよね……。きっと、がっかりなさるわ……」
「まあ……」
肩を落とすアレッタの手を、マーガレットは慰めるように握る。
「でも、今分かって良かったんじゃないかしら。あんな無責任なことをする人が、あの地の女領主の伴侶なんて務まるはずないもの」
「ええ、そうね」
マーガレットの言葉に、アレッタは苦笑し頷いた。
「そういえば、騎士科のブランドン先輩が心配してたわよ。貴女が朝の鍛錬に来なかったって」
「え、そうなの?」
「ええ。先輩は昨日のパーティーは用事があって欠席してたらしくて、例の騒動を知らなかったみたい」
アレッタは女の身ながら武門のベルクハイツ家次期当主なので、時には前線で戦う。実家ではかなり扱かれていたし、初陣も既に済んでいた。
そのため、学園に来てからも騎士科の生徒の鍛錬に毎日参加させてもらっている。
最初は「なぜ普通科の女の子が?」と首を傾げられたが、今では「初見殺し」だの、「逸般人」だのと好き放題言われていた。
実際、彼女はごく普通の女の子の体格で、一見、筋肉もついていない。しかし、腕もお腹も、薄い皮下脂肪の下にカッチカチの筋肉が詰まっている。
「朝はできなかったから、夕方に鍛錬するわ」
「え、昨日の今日よ? 休んだほうが良いんじゃない?」
心配してくれるマーガレットには悪いが、鍛錬を休むとなんだか気持ち悪いのだ。
ベルクハイツ家の人間であるアレッタは、大丈夫だと笑って残りのサンドイッチを頬張った。
その後、しばらくマーガレットとおしゃべりを楽しむ。
そうして小さなお茶会を終え、トレーニングウェアを持って鍛錬場へ向かった。
更衣室で着替えてやって来たそこは朝とは違い、数人の騎士科の生徒がいるだけで、閑散としている。
アレッタは準備運動として軽く走ってから、武器庫に預けていた大剣を取り出した。
それを、一振り、二振り、三、四、五……
大剣を振るたびに、ブォン、と空気を切り裂く恐ろしい音がする。
その場にいる数人の生徒が、呆れ半分、感心半分で彼女を見た。
「あの小さい体のどこにあんな力が……」
「流石、ベルクハイツ……」
そんな声が聞こえるが、いつものことなので放っておく。
そうやって大剣を振っていると、鍛錬場の入り口に知っている顔が現れた。
「アレッタ!」
「ん? あ、フリオ」
「お前、もう大丈夫なのかよ?」
アレッタが大剣を振る手を止めると、それを確認したフリオが寄ってくる。
彼はベルクハイツ領の隣の領を治めるブランドン伯爵家の三男坊だ。この学園の騎士科に在籍している三年生で、アレッタの幼馴染でもある。
「倒れたって聞いたぜ?」
「ああ、うん。貧血みたいなもの、かな? 流石にびっくりしちゃって」
「びっくりって、お前なぁ……」
フリオは呆れた表情で言うものの、その瞳にはアレッタを気遣う色が見えた。
普段、粗野な言動が多いこの幼馴染の心根は、意外と優しく紳士的なのである。
日に焼けた浅黒い肌に、燃えるような赤毛を持ち、濃い琥珀色の瞳が美しい。顔は少し野性味を感じる整い方だ。
外見も中身もかなりいい男なのだが、荒っぽいせいで令嬢達には遠巻きにされている。そんな実に勿体ない男なのだ。
フリオは顔色を確認するかの如くアレッタをじっと見つめると、しばらくして溜息をつく。
「取りあえず、今日は軽く流す程度にしておけよ。無理してまた倒れたら、ただの馬鹿だからな」
「分かったわ」
アレッタはきちんとそう言ったのに、フリオは見張っておくつもりらしく、見学席で彼女を眺めている。
そして、激しくなる前に鍛錬を止め、汗を流してこい、と女子更衣室へ放り込まれた。
「うー、もうちょっと動きたかったのに……」
アレッタはぶつぶつ言いながらシャワーを浴びる。そして更衣室から出ると、呆れ顔のフリオがいた。
「お前なぁ、髪くらい乾かしてこいよ」
「めんどくさい。フリオ、やって」
「っ、はぁぁぁー……」
一瞬言葉を詰まらせ、続いて重く大きな溜息を吐いた後、彼は何も言わず髪を乾かしてくれる。
――春の風よ、水を連れ去れ〈乾燥〉。
髪に気持ちのいい風が当たったと思うや否や、すっきりと乾く。
「おー、相変わらず上手ね」
「毎度毎度こき使ってくる誰かさんのお陰でな!」
「ありがと。助かってます」
「……ん」
アレッタが素直にお礼を言うと、眉間に皺を寄せつつも、フリオは手櫛で髪を整えてくれた。それ以上は何も言わず、頷く。
このなんだかんだで面倒見の良い幼馴染と結婚する人は、きっと幸せになれるに違いない。婚約者に、あんなわけの分からないフラれ方をする自分と違って……
アレッタはそう思った。
その後、寮へ戻ることにした彼女は、こちらもまた寮へ戻ると言うフリオと一緒に寮への道を歩く。
「なあ、昨日あったこと、もう親父さん達に知らせたのか?」
「まだ。今日手紙書いて、明日送るつもり」
「なんだ、まだ書いてなかったのかよ」
そうフリオは言うが、何をどう書けばと悩んでしまい、アレッタは先に汗を流すことにしたのだ。
「……あー、あのさ。俺、昨日の夕方頃にベルクハイツ領から帰ってきたんだよ」
「そうなの?」
「ああ。お前んとこの魔物の氾濫討伐に参加させてもらって、終わったのが四日前」
「ふーん」
フリオは時々実戦経験を積むため、『深魔の森』の魔物の氾濫の討伐に参加している。この討伐への参加は、学園が一定以上の実力を持つ騎士科の生徒にすすめているものだ。
「それで、だ。学園の生徒はベルクハイツ領から飛竜乗りに送ってもらうんだが、彼らはいつも一日学園に留まって、翌日に帰るんだよ」
「そうなの?」
「そうなんだよ。夜間は飛べないからな。だから、昨日もベルクハイツ家に心酔する飛竜乗り達が学園にいたわけだ」
「……えっ?」
ここに来て、アレッタはようやくフリオが何を言いたいか分かった。
それは、つまり――
「その飛竜乗り達はベルクハイツ家に仕える連中だから、いつも中央の情報を何かしら持って帰るんだ。つまり、お前の婚約者の所業も、お前の手紙が着く前に、親父さんの耳に入ってるはずだ」
「ひぇっ……!」
小さく悲鳴を上げ固まったアレッタを憐れみを含んだ目で見つつ、フリオが続ける。
「お前の家に心酔する連中が報告を上げるんだ。お前の実家、大変なことになるんじゃないか?」
「ひえぇぇ……」
実はアレッタは、ベルクハイツ家始まって以来、初めて生まれた女の子である。それはもう可愛がられ、大切に育てられた。
彼女の婚約は、中央――つまり王家と高位貴族がベルクハイツとの繋がりを欲したから成立したのだ。当然、婚約者は吟味に吟味を重ね、信頼できる複数の人間が太鼓判を押した人物だった。
この騒動、実はも何も、かなりヤバイ案件である。
アレッタとしては、父の怒髪天を衝かないよう言い回しを考え、せめて穏便に伝えようと思っていたのだ。しかし、もう遅いのだとフリオは言う。
「あのルイスって奴を推薦した人間には、宰相と第一騎士団長が含まれてる。王家だって無関係じゃない。ルイスは、それらの上層部や、他にも奴を評価した連中全てのメンツを傷つけたんだからな。王太子とその元婚約者の問題もあるし、大変なことになるぞ」
「ふあぁぁ……」
つまり、考えうる最悪の状態へ事は向かっているのだ。
ぷるぷる震え始めたアレッタに、彼は困ったような笑みを浮かべる。そして彼女の頭を撫でた。
「取りあえず、俺も力を貸してやるから、頑張ろうな?」
「ふりおぉぉぉぉぉ」
慈悲深いフリオのその言葉に、アレッタは涙目で縋りついたのであった。
***
フリオから衝撃の事実を聞いたアレッタは、青褪めふらつきながら部屋へ戻った。
しばし自室でどうすべきかと頭を抱えたが、良い案は出ず、そのまま日が暮れる。
彼女はそんな自分の無力さを嘆きつつ、夕食を食べるために食堂へ向かった。
「アレッタ!」
そんな彼女に声をかけたのは、マデリーンだ。
マデリーンの他にも、マーガレット、エレーナ、フローラと、いつものメンバーが揃っている。食堂へ向かうつもりだったのだろう。
「マデリーン様……」
「ちょっと、大丈夫なの? 顔色が悪いわ」
「医務室に行ったほうが良いんじゃない?」
寄ってきた四人に、アレッタは力なく笑いかける。
「心配してくださって、ありがとうございます。大丈夫、具合は悪くありません」
「だけど……」
心配する四人を取りあえず食堂に行こうと誘い、一緒に移動した。
マデリーンが、せめて胃に優しい物を食べなさいと、アレッタの分も注文する。他の三人もそれぞれ注文して一息ついたところで、エレーナが口を開いた。
「アレッタ、ごめんなさい。今の貴女に聞くべきではないのは分かっているのだけど、あえて聞くわね。貴女のご実家は、今後、どう動くと思う?」
その質問に、食堂にいる全員の気配が動く。
皆、ベルクハイツ家の動きを知りたいのだ。
「それなんですが、どうも、昨日の夜、我が家の者が学園にいたみたいなんです」
「えっ」
目を瞠る四人に、アレッタは情けない顔で言う。
「あまり事が大きくならないようにしたいと思っていたんですが、恐らく、今回の騒動は既にその者が実家に知らせたと思います」
一同、絶句であった。
ベルクハイツ家の家臣達の忠臣ぶりは、貴族の間では有名な話である。
当たり前だ。この世界のどこに、魔物の群れに一騎で突っ込んで壊滅状態に追い込み、町を守り抜く領主がいるのだ。
そんな、物語の中でしかお目にかかれないでたらめな力を持つ領主一家は、領民を守り抜くことを誇りとしている。常に先頭に立って戦い続け、堅実に、誠実に国と民に尽くすストイックな一族。人気が出ないほうがおかしい。
家臣団は、一族に心酔しきっており、一族のためなら喜んで死ぬようなヤバイ奴ばかりである。
そんな連中が、次期当主がかかされた恥の報告を当主に上げるのだ。その内容はどんなものになるのか……
嫌な予感しかしなかった。
「もしかすると、家臣の誰かではなく、お兄様の誰かが来るかもしれません……」
学園を卒業した直系一族の誰かが領地を離れる。
それは、ベルクハイツ家においてのみ、驚愕の出来事である。
ベルクハイツ家の人間の力は凄まじく、一人でも領地を離れると戦力が激減してしまう。そのため魔物の氾濫を警戒して、成人した者は滅多に領地を離れないのだ。
それなのに領地を離れるとは、それだけ事態を重く見ている、ということになる。
「せめて、側近の誰かが出てくる程度で治めたかったんですが……」
苦しげに言うアレッタの言葉を聞き、聞き耳を立てていた周囲の生徒達は慌てず騒がず上品に席を立つ。微笑みの仮面の下に必死の形相を隠し、家に報告すべく動き出した。
***
食堂での、戦慄の情報投下から数日後。
現在、学園は混乱していた。
王太子によるでっちあげの断罪劇からの婚約破棄騒動。
理不尽な裁きを受けた公爵令嬢の手を取った男の婚約者が、実はベルクハイツ家の令嬢だったこと。
それをベルクハイツ家当主の耳に入れたのが、狂犬属性の家臣であること。
書き出しただけでは王太子の馬鹿っぷりが燦然と輝いているが、それと同じくらいヤバイと思われているベルクハイツ子爵家の異様さよ……
アレッタは遠い目をしながら、落ち着かない雰囲気の学園の廊下を歩いていた。
そんな彼女を呼び止めたのは、ベルクハイツ家のヤバさを知る一人で、実は例の乙女ゲームの攻略対象者だった教師、ローレンス・ガドガンだ。
ローレンスは震える手でアレッタの肩をがっちり掴み、問う。
「それで、バーナードは来るのか?」
バーナードとは、アレッタの次兄である。青褪めているローレンスは、バーナードと同級生だったのだ。
「いいえ、来ません」
リサの攻略の魔の手を逃れ、馬鹿五人組から外れていた攻略対象に、アレッタは正直に答える。その言葉を聞いて安堵の息を吐いた彼に、彼女は遠い目で微笑みを浮かべて告げた。
「けど、お父様が来ます」
ローレンスは固まり、そのままぶっ倒れた。
「せんせぇぇぇ!?」と悲鳴を上げ、生徒達がローレンスのもとへ駆け寄る。
アレッタはそんな生徒達のために道をあけ、再び遠い目になった。
彼女がその知らせを受け取ったのは、今朝のことだ。
学園に行く準備をしていた時に、手紙が来ていると寮監から渡された。
手紙には、ベルクハイツ家は今回のことを重く見て、当主自ら王家にベルクハイツ家をどう思っているのか問う、とある。
これを読んだアレッタは、青褪めるを通り越して達観した表情になり、思った。
これは、大変なことになるぞ、と。
第二章
さて。
実のところ、アレッタが、あの婚約破棄劇までこの世界が乙女ゲームの世界だと気づけなかったのには、理由があった。
それは、アレッタの家族である。
アレッタは祖母似で平凡な容姿であるが、家族は違う。
まず、母のオリアナは大変妖艶な美女である。若い頃は数多の貴族、金持ちの商人、果ては王族までもが彼女に夢中になり、中には身を持ちくずす者も出たほどだ。
それこそ傾国の美女と言われ、多くの人間に求められるあまり、何度も婚約者が替わった。全て、オリアナを欲しがった男達に婚約者を害された結果である。
そんなオリアナの最後の婚約者であり、夫となったのが、アレッタの父、アウグスト・ベルクハイツであった。
アウグストは頑強、そして、とても理性的な紳士だ。
多くの男を骨抜きにしてきたオリアナだが、彼に心底惚れ込み、夢中になった。
そのアウグスト、実は、顔が怖い。というか、ベルクハイツ家の男は皆揃って顔が濃く、くどく、怖い。
この世界の人間の顔立ちが少女漫画風だとするなら、ベルクハイツ家の顔立ちは、言うなれば劇画風である。
兄達の顔は整ってはいるがどこぞの覇者みたいな風格のある顔つきで、アウグストに至っては覇王顔である。さらに言うなら、領軍の連中は、ヒャッハーと言わんばかりの凶悪な顔つきで笑いながら魔物に突っ込んで行くので、彼らを見ると、脳裏にどうしても某漫画の暴徒が浮かぶ。
そんな環境で育ち、他領に出たことがなかったアレッタに、この世界が乙女ゲームの世界だと気づけというほうが無理である。フリオや祖母のようなタイプは、少数派だと思っていたのだ。
そんな彼女は、学園に来て驚愕した。
劇画世界から、いきなり少女漫画の世界に来たのである。
突然の世界の変貌に挙動不審になっている彼女に声をかけてくれたのが、マデリーンだった。
それからも、何くれとなく面倒を見てくれて、アレッタはマデリーンにとても感謝している。
そのマデリーンもまた、実は乙女ゲームに出てくるライバルの悪役令嬢の一人だったわけだが……
ゲームのマデリーンは、ヒロインが婚約者を攻略しようとするとヒロインに突っかかって意地悪を言うのだが、現実のマデリーンはヒロイン達とは関わりたくない、と言わんばかりであった。
所詮、ゲームはゲーム。現実とは違うのだ。
さて、話を戻そう。
覇王顔のアウグストだが、顔が怖いだけではなく、全体的に只者ではないオーラを発していて常人に圧迫感を抱かせる。本人としては威圧しているつもりはないのに、耐性のない者は彼を前にするだけでひれ伏してしまうのだ。
そんなアウグストが、王都に来た。
飛竜を使って早々に到着した彼は、数人の側近と召使いを連れている。
彼の来訪はとても分かりやすい。なぜなら、空の向こうから威圧感のあるナニカがやって来るのを、皆が感じるからである。
「お父様!」
「アレッタか。出迎えご苦労」
アレッタは学園を休み、王都にある別邸にて、アウグストを出迎えた。
「お嬢様!」
父ほどではないが、常人よりは迫力のある顔をしている側近達が駆け寄ってくる。
「久しぶりね、ヘイデン。今回は、とんだ災難だったわ。とはいえ、大してショックを受けてはいないの」
「ええ、ええ、分かっていますとも。本当に、なんと許しがたい……!」
ほぼ白髪の黒髪を撫でつけた文官風の男が、アウグストの側近の一人、ヘイデン・ノークスだ。
さて。アレッタの生家であるベルクハイツ子爵家だが、どう特殊なのかと言うと、それは一族が担っている役割による。
ベルクハイツ家が治める子爵領には『深魔の森』という、それはもう強大で恐ろしい魔物が生まれる森があるのだ。
魔物が発生する条件が最悪な意味で揃ったそこは、王国の悩みの種であった。
その森では、とにかくよく魔物の氾濫が起きるのである。
そして、発生する魔物がどれも恐ろしく強いのが厄介だ。
その氾濫を治め、魔物を狩り続ける一族が、現在その地を治めるベルクハイツ家なのである。
ベルクハイツ家の初代は、魔物の氾濫を抑えるために雇われた傭兵だった。彼の一騎当千――常軌を逸するほどの力を知った当時のとある貴族が国に報告し、褒賞として一代男爵位を与えられたのが一族の起こりである。
その初代当主は貴族の娘と結婚し、そのまま魔物と戦い続け、なんと魔物の軍勢を押し返して人の住める土地をじりじりと取り返していったのだ。
その取り返した土地が、現在のベルクハイツ領であった。
当時の国王は彼に『深魔の森』を含む土地の守護を命じ、後に子爵となったベルクハイツ家は今日まで戦い続けてきたのだ。
ベルクハイツなくば魔物が国に溢れる、というのは王国の貴族階級の常識であり、ベルクハイツ家が下級貴族でありながら特別視される由縁である。
王国はベルクハイツ家を大事にし、ベルクハイツ家はその期待に応えんと戦い続けてきた。
そんなベルクハイツ家の当主の基準は、他家とは少々違う。
普通は、まず長男が家を継ぐ。そうでないとしたら、長男に健康面など何かしらの不安があるか、母親の血筋に問題があるかだろう。
しかし、ベルクハイツ家では長男が家を継ぐとは限らない。例えば、アレッタには四人の兄がいるが、彼女がベルクハイツ家を継ぐと決定している。
別に四人の兄に問題があるわけではない。戦い続けることが必要なあの地を治めるという一点のみを重視したが故の決まりがあるのだ。
実は、ベルクハイツ家の直系には卓越した戦闘力以外に、不思議な能力がある。
それは、戦い続ける力を最低何代先まで受け継がせることができるか分かるというものだ。
『深魔の森』を有するベルクハイツ領を治めるには、初代から脈々と受け継がれている戦闘力が必要不可欠。初代の力をより濃く、長く受け継がせることができる者が当主となるのだ。
次に生まれる子次第ではさらに延びるとはいえ、アレッタならば最低でも五代先まで、長男と三男は三代先まで伝えることができる。あとの兄は一代だけだ。
もちろん一人っ子の時――跡継ぎが一人しかいない時にはその子が継ぐが、複数の子がいる時には、これが重要視される。
そんな、王国にとって大事な家の次期当主であるアレッタは、今回の騒動で婚約者と次期王妃だったレーヌから大変な侮辱を受けた格好になった。
これはアレッタの婚約に関わった人間にとって卒倒ものの大事である。
「これ、王家とあの二家が我が家に喧嘩を売ってきたようなものよね……」
「そうねぇ……。ルイス様は言い訳のしようもないだろうけど、レーヌ様もどうしてあそこで手を取っちゃったのかしら? 王妃教育を受けているのに……まさか、知らなかった、なんてことはないわよね?」
そう言って首を傾げる二人は知るよしもない。
レーヌが転生者でこの乙女ゲーム『七色の恋を抱いて』をプレイしており、ルイスが彼女の前世の一押しキャラ――所謂、推しだったことなど。
そして、レーヌがルイスについて調べた時にはまだアレッタと婚約しておらず、ゲーム内では攻略対象外のモブだった彼に婚約者ができるなど考えもしなかったのだということも。
王妃教育ではカバーできぬ場所で、彼女は躓いたのだ。
「お父様に手紙を書かないといけないのよね……。きっと、がっかりなさるわ……」
「まあ……」
肩を落とすアレッタの手を、マーガレットは慰めるように握る。
「でも、今分かって良かったんじゃないかしら。あんな無責任なことをする人が、あの地の女領主の伴侶なんて務まるはずないもの」
「ええ、そうね」
マーガレットの言葉に、アレッタは苦笑し頷いた。
「そういえば、騎士科のブランドン先輩が心配してたわよ。貴女が朝の鍛錬に来なかったって」
「え、そうなの?」
「ええ。先輩は昨日のパーティーは用事があって欠席してたらしくて、例の騒動を知らなかったみたい」
アレッタは女の身ながら武門のベルクハイツ家次期当主なので、時には前線で戦う。実家ではかなり扱かれていたし、初陣も既に済んでいた。
そのため、学園に来てからも騎士科の生徒の鍛錬に毎日参加させてもらっている。
最初は「なぜ普通科の女の子が?」と首を傾げられたが、今では「初見殺し」だの、「逸般人」だのと好き放題言われていた。
実際、彼女はごく普通の女の子の体格で、一見、筋肉もついていない。しかし、腕もお腹も、薄い皮下脂肪の下にカッチカチの筋肉が詰まっている。
「朝はできなかったから、夕方に鍛錬するわ」
「え、昨日の今日よ? 休んだほうが良いんじゃない?」
心配してくれるマーガレットには悪いが、鍛錬を休むとなんだか気持ち悪いのだ。
ベルクハイツ家の人間であるアレッタは、大丈夫だと笑って残りのサンドイッチを頬張った。
その後、しばらくマーガレットとおしゃべりを楽しむ。
そうして小さなお茶会を終え、トレーニングウェアを持って鍛錬場へ向かった。
更衣室で着替えてやって来たそこは朝とは違い、数人の騎士科の生徒がいるだけで、閑散としている。
アレッタは準備運動として軽く走ってから、武器庫に預けていた大剣を取り出した。
それを、一振り、二振り、三、四、五……
大剣を振るたびに、ブォン、と空気を切り裂く恐ろしい音がする。
その場にいる数人の生徒が、呆れ半分、感心半分で彼女を見た。
「あの小さい体のどこにあんな力が……」
「流石、ベルクハイツ……」
そんな声が聞こえるが、いつものことなので放っておく。
そうやって大剣を振っていると、鍛錬場の入り口に知っている顔が現れた。
「アレッタ!」
「ん? あ、フリオ」
「お前、もう大丈夫なのかよ?」
アレッタが大剣を振る手を止めると、それを確認したフリオが寄ってくる。
彼はベルクハイツ領の隣の領を治めるブランドン伯爵家の三男坊だ。この学園の騎士科に在籍している三年生で、アレッタの幼馴染でもある。
「倒れたって聞いたぜ?」
「ああ、うん。貧血みたいなもの、かな? 流石にびっくりしちゃって」
「びっくりって、お前なぁ……」
フリオは呆れた表情で言うものの、その瞳にはアレッタを気遣う色が見えた。
普段、粗野な言動が多いこの幼馴染の心根は、意外と優しく紳士的なのである。
日に焼けた浅黒い肌に、燃えるような赤毛を持ち、濃い琥珀色の瞳が美しい。顔は少し野性味を感じる整い方だ。
外見も中身もかなりいい男なのだが、荒っぽいせいで令嬢達には遠巻きにされている。そんな実に勿体ない男なのだ。
フリオは顔色を確認するかの如くアレッタをじっと見つめると、しばらくして溜息をつく。
「取りあえず、今日は軽く流す程度にしておけよ。無理してまた倒れたら、ただの馬鹿だからな」
「分かったわ」
アレッタはきちんとそう言ったのに、フリオは見張っておくつもりらしく、見学席で彼女を眺めている。
そして、激しくなる前に鍛錬を止め、汗を流してこい、と女子更衣室へ放り込まれた。
「うー、もうちょっと動きたかったのに……」
アレッタはぶつぶつ言いながらシャワーを浴びる。そして更衣室から出ると、呆れ顔のフリオがいた。
「お前なぁ、髪くらい乾かしてこいよ」
「めんどくさい。フリオ、やって」
「っ、はぁぁぁー……」
一瞬言葉を詰まらせ、続いて重く大きな溜息を吐いた後、彼は何も言わず髪を乾かしてくれる。
――春の風よ、水を連れ去れ〈乾燥〉。
髪に気持ちのいい風が当たったと思うや否や、すっきりと乾く。
「おー、相変わらず上手ね」
「毎度毎度こき使ってくる誰かさんのお陰でな!」
「ありがと。助かってます」
「……ん」
アレッタが素直にお礼を言うと、眉間に皺を寄せつつも、フリオは手櫛で髪を整えてくれた。それ以上は何も言わず、頷く。
このなんだかんだで面倒見の良い幼馴染と結婚する人は、きっと幸せになれるに違いない。婚約者に、あんなわけの分からないフラれ方をする自分と違って……
アレッタはそう思った。
その後、寮へ戻ることにした彼女は、こちらもまた寮へ戻ると言うフリオと一緒に寮への道を歩く。
「なあ、昨日あったこと、もう親父さん達に知らせたのか?」
「まだ。今日手紙書いて、明日送るつもり」
「なんだ、まだ書いてなかったのかよ」
そうフリオは言うが、何をどう書けばと悩んでしまい、アレッタは先に汗を流すことにしたのだ。
「……あー、あのさ。俺、昨日の夕方頃にベルクハイツ領から帰ってきたんだよ」
「そうなの?」
「ああ。お前んとこの魔物の氾濫討伐に参加させてもらって、終わったのが四日前」
「ふーん」
フリオは時々実戦経験を積むため、『深魔の森』の魔物の氾濫の討伐に参加している。この討伐への参加は、学園が一定以上の実力を持つ騎士科の生徒にすすめているものだ。
「それで、だ。学園の生徒はベルクハイツ領から飛竜乗りに送ってもらうんだが、彼らはいつも一日学園に留まって、翌日に帰るんだよ」
「そうなの?」
「そうなんだよ。夜間は飛べないからな。だから、昨日もベルクハイツ家に心酔する飛竜乗り達が学園にいたわけだ」
「……えっ?」
ここに来て、アレッタはようやくフリオが何を言いたいか分かった。
それは、つまり――
「その飛竜乗り達はベルクハイツ家に仕える連中だから、いつも中央の情報を何かしら持って帰るんだ。つまり、お前の婚約者の所業も、お前の手紙が着く前に、親父さんの耳に入ってるはずだ」
「ひぇっ……!」
小さく悲鳴を上げ固まったアレッタを憐れみを含んだ目で見つつ、フリオが続ける。
「お前の家に心酔する連中が報告を上げるんだ。お前の実家、大変なことになるんじゃないか?」
「ひえぇぇ……」
実はアレッタは、ベルクハイツ家始まって以来、初めて生まれた女の子である。それはもう可愛がられ、大切に育てられた。
彼女の婚約は、中央――つまり王家と高位貴族がベルクハイツとの繋がりを欲したから成立したのだ。当然、婚約者は吟味に吟味を重ね、信頼できる複数の人間が太鼓判を押した人物だった。
この騒動、実はも何も、かなりヤバイ案件である。
アレッタとしては、父の怒髪天を衝かないよう言い回しを考え、せめて穏便に伝えようと思っていたのだ。しかし、もう遅いのだとフリオは言う。
「あのルイスって奴を推薦した人間には、宰相と第一騎士団長が含まれてる。王家だって無関係じゃない。ルイスは、それらの上層部や、他にも奴を評価した連中全てのメンツを傷つけたんだからな。王太子とその元婚約者の問題もあるし、大変なことになるぞ」
「ふあぁぁ……」
つまり、考えうる最悪の状態へ事は向かっているのだ。
ぷるぷる震え始めたアレッタに、彼は困ったような笑みを浮かべる。そして彼女の頭を撫でた。
「取りあえず、俺も力を貸してやるから、頑張ろうな?」
「ふりおぉぉぉぉぉ」
慈悲深いフリオのその言葉に、アレッタは涙目で縋りついたのであった。
***
フリオから衝撃の事実を聞いたアレッタは、青褪めふらつきながら部屋へ戻った。
しばし自室でどうすべきかと頭を抱えたが、良い案は出ず、そのまま日が暮れる。
彼女はそんな自分の無力さを嘆きつつ、夕食を食べるために食堂へ向かった。
「アレッタ!」
そんな彼女に声をかけたのは、マデリーンだ。
マデリーンの他にも、マーガレット、エレーナ、フローラと、いつものメンバーが揃っている。食堂へ向かうつもりだったのだろう。
「マデリーン様……」
「ちょっと、大丈夫なの? 顔色が悪いわ」
「医務室に行ったほうが良いんじゃない?」
寄ってきた四人に、アレッタは力なく笑いかける。
「心配してくださって、ありがとうございます。大丈夫、具合は悪くありません」
「だけど……」
心配する四人を取りあえず食堂に行こうと誘い、一緒に移動した。
マデリーンが、せめて胃に優しい物を食べなさいと、アレッタの分も注文する。他の三人もそれぞれ注文して一息ついたところで、エレーナが口を開いた。
「アレッタ、ごめんなさい。今の貴女に聞くべきではないのは分かっているのだけど、あえて聞くわね。貴女のご実家は、今後、どう動くと思う?」
その質問に、食堂にいる全員の気配が動く。
皆、ベルクハイツ家の動きを知りたいのだ。
「それなんですが、どうも、昨日の夜、我が家の者が学園にいたみたいなんです」
「えっ」
目を瞠る四人に、アレッタは情けない顔で言う。
「あまり事が大きくならないようにしたいと思っていたんですが、恐らく、今回の騒動は既にその者が実家に知らせたと思います」
一同、絶句であった。
ベルクハイツ家の家臣達の忠臣ぶりは、貴族の間では有名な話である。
当たり前だ。この世界のどこに、魔物の群れに一騎で突っ込んで壊滅状態に追い込み、町を守り抜く領主がいるのだ。
そんな、物語の中でしかお目にかかれないでたらめな力を持つ領主一家は、領民を守り抜くことを誇りとしている。常に先頭に立って戦い続け、堅実に、誠実に国と民に尽くすストイックな一族。人気が出ないほうがおかしい。
家臣団は、一族に心酔しきっており、一族のためなら喜んで死ぬようなヤバイ奴ばかりである。
そんな連中が、次期当主がかかされた恥の報告を当主に上げるのだ。その内容はどんなものになるのか……
嫌な予感しかしなかった。
「もしかすると、家臣の誰かではなく、お兄様の誰かが来るかもしれません……」
学園を卒業した直系一族の誰かが領地を離れる。
それは、ベルクハイツ家においてのみ、驚愕の出来事である。
ベルクハイツ家の人間の力は凄まじく、一人でも領地を離れると戦力が激減してしまう。そのため魔物の氾濫を警戒して、成人した者は滅多に領地を離れないのだ。
それなのに領地を離れるとは、それだけ事態を重く見ている、ということになる。
「せめて、側近の誰かが出てくる程度で治めたかったんですが……」
苦しげに言うアレッタの言葉を聞き、聞き耳を立てていた周囲の生徒達は慌てず騒がず上品に席を立つ。微笑みの仮面の下に必死の形相を隠し、家に報告すべく動き出した。
***
食堂での、戦慄の情報投下から数日後。
現在、学園は混乱していた。
王太子によるでっちあげの断罪劇からの婚約破棄騒動。
理不尽な裁きを受けた公爵令嬢の手を取った男の婚約者が、実はベルクハイツ家の令嬢だったこと。
それをベルクハイツ家当主の耳に入れたのが、狂犬属性の家臣であること。
書き出しただけでは王太子の馬鹿っぷりが燦然と輝いているが、それと同じくらいヤバイと思われているベルクハイツ子爵家の異様さよ……
アレッタは遠い目をしながら、落ち着かない雰囲気の学園の廊下を歩いていた。
そんな彼女を呼び止めたのは、ベルクハイツ家のヤバさを知る一人で、実は例の乙女ゲームの攻略対象者だった教師、ローレンス・ガドガンだ。
ローレンスは震える手でアレッタの肩をがっちり掴み、問う。
「それで、バーナードは来るのか?」
バーナードとは、アレッタの次兄である。青褪めているローレンスは、バーナードと同級生だったのだ。
「いいえ、来ません」
リサの攻略の魔の手を逃れ、馬鹿五人組から外れていた攻略対象に、アレッタは正直に答える。その言葉を聞いて安堵の息を吐いた彼に、彼女は遠い目で微笑みを浮かべて告げた。
「けど、お父様が来ます」
ローレンスは固まり、そのままぶっ倒れた。
「せんせぇぇぇ!?」と悲鳴を上げ、生徒達がローレンスのもとへ駆け寄る。
アレッタはそんな生徒達のために道をあけ、再び遠い目になった。
彼女がその知らせを受け取ったのは、今朝のことだ。
学園に行く準備をしていた時に、手紙が来ていると寮監から渡された。
手紙には、ベルクハイツ家は今回のことを重く見て、当主自ら王家にベルクハイツ家をどう思っているのか問う、とある。
これを読んだアレッタは、青褪めるを通り越して達観した表情になり、思った。
これは、大変なことになるぞ、と。
第二章
さて。
実のところ、アレッタが、あの婚約破棄劇までこの世界が乙女ゲームの世界だと気づけなかったのには、理由があった。
それは、アレッタの家族である。
アレッタは祖母似で平凡な容姿であるが、家族は違う。
まず、母のオリアナは大変妖艶な美女である。若い頃は数多の貴族、金持ちの商人、果ては王族までもが彼女に夢中になり、中には身を持ちくずす者も出たほどだ。
それこそ傾国の美女と言われ、多くの人間に求められるあまり、何度も婚約者が替わった。全て、オリアナを欲しがった男達に婚約者を害された結果である。
そんなオリアナの最後の婚約者であり、夫となったのが、アレッタの父、アウグスト・ベルクハイツであった。
アウグストは頑強、そして、とても理性的な紳士だ。
多くの男を骨抜きにしてきたオリアナだが、彼に心底惚れ込み、夢中になった。
そのアウグスト、実は、顔が怖い。というか、ベルクハイツ家の男は皆揃って顔が濃く、くどく、怖い。
この世界の人間の顔立ちが少女漫画風だとするなら、ベルクハイツ家の顔立ちは、言うなれば劇画風である。
兄達の顔は整ってはいるがどこぞの覇者みたいな風格のある顔つきで、アウグストに至っては覇王顔である。さらに言うなら、領軍の連中は、ヒャッハーと言わんばかりの凶悪な顔つきで笑いながら魔物に突っ込んで行くので、彼らを見ると、脳裏にどうしても某漫画の暴徒が浮かぶ。
そんな環境で育ち、他領に出たことがなかったアレッタに、この世界が乙女ゲームの世界だと気づけというほうが無理である。フリオや祖母のようなタイプは、少数派だと思っていたのだ。
そんな彼女は、学園に来て驚愕した。
劇画世界から、いきなり少女漫画の世界に来たのである。
突然の世界の変貌に挙動不審になっている彼女に声をかけてくれたのが、マデリーンだった。
それからも、何くれとなく面倒を見てくれて、アレッタはマデリーンにとても感謝している。
そのマデリーンもまた、実は乙女ゲームに出てくるライバルの悪役令嬢の一人だったわけだが……
ゲームのマデリーンは、ヒロインが婚約者を攻略しようとするとヒロインに突っかかって意地悪を言うのだが、現実のマデリーンはヒロイン達とは関わりたくない、と言わんばかりであった。
所詮、ゲームはゲーム。現実とは違うのだ。
さて、話を戻そう。
覇王顔のアウグストだが、顔が怖いだけではなく、全体的に只者ではないオーラを発していて常人に圧迫感を抱かせる。本人としては威圧しているつもりはないのに、耐性のない者は彼を前にするだけでひれ伏してしまうのだ。
そんなアウグストが、王都に来た。
飛竜を使って早々に到着した彼は、数人の側近と召使いを連れている。
彼の来訪はとても分かりやすい。なぜなら、空の向こうから威圧感のあるナニカがやって来るのを、皆が感じるからである。
「お父様!」
「アレッタか。出迎えご苦労」
アレッタは学園を休み、王都にある別邸にて、アウグストを出迎えた。
「お嬢様!」
父ほどではないが、常人よりは迫力のある顔をしている側近達が駆け寄ってくる。
「久しぶりね、ヘイデン。今回は、とんだ災難だったわ。とはいえ、大してショックを受けてはいないの」
「ええ、ええ、分かっていますとも。本当に、なんと許しがたい……!」
ほぼ白髪の黒髪を撫でつけた文官風の男が、アウグストの側近の一人、ヘイデン・ノークスだ。
450
お気に入りに追加
15,644
あなたにおすすめの小説
初夜に「俺がお前を抱く事は無い!」と叫んだら長年の婚約者だった新妻に「気持ち悪い」と言われた上に父にも予想外の事を言われた男とその浮気女の話
ラララキヲ
恋愛
長年の婚約者を欺いて平民女と浮気していた侯爵家長男。3年後の白い結婚での離婚を浮気女に約束して、新妻の寝室へと向かう。
初夜に「俺がお前を抱く事は無い!」と愛する夫から宣言された無様な女を嘲笑う為だけに。
しかし寝室に居た妻は……
希望通りの白い結婚と愛人との未来輝く生活の筈が……全てを周りに知られていた上に自分の父親である侯爵家当主から言われた言葉は──
一人の女性を蹴落として掴んだ彼らの未来は……──
<【ざまぁ編】【イリーナ編】【コザック第二の人生編(ザマァ有)】となりました>
◇テンプレ浮気クソ男女。
◇軽い触れ合い表現があるのでR15に
◇ふんわり世界観。ゆるふわ設定。
◇ご都合展開。矛盾は察して下さい…
◇なろうにも上げてます。
※HOTランキング入り(1位)!?[恋愛::3位]ありがとうございます!恐縮です!期待に添えればよいのですがッ!!(;><)
婚約者に消えろと言われたので湖に飛び込んだら、気づけば三年が経っていました。
束原ミヤコ
恋愛
公爵令嬢シャロンは、王太子オリバーの婚約者に選ばれてから、厳しい王妃教育に耐えていた。
だが、十六歳になり貴族学園に入学すると、オリバーはすでに子爵令嬢エミリアと浮気をしていた。
そしてある冬のこと。オリバーに「私の為に消えろ」というような意味のことを告げられる。
全てを諦めたシャロンは、精霊の湖と呼ばれている学園の裏庭にある湖に飛び込んだ。
気づくと、見知らぬ場所に寝かされていた。
そこにはかつて、病弱で体の小さかった辺境伯家の息子アダムがいた。
すっかり立派になったアダムは「あれから三年、君は目覚めなかった」と言った――。
愛想を尽かした女と尽かされた男
火野村志紀
恋愛
※全16話となります。
「そうですか。今まであなたに尽くしていた私は側妃扱いで、急に湧いて出てきた彼女が正妃だと? どうぞ、お好きになさって。その代わり私も好きにしますので」
愛された側妃と、愛されなかった正妃
編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。
夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。
連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。
正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。
※カクヨムさんにも掲載中
※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります
※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。
ヤケになってドレスを脱いだら、なんだかえらい事になりました
杜野秋人
恋愛
「そなたとの婚約、今この場をもって破棄してくれる!」
王族専用の壇上から、立太子間近と言われる第一王子が、声高にそう叫んだ。それを、第一王子の婚約者アレクシアは黙って聞いていた。
第一王子は次々と、アレクシアの不行跡や不品行をあげつらい、容姿をけなし、彼女を責める。傍らに呼び寄せたアレクシアの異母妹が訴えるままに、鵜呑みにして信じ込んだのだろう。
確かに婚約してからの5年間、第一王子とは一度も会わなかったし手紙や贈り物のやり取りもしなかった。だがそれは「させてもらえなかった」が正しい。全ては母が死んだ後に乗り込んできた後妻と、その娘である異母妹の仕組んだことで、父がそれを許可したからこそそんな事がまかり通ったのだということに、第一王子は気付かないらしい。
唯一の味方だと信じていた第一王子までも、アレクシアの味方ではなくなった。
もう味方はいない。
誰への義理もない。
ならば、もうどうにでもなればいい。
アレクシアはスッと背筋を伸ばした。
そうして彼女が次に取った行動に、第一王子は驚愕することになる⸺!
◆虐げられてるドアマットヒロインって、見たら分かるじゃんね?って作品が最近多いので便乗してみました(笑)。
◆虐待を窺わせる描写が少しだけあるのでR15で。
◆ざまぁは二段階。いわゆるおまいう系のざまぁを含みます。
◆全8話、最終話だけ少し長めです。
恋愛は後半で、メインディッシュはざまぁでどうぞ。
◆片手間で書いたんで、主要人物以外の固有名詞はありません。どこの国とも設定してないんで悪しからず。
◆この作品はアルファポリスのほか、小説家になろうでも公開します。
◆過去作のヒロインと本作主人公の名前が丸被りしてたので、名前を変更しています。(2024/09/03)
◆9/2、HOTランキング11→7位!ありがとうございます!
9/3、HOTランキング5位→3位!ありがとうございます!
【完結】初めて嫁ぎ先に行ってみたら、私と同名の妻と嫡男がいました。さて、どうしましょうか?
との
恋愛
「なんかさぁ、おかしな噂聞いたんだけど」
結婚式の時から一度もあった事のない私の夫には、最近子供が産まれたらしい。
夫のストマック辺境伯から領地には来るなと言われていたアナベルだが、流石に放っておくわけにもいかず訪ねてみると、
えっ? アナベルって奥様がここに住んでる。
どう言う事? しかも私が毎月支援していたお金はどこに?
ーーーーーー
完結、予約投稿済みです。
R15は、今回も念の為
当て馬ヒロインですが、ざまぁされた後が本番です
悠十
恋愛
「お前との婚約を破棄する!」
卒業式のパーティーに王太子の声が響いた。
しかし、乙女ゲームにありがちな断罪劇は、悪役令嬢の反論により、あえなく返り討ちにされた。
そして、『ヒロイン』のアリスは地位を剥奪された元王太子のアルフォンスと無理やり籍を入れられ、学園を退学。都落ちとなった。
急展開に頭がついていかず、呆然とするまま連れ戻された実家の男爵家。そこで、アリスは前世の記憶を思い出し、この世界が乙女ゲームだったことを知る。
そして――
「よっしゃぁぁぁ! イケメン夫ゲットォォォ!!」
結婚したくてたまらない系三十路女の記憶を取り戻したアリスは歓喜した。
これは、たとえざまぁされたとしても、イケメン夫を手に入れて人生勝ち組と確信する、逞しすぎるざまぁされ系ヒロインの、その後のお話しである。
私が死んで満足ですか?
マチバリ
恋愛
王太子に婚約破棄を告げられた伯爵令嬢ロロナが死んだ。
ある者は面倒な婚約破棄の手続きをせずに済んだと安堵し、ある者はずっと欲しかった物が手に入ると喜んだ。
全てが上手くおさまると思っていた彼らだったが、ロロナの死が与えた影響はあまりに大きかった。
書籍化にともない本編を引き下げいたしました
過去1ヶ月以内にレジーナの小説・漫画を1話以上レンタルしている
と、レジーナのすべての番外編を読むことができます。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。
番外編を閲覧することが出来ません。
過去1ヶ月以内にレジーナの小説・漫画を1話以上レンタルしている
と、レジーナのすべての番外編を読むことができます。
このユーザをミュートしますか?
※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。