乙女ゲームは終了しました

悠十

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1巻

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     ***


 さて。アレッタの生家であるベルクハイツ子爵家だが、どう特殊なのかと言うと、それは一族がになっている役割による。
 ベルクハイツ家が治める子爵領には『深魔しんまの森』という、それはもう強大で恐ろしい魔物が生まれる森があるのだ。
 魔物が発生する条件が最悪な意味でそろったそこは、王国の悩みの種であった。
 その森では、とにかくよく魔物の氾濫スタンピードが起きるのである。
 そして、発生する魔物がどれも恐ろしく強いのが厄介やっかいだ。
 その氾濫はんらんを治め、魔物を狩り続ける一族が、現在その地を治めるベルクハイツ家なのである。
 ベルクハイツ家の初代は、魔物の氾濫スタンピードを抑えるために雇われた傭兵だった。彼の一騎当千――常軌をいっするほどの力を知った当時のとある貴族が国に報告し、褒賞として一代男爵位を与えられたのが一族の起こりである。
 その初代当主は貴族の娘と結婚し、そのまま魔物と戦い続け、なんと魔物の軍勢を押し返して人の住める土地をじりじりと取り返していったのだ。
 その取り返した土地が、現在のベルクハイツ領であった。
 当時の国王は彼に『深魔しんまの森』を含む土地の守護を命じ、のちに子爵となったベルクハイツ家は今日まで戦い続けてきたのだ。
 ベルクハイツなくば魔物が国にあふれる、というのは王国の貴族階級の常識であり、ベルクハイツ家が下級貴族でありながら特別視される由縁ゆえんである。
 王国はベルクハイツ家を大事にし、ベルクハイツ家はその期待にこたえんと戦い続けてきた。
 そんなベルクハイツ家の当主の基準は、他家とは少々違う。
 普通は、まず長男が家を継ぐ。そうでないとしたら、長男に健康面など何かしらの不安があるか、母親の血筋に問題があるかだろう。
 しかし、ベルクハイツ家では長男が家を継ぐとは限らない。例えば、アレッタには四人の兄がいるが、彼女がベルクハイツ家を継ぐと決定している。
 別に四人の兄に問題があるわけではない。戦い続けることが必要なあの地を治めるという一点のみを重視したがゆえの決まりがあるのだ。
 実は、ベルクハイツ家の直系には卓越した戦闘力以外に、不思議な能力がある。
 それは、戦い続ける力を最低何代先まで受け継がせることができるか分かるというものだ。
深魔しんまの森』を有するベルクハイツ領を治めるには、初代から脈々と受け継がれている戦闘力が必要不可欠。初代の力をより濃く、長く受け継がせることができる者が当主となるのだ。
 次に生まれる子次第ではさらに延びるとはいえ、アレッタならば最低でも五代先まで、長男と三男は三代先まで伝えることができる。あとの兄は一代だけだ。
 もちろん一人っ子の時――跡継ぎが一人しかいない時にはその子が継ぐが、複数の子がいる時には、これが重要視される。
 そんな、王国にとって大事な家の次期当主であるアレッタは、今回の騒動で婚約者と次期王妃だったレーヌから大変な侮辱ぶじょくを受けた格好になった。
 これはアレッタの婚約に関わった人間にとって卒倒ものの大事である。

「これ、王家とあの二家が我が家に喧嘩けんかを売ってきたようなものよね……」
「そうねぇ……。ルイス様は言い訳のしようもないだろうけど、レーヌ様もどうしてあそこで手を取っちゃったのかしら? 王妃教育を受けているのに……まさか、知らなかった、なんてことはないわよね?」

 そう言って首をかしげる二人は知るよしもない。
 レーヌが転生者でこの乙女ゲーム『七色の恋を抱いて』をプレイしており、ルイスが彼女の前世の一押しキャラ――所謂いわゆる、推しだったことなど。
 そして、レーヌがルイスについて調べた時にはまだアレッタと婚約しておらず、ゲーム内では攻略対象外のモブだった彼に婚約者ができるなど考えもしなかったのだということも。
 王妃教育ではカバーできぬ場所で、彼女はつまずいたのだ。

「お父様に手紙を書かないといけないのよね……。きっと、がっかりなさるわ……」
「まあ……」

 肩を落とすアレッタの手を、マーガレットはなぐさめるように握る。

「でも、今分かって良かったんじゃないかしら。あんな無責任なことをする人が、あの地の女領主の伴侶なんて務まるはずないもの」
「ええ、そうね」

 マーガレットの言葉に、アレッタは苦笑しうなずいた。

「そういえば、騎士科のブランドン先輩が心配してたわよ。貴女あなたが朝の鍛錬たんれんに来なかったって」
「え、そうなの?」
「ええ。先輩は昨日のパーティーは用事があって欠席してたらしくて、例の騒動を知らなかったみたい」

 アレッタは女の身ながら武門のベルクハイツ家次期当主なので、時には前線で戦う。実家ではかなりしごかれていたし、初陣もすでに済んでいた。
 そのため、学園に来てからも騎士科の生徒の鍛錬たんれんに毎日参加させてもらっている。
 最初は「なぜ普通科の女の子が?」と首をかしげられたが、今では「初見殺し」だの、「逸般人いっぱんじん」だのと好き放題言われていた。
 実際、彼女はごく普通の女の子の体格で、一見、筋肉もついていない。しかし、腕もお腹も、薄い皮下脂肪の下にカッチカチの筋肉がまっている。

「朝はできなかったから、夕方に鍛錬たんれんするわ」
「え、昨日の今日よ? 休んだほうが良いんじゃない?」

 心配してくれるマーガレットには悪いが、鍛錬たんれんを休むとなんだか気持ち悪いのだ。
 ベルクハイツ家の人間であるアレッタは、大丈夫だと笑って残りのサンドイッチを頬張った。
 その後、しばらくマーガレットとおしゃべりを楽しむ。
 そうして小さなお茶会を終え、トレーニングウェアを持って鍛錬たんれんじょうへ向かった。
 更衣室で着替えてやって来たそこは朝とは違い、数人の騎士科の生徒がいるだけで、閑散かんさんとしている。
 アレッタは準備運動として軽く走ってから、武器庫に預けていた大剣を取り出した。
 それを、一振り、二振り、三、四、五……
 大剣を振るたびに、ブォン、と空気を切り裂く恐ろしい音がする。
 その場にいる数人の生徒が、あきれ半分、感心半分で彼女を見た。

「あの小さい体のどこにあんな力が……」
流石さすが、ベルクハイツ……」

 そんな声が聞こえるが、いつものことなので放っておく。
 そうやって大剣を振っていると、鍛錬たんれんじょうの入り口に知っている顔が現れた。

「アレッタ!」
「ん? あ、フリオ」
「お前、もう大丈夫なのかよ?」

 アレッタが大剣を振る手を止めると、それを確認したフリオが寄ってくる。
 彼はベルクハイツ領の隣の領を治めるブランドン伯爵家の三男坊だ。この学園の騎士科に在籍している三年生で、アレッタの幼馴染おさななじみでもある。

「倒れたって聞いたぜ?」
「ああ、うん。貧血みたいなもの、かな? 流石さすがにびっくりしちゃって」
「びっくりって、お前なぁ……」

 フリオはあきれた表情で言うものの、その瞳にはアレッタを気遣う色が見えた。
 普段、粗野な言動が多いこの幼馴染おさななじみの心根は、意外と優しく紳士的なのである。
 日に焼けた浅黒い肌に、燃えるような赤毛を持ち、濃い琥珀こはく色の瞳が美しい。顔は少し野性味を感じる整い方だ。
 外見も中身もかなりいい男なのだが、荒っぽいせいで令嬢達には遠巻きにされている。そんな実に勿体もったいない男なのだ。
 フリオは顔色を確認するかのごとくアレッタをじっと見つめると、しばらくして溜息ためいきをつく。

「取りあえず、今日は軽く流す程度にしておけよ。無理してまた倒れたら、ただの馬鹿だからな」
「分かったわ」

 アレッタはきちんとそう言ったのに、フリオは見張っておくつもりらしく、見学席で彼女を眺めている。
 そして、激しくなる前に鍛錬たんれんを止め、汗を流してこい、と女子更衣室へ放り込まれた。

「うー、もうちょっと動きたかったのに……」

 アレッタはぶつぶつ言いながらシャワーを浴びる。そして更衣室から出ると、あきれ顔のフリオがいた。

「お前なぁ、髪くらい乾かしてこいよ」
「めんどくさい。フリオ、やって」
「っ、はぁぁぁー……」

 一瞬言葉をまらせ、続いて重く大きな溜息ためいきを吐いた後、彼は何も言わず髪を乾かしてくれる。
 ――春の風よ、水を連れ去れ〈乾燥ドライ〉。
 髪に気持ちのいい風が当たったと思うやいなや、すっきりと乾く。


「おー、相変わらず上手ね」
「毎度毎度こき使ってくる誰かさんのお陰でな!」
「ありがと。助かってます」
「……ん」

 アレッタが素直にお礼を言うと、眉間みけんしわを寄せつつも、フリオは手櫛てぐしで髪を整えてくれた。それ以上は何も言わず、うなずく。
 このなんだかんだで面倒見の良い幼馴染おさななじみと結婚する人は、きっと幸せになれるに違いない。婚約者に、あんなわけの分からないフラれ方をする自分と違って……
 アレッタはそう思った。
 その後、寮へ戻ることにした彼女は、こちらもまた寮へ戻ると言うフリオと一緒に寮への道を歩く。

「なあ、昨日あったこと、もう親父おやじさん達に知らせたのか?」
「まだ。今日手紙書いて、明日送るつもり」
「なんだ、まだ書いてなかったのかよ」

 そうフリオは言うが、何をどう書けばと悩んでしまい、アレッタは先に汗を流すことにしたのだ。

「……あー、あのさ。俺、昨日の夕方頃にベルクハイツ領から帰ってきたんだよ」
「そうなの?」
「ああ。お前んとこの魔物の氾濫スタンピード討伐に参加させてもらって、終わったのが四日前」
「ふーん」

 フリオは時々実戦経験を積むため、『深魔しんまの森』の魔物の氾濫スタンピードの討伐に参加している。この討伐への参加は、学園が一定以上の実力を持つ騎士科の生徒にすすめているものだ。

「それで、だ。学園の生徒はベルクハイツ領から飛竜乗りに送ってもらうんだが、彼らはいつも一日学園に留まって、翌日に帰るんだよ」
「そうなの?」
「そうなんだよ。夜間は飛べないからな。だから、昨日もベルクハイツ家に心酔する飛竜乗り達が学園にいたわけだ」
「……えっ?」

 ここに来て、アレッタはようやくフリオが何を言いたいか分かった。
 それは、つまり――

「その飛竜乗り達はベルクハイツ家につかえる連中だから、いつも中央の情報を何かしら持って帰るんだ。つまり、お前の婚約者の所業も、お前の手紙が着く前に、親父おやじさんの耳に入ってるはずだ」
「ひぇっ……!」

 小さく悲鳴を上げ固まったアレッタをあわれみを含んだ目で見つつ、フリオが続ける。

「お前の家に心酔する連中が報告を上げるんだ。お前の実家、大変なことになるんじゃないか?」
「ひえぇぇ……」

 実はアレッタは、ベルクハイツ家始まって以来、初めて生まれた女の子である。それはもう可愛がられ、大切に育てられた。
 彼女の婚約は、中央――つまり王家と高位貴族がベルクハイツとの繋がりを欲したから成立したのだ。当然、婚約者は吟味ぎんみ吟味ぎんみを重ね、信頼できる複数の人間が太鼓判たいこばんを押した人物だった。
 この騒動、実はも何も、かなりヤバイ案件である。
 アレッタとしては、父の怒髪天どはつてんかないよう言い回しを考え、せめて穏便おんびんに伝えようと思っていたのだ。しかし、もう遅いのだとフリオは言う。

「あのルイスって奴を推薦した人間には、宰相と第一騎士団長が含まれてる。王家だって無関係じゃない。ルイスは、それらの上層部や、他にも奴を評価した連中全てのメンツを傷つけたんだからな。王太子とその元婚約者の問題もあるし、大変なことになるぞ」
「ふあぁぁ……」

 つまり、考えうる最悪の状態へことは向かっているのだ。
 ぷるぷる震え始めたアレッタに、彼は困ったような笑みを浮かべる。そして彼女の頭をでた。

「取りあえず、俺も力を貸してやるから、頑張ろうな?」
「ふりおぉぉぉぉぉ」

 慈悲深いフリオのその言葉に、アレッタは涙目ですがりついたのであった。


     ***


 フリオから衝撃の事実を聞いたアレッタは、青褪あおざめふらつきながら部屋へ戻った。
 しばし自室でどうすべきかと頭を抱えたが、良い案は出ず、そのまま日が暮れる。
 彼女はそんな自分の無力さをなげきつつ、夕食を食べるために食堂へ向かった。

「アレッタ!」

 そんな彼女に声をかけたのは、マデリーンだ。
 マデリーンの他にも、マーガレット、エレーナ、フローラと、いつものメンバーがそろっている。食堂へ向かうつもりだったのだろう。

「マデリーン様……」
「ちょっと、大丈夫なの? 顔色が悪いわ」
「医務室に行ったほうが良いんじゃない?」

 寄ってきた四人に、アレッタは力なく笑いかける。

「心配してくださって、ありがとうございます。大丈夫、具合は悪くありません」
「だけど……」

 心配する四人を取りあえず食堂に行こうと誘い、一緒に移動した。
 マデリーンが、せめて胃に優しい物を食べなさいと、アレッタの分も注文する。他の三人もそれぞれ注文して一息ついたところで、エレーナが口を開いた。

「アレッタ、ごめんなさい。今の貴女あなたに聞くべきではないのは分かっているのだけど、あえて聞くわね。貴女あなたのご実家は、今後、どう動くと思う?」

 その質問に、食堂にいる全員の気配が動く。
 皆、ベルクハイツ家の動きを知りたいのだ。

「それなんですが、どうも、昨日の夜、我が家の者が学園にいたみたいなんです」
「えっ」

 目をみはる四人に、アレッタは情けない顔で言う。

「あまりことが大きくならないようにしたいと思っていたんですが、恐らく、今回の騒動はすでにその者が実家に知らせたと思います」

 一同、絶句であった。
 ベルクハイツ家の家臣達の忠臣ぶりは、貴族の間では有名な話である。
 当たり前だ。この世界のどこに、魔物の群れに一騎で突っ込んで壊滅状態に追い込み、町を守り抜く領主がいるのだ。
 そんな、物語の中でしかお目にかかれないでたらめな力を持つ領主一家は、領民を守り抜くことをほこりとしている。常に先頭に立って戦い続け、堅実に、誠実に国とたみに尽くすストイックな一族。人気が出ないほうがおかしい。
 家臣団は、一族に心酔しきっており、一族のためなら喜んで死ぬようなヤバイ奴ばかりである。
 そんな連中が、次期当主がかかされた恥の報告を当主に上げるのだ。その内容はどんなものになるのか……
 嫌な予感しかしなかった。

「もしかすると、家臣の誰かではなく、お兄様の誰かが来るかもしれません……」

 学園を卒業した直系一族の誰かが領地を離れる。
 それは、ベルクハイツ家においてのみ、驚愕きょうがくの出来事である。
 ベルクハイツ家の人間の力はすさまじく、一人でも領地を離れると戦力が激減してしまう。そのため魔物の氾濫スタンピードを警戒して、成人した者は滅多めったに領地を離れないのだ。
 それなのに領地を離れるとは、それだけ事態を重く見ている、ということになる。

「せめて、側近の誰かが出てくる程度で治めたかったんですが……」

 苦しげに言うアレッタの言葉を聞き、聞き耳を立てていた周囲の生徒達は慌てず騒がず上品に席を立つ。微笑ほほえみの仮面の下に必死の形相を隠し、家に報告すべく動き出した。


     ***


 食堂での、戦慄せんりつの情報投下から数日後。
 現在、学園は混乱していた。
 王太子によるでっちあげの断罪劇からの婚約破棄騒動。
 理不尽な裁きを受けた公爵令嬢レーヌの手を取った男の婚約者が、実はベルクハイツ家の令嬢だったこと。
 それをベルクハイツ家当主の耳に入れたのが、狂犬属性の家臣であること。
 書き出しただけでは王太子の馬鹿っぷりが燦然さんぜんと輝いているが、それと同じくらいヤバイと思われているベルクハイツ子爵家の異様さよ……
 アレッタは遠い目をしながら、落ち着かない雰囲気の学園の廊下を歩いていた。
 そんな彼女を呼び止めたのは、ベルクハイツ家のヤバさを知る一人で、実は例の乙女ゲームの攻略対象者だった教師、ローレンス・ガドガンだ。
 ローレンスは震える手でアレッタの肩をがっちり掴み、問う。

「それで、バーナードは来るのか?」

 バーナードとは、アレッタの次兄である。青褪あおざめているローレンスは、バーナードと同級生だったのだ。

「いいえ、来ません」

 リサの攻略の魔の手をのがれ、馬鹿五人組からはずれていた攻略対象ローレンスに、アレッタは正直に答える。その言葉を聞いて安堵あんどの息を吐いた彼に、彼女は遠い目で微笑ほほえみを浮かべて告げた。

「けど、お父様が来ます」

 ローレンスは固まり、そのままぶっ倒れた。
「せんせぇぇぇ!?」と悲鳴を上げ、生徒達がローレンスのもとへ駆け寄る。
 アレッタはそんな生徒達のために道をあけ、再び遠い目になった。
 彼女がその知らせを受け取ったのは、今朝のことだ。
 学園に行く準備をしていた時に、手紙が来ていると寮監から渡された。
 手紙には、ベルクハイツ家は今回のことを重く見て、当主自ら王家にベルクハイツ家をどう思っているのか問う、とある。
 これを読んだアレッタは、青褪あおざめるを通り越して達観した表情になり、思った。
 これは、大変なことになるぞ、と。



   第二章


 さて。
 実のところ、アレッタが、あの婚約破棄劇までこの世界が乙女ゲームの世界だと気づけなかったのには、理由があった。
 それは、アレッタの家族である。
 アレッタは祖母似で平凡な容姿であるが、家族は違う。
 まず、母のオリアナは大変妖艶ようえんな美女である。若い頃は数多あまたの貴族、金持ちの商人、果ては王族までもが彼女に夢中になり、中には身を持ちくずす者も出たほどだ。
 それこそ傾国の美女と言われ、多くの人間に求められるあまり、何度も婚約者が替わった。全て、オリアナを欲しがった男達に婚約者を害された結果である。
 そんなオリアナの最後の婚約者であり、夫となったのが、アレッタの父、アウグスト・ベルクハイツであった。
 アウグストは頑強がんきょう、そして、とても理性的な紳士だ。
 多くの男を骨抜きにしてきたオリアナだが、彼に心底れ込み、夢中になった。
 そのアウグスト、実は、顔が怖い。というか、ベルクハイツ家の男は皆そろって顔が濃く、くどく、怖い。
 この世界の人間の顔立ちが少女漫画風だとするなら、ベルクハイツ家の顔立ちは、言うなれば劇画風である。
 兄達の顔は整ってはいるがどこぞの覇者はしゃみたいな風格のある顔つきで、アウグストに至っては覇王はおう顔である。さらに言うなら、領軍の連中は、ヒャッハーと言わんばかりの凶悪な顔つきで笑いながら魔物に突っ込んで行くので、彼らを見ると、脳裏にどうしても某漫画の暴徒が浮かぶ。
 そんな環境で育ち、他領に出たことがなかったアレッタに、この世界が乙女ゲームの世界だと気づけというほうが無理である。フリオや祖母のようなタイプは、少数派だと思っていたのだ。
 そんな彼女は、学園に来て驚愕きょうがくした。
 劇画世界から、いきなり少女漫画の世界に来たのである。
 突然の世界の変貌へんぼうに挙動不審になっている彼女に声をかけてくれたのが、マデリーンだった。
 それからも、何くれとなく面倒を見てくれて、アレッタはマデリーンにとても感謝している。
 そのマデリーンもまた、実は乙女ゲームに出てくるライバルの悪役令嬢の一人だったわけだが……
 ゲームのマデリーンは、ヒロインが婚約者を攻略しようとするとヒロインに突っかかって意地悪を言うのだが、現実のマデリーンはヒロイン達とは関わりたくない、と言わんばかりであった。
 所詮しょせん、ゲームはゲーム。現実とは違うのだ。
 さて、話を戻そう。
 覇王はおう顔のアウグストだが、顔が怖いだけではなく、全体的に只者ただものではないオーラを発していて常人に圧迫感を抱かせる。本人としては威圧しているつもりはないのに、耐性のない者は彼を前にするだけでひれ伏してしまうのだ。
 そんなアウグストが、王都に来た。
 飛竜を使って早々に到着した彼は、数人の側近と召使いを連れている。
 彼の来訪はとても分かりやすい。なぜなら、空の向こうから威圧感のあるナニカがやって来るのを、皆が感じるからである。

「お父様!」
「アレッタか。出迎えご苦労」

 アレッタは学園を休み、王都にある別邸にて、アウグストを出迎えた。

「お嬢様!」

 父ほどではないが、常人よりは迫力のある顔をしている側近達が駆け寄ってくる。

「久しぶりね、ヘイデン。今回は、とんだ災難だったわ。とはいえ、大してショックを受けてはいないの」
「ええ、ええ、分かっていますとも。本当に、なんと許しがたい……!」

 ほぼ白髪しらがの黒髪をでつけた文官風の男が、アウグストの側近の一人、ヘイデン・ノークスだ。


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