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悪夢編・閑話
とある使用人のあい
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ケイト・ハウエルは、人から言わせれば、いわゆる『不幸な女』だった。
まず、五歳の頃家に巡回商人だった父が盗賊に殺され、家は困窮した。そして母は一年後に無理がたたって病に倒れ、あっという間に死んでしまった。
生き残ったケイトは父方の親戚に引き取られたが、扱いは無給の使用人の如き扱いだった。
しかし、どうにか町の初等教育は受けられたため、十歳の頃には親戚の家を出て、とある商家の家に使用人として雇われることになった。
十歳で仕事に就くというのは、世間一般的に見てかなり早い。あるとしても職人や魔導士、錬金術師などへの弟子入りが主だ。
しかし、親が居ない子供や、事情があって家を出る子供もいるため、完全にないわけでは無い。そのため、ケイト以外にも二人の子供が下働きとして雇われていた。
ケイトよりも先に雇われていたのは、三つ年上の少女と、一つ年上の少年だった。少女はいつかお金持ちの男の嫁になるのだと野望を抱き、少年は母親の再婚で家を追い出されたとかで、鬱々と暗い顔で働いていた。
給金は少なかった。けれど、子供の自分が貰える給金などそんなものだろうと思っていた。それに、親戚の家では衣食住が保証されているだけで、厄介者として疎まれていたケイトは、この仕事に就けて良かったと思っていた。
そうして数年働いて、ある日三つ上の少女が、あるお金持ちの相手の男の子供を妊娠したと嬉しそうに言っていた。
少年とケイトは驚き、心配した。この少女が、まずいことになるのではないか、と……
そして、その心配は現実のものとなった。少女は手切れ金を渡され、男に捨てられた。男と結婚し、裕福に暮らす夢を持っていた少女は荒れた。腹に子供がいるが故に出来る仕事が少ないうえ、男に捨てられたショックで仕事がおざなりになり、態度が悪くなった少女は解雇された。
その後、ケイト達は少女がどうなったか知らない。ただ、どうか少女もお腹の子供も、生きて幸せになってほしいと、一度だけ少年と話し、それ以上のことは胸に仕舞った。
そして、また一年後、今度は少年が店を去った。彼は女に騙されて金を貢ぎ、店の金にまで手を付けてしまったのだ。彼は、ずっとずっと何処かへ帰りたがっていた。きっと、惚れていた彼女と所帯を持って、そこへ帰りたかったのだろう。兵に捕らえられ、連れていかれた彼の背中が忘れられない。
そうして、気付けばケイトは十七歳になっていた。
仕事ばかりで浮いた話一つないケイトは、店の主人に見合いをすすめられた。
近しい人間が色恋によって道を外れていった様を見てきたケイトは、男女のそれに消極的だ。確かにこのままでは伴侶など迎えられないだろうとそれに頷き、ある一人の男を紹介された。
紹介された男は中肉中背の真面目そうな男だった。
話してみて、人柄もよさそうだと思い、三度デートを重ね、結婚した。
ケイトは店を辞め、家庭に入ることになった。
どこかソワソワとして落ち着かない家で、夫の帰りを待つ日々。いつか子供が出来て、ここに家族が増えるんだろうかと夢を見た。
そして、結婚して一年後。ケイトは身ごもり、男の子を出産した。
可愛かった。とてもとても、可愛かった。
我が子を胸に抱いた時、そのとき初めてケイトは家族が欲しかったのだと気付いた。
きっと、ずっとずっと欲しかったのだろう。だから、店を去った三つ年上の少女がどれだけケイトに八つ当たりしても、子供を下ろさなかった彼女の体調を心配したし、捕まってしまった少年が女に入れあげたのにも呆れなかった。
どこかで、彼等の孤独に共感していたからだ。彼等は、幸せな家庭を欲していた。
ケイトは子供を大切に慈しみ、育てた。
けれども、それはある日唐突に奪われた。広場へ遊びに出た息子が、帰ってこなかったのだ。
帰ってこなかったのは、ケイトの息子だけではなかった。近所に住む子供達の多くが帰ってこなかったのだ。
ケイトを含む親たちは詰め所に押しかけ、この事を訴えた。
人数が人数であり、居なくなった子供の中にそれなりに地位のある人物の子供が含まれていたため、大規模な捜索隊が組まれることとなった。
しかし、親たちの願いも虚しく、子供達は見つからなかった。
誘拐されたのは間違いない。
けれど、じゃあ、子供たちはどこへ行ってしまったのか?
奴隷として他国へ攫われたのか? しかし、攫われた子供の数が多すぎる。考えたくはないが、死体の一つも見つからないのは不自然だった。いったい、子供たちはナニに攫われたのか……
酷く不気味な事件だと人々は噂した。
それからの日々は、ただただ苦しいだけのものだった。
待っても待っても帰ってこない我が子。ずっと待ち続け、ケイトと夫は鬱々とした日々を過ごし、次第にケイトと夫の仲は冷え込むようになった。結局、息子が居なくなって三年後、二人は夫婦生活に終止符を打つ事となった。
ずいぶん、持った方だろう。お互いの顔を見て、子供を思い出すのだ。苦しくて仕方ない日々だった。
ケイトは夫と別れた後、マクシード子爵家の使用人になった。そこで、ケイトはがむしゃらに働いた。そうしなければ、余計なことを考えて気分がどうしようもなく落ち込んでしまうからだ。
そうしてがむしゃらながらも、よく働いていたのが良かったのだろう。上役の目に留まり、ケイトは侍女にならないかと声を掛けられた。
ケイトはそれに驚くも、降ってわいたチャンスに頷き、侍女へなるべく勉強を開始した。
侍女の仕事は難しかった。なにせ、それなりに知識が居る仕事だ。十歳までしか勉強しておらず、その後はずっと下働きの仕事をして来たケイトは新たに覚えなければならないことが多かった。
しかし、ケイトは折れなかった。学び、働き続け、ついには奥様付きの侍女にまで昇進した。
奥様は、とても優しい人だった。使用人に対しても感謝を忘れず、気持ちよく働ける環境を作り出してくれた。
そんな奥様をケイト達は慕い、侍女の仕事はとても充実したものだった。
そうして穏やかな毎日を過ごしているうちに、奥様が三人目のお子を身ごもった。先に生まれていた二人の子息は年の離れた弟か妹ができたことを喜び、旦那様もまたベビー用品を山ほど買い込み、多すぎると奥様に叱られていた。
そうして生まれた待望の第三子は、サミュエルと名付けられた。
可愛かった。とても、可愛かった。
小さな口をもみゅもみゅと動かし、手足をぴょんと跳ねさせる。
――あの子も、そうだった。
胸の奥からせり上がるのは、哀しい愛だった。
あの日、あの町で消えた我が子。未だに見つからない愛しい子。この腕は、あの子の温もりをいつまでも覚えている。
ぐずり出した目の前の可愛い赤子を抱き上げ、あやす。
「どうぞ、貴方様は健やかに……」
腕の中の赤子は、かつての我が子と同じ温もりを持っていた。
まず、五歳の頃家に巡回商人だった父が盗賊に殺され、家は困窮した。そして母は一年後に無理がたたって病に倒れ、あっという間に死んでしまった。
生き残ったケイトは父方の親戚に引き取られたが、扱いは無給の使用人の如き扱いだった。
しかし、どうにか町の初等教育は受けられたため、十歳の頃には親戚の家を出て、とある商家の家に使用人として雇われることになった。
十歳で仕事に就くというのは、世間一般的に見てかなり早い。あるとしても職人や魔導士、錬金術師などへの弟子入りが主だ。
しかし、親が居ない子供や、事情があって家を出る子供もいるため、完全にないわけでは無い。そのため、ケイト以外にも二人の子供が下働きとして雇われていた。
ケイトよりも先に雇われていたのは、三つ年上の少女と、一つ年上の少年だった。少女はいつかお金持ちの男の嫁になるのだと野望を抱き、少年は母親の再婚で家を追い出されたとかで、鬱々と暗い顔で働いていた。
給金は少なかった。けれど、子供の自分が貰える給金などそんなものだろうと思っていた。それに、親戚の家では衣食住が保証されているだけで、厄介者として疎まれていたケイトは、この仕事に就けて良かったと思っていた。
そうして数年働いて、ある日三つ上の少女が、あるお金持ちの相手の男の子供を妊娠したと嬉しそうに言っていた。
少年とケイトは驚き、心配した。この少女が、まずいことになるのではないか、と……
そして、その心配は現実のものとなった。少女は手切れ金を渡され、男に捨てられた。男と結婚し、裕福に暮らす夢を持っていた少女は荒れた。腹に子供がいるが故に出来る仕事が少ないうえ、男に捨てられたショックで仕事がおざなりになり、態度が悪くなった少女は解雇された。
その後、ケイト達は少女がどうなったか知らない。ただ、どうか少女もお腹の子供も、生きて幸せになってほしいと、一度だけ少年と話し、それ以上のことは胸に仕舞った。
そして、また一年後、今度は少年が店を去った。彼は女に騙されて金を貢ぎ、店の金にまで手を付けてしまったのだ。彼は、ずっとずっと何処かへ帰りたがっていた。きっと、惚れていた彼女と所帯を持って、そこへ帰りたかったのだろう。兵に捕らえられ、連れていかれた彼の背中が忘れられない。
そうして、気付けばケイトは十七歳になっていた。
仕事ばかりで浮いた話一つないケイトは、店の主人に見合いをすすめられた。
近しい人間が色恋によって道を外れていった様を見てきたケイトは、男女のそれに消極的だ。確かにこのままでは伴侶など迎えられないだろうとそれに頷き、ある一人の男を紹介された。
紹介された男は中肉中背の真面目そうな男だった。
話してみて、人柄もよさそうだと思い、三度デートを重ね、結婚した。
ケイトは店を辞め、家庭に入ることになった。
どこかソワソワとして落ち着かない家で、夫の帰りを待つ日々。いつか子供が出来て、ここに家族が増えるんだろうかと夢を見た。
そして、結婚して一年後。ケイトは身ごもり、男の子を出産した。
可愛かった。とてもとても、可愛かった。
我が子を胸に抱いた時、そのとき初めてケイトは家族が欲しかったのだと気付いた。
きっと、ずっとずっと欲しかったのだろう。だから、店を去った三つ年上の少女がどれだけケイトに八つ当たりしても、子供を下ろさなかった彼女の体調を心配したし、捕まってしまった少年が女に入れあげたのにも呆れなかった。
どこかで、彼等の孤独に共感していたからだ。彼等は、幸せな家庭を欲していた。
ケイトは子供を大切に慈しみ、育てた。
けれども、それはある日唐突に奪われた。広場へ遊びに出た息子が、帰ってこなかったのだ。
帰ってこなかったのは、ケイトの息子だけではなかった。近所に住む子供達の多くが帰ってこなかったのだ。
ケイトを含む親たちは詰め所に押しかけ、この事を訴えた。
人数が人数であり、居なくなった子供の中にそれなりに地位のある人物の子供が含まれていたため、大規模な捜索隊が組まれることとなった。
しかし、親たちの願いも虚しく、子供達は見つからなかった。
誘拐されたのは間違いない。
けれど、じゃあ、子供たちはどこへ行ってしまったのか?
奴隷として他国へ攫われたのか? しかし、攫われた子供の数が多すぎる。考えたくはないが、死体の一つも見つからないのは不自然だった。いったい、子供たちはナニに攫われたのか……
酷く不気味な事件だと人々は噂した。
それからの日々は、ただただ苦しいだけのものだった。
待っても待っても帰ってこない我が子。ずっと待ち続け、ケイトと夫は鬱々とした日々を過ごし、次第にケイトと夫の仲は冷え込むようになった。結局、息子が居なくなって三年後、二人は夫婦生活に終止符を打つ事となった。
ずいぶん、持った方だろう。お互いの顔を見て、子供を思い出すのだ。苦しくて仕方ない日々だった。
ケイトは夫と別れた後、マクシード子爵家の使用人になった。そこで、ケイトはがむしゃらに働いた。そうしなければ、余計なことを考えて気分がどうしようもなく落ち込んでしまうからだ。
そうしてがむしゃらながらも、よく働いていたのが良かったのだろう。上役の目に留まり、ケイトは侍女にならないかと声を掛けられた。
ケイトはそれに驚くも、降ってわいたチャンスに頷き、侍女へなるべく勉強を開始した。
侍女の仕事は難しかった。なにせ、それなりに知識が居る仕事だ。十歳までしか勉強しておらず、その後はずっと下働きの仕事をして来たケイトは新たに覚えなければならないことが多かった。
しかし、ケイトは折れなかった。学び、働き続け、ついには奥様付きの侍女にまで昇進した。
奥様は、とても優しい人だった。使用人に対しても感謝を忘れず、気持ちよく働ける環境を作り出してくれた。
そんな奥様をケイト達は慕い、侍女の仕事はとても充実したものだった。
そうして穏やかな毎日を過ごしているうちに、奥様が三人目のお子を身ごもった。先に生まれていた二人の子息は年の離れた弟か妹ができたことを喜び、旦那様もまたベビー用品を山ほど買い込み、多すぎると奥様に叱られていた。
そうして生まれた待望の第三子は、サミュエルと名付けられた。
可愛かった。とても、可愛かった。
小さな口をもみゅもみゅと動かし、手足をぴょんと跳ねさせる。
――あの子も、そうだった。
胸の奥からせり上がるのは、哀しい愛だった。
あの日、あの町で消えた我が子。未だに見つからない愛しい子。この腕は、あの子の温もりをいつまでも覚えている。
ぐずり出した目の前の可愛い赤子を抱き上げ、あやす。
「どうぞ、貴方様は健やかに……」
腕の中の赤子は、かつての我が子と同じ温もりを持っていた。
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