野良錬金術師ネモの異世界転生放浪録(旧題:野良錬金術師は頭のネジを投げ捨てた!)

悠十

文字の大きさ
上 下
51 / 57
悪夢編

第十四話 召喚2

しおりを挟む
「なんで、なんでお前達などがその方を――!」

 引き攣った声がロベルの口からこぼれる。
 ロベルは個体名を持つネームドの悪魔なれど、爵位を持たぬ中級悪魔だ。しかも、中級とではあるが、力の階級的には中の下。洗脳などの精神操作が得意なタイプで、相手が人間ならともかく、同族の悪魔相手なら、純粋な戦いでは不利になる。それが、相手が上級であればなおのこと……
 ザクロは怯えるロベルをチラリ、と一瞥するが、それから直ぐに視線を外し、再びにっこりと微笑んでネモに――正しくは、ネモの肩に乗るあっくんに向けて告げる。

「再びご主人様にお目にかかれるとは、望外の喜び。どうぞこのまま私をお使いください。何がお望みですか? 邪魔な人間の抹殺? それとも国の支配でしょうか?」

 つらつらと語るザクロに、ネモは呆れたような視線を向ける。

「アンタ、あっくんがそんなものに興味があるわけないでしょ。あっくんは欲深い人間じゃないのよ?」
「黙れ、人間。お前には聞いていない」

 忌々しげに睨まれ、ネモは面倒くさそうに肩をすくめる。

「そういえば、ご主人様もこの人間と契約を結ばれておられましたね。そのような窮屈な契約、破棄してしまいませんか? そうすれば貴方様は――」
「きゅっ」

 ザクロはそう言ってそそのかすが、あっくんはザクロの言葉などこれっぽっちも聞いてなかったようで、ロベルを指さして、やれ、と命じただけだった。
 ザクロは微笑みのまま固まるも、往生際悪く言い募る。

「ご主人様、そのようなことおっしゃらず、まず先にその人間を――」
「きゅきゅっ」

 オメーの意見なんざどうでもいいとばかりに、あっくんはただロベル指さしたまま、あれ、どうにかして、と再び鳴く。
 ザクロは悔しげな顔をしながら、大仰な身振りで言う。

「ああ、なんということだ! ご主人様はその人間に毒されていらっしゃる! 強大な力を持つカーバンクルでありながら――」
「きゅっきゃ!」

 ――ドスッ!

「ぐべっ!?」

 あっくんは、うるせえ、いいからさっさとやれ、とばかりに高く鳴いて、ネモの肩からザクロのエルフ顔に鋭い頭突きを食らわせた。
 乙女座りで痛がるザクロに、なんだろう、この漫才、とネモがなんとも言えない顔をしていると、どうやらあちら側もそう思ったらしく、アンナが苛立たしげな声を上げた。

「ちょっとロベル、何をしてるの? さっさとあのふざけた連中、始末しちゃって!」

 しかし、命じられたロベルは煩わしそうにアンナを見る。

「そりゃあ、無理な相談だ。俺程度の力じゃぁ、あの方には勝てねぇよ」

 だから、と言ったと同時に、ロベルは前脚の一本でアンナを抱き上げた。

「とっとと逃げるぞ!」

 そう宣言して、背後の扉の方へ飛びずさり、大蜘蛛の巨体で扉をその枠ごとぶち破る。

「待ちさない!」

 ネモが追いかけようと足を踏み出しその時、ロベルはニヤリと嗤った。ロベルはアンナを抱える脚とは逆の脚を一本上げ、すい、と横に振る。そして――

「なっ⁉」

 頭上から、ガシャン、と木と木がぶつかるような乾いた音を立てて、大きな何かが降って来た。
 ネモはそれにぶつかるまいと慌てて後ろに飛んで避け、降って来たものの正体を見る。

「ベンさん⁉」

 青白い肌に、隈の酷い痩せた男――執事のベンは、妙にカクカク解いた動きで、立ち上がる。茫洋とした瞳は何も映していないようで、不気味さに拍車がかかっていた。
 ベンの異様さに戸惑うネモの後ろから、低い呟きが聞こえた。
 
「人形か……」

 あっくんの頭突きを喰らった頬を撫でながら、言われれたそれに驚きつつ、ネモは改めてベンを見る。すると、人間に見えていたそれが、じわり、とまるで溶けるように木製の大きな関節球体人形へと姿を変えた。

「幻術……!」

 どうやら、執事のベンは悪魔が幻術で人間に見せていた操り人形だったらしい。前にベンに感じた違和感は、ベンは操り人形だったからだろう。

「あっ、思い出した!」

 ネモは、過去、悪魔が憑いた人形を見たことがあった。その人形の歩き方が、ベンのあのふわふわした違和感のある歩き方にそっくりだったのだ。
 そして、そのベンだった人形に続くようにガシャン、ガシャン、と音を立てて関節球体人形が新たに二つ現れる。

「それじゃあ、あばよ。上級様に、お嬢ちゃん!」

 そう言って、ロベルは身を翻し、アンナを抱えて廊下の向こうへと走り去る。
 ネモがそれに苦い顔をした、その時だった。

「ふん、この程度のオモチャで私を足止めできると――?」

 ザクロがそう言った瞬間、影が蠢き、生き物のように伸びる。

「捕えろ」

 その号令が発せられると同時に、影は人形の元まで素早く伸びていく。そして、その足元から噴き出るように実体化し、幅の広いテープのように巻き付いて人形三体を同時に捕らえた。

「ふん、やはりこの程度――」
「よし、よくやったわ! 後は頼んだ!」
 
 格好つけるように長い黒髪を得意げにはらったその時、ネモはザクロの言葉に被せるようにそう告げ、人形の脇を走ってすり抜ける。

「あっ! お前――!」
「あっく~ん、ケイトさんのこと、よろしく! 守ってあげてね~!」
「きゅっきゃ~い!」

 文句を言おうとしたザクロをさらっと無視し、あっくんにケイトのことをお願いして、破壊された扉から廊下へ躍り出る。
 いってらっしゃ~い、とばかりに手を振るあっくんに見送られ、ネモは廊下を走り出した。
 

しおりを挟む
感想 18

あなたにおすすめの小説

聖女の娘に転生したのに、色々とハードな人生です。

みちこ
ファンタジー
乙女ゲームのヒロインの娘に転生した主人公、ヒロインの娘なら幸せな暮らしが待ってると思ったけど、実際は親から放置されて孤独な生活が待っていた。

ナイナイづくしで始まった、傷物令嬢の異世界生活

天三津空らげ
ファンタジー
日本の田舎で平凡な会社員だった松田理奈は、不慮の事故で亡くなり10歳のマグダリーナに異世界転生した。転生先の子爵家は、どん底の貧乏。父は転生前の自分と同じ歳なのに仕事しない。二十五歳の青年におまるのお世話をされる最悪の日々。転生チートもないマグダリーナが、美しい魔法使いの少女に出会った時、失われた女神と幻の種族にふりまわされつつQOLが爆上がりすることになる――

1人生活なので自由な生き方を謳歌する

さっちさん
ファンタジー
大商会の娘。 出来損ないと家族から追い出された。 唯一の救いは祖父母が家族に内緒で譲ってくれた小さな町のお店だけ。 これからはひとりで生きていかなくては。 そんな少女も実は、、、 1人の方が気楽に出来るしラッキー これ幸いと実家と絶縁。1人生活を満喫する。

【完結】悪役令嬢に転生したけど、王太子妃にならない方が幸せじゃない?

みちこ
ファンタジー
12歳の時に前世の記憶を思い出し、自分が悪役令嬢なのに気が付いた主人公。 ずっと王太子に片思いしていて、将来は王太子妃になることしか頭になかった主人公だけど、前世の記憶を思い出したことで、王太子の何が良かったのか疑問に思うようになる 色々としがらみがある王太子妃になるより、このまま公爵家の娘として暮らす方が幸せだと気が付く

前世の幸福ポイントを使用してチート冒険者やってます。

サツキ コウ
ファンタジー
俗に言う異世界転生物。 人生の幸福ポイントを人一倍残した状態で不慮の死を遂げた主人公が、 前世のポイントを使ってチート化! 新たな人生では柵に囚われない為に一流の冒険者を目指す。

【完結】子爵令嬢の秘密

りまり
恋愛
私は記憶があるまま転生しました。 転生先は子爵令嬢です。 魔力もそこそこありますので記憶をもとに頑張りたいです。

若奥様は緑の手 ~ お世話した花壇が聖域化してました。嫁入り先でめいっぱい役立てます!

古森真朝
恋愛
意地悪な遠縁のおばの邸で暮らすユーフェミアは、ある日いきなり『明後日に輿入れが決まったから荷物をまとめろ』と言い渡される。いろいろ思うところはありつつ、これは邸から出て自立するチャンス!と大急ぎで支度して出立することに。嫁入り道具兼手土産として、唯一の財産でもある裏庭の花壇(四畳サイズ)を『持参』したのだが――実はこのプチ庭園、長年手塩にかけた彼女の魔力によって、神域霊域レベルのレア植物生息地となっていた。 そうとは知らないまま、輿入れ初日にボロボロになって帰ってきた結婚相手・クライヴを救ったのを皮切りに、彼の実家エヴァンス邸、勤め先である王城、さらにお世話になっている賢者様が司る大神殿と、次々に起こる事件を『あ、それならありますよ!』とプチ庭園でしれっと解決していくユーフェミア。果たして嫁ぎ先で平穏を手に入れられるのか。そして根っから世話好きで、何くれとなく構ってくれるクライヴVS自立したい甘えベタの若奥様の勝負の行方は? *カクヨム様で先行掲載しております

最強令嬢とは、1%のひらめきと99%の努力である

megane-san
ファンタジー
私クロエは、生まれてすぐに傷を負った母に抱かれてブラウン辺境伯城に転移しましたが、母はそのまま亡くなり、辺境伯夫妻の養子として育てていただきました。3歳になる頃には闇と光魔法を発現し、さらに暗黒魔法と膨大な魔力まで持っている事が分かりました。そしてなんと私、前世の記憶まで思い出し、前世の知識で辺境伯領はかなり大儲けしてしまいました。私の力は陰謀を企てる者達に狙われましたが、必〇仕事人バリの方々のおかげで悪者は一層され、無事に修行を共にした兄弟子と婚姻することが出来ました。……が、なんと私、魔王に任命されてしまい……。そんな波乱万丈に日々を送る私のお話です。

処理中です...