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悪夢編
第六話 洋館6
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そうやって話していると、「おーい」とロベルがアンナを呼んだ。
「嬢ちゃん、そろそろ焼けるぞ」
「あっ、はーい!」
そう言ってアンナが向かった先は、オーブンの前だった。
鍋を近くの台の上に置き、ロベルを見る。
「そろそろ出しても大丈夫ですか?」
「ああ、大丈夫だ」
ロベルが頷き、アンナはミトンをしてオーブンの蓋を開ける。中を覗き込み、取り出した鉄板の上に並ぶのは、カップケーキだった。どうやら、厨房に漂う甘い匂いの正体は、それだったらしい。
「うまく焼けたじゃないか」
「えへへ」
嬉しそうにアンナは微笑み、カップケーキを布を敷いた籠の中へ移し替える。
さて、そうやって美味しそうな匂いをさせているものがあれば、黙っていられないのが食いしん坊あっくんである。
カップケーキを見て、瞳を輝かせてネモに、あれ、美味しそう! と小さな指で指し示す。
「あっくん、駄目よ。おやつなら部屋に戻ればちゃんとあるから」
「きゅあ~」
あっくんは残念そうにしつつも、聞き分けよく頷いた。しかし、焼き立ての甘い匂いには抗いがたいらしく、チラチラとカップケーキに視線を向けている。
それに気付いたアンナが、クスリと微笑する。
「あの、もしよろしければ、おひとついかがですか?」
「えっ、良いんですか?」
「はい。沢山ありますので」
そう言って差し出した籠の中には、プレーンとチョコチップ、そして紅茶の茶葉を細かく砕いたカップケーキが入っていた。
あっくんは身を乗り出し、匂いを嗅ぐが、紅茶のカップケーキは匂いが気に入らなかったらしく、「ぎゅっ」と嫌そうに鳴いた。
「あら、紅茶は苦手なのかしら?」
「あー、あっくんは鼻が良いから。好きじゃない匂いだったみたいね」
たいていの紅茶は大丈夫だが、稀にこれキラーイ、と拒否することがある。ハーブティーとなると、それは顕著だ。
そうやってはなしているうちに、プレーンが良い、とばかりに指をさし、アンナに「どうぞ」と渡された。
「これ、本当に貰っちゃっても良いの? ハウエル夫人のためのお菓子なんじゃないの?」
そう言うネモに、ロベルが笑って違うぞ、と否定した。
「これは嬢ちゃんが個人的に作った奴だ。奥様の茶菓子は外て買ってる」
「あ、そうなんですか」
「そうなんです。だから、大丈夫ですよ」
それなら良いか、とあっくんに許可を出す。あっくんが嬉しそうに食べる姿にほっこりしていると、厨房の外から声を掛けられた。
「あの、すみません。ベンさんがどこに居るか知りませんか?」
声の主は、サミュエルだった。
アンナがパッと嬉しそうな顔をし、奥様の所ではないかと答えるが、サミュエルは居なかったのだと言う。
「そうなの? ロベルさんはベンさんがどこら辺に居るか知ってますか?」
「うーん、そうだな……。ああ、もしかすると北館じゃないか? あそこは格子がないから、何か飛んで来たら窓が割れるからな。確認に行ったのかもしれないぞ」
「ああ、そういえばあそこ、格子が無かったんでしたっけ……。ありがとうございます。そっちを探してみますね」
そう言って踵を返そうとしたところを、アンナが呼び止める。
「あっ、待って、サミュエル君! あの、これ、良かったらおやつに食べて!」
「え?」
そう言ってアンナがカップケーキを急いで布に包み、サミュエルに押し付ける。
「あの」
「いっぱい作ったから!」
淡く頬を染めてぐいぐい押し付けるその姿を見れば、アンナがサミュエルにどういう好意を抱いているかは一目瞭然であった。
ネモはそっとロベルに近づき、小声で尋ねる。
「あれはつまり、そういうことですか?」
「そういうことだな。ま、嬢ちゃんは十六歳で、サミュエルは十三歳。三歳差なら問題ないだろ」
サミュエルが少々幼く見えるせいで、ネモの脳裏にうっかり『ショタコン』なる単語がよぎるが、それもまあ年齢を重ねればいいだけの話だ。
ネモの視線の先ではついに押し切られたのか、サミュエルはカップケーキを受け取っていた。礼を言う彼に、アンナは嬉しそうに微笑みを返した。
「嬢ちゃん、そろそろ焼けるぞ」
「あっ、はーい!」
そう言ってアンナが向かった先は、オーブンの前だった。
鍋を近くの台の上に置き、ロベルを見る。
「そろそろ出しても大丈夫ですか?」
「ああ、大丈夫だ」
ロベルが頷き、アンナはミトンをしてオーブンの蓋を開ける。中を覗き込み、取り出した鉄板の上に並ぶのは、カップケーキだった。どうやら、厨房に漂う甘い匂いの正体は、それだったらしい。
「うまく焼けたじゃないか」
「えへへ」
嬉しそうにアンナは微笑み、カップケーキを布を敷いた籠の中へ移し替える。
さて、そうやって美味しそうな匂いをさせているものがあれば、黙っていられないのが食いしん坊あっくんである。
カップケーキを見て、瞳を輝かせてネモに、あれ、美味しそう! と小さな指で指し示す。
「あっくん、駄目よ。おやつなら部屋に戻ればちゃんとあるから」
「きゅあ~」
あっくんは残念そうにしつつも、聞き分けよく頷いた。しかし、焼き立ての甘い匂いには抗いがたいらしく、チラチラとカップケーキに視線を向けている。
それに気付いたアンナが、クスリと微笑する。
「あの、もしよろしければ、おひとついかがですか?」
「えっ、良いんですか?」
「はい。沢山ありますので」
そう言って差し出した籠の中には、プレーンとチョコチップ、そして紅茶の茶葉を細かく砕いたカップケーキが入っていた。
あっくんは身を乗り出し、匂いを嗅ぐが、紅茶のカップケーキは匂いが気に入らなかったらしく、「ぎゅっ」と嫌そうに鳴いた。
「あら、紅茶は苦手なのかしら?」
「あー、あっくんは鼻が良いから。好きじゃない匂いだったみたいね」
たいていの紅茶は大丈夫だが、稀にこれキラーイ、と拒否することがある。ハーブティーとなると、それは顕著だ。
そうやってはなしているうちに、プレーンが良い、とばかりに指をさし、アンナに「どうぞ」と渡された。
「これ、本当に貰っちゃっても良いの? ハウエル夫人のためのお菓子なんじゃないの?」
そう言うネモに、ロベルが笑って違うぞ、と否定した。
「これは嬢ちゃんが個人的に作った奴だ。奥様の茶菓子は外て買ってる」
「あ、そうなんですか」
「そうなんです。だから、大丈夫ですよ」
それなら良いか、とあっくんに許可を出す。あっくんが嬉しそうに食べる姿にほっこりしていると、厨房の外から声を掛けられた。
「あの、すみません。ベンさんがどこに居るか知りませんか?」
声の主は、サミュエルだった。
アンナがパッと嬉しそうな顔をし、奥様の所ではないかと答えるが、サミュエルは居なかったのだと言う。
「そうなの? ロベルさんはベンさんがどこら辺に居るか知ってますか?」
「うーん、そうだな……。ああ、もしかすると北館じゃないか? あそこは格子がないから、何か飛んで来たら窓が割れるからな。確認に行ったのかもしれないぞ」
「ああ、そういえばあそこ、格子が無かったんでしたっけ……。ありがとうございます。そっちを探してみますね」
そう言って踵を返そうとしたところを、アンナが呼び止める。
「あっ、待って、サミュエル君! あの、これ、良かったらおやつに食べて!」
「え?」
そう言ってアンナがカップケーキを急いで布に包み、サミュエルに押し付ける。
「あの」
「いっぱい作ったから!」
淡く頬を染めてぐいぐい押し付けるその姿を見れば、アンナがサミュエルにどういう好意を抱いているかは一目瞭然であった。
ネモはそっとロベルに近づき、小声で尋ねる。
「あれはつまり、そういうことですか?」
「そういうことだな。ま、嬢ちゃんは十六歳で、サミュエルは十三歳。三歳差なら問題ないだろ」
サミュエルが少々幼く見えるせいで、ネモの脳裏にうっかり『ショタコン』なる単語がよぎるが、それもまあ年齢を重ねればいいだけの話だ。
ネモの視線の先ではついに押し切られたのか、サミュエルはカップケーキを受け取っていた。礼を言う彼に、アンナは嬉しそうに微笑みを返した。
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