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悪夢編
第四話 洋館4
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そして、扉の向こうで、ガシャン、と食器が割れる音が聞こえて来た。そして続くのは、女性の甲高い声だ。
「だから、このスープは要らないと言っているでしょう! 二度と出さないでちょうだい!」
「ですが奥様、これには体に良いハーブが使ってありますので――」
「くどい! 私が出すなと言ったのです! 金輪際、このスープは作らないように!」
どうやら、この屋敷の奥様――ハウエル夫人が癇癪を起しているらしい。ネモはうわぁ、と言う顔をしたが、肩に乗るあっくんはスープと聞いて、気持ちは分かると頷いた。
サミュエルはネモを連れて来たはいいが、果たしてお客様をこの修羅場に入れて大丈夫かとオロオロしながら、ネモと扉を交互に見た。
まあ、困るよね、とネモはサミュエルの動揺を察する。
「あの、中が少し落ち着いてから入っても良いかしら?」
「あ、はい。それはもちろん大丈夫です」
ホッとした様子でサミュエルは頷いた。
「ねえ、奥様っていつもあんな感じ?」
「え……、えっと……」
困ったように口ごもるサミュエルに、ネモは余計なことを聞いちゃったな、と慌てる。
「あ、ごめんなんさい。余計なことを聞いたわ」
「いえ、あの、奥様はいつもあんな感じという訳では無いんです。普段は、とても静かに過ごされているんです」
サミュエルが言うには、屋敷の外には出ず、何事かない限りは自室でずっと過ごしているらしい。
「僕がたちが何か失敗したらとても怒られますけど、それって普通のことでしょう?」
「まあ、そうね」
どの程度怒るかは人それぞれだが、被雇用者が雇用者に損害を与えたのなら、怒られても仕方がないだろう。
しかし、ハウエル夫人はなかなかの迫力だ。扉越しながら、女性のヒステリックな怒鳴り声が聞こえる。
これはそこまで言われるコックが悪いのか、それともハウエル夫人が神経質すぎるのか……
「でも、確かにスープは不味かったのよね……」
「きゅい」
ネモの小さく呟いた正直な感想に、あっくんも頷く。
その呟きは内容まで聞き取れなかったのか、サミュエルが不思議そうな顔をしていたが、扉の向こうが静かになったため、入室を促す。
「そろそろ中に入っても大丈夫かしら?」
「あ、はい。大丈夫かと思います」
サミュエルは頷き、扉をノックする。
何用か、と尋ねられ、サミュエルがお客様をお連れしましたと告げれば、入室の許可が出た。
サミュエルが扉を開き、その後は扉のわきに控えて頭を下げる。
ハウエル夫人は丁度食事を終えたところのようで、テーブルには皿が乗っていた。
ハムエッグは半分ほど食べられ、サラダはドレッシングがかかっている所だけ意図的に残されているよう見えた。もしかるすと、ここのコックはスープだけでなく、ドレッシングも不味いのかもしれない。小皿に取り分けられたジャムが少しだけ残っており、パンだけは完食したことが分かる。
ネモは食堂の中へと入り、ハウエル夫人に微笑みを向ける。
「おはようございます、ハウエル夫人。おかげさまで体の疲れが取れました」
「そう。それは良かったわ。それで、今日出て行く予定だったと思うのだけど……」
「はい。疲れも取れましたし、これなら町まで行けると思います」
嵐の中をまた歩きたくないが、こればかりは仕方がない。覚悟を決めていたら、ハウエル夫人が意外なことを言いだした。
「その必要は無いわ。貴女、この嵐がおさまるまで屋敷に居なさい」
「えっ、良いんですか⁉」
目を丸くするネモに、ハウエル夫人がブツブツと不満そうに言う。
「仕方がないでしょう。この嵐の中放り出したとなれば、町の人間に何を言われるか……」
溜息をつくハウエル夫人に、ネモは満面の笑みを浮かべて言う。
「ありがとうございます、ハウエル夫人! とても助かります!」
ハウエル夫人のあからさまに保身に走っている愚痴を聞きながらも、ネモが心からそう言っているのだと分かる感謝の言葉を聞き、ハウエル夫人は目を丸くする。そして、ややあってから、呆れたような顔をした。
「嵐の間だけですからね。部屋で大人しくしててちょうだい」
「はい、ご迷惑にならないよう、大人しくしています」
そう言って、ネモはもう一度礼を言い、食堂から出て行った。
ネモは嵐の中を歩かなくてよくなり、足取り軽くあてがわれた部屋へ戻った。
あっくんと良かったね、と言いながら、朝食を食べようとマジックバックを漁っていると、ドアがノックされた。
ドアを開けてみれば、そこには昨晩のようにスープ盆にのせたアンナが居た。
「おはようございます。あの、またスープが残ったので、よろしければ……」
はにかみながらそっと差し出されたそれに、頬が引きつらないように気を付けながら、笑顔で礼を言い、それを受け取った。
「あ、もう知ってるかと思うけど、嵐が止むまでお世話になることになったから、それまでよろしくね」
「はい、よろしくお願いします!」
ネモの言葉に、アンナは弾けるような笑みを返した。
「だから、このスープは要らないと言っているでしょう! 二度と出さないでちょうだい!」
「ですが奥様、これには体に良いハーブが使ってありますので――」
「くどい! 私が出すなと言ったのです! 金輪際、このスープは作らないように!」
どうやら、この屋敷の奥様――ハウエル夫人が癇癪を起しているらしい。ネモはうわぁ、と言う顔をしたが、肩に乗るあっくんはスープと聞いて、気持ちは分かると頷いた。
サミュエルはネモを連れて来たはいいが、果たしてお客様をこの修羅場に入れて大丈夫かとオロオロしながら、ネモと扉を交互に見た。
まあ、困るよね、とネモはサミュエルの動揺を察する。
「あの、中が少し落ち着いてから入っても良いかしら?」
「あ、はい。それはもちろん大丈夫です」
ホッとした様子でサミュエルは頷いた。
「ねえ、奥様っていつもあんな感じ?」
「え……、えっと……」
困ったように口ごもるサミュエルに、ネモは余計なことを聞いちゃったな、と慌てる。
「あ、ごめんなんさい。余計なことを聞いたわ」
「いえ、あの、奥様はいつもあんな感じという訳では無いんです。普段は、とても静かに過ごされているんです」
サミュエルが言うには、屋敷の外には出ず、何事かない限りは自室でずっと過ごしているらしい。
「僕がたちが何か失敗したらとても怒られますけど、それって普通のことでしょう?」
「まあ、そうね」
どの程度怒るかは人それぞれだが、被雇用者が雇用者に損害を与えたのなら、怒られても仕方がないだろう。
しかし、ハウエル夫人はなかなかの迫力だ。扉越しながら、女性のヒステリックな怒鳴り声が聞こえる。
これはそこまで言われるコックが悪いのか、それともハウエル夫人が神経質すぎるのか……
「でも、確かにスープは不味かったのよね……」
「きゅい」
ネモの小さく呟いた正直な感想に、あっくんも頷く。
その呟きは内容まで聞き取れなかったのか、サミュエルが不思議そうな顔をしていたが、扉の向こうが静かになったため、入室を促す。
「そろそろ中に入っても大丈夫かしら?」
「あ、はい。大丈夫かと思います」
サミュエルは頷き、扉をノックする。
何用か、と尋ねられ、サミュエルがお客様をお連れしましたと告げれば、入室の許可が出た。
サミュエルが扉を開き、その後は扉のわきに控えて頭を下げる。
ハウエル夫人は丁度食事を終えたところのようで、テーブルには皿が乗っていた。
ハムエッグは半分ほど食べられ、サラダはドレッシングがかかっている所だけ意図的に残されているよう見えた。もしかるすと、ここのコックはスープだけでなく、ドレッシングも不味いのかもしれない。小皿に取り分けられたジャムが少しだけ残っており、パンだけは完食したことが分かる。
ネモは食堂の中へと入り、ハウエル夫人に微笑みを向ける。
「おはようございます、ハウエル夫人。おかげさまで体の疲れが取れました」
「そう。それは良かったわ。それで、今日出て行く予定だったと思うのだけど……」
「はい。疲れも取れましたし、これなら町まで行けると思います」
嵐の中をまた歩きたくないが、こればかりは仕方がない。覚悟を決めていたら、ハウエル夫人が意外なことを言いだした。
「その必要は無いわ。貴女、この嵐がおさまるまで屋敷に居なさい」
「えっ、良いんですか⁉」
目を丸くするネモに、ハウエル夫人がブツブツと不満そうに言う。
「仕方がないでしょう。この嵐の中放り出したとなれば、町の人間に何を言われるか……」
溜息をつくハウエル夫人に、ネモは満面の笑みを浮かべて言う。
「ありがとうございます、ハウエル夫人! とても助かります!」
ハウエル夫人のあからさまに保身に走っている愚痴を聞きながらも、ネモが心からそう言っているのだと分かる感謝の言葉を聞き、ハウエル夫人は目を丸くする。そして、ややあってから、呆れたような顔をした。
「嵐の間だけですからね。部屋で大人しくしててちょうだい」
「はい、ご迷惑にならないよう、大人しくしています」
そう言って、ネモはもう一度礼を言い、食堂から出て行った。
ネモは嵐の中を歩かなくてよくなり、足取り軽くあてがわれた部屋へ戻った。
あっくんと良かったね、と言いながら、朝食を食べようとマジックバックを漁っていると、ドアがノックされた。
ドアを開けてみれば、そこには昨晩のようにスープ盆にのせたアンナが居た。
「おはようございます。あの、またスープが残ったので、よろしければ……」
はにかみながらそっと差し出されたそれに、頬が引きつらないように気を付けながら、笑顔で礼を言い、それを受け取った。
「あ、もう知ってるかと思うけど、嵐が止むまでお世話になることになったから、それまでよろしくね」
「はい、よろしくお願いします!」
ネモの言葉に、アンナは弾けるような笑みを返した。
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