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悪夢編
第一話 洋館1
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轟々と音を立てて風が吹き、大粒の雨が体を打ち、熱を奪う。
町までもう少し、と我慢していたネモは、視界の端に映った古びた屋敷を見つけ、天の助けとばかりに飛び込んだ。
荒れた庭を抜け、玄関の前に立つ。
「すみませーん! どなたかいらっしゃいませんか?」
ドアノッカーを打ち、そう叫ぶが、返事はない。嵐の音に負けて聞こえないのだろう。ネモは扉を開け、中に入った。
屋敷の中は静まり返り、火が灯されておらず薄暗い。
ネモはレインコートのフードを脱ぎ、玄関ホールを見渡す。
あまり物を置いていないが、それでもチラホラ見える調度品などに布などの埃避けが掛けられておらず、最低限でも掃除が成されていることがわかり、人が住んでいないわけでは無いのだろう。
「ごめんくださーい!」
ネモは改めて呼びかける。そして、不意に背後に気配を感じ、振り向くと――
「はい。どちら様でしょうか?」
「ぎょえぇぇぇぇぇ!?」
やつれ、げっそりした顔の五十代くらいの執事服を着た男が居た。
驚き、思わず悲鳴を上げるネモに、男は特に表情を変える事無く、シレッとした顔で言う。
「驚かせてしまったようで、申し訳ありません」
「い、いえ……」
淡々と言われ、ネモは顔を引きつらせる。
「私、この屋敷で執事を勤めております、ベン・モートンと申します。それで、なにか御用でしょうか?」
「あっ、はい。私はネモフィラ・ペンタスと言いまして、ただの旅人です。その、実はお願いがありまして……」
ネモは嵐で難儀していること。陽が落ちる前に町に着けるか五分五分なこと。そのため、できれば一晩泊めてもらえないかと頼んだ。
「ふむ、そうですか。主人に確認してまいりますので、少々お待ちください」
ベンはそう言って、屋敷の奥へと消えた。
ネモはレインコートを脱ぎ、あっくんは床に降りて体を震わせて水気を飛ばす。
「はー……。泊めてもらえればいいけど……」
「きゅいっ」
ネモの呟きに、あっくんも同意するように頷く。
ここに来るまで、なかなか大変だった。できればもう嵐の中を移動したくない。
疲れ果て、大きな溜息をついた時だった。
パタパタパタ、と軽い足音が聞こえた。そちらを見てみれば、タオルを持った赤毛の少女がこちらへ駆け寄ってくるのが見えた。
「あっ、あの、執事のベンさんに聞いて……。タオルをお持ちしましたので、よろしければ、これで拭いてください」
「わぁ、ありがとうございます」
「きゅいっ」
ネモは嬉しそうに微笑んで、タオルを受け取った。ネモがそれで顔を拭くと、あっくんが、僕も拭いて、とばかりにネモの足をつつく。それに思わず笑みをこぼし、ネモはあっくんをタオルで包んでくすぐるように拭いた。
「きゅきゅっ、きゅきゃいっ」
「ふふふ、あっくん、しっかり拭きましょうね!」
ネモの手から逃れようとあっくんは身をひねりながら、笑い声らしき弾んだ鳴き声を上げた。
その様子を見て、赤毛の少女はもう一枚タオルを持って来ますね、と微笑ましげに言ってその場を離れようとした――その時だった。
「何をしているのです」
女性の厳しい声がした。
「あっ、奥様……」
「お前は、私の指示もなく勝手なことをして……」
眉間に皺をよせ、きつい眼差しで少女を見るのは、六十代くらいの白髪の老婦人だった。
彼女は杖をつき、ゆっくりとこちらに近付いて来る。その後ろには、ベンの姿があった。
「貴女が宿を求めた旅人ですね。私はケイト・ハウエル。この屋敷の主人です」
「あ、はい。私は旅人で、冒険者もしているネモフィラ・ペンタスといいます。その、厚かましいお願いですが、一晩泊めていただけないかと……。もし難しいようでしたら、どこか屋根のある所を貸していただけないでしょうか?」
ネモの言葉に、ハウエル夫人はフン、と鼻を鳴らし、言う。
「こんな嵐で断れば、私はとんだ冷血女だと言われるでしょう。いいでしょう、泊めて差し上げます。ただし、ご覧の通り我が家は資金難。旅人なら保存食くらいお持ちでしょう? 貴女に出せる食事は無いと思ってくださいね」
「奥様!」
お前に食わせる飯は無い、と言われ、赤毛の少女が思わずといった風情で非難の声を上げるが、ネモはハウエル夫人ににっこり微笑んだ。
「はい、それで大丈夫です。泊めていただけるだけで、ありがたいです。感謝いたします」
そう告げると、ハウエル夫人は「よろしい」と頷き、ベンを振り返って客室へ案内するように申し付ける。
「それでは、ご案内いたします」
「ありがとうございます」
礼を言い、赤毛の少女を振り返る。
「タオル、ありがとうございました。とても助かりました」
「きゅいっ」
「いえ、そんな……」
申し訳なさそうな顔をする少女にタオルを返し、礼を言う。
少女はタオルを受け取ると、一礼して去って行った。
その背を見送り、ネモ達はベンの後を追った。
町までもう少し、と我慢していたネモは、視界の端に映った古びた屋敷を見つけ、天の助けとばかりに飛び込んだ。
荒れた庭を抜け、玄関の前に立つ。
「すみませーん! どなたかいらっしゃいませんか?」
ドアノッカーを打ち、そう叫ぶが、返事はない。嵐の音に負けて聞こえないのだろう。ネモは扉を開け、中に入った。
屋敷の中は静まり返り、火が灯されておらず薄暗い。
ネモはレインコートのフードを脱ぎ、玄関ホールを見渡す。
あまり物を置いていないが、それでもチラホラ見える調度品などに布などの埃避けが掛けられておらず、最低限でも掃除が成されていることがわかり、人が住んでいないわけでは無いのだろう。
「ごめんくださーい!」
ネモは改めて呼びかける。そして、不意に背後に気配を感じ、振り向くと――
「はい。どちら様でしょうか?」
「ぎょえぇぇぇぇぇ!?」
やつれ、げっそりした顔の五十代くらいの執事服を着た男が居た。
驚き、思わず悲鳴を上げるネモに、男は特に表情を変える事無く、シレッとした顔で言う。
「驚かせてしまったようで、申し訳ありません」
「い、いえ……」
淡々と言われ、ネモは顔を引きつらせる。
「私、この屋敷で執事を勤めております、ベン・モートンと申します。それで、なにか御用でしょうか?」
「あっ、はい。私はネモフィラ・ペンタスと言いまして、ただの旅人です。その、実はお願いがありまして……」
ネモは嵐で難儀していること。陽が落ちる前に町に着けるか五分五分なこと。そのため、できれば一晩泊めてもらえないかと頼んだ。
「ふむ、そうですか。主人に確認してまいりますので、少々お待ちください」
ベンはそう言って、屋敷の奥へと消えた。
ネモはレインコートを脱ぎ、あっくんは床に降りて体を震わせて水気を飛ばす。
「はー……。泊めてもらえればいいけど……」
「きゅいっ」
ネモの呟きに、あっくんも同意するように頷く。
ここに来るまで、なかなか大変だった。できればもう嵐の中を移動したくない。
疲れ果て、大きな溜息をついた時だった。
パタパタパタ、と軽い足音が聞こえた。そちらを見てみれば、タオルを持った赤毛の少女がこちらへ駆け寄ってくるのが見えた。
「あっ、あの、執事のベンさんに聞いて……。タオルをお持ちしましたので、よろしければ、これで拭いてください」
「わぁ、ありがとうございます」
「きゅいっ」
ネモは嬉しそうに微笑んで、タオルを受け取った。ネモがそれで顔を拭くと、あっくんが、僕も拭いて、とばかりにネモの足をつつく。それに思わず笑みをこぼし、ネモはあっくんをタオルで包んでくすぐるように拭いた。
「きゅきゅっ、きゅきゃいっ」
「ふふふ、あっくん、しっかり拭きましょうね!」
ネモの手から逃れようとあっくんは身をひねりながら、笑い声らしき弾んだ鳴き声を上げた。
その様子を見て、赤毛の少女はもう一枚タオルを持って来ますね、と微笑ましげに言ってその場を離れようとした――その時だった。
「何をしているのです」
女性の厳しい声がした。
「あっ、奥様……」
「お前は、私の指示もなく勝手なことをして……」
眉間に皺をよせ、きつい眼差しで少女を見るのは、六十代くらいの白髪の老婦人だった。
彼女は杖をつき、ゆっくりとこちらに近付いて来る。その後ろには、ベンの姿があった。
「貴女が宿を求めた旅人ですね。私はケイト・ハウエル。この屋敷の主人です」
「あ、はい。私は旅人で、冒険者もしているネモフィラ・ペンタスといいます。その、厚かましいお願いですが、一晩泊めていただけないかと……。もし難しいようでしたら、どこか屋根のある所を貸していただけないでしょうか?」
ネモの言葉に、ハウエル夫人はフン、と鼻を鳴らし、言う。
「こんな嵐で断れば、私はとんだ冷血女だと言われるでしょう。いいでしょう、泊めて差し上げます。ただし、ご覧の通り我が家は資金難。旅人なら保存食くらいお持ちでしょう? 貴女に出せる食事は無いと思ってくださいね」
「奥様!」
お前に食わせる飯は無い、と言われ、赤毛の少女が思わずといった風情で非難の声を上げるが、ネモはハウエル夫人ににっこり微笑んだ。
「はい、それで大丈夫です。泊めていただけるだけで、ありがたいです。感謝いたします」
そう告げると、ハウエル夫人は「よろしい」と頷き、ベンを振り返って客室へ案内するように申し付ける。
「それでは、ご案内いたします」
「ありがとうございます」
礼を言い、赤毛の少女を振り返る。
「タオル、ありがとうございました。とても助かりました」
「きゅいっ」
「いえ、そんな……」
申し訳なさそうな顔をする少女にタオルを返し、礼を言う。
少女はタオルを受け取ると、一礼して去って行った。
その背を見送り、ネモ達はベンの後を追った。
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