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野良錬金術師
第二十二話 悲願1
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現れたハーフエルフの女性――リリィを前にネモは動揺する。そんなネモをよそに、老人が喜色の滲む声を上げる。
「ああ、リリィ! すまない、ザクロが不甲斐ないばかりに」
「こればかりは相性の問題だよ」
リリィに視線で手伝えと促す悪魔に、彼女は小さく頷いた。
「《闇の精霊よ、闇に深く沈み、溶けろ》」
魔力を籠めた言葉が紡がれる。闇の精霊が姿を現し、闇人形に溶けるようにして沈む。
「さあ、行け」
闇人形が再びネモ達に襲い掛かる。
アルスは拳を振るうが、闇人形達は先程よりもダメージを受けていない。
「これは、どういうことだ」
「精霊の力で単純な悪魔の能力じゃなくなったんだわ」
アルスの疑問に、ネモが苦々しい顔で答える。
「精霊が悪魔に手を貸すのか?」
「精霊が、じゃなくて、精霊使いが、の方が正しいわ。精霊には善悪は無く、あるのは好きか嫌いかだけ。だから精霊に好かれた精霊使いが望めば、悪魔にだって力を貸すのよ」
精霊は世界に寄り添った存在だ。それ故に人間の都合が反映された善悪など関係ない。
「ネモは精霊に干渉できないのか? 精霊を宿す樹木を誕生させたじゃないか」
「無理よ。私は試験管から精霊を誕生させることに成功しただけで、精霊使いじゃないの。己の誕生に大きく寄与した存在への僅かな好意から、私はその精霊に一度だけ願いを聞いてもらえるだけなのよ」
つまり、地道に斃すしか道は無いということだ。
人数的にも形勢不利。あっくんを召喚したいところだが、獲物を追いかけて行った彼は果たして召喚に応じてくれるだろうか。
アルスのお陰で多少活路は見いだせたが、それでも厳しい状況だ。
緊張に強張る二人の顔を見て、勝利を確信したのか、老人がリリィを強引に引き寄せる。
「リリィ、もう少しだ。もう少しで私達の悲願が達成される!」
その言葉を聞き、「悲願?」と疑問の声を零したネモに、老人は悦に浸ったかのような目でネモを見る。
「ああ、そうだ。悲願だ! 全ては私とリリィが同じ時間を生きるため! 愛のためだ!」
老人は陶然とした面持ちで語る。
「月の光をすいたような金の髪に、エメラルドの瞳」
皺のある老人の手が三つ編みをほどいて髪をすき、目元をなぞる。
「桃色の唇。いつまでも若々しく、張りのある肌。完璧なプロポーション」
唇に触れ、曲線を確認するかの如く細い腰を撫でる。
「美しい彼女こそ優秀な私に相応しい。しかし、愛し合うには時間が足りない。私が短い間しか生きられぬ種族なばかりに……。優秀な私にはもっと時間が多い種族こそが相応しい。私が失われるなど世界の損失だ!」
老人のその言葉を聞き、ネモは嫌悪感に顔を顰める。
この老人のどこに惚れる要素などあるのだろうか? 聞けば聞くほど自信過剰なハラスメント男の片鱗が垣間見える。
そんなネモの反応など欠片も気にせず、老人の声が興奮した様に上ずる。
「だが、ある日偶然エルフの若い男の死体を手に入れた。それを復活させて、私の魂をそれに移せば彼女と同じ時間を生きられる!」
全ては愛するリリィとの未来の為だとのたまう老人に、ふと、アルスが何かに気付いたように老人の顔を凝視する。
「お前……、クレメオ・ベニーか? 確か、大神殿の錬金局室長の」
どうやら当たっていたらしく、老人――クレメオはフン、と鼻を鳴らし「第七王子でも私のことは知っていたか」と呟いた。
「なるほど。そうなると、禁書を持ち出したのもお前だな。人体に関するものだと聞いていたが……」
チラ、と水槽に浮かぶエルフを前にすれば、どういう内容のものだったのか推測は簡単だ。
二人の会話を聞きながら、ネモは気付く。リリィがあの日言っていた迷惑な男とは、このクレメオのことではないだろうか。リリィが大神殿からの移動を決意するほどだ。耐えられない程の執着を感じていた筈である。そして、このクレメオの執着からは、生理的な嫌悪感が感じられた。
クレメオが目的の達成を前に、興奮から顔を紅潮させるのに対し、リリィは視線を地に落として俯いている。リリィが何を考えているのか分からない。
ただ、良くない予感はしていた。
クレメオはリリィに向き直り、粘つく甘い声で言う。
「リリィ、少し待っていてくれ。あと一人ぶんで我々の悲願は成就される」
「……一人ぶん?」
リリィは顔を上げ、問い返す。
「ああ、そうだ。もう少しだ! あの王子を使えば、それで達成だ!」
「そうなの……、あと、一人ぶん……」
その声は、対極の温度を持っていた。
片方は熱く、片方は霜が降りる程に冷たい。
だからこそ、その時起きたことは、当然の結末だったのだろう。
「じゃあ……、貴方でことは足りるのね」
リリィの呟きは小さいものだった。けれど、至近距離に居たクレメオには聞こえていた。
しかし、それが何を意味するかは直ぐには理解できなかった。
小さくきらめく銀の刃。それは、リリィと対面する老人の胸に吸い込まれ――
「なっ……⁉」
クレメオは己の胸から生えるナイフを信じられないとばかりに目を見開いて見つめ、ゴプリ、と血を吐いて倒れた。
それを、リリィが冷たい目で見下ろす。
「ザクロ」
「ああ。何かな、お嬢さん」
ゆらり、と寄って来た悪魔に、リリィは言う。
「材料がそろったわ。やってちょうだい」
「おやまぁ」
悪魔は目を細めて自分の契約主である『ご主人様』を見つめるが、ゼイゼイ苦し気に息を吐く彼を救おうとせず、リリィの言葉に従い手をかざす。
そんななか、クレメオは自分の身に起きていることが信じられないのか、どこか愕然とした面持ちでリリィの事を見ている。
悪魔のゾッとするような魔力がクレメオを包んだ。
「ああ、リリィ! すまない、ザクロが不甲斐ないばかりに」
「こればかりは相性の問題だよ」
リリィに視線で手伝えと促す悪魔に、彼女は小さく頷いた。
「《闇の精霊よ、闇に深く沈み、溶けろ》」
魔力を籠めた言葉が紡がれる。闇の精霊が姿を現し、闇人形に溶けるようにして沈む。
「さあ、行け」
闇人形が再びネモ達に襲い掛かる。
アルスは拳を振るうが、闇人形達は先程よりもダメージを受けていない。
「これは、どういうことだ」
「精霊の力で単純な悪魔の能力じゃなくなったんだわ」
アルスの疑問に、ネモが苦々しい顔で答える。
「精霊が悪魔に手を貸すのか?」
「精霊が、じゃなくて、精霊使いが、の方が正しいわ。精霊には善悪は無く、あるのは好きか嫌いかだけ。だから精霊に好かれた精霊使いが望めば、悪魔にだって力を貸すのよ」
精霊は世界に寄り添った存在だ。それ故に人間の都合が反映された善悪など関係ない。
「ネモは精霊に干渉できないのか? 精霊を宿す樹木を誕生させたじゃないか」
「無理よ。私は試験管から精霊を誕生させることに成功しただけで、精霊使いじゃないの。己の誕生に大きく寄与した存在への僅かな好意から、私はその精霊に一度だけ願いを聞いてもらえるだけなのよ」
つまり、地道に斃すしか道は無いということだ。
人数的にも形勢不利。あっくんを召喚したいところだが、獲物を追いかけて行った彼は果たして召喚に応じてくれるだろうか。
アルスのお陰で多少活路は見いだせたが、それでも厳しい状況だ。
緊張に強張る二人の顔を見て、勝利を確信したのか、老人がリリィを強引に引き寄せる。
「リリィ、もう少しだ。もう少しで私達の悲願が達成される!」
その言葉を聞き、「悲願?」と疑問の声を零したネモに、老人は悦に浸ったかのような目でネモを見る。
「ああ、そうだ。悲願だ! 全ては私とリリィが同じ時間を生きるため! 愛のためだ!」
老人は陶然とした面持ちで語る。
「月の光をすいたような金の髪に、エメラルドの瞳」
皺のある老人の手が三つ編みをほどいて髪をすき、目元をなぞる。
「桃色の唇。いつまでも若々しく、張りのある肌。完璧なプロポーション」
唇に触れ、曲線を確認するかの如く細い腰を撫でる。
「美しい彼女こそ優秀な私に相応しい。しかし、愛し合うには時間が足りない。私が短い間しか生きられぬ種族なばかりに……。優秀な私にはもっと時間が多い種族こそが相応しい。私が失われるなど世界の損失だ!」
老人のその言葉を聞き、ネモは嫌悪感に顔を顰める。
この老人のどこに惚れる要素などあるのだろうか? 聞けば聞くほど自信過剰なハラスメント男の片鱗が垣間見える。
そんなネモの反応など欠片も気にせず、老人の声が興奮した様に上ずる。
「だが、ある日偶然エルフの若い男の死体を手に入れた。それを復活させて、私の魂をそれに移せば彼女と同じ時間を生きられる!」
全ては愛するリリィとの未来の為だとのたまう老人に、ふと、アルスが何かに気付いたように老人の顔を凝視する。
「お前……、クレメオ・ベニーか? 確か、大神殿の錬金局室長の」
どうやら当たっていたらしく、老人――クレメオはフン、と鼻を鳴らし「第七王子でも私のことは知っていたか」と呟いた。
「なるほど。そうなると、禁書を持ち出したのもお前だな。人体に関するものだと聞いていたが……」
チラ、と水槽に浮かぶエルフを前にすれば、どういう内容のものだったのか推測は簡単だ。
二人の会話を聞きながら、ネモは気付く。リリィがあの日言っていた迷惑な男とは、このクレメオのことではないだろうか。リリィが大神殿からの移動を決意するほどだ。耐えられない程の執着を感じていた筈である。そして、このクレメオの執着からは、生理的な嫌悪感が感じられた。
クレメオが目的の達成を前に、興奮から顔を紅潮させるのに対し、リリィは視線を地に落として俯いている。リリィが何を考えているのか分からない。
ただ、良くない予感はしていた。
クレメオはリリィに向き直り、粘つく甘い声で言う。
「リリィ、少し待っていてくれ。あと一人ぶんで我々の悲願は成就される」
「……一人ぶん?」
リリィは顔を上げ、問い返す。
「ああ、そうだ。もう少しだ! あの王子を使えば、それで達成だ!」
「そうなの……、あと、一人ぶん……」
その声は、対極の温度を持っていた。
片方は熱く、片方は霜が降りる程に冷たい。
だからこそ、その時起きたことは、当然の結末だったのだろう。
「じゃあ……、貴方でことは足りるのね」
リリィの呟きは小さいものだった。けれど、至近距離に居たクレメオには聞こえていた。
しかし、それが何を意味するかは直ぐには理解できなかった。
小さくきらめく銀の刃。それは、リリィと対面する老人の胸に吸い込まれ――
「なっ……⁉」
クレメオは己の胸から生えるナイフを信じられないとばかりに目を見開いて見つめ、ゴプリ、と血を吐いて倒れた。
それを、リリィが冷たい目で見下ろす。
「ザクロ」
「ああ。何かな、お嬢さん」
ゆらり、と寄って来た悪魔に、リリィは言う。
「材料がそろったわ。やってちょうだい」
「おやまぁ」
悪魔は目を細めて自分の契約主である『ご主人様』を見つめるが、ゼイゼイ苦し気に息を吐く彼を救おうとせず、リリィの言葉に従い手をかざす。
そんななか、クレメオは自分の身に起きていることが信じられないのか、どこか愕然とした面持ちでリリィの事を見ている。
悪魔のゾッとするような魔力がクレメオを包んだ。
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