野良錬金術師ネモの異世界転生放浪録(旧題:野良錬金術師は頭のネジを投げ捨てた!)

悠十

文字の大きさ
上 下
23 / 57
野良錬金術師

第二十二話 悲願1

しおりを挟む
 現れたハーフエルフの女性――リリィを前にネモは動揺する。そんなネモをよそに、老人が喜色の滲む声を上げる。

「ああ、リリィ! すまない、ザクロが不甲斐ないばかりに」
「こればかりは相性の問題だよ」

 リリィに視線で手伝えと促す悪魔に、彼女は小さく頷いた。

「《闇の精霊よ、闇に深く沈み、溶けろ》」

 魔力を籠めた言葉が紡がれる。闇の精霊が姿を現し、闇人形に溶けるようにして沈む。

「さあ、行け」

 闇人形が再びネモ達に襲い掛かる。
 アルスは拳を振るうが、闇人形達は先程よりもダメージを受けていない。

「これは、どういうことだ」
「精霊の力で単純な悪魔の能力じゃなくなったんだわ」

 アルスの疑問に、ネモが苦々しい顔で答える。

「精霊が悪魔に手を貸すのか?」
「精霊が、じゃなくて、精霊使いが、の方が正しいわ。精霊には善悪は無く、あるのは好きか嫌いかだけ。だから精霊に好かれた精霊使いが望めば、悪魔にだって力を貸すのよ」

 精霊は世界に寄り添った存在だ。それ故に人間の都合が反映された善悪など関係ない。

「ネモは精霊に干渉できないのか? 精霊を宿す樹木を誕生させたじゃないか」
「無理よ。私は試験管から精霊を誕生させることに成功しただけで、精霊使いじゃないの。己の誕生に大きく寄与した存在への僅かな好意から、私はその精霊に一度だけ願いを聞いてもらえるだけなのよ」

 つまり、地道に斃すしか道は無いということだ。
 人数的にも形勢不利。あっくんを召喚したいところだが、獲物を追いかけて行った彼は果たして召喚に応じてくれるだろうか。
 アルスのお陰で多少活路は見いだせたが、それでも厳しい状況だ。
 緊張に強張る二人の顔を見て、勝利を確信したのか、老人がリリィを強引に引き寄せる。

「リリィ、もう少しだ。もう少しで私達の悲願が達成される!」

 その言葉を聞き、「悲願?」と疑問の声を零したネモに、老人は悦に浸ったかのような目でネモを見る。

「ああ、そうだ。悲願だ! 全ては私とリリィが同じ時間を生きるため! 愛のためだ!」

 老人は陶然とした面持ちで語る。

「月の光をすいたような金の髪に、エメラルドの瞳」

 皺のある老人の手が三つ編みをほどいて髪をすき、目元をなぞる。

「桃色の唇。いつまでも若々しく、張りのある肌。完璧なプロポーション」

 唇に触れ、曲線を確認するかの如く細い腰を撫でる。

「美しい彼女こそ優秀な私に相応しい。しかし、愛し合うには時間が足りない。私が短い間しか生きられぬ種族なばかりに……。優秀な私にはもっと時間が多い種族こそが相応しい。私が失われるなど世界の損失だ!」

 老人のその言葉を聞き、ネモは嫌悪感に顔を顰める。
 この老人のどこに惚れる要素などあるのだろうか? 聞けば聞くほど自信過剰なハラスメント男の片鱗が垣間見える。
 そんなネモの反応など欠片も気にせず、老人の声が興奮した様に上ずる。

「だが、ある日偶然エルフの若い男の死体を手に入れた。それを復活させて、私の魂をそれに移せば彼女と同じ時間を生きられる!」

 全ては愛するリリィとの未来の為だとのたまう老人に、ふと、アルスが何かに気付いたように老人の顔を凝視する。

「お前……、クレメオ・ベニーか? 確か、大神殿の錬金局室長の」

 どうやら当たっていたらしく、老人――クレメオはフン、と鼻を鳴らし「第七王子でも私のことは知っていたか」と呟いた。

「なるほど。そうなると、禁書を持ち出したのもお前だな。人体に関するものだと聞いていたが……」

 チラ、と水槽に浮かぶエルフを前にすれば、どういう内容のものだったのか推測は簡単だ。
 二人の会話を聞きながら、ネモは気付く。リリィがあの日言っていた迷惑な男とは、このクレメオのことではないだろうか。リリィが大神殿からの移動を決意するほどだ。耐えられない程の執着を感じていた筈である。そして、このクレメオの執着からは、生理的な嫌悪感が感じられた。
 クレメオが目的の達成を前に、興奮から顔を紅潮させるのに対し、リリィは視線を地に落として俯いている。リリィが何を考えているのか分からない。
 ただ、良くない予感はしていた。
 クレメオはリリィに向き直り、粘つく甘い声で言う。

「リリィ、少し待っていてくれ。あと一人ぶんで我々の悲願は成就される」
「……一人ぶん?」

 リリィは顔を上げ、問い返す。

「ああ、そうだ。もう少しだ! あの王子を使えば、それで達成だ!」
「そうなの……、あと、一人ぶん……」

 その声は、対極の温度を持っていた。
 片方は熱く、片方は霜が降りる程に冷たい。
 だからこそ、その時起きたことは、当然の結末だったのだろう。

「じゃあ……、貴方でことは足りるのね」

 リリィの呟きは小さいものだった。けれど、至近距離に居たクレメオには聞こえていた。
 しかし、それが何を意味するかは直ぐには理解できなかった。
 小さくきらめく銀の刃。それは、リリィと対面する老人の胸に吸い込まれ――

「なっ……⁉」

 クレメオは己の胸から生えるナイフを信じられないとばかりに目を見開いて見つめ、ゴプリ、と血を吐いて倒れた。
 それを、リリィが冷たい目で見下ろす。

「ザクロ」
「ああ。何かな、お嬢さん」

 ゆらり、と寄って来た悪魔に、リリィは言う。

「材料がそろったわ。やってちょうだい」
「おやまぁ」
 
 悪魔は目を細めて自分の契約主である『ご主人様』を見つめるが、ゼイゼイ苦し気に息を吐く彼を救おうとせず、リリィの言葉に従い手をかざす。
 そんななか、クレメオは自分の身に起きていることが信じられないのか、どこか愕然とした面持ちでリリィの事を見ている。
 悪魔のゾッとするような魔力がクレメオを包んだ。
しおりを挟む
感想 18

あなたにおすすめの小説

聖女の娘に転生したのに、色々とハードな人生です。

みちこ
ファンタジー
乙女ゲームのヒロインの娘に転生した主人公、ヒロインの娘なら幸せな暮らしが待ってると思ったけど、実際は親から放置されて孤独な生活が待っていた。

ナイナイづくしで始まった、傷物令嬢の異世界生活

天三津空らげ
ファンタジー
日本の田舎で平凡な会社員だった松田理奈は、不慮の事故で亡くなり10歳のマグダリーナに異世界転生した。転生先の子爵家は、どん底の貧乏。父は転生前の自分と同じ歳なのに仕事しない。二十五歳の青年におまるのお世話をされる最悪の日々。転生チートもないマグダリーナが、美しい魔法使いの少女に出会った時、失われた女神と幻の種族にふりまわされつつQOLが爆上がりすることになる――

1人生活なので自由な生き方を謳歌する

さっちさん
ファンタジー
大商会の娘。 出来損ないと家族から追い出された。 唯一の救いは祖父母が家族に内緒で譲ってくれた小さな町のお店だけ。 これからはひとりで生きていかなくては。 そんな少女も実は、、、 1人の方が気楽に出来るしラッキー これ幸いと実家と絶縁。1人生活を満喫する。

【完結】悪役令嬢に転生したけど、王太子妃にならない方が幸せじゃない?

みちこ
ファンタジー
12歳の時に前世の記憶を思い出し、自分が悪役令嬢なのに気が付いた主人公。 ずっと王太子に片思いしていて、将来は王太子妃になることしか頭になかった主人公だけど、前世の記憶を思い出したことで、王太子の何が良かったのか疑問に思うようになる 色々としがらみがある王太子妃になるより、このまま公爵家の娘として暮らす方が幸せだと気が付く

悪役令嬢は始祖竜の母となる

葉柚
ファンタジー
にゃんこ大好きな私はいつの間にか乙女ゲームの世界に転生していたようです。 しかも、なんと悪役令嬢として転生してしまったようです。 どうせ転生するのであればモブがよかったです。 この乙女ゲームでは精霊の卵を育てる必要があるんですが・・・。 精霊の卵が孵ったら悪役令嬢役の私は死んでしまうではないですか。 だって、悪役令嬢が育てた卵からは邪竜が孵るんですよ・・・? あれ? そう言えば邪竜が孵ったら、世界の人口が1/3まで減るんでした。 邪竜が生まれてこないようにするにはどうしたらいいんでしょう!?

前世の幸福ポイントを使用してチート冒険者やってます。

サツキ コウ
ファンタジー
俗に言う異世界転生物。 人生の幸福ポイントを人一倍残した状態で不慮の死を遂げた主人公が、 前世のポイントを使ってチート化! 新たな人生では柵に囚われない為に一流の冒険者を目指す。

【完結】子爵令嬢の秘密

りまり
恋愛
私は記憶があるまま転生しました。 転生先は子爵令嬢です。 魔力もそこそこありますので記憶をもとに頑張りたいです。

若奥様は緑の手 ~ お世話した花壇が聖域化してました。嫁入り先でめいっぱい役立てます!

古森真朝
恋愛
意地悪な遠縁のおばの邸で暮らすユーフェミアは、ある日いきなり『明後日に輿入れが決まったから荷物をまとめろ』と言い渡される。いろいろ思うところはありつつ、これは邸から出て自立するチャンス!と大急ぎで支度して出立することに。嫁入り道具兼手土産として、唯一の財産でもある裏庭の花壇(四畳サイズ)を『持参』したのだが――実はこのプチ庭園、長年手塩にかけた彼女の魔力によって、神域霊域レベルのレア植物生息地となっていた。 そうとは知らないまま、輿入れ初日にボロボロになって帰ってきた結婚相手・クライヴを救ったのを皮切りに、彼の実家エヴァンス邸、勤め先である王城、さらにお世話になっている賢者様が司る大神殿と、次々に起こる事件を『あ、それならありますよ!』とプチ庭園でしれっと解決していくユーフェミア。果たして嫁ぎ先で平穏を手に入れられるのか。そして根っから世話好きで、何くれとなく構ってくれるクライヴVS自立したい甘えベタの若奥様の勝負の行方は? *カクヨム様で先行掲載しております

処理中です...