野良錬金術師ネモの異世界転生放浪録(旧題:野良錬金術師は頭のネジを投げ捨てた!)

悠十

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野良錬金術師

第二十話 アースドラゴン3

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 腹を押さえて咽るアルスを無視し、ネモは改めてアースドラゴンを見る。
 アースドラゴンは既にネモ達を見ておらず、己の脅威となるあっくんだけを見ていた。
 
『こんな小物に、俺が負ける筈かない!』

 メッキが剥がれるように、尊大な物言いから若者を彷彿とさせる口調になっている。
そんなアースドラゴンを、あっくんはちっとも気にせず、美味しそう、と目を爛々と輝かせている。ある意味怖い光景なのだが、アースドラゴンは興奮しているせいか、気付いた様子は無い。
 アースドラゴンは再び大きく口を開けた。魔力が集まり、手数を増やすために小さく絞ったドラゴンブレスを何発も打ち出す。それを、あっくんは簡単にひょいひょい避けて行き、合間に額の宝珠からアースドラゴンの顔めがけて魔力弾を打ち出す。
 その攻防は、さながらボクシングの試合のようだった。
 アースドラゴンは力に振り回されるように大ぶりで拳を繰り出すのだが、あっくんはそれを全て躱し、ジャブでこまめに顔面にヒットさせていくのだ。その実力の差は歴然としており、この攻防の行く末は分かり切っている。

『俺の方が――ぐべっ!?』
「きゅきゅっ」
『何故当たら――ぽぐっ!?』
「きゅっきゅーい」

 軽快に魔力弾で殴られ続けた。そして、とうとうアースドラゴンは途中から泣きが入った。

『今日はもうこの辺で――ぐぴゃっ!?』
「きゅーい」
『あの、すいません許し――ぶげらっ!?』
「きゅきゃっ」

退散を示唆し、最後には許しを請うようになっていた。
 しかし、残念ながらあっくんはアースドラゴンを食料と見ているので見逃してもらえる可能性はとても低い。
 命乞いをし始めたことから、アルスが何か言いたげにネモを見るが、ネモは無理です、とばかりに首を横に振った。

「あっくんの狩りを邪魔するなんて、そんな恐ろしいことは出来ないわ。私は一応あっくんの契約主だけど、ご主人様ではないの。美味しいものが好きな気の合うお友達として、一緒に協力しながら世界中を旅しているだけ。あっくんは賢いけど、ほぼ野生動物なのよ。そんなあっくんの狩りに物申すなんて、とてもとても……」

 そんな怖いこと出来ないわぁ、と言えば、アルスは疑わしそうな顔をした。ネモはアルスと視線を合わせず、実にわざとらしい爽やかな笑顔を浮かべていた。
 そうこうしているうちに、アースドラゴンはこのままでは死ぬと確信したらしい。その爬虫類顔を精いっぱい歪めて、叫んだ。

『こんなこと、やってられるかぁぁぁぁ‼』
「きゅきゃっ!?」

千年竜のプライドをかなぐり捨てて、這う這うの体で逃げ出した。
 そんな捨て台詞を残しての逃走に、ネモ達はキョトンと目を丸くし、あっくんは獲物が逃げたことに慌てる。

「きゅっきゅーい!」
「あっ、あっくん⁉」
 
 あっくんは獲物を逃がしてなるものかとネモ達を置いて、アースドラゴンの後を追いかけて行ってしまった。

「えっと、これは……、どうするんだ?」

 後を追いかけるのかと尋ねるアスルに、ネモは少しだけ悩み、頭を横に振った。

「いえ、先に脱出しましょう。あっくんならそう滅多なことにはならないし、いざとなれば召喚すれば良いのよ」
「ああ、そうだった。そういえば、あっくんは契約召喚獣だったな」

 あっくんはネモと契約を結んでいる召喚獣だ。故に、召喚魔法を使えば呼び寄せられるのだ。

「まあ、あっくんに拒否されれば出来ないんだけどね。今は狩りに夢中だからきっと無理だわ。頃合いを見計らって召喚するしかないわね」
「へえ、召喚魔法ってそういうものなのか」

 アルスは興味深そうに聞く。
 この召喚魔法だが、実は名の通った使い手というのはあまり存在しない。何故なら、有名になるほど力が強い幻獣と契約できる者など滅多に居ないからだ。何せ召喚相手の幻獣に、貧弱な人間と契約するメリットがあまり無い。
 幻獣と契約するなら、人間は強力な力を持つ幻獣と契約したいと思うのが普通だ。しかし、知性も理性も力も持ち合わせた存在に、人間が何を差し出せると言うのか。安定した食料供給で従わせられるのは、そこまで格が高くない幻獣だけだ。あっくんのような存在は、例外中の例外なのだ。
 それが召喚魔法の実態なので、アルスのような支配階級の人間は召喚魔法を習得することはあまりない。
一時期は小鳥型の幻獣を召喚し、手紙を持たせて恋人と秘密の遣り取りをすることが流行りもしたが、普通それを習得するのは労働者階級の者が多いのが現状だ。

「さ、そうと決まれば、とっとと脱出しましょう」
「ああ、そうだな」

 そうして二人は洞窟の出口へと向かう。途中であのアースドラゴンのような妨害もあるかと警戒したのだが、それは無く、無事に出口へとたどり着いた。
 外は既に日が暮れようとしており、大地を朱く染めている。

「意外とすんなり外に出れたわね」
「いや、アースドラゴンが居たんだからすんなりではないだろう」

 ネモの言葉に、アルスが苦笑する。
 きっと、あのアースドラゴンの契約主はあれを突破できるなんて夢にも思わなかったのだろう。アルスとしても、ネモやあっくんが居なければ絶対に無理だったと思うので、他の妨害が用意されていなかったのも納得できる。
 しかし、ネモの意見は違った。

「いいえ。用心深い奴は絶対の自信があるトラップあっても、他にもいろいろ仕掛けているものよ。それが無いということは、今回の騒動の犯人は見通しが甘い自信過剰な奴である可能性があるわ。それと、人数も少数である可能性が高い」
「そうなのか?」

 ネモの意見に、アルスが興味深そうに尋ねる。

「大人数だったら念には念を入れよう、って意見が出るものよ。それが今回のような大掛かりな事件だと特にね。それなのに妨害があのアースドラゴンだけだった。少人数なら、もしかすると他に手駒が無かったのかもしれないわ。ま、ただの経験則で、確証は無いんだけどね」
「いや、経験則は大事だぞ。きっとネモならその経験則も長く生きたぶん膨大な経験から基づいて――」

 そうやって、アルスが余計な一言を付け加えた、その時だった。

「おやおや、まさか千年竜が突破されるとは思わなかった」

 しわがれた声が聞こえた。
 声のした方を見れば、そこにはぼろ布を纏ったあの悪魔が居た。
 悪魔は面白そうに言う。

「これは困った。千年竜が始末できなかったのなら、ご主人様にご指示を仰がねば。けれど、その間に逃げられても困るナァ」

 ニヤニヤと嗤うそれに、緊張が走る。

「うん、仕方ない、仕方ない。ならば……」

 悪魔は大仰に両腕を広げ、言った。

「お前達をご主人様の前に連れて行き、直接ご指示を頂こう!」

 その宣言をした瞬間、ネモ達は足元に浮遊感を感じた。
 それは、一瞬だった。
 二人はまるで足場が急に水に変わったかのように、トプン、と音を立てて影の中へ落ちたのだった。
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