野良錬金術師ネモの異世界転生放浪録(旧題:野良錬金術師は頭のネジを投げ捨てた!)

悠十

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野良錬金術師

第十九話 アースドラゴン2

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 アースドラゴンがそう言った瞬間、アルスがネモの前に飛び出した。

「ネモ! ここは俺に任せて、ここからどうにか脱出してくれ! そして、この件を国に知らせてくれ!」
「アルス様⁉」

 護衛対象の王子様に庇われ、ネモはぎょっと目を剥く。

「ちょっと、そんな――」
「俺は神の加護を受けている。少しなら時間を稼げるはずだ」

 止めようとするネモを、アルスは後ろ手に押しやる。

「すまない、頼む……!」

 悲壮な決意を前に、ネモは思わず言葉に詰まる。
 そんな、小さく貧弱な生き物たちの遣り取りをアースドラゴンは気にも留めず、大きく口を開き、そこにぞっとするほどの魔力を溜める。
 ネモがはっとしてアースドラゴンを仰ぎ見て、呟く。

「ドラゴンブレス……!」

 ドラゴンブレスは強力な魔力砲だ。大昔、それ一つで山一つが吹き飛んだ例があり、今でもその抉れた山はその恐ろしさを人々に伝えている。
 流石にこの洞窟を吹き飛ばすほどの威力は籠めないだろうが、それにしたって人間相手に過剰な攻撃だ。きっとこのアースドラゴンは千年竜となってからその力を振るったことが無いのだろう。試し打ちがしたいのだと浮かれた思考が窺い知れる。
 時間が無かった。
 アルスがネモを庇おうとした、その時だった。

「きゅっきゅーい!」

 その場に相応しからぬ、可愛らしい鳴き声がした。
 ネモ達とアースドラゴンの間に飛び出したのは、白い体毛の小動物――あっくんだった。
 あっくんは額の宝珠に魔力を籠める。
 そして、アースドラゴンのドラゴンブレスと同時にそれを解き放った。
 両者の魔力砲がぶつかった。
 目を焼く光線が轟音を立てて爆発し、ネモ達は思わず目を閉じる。
 衝撃で吹き飛ばされそうになるのを身をかがめてやり過ごし、それが収まるのを感じて目を開ける。
 そこには、白い小さな背中と、信じられないとばかりに目を見開くアースドラゴンが居た。

『な、なぜ無事なんだ⁉』

 アースドラゴンが驚き、声を上げるが、対するあっくんは「きゅっきゅ~」とご機嫌に鳴き、体をリズミカルに揺らしている。
 そして、驚いているのはアースドラゴンだけではなかった。アルスもまた驚きに目を瞠り、あっくんを凝視していた。
 そして、錆び付いたブリキのおもちゃのごときぎこちない動きでネモを見て、問う。

「ネモ……、あっくんは何者なんだ? 種族名は?」
「ん~、えっとぉ~……」

 ネモはアルスと視線を合わせまいと明後日の方向に顔を背ける。しかし、がっちり肩を摑まれ、「ネ・モ!」と念を押されてしまい、小さく唸った後、観念したように溜息をついた。

「あっくんの種族名は『カーバンクル』よ」
「そうか、カーバンクル……カーバンクル⁉」

 アルスは驚き、視線をあっくんへ戻した。

「白い体毛に額の宝珠……、確かにカーバンクルの特徴だが……。ネモ、間違いないのか?」
「ええ、間違いなくあっくんはカーバンクルよ。でなけりゃドラゴンブレスを軽々相殺させられないわよ」

 さて、カーバンクルと言えばファンタジー系の物語に出てくる定番の幻獣だが、この世界でカーバンクルと言えば幻獣のその名の通り、正に幻の獣である。それこそ、ドラゴンよりもお目にかかる機会も無ければ、情報もない。ギリギリ体毛の色と額に宝珠があるらしいとだけしか伝えられてないのだ。

「カーバンクルっていえば、アレだろ? 幻獣界の触るな危険アンタッチャブル
「……そうね」

 至極真面目な顔をしてそんなことを言うアルスに、ネモは微妙な顔をして頷いた。
 そう。カーバンクルはアルスの言う通り、『幻獣界の触るな危険アンタッチャブル』と言われているのだ。
 姿かたちは極僅かな情報しかないのに、カーバンクルにはある噂があった。それは、人と契約した幻獣からもたらされたものだった。
 曰く、それは強大な力を持っており、絶対に敵対してはならない存在である。それこそ、ドラゴンですら怯えて尻尾を撒いて逃げる程に危険な存在である――と。
 そのことから、幻獣達の間では触るな危険アンタッチャブル扱いをされているらしい。
 さて、そんな愉快な呼ばれ方をされているあっくんカーバンクルだが、現在、アースドラゴンを前に、キラキラと目を輝かせ、今にも涎をたらしそうな顔をしていた。

「わー……、あっくん嬉しそう。アレ、確実にアースドラゴンを食料として見ているわね」
「食料⁉」

 おおかた、レッサードラゴンの親玉みたいなアースドラゴンを前に、あれもきっと美味しいに違いない、と思っているのだろう。どんな時でもぶれない食いしん坊である。

「あのアースドラゴンの敗因は経験不足よね。千年竜より上の存在は居るのよ。条件さえ整えば、それこそいくらでもね。カーバンクルはその中でも数少ない条件無しでマウントを取れる存在よ。実際、あっくんはあのアースドラゴンを食料として見ているもの」

 自分の命を脅かす脅威ではなく、獲物として見ているのだ。知性はあれど野生の本能が強めなあっくんからしてみれば、あのアースドラゴンは無理なく狩れる程度の存在だということだ。

「これが経験豊富な千年竜サウザンドドラゴンだったらあっくんも警戒したんでしょうけど、こればっかりはね……。あのアースドラゴン、運が無かったわね」

 知性と理性を獲得した千年竜サウザンドドラゴンは、野生の本能が鈍っていく。けれど、その分を経験がカバーするのだ。あのアースドラゴンもずるをして千年竜サウザンドドラゴンになっていなければ、本能的にカーバンクルの恐ろしさに気付いて逃げられただろう。

「いや、本能的に気付けるものか? 俺はあっくんにその手の圧を感じたことは無かったぞ?」
「そりゃぁ、あっくんは基本的に可愛らしい小動物だもの。別にあっくんに危害を加えようとしたわけでも、あの子から獲物認定を受けたわけじゃないでしょ? カーバンクルって種族は、基本的に狩りや自己防衛以外で力を振るうことないのよ」
「へぇ……、強大な力を持つわりに、意外と温厚な種族なんだな。……ああ、いや、そんな力を持っているからこそ温厚なのか?」

 アルスが首をひねりながら考察を纏めていると、アースドラゴンが不意に動いた。

『こんな馬鹿なことがあるか! あり得ない!! 千年竜サウザンドドラゴンンこそ頂点! こんな小動物如きに――‼』

 アースドラゴンは目の前の現実を認めるものかと騒ぎ立て、その長い尻尾を乱暴に大地に叩きつけた。

「うわぁ、まるで痛い厨二病患者の癇癪じゃない……」

 ネモはその様子を見て思わず呟いた。あのアースドラゴンの有り様は、チートを手に入れて万能感に酔っていたら、実は君は特別じゃなかったんですよ、と現実を叩きつけられた痛い人間のようである。

「時々居るのよね。珍しくて凄いスキルを手に入れて、調子に乗ってたらベテランに簡単に鼻っ柱折られる子が」

 肩を竦めてやれやれと軽く溜息をつくネモに、アルスが笑顔で頷く。

「おお、流石ネモ。長く生きているだけあって含蓄のあ――」
「ふんっ!」

 言葉の途中で、ネモの肘鉄が腹に決まった。
 
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