野良錬金術師ネモの異世界転生放浪録(旧題:野良錬金術師は頭のネジを投げ捨てた!)

悠十

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野良錬金術師

第十八話 アースドラゴン1

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 悪魔が姿を消したその跡を、ネモは苦々しい表情で見つめる。
 本当に厄介なことになった。今回の事件には悪魔が関係しており、更にそれを使役する者が居る。しかも、それに自分たちのことを知られたのだ。

「これ、生きて返すつもりは無いんでしょうね」
「ああ。脱出も難しいだろうな」

 犯人がどれだけ居るか分からないのも痛い。
アルスが言うには、国が大きく動いて調べ回っているのに、手がかりは少なかったそうだ。そのことから、国は組織だった計画的犯行だと思っていた。しかし、今、悪魔が手を貸していることが分かった。それならば、個人での犯行も可能だ。それを可能にする力を悪魔は持っているのだ。

「ああ、嫌だ。あの悪魔、実体を持っていたじゃない。アレ、誰かの体を乗っ取ったものでしょ? ああいう手合いは狡猾で面倒なのよ」

ネモは昔、実体を持つ悪魔と関わったことがある。その時の悪魔は契約を利用してその体を手に入れていた。口が上手く狡猾で、本当に厄介な悪魔だったのだ。
 当時のことを思い出し、苦々しい溜息をつくネモに、アルスはパチクリと目を瞬かせる。

「ネモは悪魔と会ったことがあるのか?」
「あるわよ。本当に面倒だったわ。仲間が居なきゃやられてたでしょうね。ホント、二度と関わるものかと思っていたのに……」

 その言葉を聞き、アルスは大きく破顔した。

「いや、悪魔と関わって無事でいられるとは、凄いな。頼もしいよ」
「頼もしいって……、頼られても困るんだけど……」

 困った顔をするネモをよそに、アルスはうんうん感心するように頷きながら言う。

「それにしても、流石は錬金術師。一生のうちに出会う確率が低い悪魔と二度も関わるとは、長く生きているだけのことは――」

 ネモは瞬時に眦を釣り上げ、アルスの尻を容赦なく蹴り上げた。



   ***



「ネモは脚力があるな」
「謝らないからね」

 アルスは痛む尻をさすりながら歩き、ネモは謝らないと言いながらも少し気まずげに視線を逸らした。
 ネモ達は結局脱出はほぼ不可能だろうと思いつつも、もと来た道を戻っていた。ネモは出来ればこの件からオサラバしたかったし、アルスは悪魔が関わっていることを国に知らせたかったためだ。
 しかし、二人が思った通り、それは上手く行かなかった。

「うわぁ……」
「うっそでしょ、なんで居るのよ。来た時には居なかったのに……」

 洞窟の出口に繋がる道の前に、アースドラゴンが鎮座していたのだ。
 二人は隠れてアースドラゴンの様子を見ていたのだが、それは意味が無かったようだ。アースドラゴンは長い鎌首をもたげ、ネモ達の方へ顔を向けた。

『ヒトの子。そこに居るのは分かっている。出てきたらどうだ』

 頭に直接響くような、不思議な声がした。否、実際に頭の中に直接語り掛けているのだ。空気を震わせないその声は、不思議とアースドラゴンのものだと分かった。
 ネモ達は驚き、目を瞠る。

「なあ、今、アースドラゴンが喋ったんだよな?」
「そうね。間違いないと思うわ。っていうか、それならあのアースドラゴン、千年竜サウザンドドラゴンなの⁉」

 千年竜サウザンドドラゴンとは、その名の通り千年生きたドラゴンの事である。ドラゴンは基本的に魔物扱いなのだが、五百年以上生きた後、段々とその身にある魔核が小さくなっていき、理性と知性を獲得し始める。そして、千年生きた頃には魔核は完全になくなり、その身は半精霊となるのだ。
 そうして千年竜となったドラゴンは、魔物から幻獣の括りに入れられる。伝説の英雄や、物語の主人公が契約するようなドラゴンは、幻獣となった千年竜だ。
 
「いや、おかしいぞ。この辺に居るアースドラゴンは千年も生きちゃいないはずだ。以前調査した時にはせいぜい六百歳くらいだろう、って結果だったぞ?」
「え、そうなの?」

 なんとなく知性を手に入れ始め、半精霊化の入り口に立ったくらいの歳だ。しかし、それくらいの歳ならあんなに流暢に喋れないはずなのだ。
 じゃあ、アレはいったいどういうことなんだ、とお互いに難しい顔をしたところで、再び声が頭に響く。

『相談はそれくらいにして、そろそろ出てきたらどうだ。我はここから動かぬし、お前達を逃がすつもりもない。冥途の土産に、質問くらいは答えてやるぞ』

 その声にアルスは万事休すか、と苦い顔をし、ネモは反対に、ああ、確かに若い個体だ、と微かに笑う。
 アースドラゴンのあの言葉は、言い回しは威厳を纏っているものの、己が明らかに強者である事を強調し、負けるなど欠片も考えていない。それは、千年竜には無い『油断』だった。
 正反対の思いを抱き、二人はアースドラゴンの前に姿を現す。
 アースドラゴンを改めて見て、ネモはでかいな、と思った。
 その身長は、二階建ての建物くらいはあるのではないだろうか。長い尻尾まで含めた全長となれば、どれだけのものになるか分からない。
 鱗は赤味のあるダークブラウンで、瞳は金色に輝いている。
 ネモは爬虫類特有の目をしっかりと見つめ、口を開いた。
 
「こんにちは、ドラゴンさん。まさかこんな所で貴方みたいなオオモノに会うなんて思わなかったわ」
『おや、我を見ても怯えぬとは、なかなか胆力のあるヒトの子のようだ』

 面白そうに言うアースドラゴンに、ネモは軽く肩を竦める。

「それで、質問に答えてくれるんだったかしら」
『ああ、構わぬ。自分の死の原因くらいは知っておきたいだろうからな』

 なにやら絶対強者の己に酔っていそうなアースドラゴンの言葉に、ネモは痛いドラゴンだな、という感想を抱いた。

「ご親切にどうも。それじゃあ、遠慮なく質問するわね。貴方、元々この辺に住んでたドラゴンなんでしょ? 歳は千年に大分足りなかった筈なのに、何故千年竜並みの知性を手に入れているの?」

 ネモの質問に、アースドラゴンは何処か自慢気に答えた。

『ふ、そうとも。我はまだ千年も生きておらぬ。しかし、我は千年生きずとも偉大なる千年竜となった。これは全て、この洞窟に満たされた魔力のお陰だ』

 ネモはやっぱりな、と顔を歪めた。この洞窟に漂う魔力は確かにアースドラゴンに影響を与えていたのだ。

「それじゃあ、貴方はこの洞窟にあった死体の山を作った犯人を知っているのね?」
『勿論、知っているとも。なにせ、我の契約主だからな』

 その答えに、アルスが剣の柄を握りしめるのが見えた。

『あれは良いヒトの子だ。魔力を我に献上し、千年竜への進化を速めた。我はその献身に報いるため、この洞窟の番をしているのだ』

 要は、お互いに都合が良い存在なのだろう。
魔力を溜め込む技術を持つ犯人と、余剰分だろうそれを吸収するアースドラゴン。アースドラゴンは自分にとって都合の良い技術を持つ犯人に何かあれば困るし、犯人は事が外部に漏れるのは困る。だからこそ、手を組んだのだ。
 当時のアースドラゴンがどれ程の知性を持っていたのかは分からないが、六百歳程度なら賢い犬くらいのものだろう。そんなアースドラゴンに対して、犯人は自分が利を提供できることを示し、理解させて契約にまで持ち込んだのだから、その実力は油断できないものだ。
 
『さて、そろそろ良いだろう。質問に答えるのは終わりだ。哀れだが、弱者は強者に淘汰されるものだ』

 アースドラゴンはネモ達を見据え、言う。

『せめてもの情けだ。一瞬で、楽にしてやろう』

 その声は、悦を含んでいる様に感じた。
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