野良錬金術師ネモの異世界転生放浪録(旧題:野良錬金術師は頭のネジを投げ捨てた!)

悠十

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野良錬金術師

第十六話 洞窟2

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 洞窟の中は薄暗くはあったが、光源があった。周りの壁が、ランプが要らない程度に薄ぼんやりと発光しているのだ。

「ここ、水晶とかの結晶が混じった地層なのね。砂粒程度の大きさだけど、魔石になってるんだわ」

 岩壁に触れ、確認する。
 魔石となった水晶が混じったそれは、この洞窟に漂う魔力に反応し、発光していた。

「普通はこんな砂粒程度の水晶じゃ魔石化しないんだけど……」

 砂粒程度では小さすぎるのだ。しかし、そうなっているということは、この洞窟では異常が起きているということだ。

「これ、アースドラゴンにも何かしら影響が出てるんじゃないの?」
「可能性は高いな」

 険しい顔をするアルスに、ネモは「ヤダァ……」と呻く。

「さて、じゃあ、行くか」
「行きたくない~……」

 そう言って洞窟の奥へと歩を進めるアルスの後を、ネモが不満と不安を零しながら続く。
 洞窟内の気温は低く、しっとりとした湿度を感じる。洞窟はどうやらそれなりに規模が大きいらしく、いくらか歩くと、広い空間へ出た。
 水音がしたのに気づき、そちらを見てみれば遠目に小さな地底湖が確認できた。
 水音の原因は上からの雫か、それとも地底湖に何かいるのか。とりあえず上を見上げてみれば、天井は高く、つらら石が見えた。そこから、ポツリ、と水滴が落ち、水面に波紋が広がる。
 水音の正体はそれだったが、地底湖に生き物が居ないということではない。こうした大きな洞窟は魔物の住処になりやすく、水辺に不用意に近寄って引きずり込まれる危険もある。なので、確認に行くならば――と、そこで、ネモは気付いた。

「魔物が居ない……?」

 再び天井を見上げ、辺りを見回す。
 ネモの呟きを拾って、アルスもそれに倣うが、魔物の影どころか、生き物の気配がしなかった。

「普通、蝙蝠くらい居るわよね。アースドラゴンが居るから……? けど、他の生物が居ないなんて聞いたことが無いわ」
「そうだな。大型はともかく、小型のものすら居ないのもおかしい」

 こまめに狩っている、というのは無理がある。これは他の生物を意図的に入れないようにしているか、もしくは結果的に入れないのかのどちらかだろう。

「まあ、何かしらの装置があるとしたら、それを壊されないような仕掛けはするわよね」
「もしかすると、この魔力濃度も原因かもしれない。本能的に忌避感があるからな」

 それは確かに、とネモは頷く。

「あっくんはどうなんだ?」
「きゅい?」

 あっくんも幻獣ではあるが、小動物と言えば小動物だ。

「いや、あっくんは参考にはならないかも……」
「きゅ?」

 とても可愛らしいあっくんだが、その身に秘める力はちょっと普通ではない。ドラゴンが居ようが、魔力濃度が高かろうが、平気な顔をしてスルッと入り込むだろう。実際に、あっくんは気にしていない。
 誤魔化すように半笑いで視線を泳がせるネモに、アルスはあっくんは本当に何者なんだ、とジト目になる。

「ほ、ほら、そろそろ行きましょう? この洞窟を調べるんでしょ?」
「……はー。仕方ないな、そういう事にしておこうか」

 追及を諦め、アルスはネモを引き連れ歩き出す。
 洞窟内を歩いて行けば、いくつかの分かれ道があった。アルスはその分かれ道で難しい顔をして悩む。

「どうしたの?」
「いや……、なんと言うか、こう……良くない気配が右からして、罪の気配が左からするんだが……」
「良くない気配?」

 少々曖昧な言葉だが、神の加護を持つアルスであれば、何か感じるものがあるのだろう。

「どっちに行く?」
「うーん……、まず右に行ってみようか」

 二人はそのまま右の道へ歩を進める。
 しばらく言った所で、異臭を感じた。

「なにこれ、臭い……」
「これは……」

 アルスは異臭がする方へ足早に向かい、それを見た。

「うっ……」
「サイアク……」

 だらり、とカサカサになった腕が垂れていた。
 眼窩は落ちくぼみ、場合によっては空洞となったそれを晒している。
 水分を失った躯はミイラ化しており、肉の腐る匂いはしていないものの、独特な死の匂いをまき散らしていた。
 そんな躯が、何体も、何体も折り重なって打ち捨てられている。
 衣服は神官服、白魔導士が好む冒険者服と様々な聖職者の服を纏っており、それらが行方不明になった聖職者達なのだと知れた。

「……リリィさんが居るか、分かるか?」
「いや、流石にちょっと……」

 分からない、と小さく答える。
 リリィが着ていたのは、下級神官であることを示す神官服だ。その服を着た躯は、ぱっと見ただけでもかなりの人数になる。

「一人ずつ見ていかないと……、いや、見ても分からないかも……」

 なにせ一晩泊めてもらい、過ごしただけの薄い縁なのだ。ネモが彼女を見分けるとしたら、目印となるのは金髪とハーフエルフを示す尖った耳だけだ。そして、もしそれらがあったとしても、確実にリリィだと断言できない。

「それに、ここ、かなりまずいんじゃない? アンデッド系の魔物になりそうな気がするんだけど……」

 ネモの言葉に、アルスも苦い顔をして頷く。アルスの感じていた良くない気配は、まさにそれらが発生する原因たる死者の怨念の気配だろう。

「冒険者の立場から言わせてもらうなら、直ぐに火を放つべきね」
「うーん……。それはそうなんだが、国の騎士としての立場からだと、できれば行方不明者の確認を行いたいんだが……。アンデッド化までの猶予は……微妙か……」

 二人とも、個人的には丁重に弔ってやりたいというのが本音だ。しかし、それをしてやれる時間は無く、立場上それを選べない。
 このアンデッド化があるが故に、この世界では死者の葬儀は火葬一択だ。それさえなければ、この哀れな被害者達は一人ずつ丁寧に運び出され、手厚く葬ることが出来ただろう。

「けどなぁ……、洞窟内で火を使うのは危険だしな……」
「あー……、そうよね。そうだったわ。そうすると……、聖属性魔法での浄化なんだけど……」

 出来るか、とネモが視線で問えば、アルスは首を横に振った。

「俺は神の加護を受けてはいるが、神殿騎士じゃないからな。多少回復魔法が使えるだけで、浄化となると専門外だ」

 浄化とは、聖属性の魔法だ。それは今回の様な死者の念を払い、昇華させる魔法なのだが、その魔法が使えるのは、基本的に修行を積んだ神官だけだ。稀に生まれた時から聖属性魔法に特化した者もいるが、そうした者は国によっては聖女や神子として祭り上げられる。そして、そうした聖属性魔法が使えるかの有無には神の介在は無く、加護を受けたからといって聖属性魔法が容易に使えるようになるわけでは無いのだ。

「加護持ちのスキルでなんとかならない?」
「無理だな」

 しかし、神の加護持ちは特別なスキルが使えるようになる。神によっては浄化系統のスキルが使えるよになるのだが、残念ながらアルスはそうではないらしい。

「そういえば、アルス様はどなたから加護を頂いたの?」
「ん? それは――」

 そこまで言った、その時だった。

「おやおや、これは珍しいお客さんだ」

 しわがれた声がアルスの言葉を遮った。
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