野良錬金術師ネモの異世界転生放浪録(旧題:野良錬金術師は頭のネジを投げ捨てた!)

悠十

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野良錬金術師

第十二話 第七王子2

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 それからネモは焚火の中の焼きリンゴを枝でつつき、転がしながら言う。

「まあ、取りあえず食事を持っているなら心配ないわね。食事をしながらこれからのことを話しましょう」
「これからのこと?」

 不思議そうに首を傾げるアルスに、ネモは呆れる。

「いや、貴方のことよ? 貴方が護衛して来た商人のご夫婦がそれはもう心配して、村では大騒ぎになってたわ。捜索隊を組まれてると思うわよ」
「えっ、あ、そうか。そうだよな……」

 善良な夫婦に心配をかけてしまったとアルスは悄然と肩を落とす。

「今はもう夜だからここで一晩明かすとして、明日には村に帰った方が良いわ。村への道……、というか、方角は分かる?」
「ああ、それなら大丈夫だ」

 現在位置は道から大きく逸れた森の中だ。いざとなればネモが村へ案内しようと思っていたが、それはしなくても良いようだ。
 それなら安心ね、と頷き、ネモはマジックバックを探る。
 あっくんが焼きリンゴはまだか、と熱心にリンゴを見つめるその横に、ドン、とマジックバックから取り出した鍋を下ろした。

「あっくん、シチューはどれくらい食べる?」
「きゅっきゅい!」

 ネモの問いに、手を大きく広げ、いっぱい、とジェスチャーで伝えてくるあっくに頷き、大きなシチュー皿をマジックバックから取り出す。
 そんな遣り取りを見て、「えっ、その小動物がそんなに食べるのか」とアルスは目を丸くしていた。
 時間停止のマジックバックに入れていたため、出来立てのアツアツ状態のシチューを皿によそうと、辺りにクリームシチューの良い匂いが漂う。
 それと同時に、グー、と大きな音が聞こえた。
 ネモとあっくんは目を見合わせ、パチパチと瞬く。
ハラペコと言えばあっくんだが、流石に彼の腹の虫はあんなに大きく鳴かない。――と、いうことは?
 一人と一匹は焚火の向こうのアルスへ視線を向ける。
 アルスは腹を押さえ、顔を赤くしながら気まずそうに視線を明後日の方向へ飛ばしていた。



   ***



「まさか森の中で温かいシチューが食べられるなんてなぁ」

 幸せそうにアルスがそう呟き、シチューを口に運ぶ。
 アルスは時間停止のマジックバックを持ってはいたが、その食料はサンドイッチ系ばかりで、温かい食べ物は無かった。どうやら、熱々の出来立てを仕舞うという発想は無かったようだ。
 そんなことから、アルスが持つサンドイッチとネモのシチューをトレードした。お陰で双方サンドイッチとシチューというメニューの野営としては豪華な夕食となった。

「このサンドイッチも美味しいわよ。さすが宮廷料理人ね」

 ただのBLTとハムサンドの筈なのだが、やたらと美味しい。ネモの隣ではさっさと食べ終わったあっくんが、アチアチと言わんばかりにデザートの焼きリンゴをつつきながら、冷めるのを待っている。
 そうやって食事をしながら、アルスが不意に尋ねる。

「そういえば、ネモは村から来たということは、このまま森を抜けてワイス王国へ行くんだよな?」
「ええ、そうよ」

 頷くネモに、アルスが難しそうな顔で言う。

「それはちょっと止めておいた方が良いな」
「え、どうして?」

 もしや噂のアースドラゴンが出たのかと問えば、そうじゃないと否定される。

「ほら、俺は罪の気配を感じられると言っただろう?」
「そういえば、そうね」

 アルスは鋭い目つきで視線を暗闇の向こうへ飛ばす。

「詳しい距離は分からないが、ワイス王国へ向かう方角から濃い罪の気配を感じるんだ」

 距離がある筈なのに首筋がチリチリする、と言う彼に、ネモは目を見開く。

「これは、かなりまずい。危険だから別ルートで大きく迂回してくれ」

 そもそも、薬草を採りに森へ入ったアルスが何故こんな所に居るかと言うと、その気配が気になったからだと言う。巡回商人夫妻への配慮が頭から吹っ飛ぶくらいのよろしくない気配に、アルスは少しでも状況を確認したかったそうだ。
 ネモはその言葉を聞き、神妙な顔をして頷いた。
 アルスはネモが素直に了承したことにほっとした顔をして、話題を変える。せっかくの美味しい料理が味気なくなりそうだったからだ。

「そういえば、ネモは旅をしているんだよな? ネモのアイテムは強力みたいだが、一人と一匹じゃ危険じゃないか?」

 若い女の子と小動物では甘く見られるだろう、と言われ、ネモは軽やかに笑う。

「大丈夫よ。まあ、確かに私たちみたいのじゃ絡まれやすいし盗賊にはカモに見えるみたいだけど、全部撃退してきたわ」

 実際にネモはつい最近盗賊達を突き出して、褒賞を貰っている。
 少し得意げなネモに、アルスはあることを思い出した。

「ああ、もしかして、君……」

 大きく破顔して言う。

「あの噂の『山姥ネモ』か!」

 瞬時に般若顔になったネモの手から、アルスの顔面めがけてスプーンが飛んだ。



   ***



 翌朝、少し赤くなった額をさすりながらアルスが言う。

「いやぁ、流石の力強さだな」

 痛くは無いが赤みが引かないと笑うアルスに、ネモは気まずげに視線を泳がせた。
 夜が明けて辺りが明るくなり、朝食を終えて一行は村へ向かうことにした。
 
「村に戻ってからはどうするの? やっぱり、他の騎士達を呼びに町へ戻るの?」
「ああ、そのつもりだ」

 アルスは町に戻り、一団を率いて調査をするつもりらしい。なにせ神の加護がガンガン警鐘を鳴らす気配だ。一人でどうにかするのは無謀だろう。

「ネモはどの迂回ルートを使うんだ?」
「そうねぇ、北へ向かってぐるっと大回りして行こうかしら。そっちからならワイス王国のトーワの町を通るし。あそこはあまり有名じゃないけど、良いチーズを作るのよ」
「きゅきゅっ」

 どこまでも食欲まみれの旅である。
 今にも涎をたらさんばかりのあっくんの様子を見て、そんなにか、とアルスが興味を持つ。

「そこから南下して、サイラの村で美味しいウイスキーを買って、コウェンの町のカフェで焼きプリンを食べて……」

 次々に挙げられる隣国のグルメ情報に、アルスは隣の国のことなのにナニソレ知らない、とそわそわする。この件が終わったらせめてウイスキーは買いたい。できればチーズも。
 そうして、腹が鳴りそうな話題は、一行が村に着くまで途切れることは無かった。
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