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野良錬金術師

第十一話 第七王子1

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 パチパチと焚火の火がはぜる音がする。
 日は既に落ち、辺りは暗い。
 何でこんなことになっちゃったのかなぁ、とネモは小さく溜息をつく。
 焚火を囲むのは、如何にもな騎士の格好をした光属性のイケメンのアルスと、見た目は額に赤い宝玉がある大きな白リスのあっくんだ。
 あっくんはウキウキと体を小さく揺らしており、彼の視線の先にはあるのは焚火の中の丸い銀色だ。それの正体はアルミホイルに包んだリンゴだ。ちなみに、このアルミホイルも例の醤油王弟殿下産だ。
 あの後、流石に「きゃっ、こんなイケメンが王子様だなんて、ステキ」とは思えなかった。正直な感想は「ヤバイ、こんな所で王子様とか事件のフラグでしかないでしょ」である。
 できればとっとと退散したかったが、グレートボアを持ち帰るというあっくんとの約束があったためにそれは出来なかった。
 しかもその二体の解体まで手伝ってもらってしまい、去るに去れなくなってしまっていた。

「えーっと、晩御飯なんだけど、アルス様は何か持っていますか?」
「別にかしこまらなくても良いぞ? 堅苦しい場じゃないんだし。第七王子なんてさして権限も無いし、王子としてはお飾りだからな」

 そうは言うが、加護持ちの王子がお飾りで収まるわけはない。
 しかし、このちょっと抜けてる王子様にはなんだか敬意を払い続ける気力がわかない。カラッとした笑顔を前に、まあ本人が良いって言ってるんだし、とネモは雑にかぶっていた猫を脱ぐことにした。

「じゃあ、お言葉に甘えるわ。――それで、食料は持っているの?」
「ああ。マジックバックに干し肉とチーズがある」

 あとパンとワインもあるな、と日持ちしそうな食料が出て来た。明らかに逸れて何処かへ行ってしまう前提の持ち物だ。
 彼の突発的な単独行動に周囲が慣れきってしまっていることを察し、ネモはしょっぱい顔をした。
 そんなネモの気付かず、彼は懐から大きめの布袋を取り出し、言う。

「それから、こっちは時間停止のマジックバックだから調理済みの料理が――」
「ちょっ、待――、このバカタレェェェ⁉」

 悲鳴じみた非難の声を上げるネモに、アルスが驚いた顔をするが、ネモは構わず言う。

「そんな高価な物を初対面の人間に見せるんじゃない! アンタの防犯意識はどうなってんのよ⁉」

 「このバカ!」と罵るネモに、アルスがホールドアップの体制を取りつつ言い訳をする。

「いや、君なら大丈夫だろうと思って……」
「大丈夫じゃないわよ! 確かに盗ろうなんて考えてないけど、王子だろうと時間停止のマジックバックがどれだけ高価な物か知っているでしょう? それを出会ってから大して時間の経っていない赤の他人に見せるな、って言ってるのよ! 不用心でしょうか‼」

 叱りつけ、更に言葉を重ねようとするネモに、アルスが慌ててそれを遮る。

「待ってくれ。一応大丈夫だと判断した根拠はあるんだ。俺が神の加護持ちなことが関係しているんだが……」
「そ、う……なの?」

 ネモの勢いが失速した。加護持ちは数が少なく、貴い存在として神殿に大切に囲われることが多いため、その存在は謎に包まれている。また、そうしたことから加護の性質などの資料は神殿に保管されていることが多く、重要な資料なため、そう簡単には目にすることは出来ない。
 その加護持ち本人に、それによって判断したと言われれば、ちょっと話を聞いてみようか、という気にはなる。
 前のめりになっていた体制をネモが元に戻すのを見ながら、アルスは一つ咳払いをする。

「んん、まずだな、俺の加護は罪の気配を感じ取ることが出来るものなんだ」
「えっ、そんなことが出来るの?」

 一般に出回っている僅かな加護の内容から得る印象は、スキルの上位互換だ。罪の気配を感じ取るなどという曖昧な効果があるなど聞いたことがない。

「加護を下さった神に関連することなら副次的にそういったことが出来ることもあるな。少なくとも、俺の場合は出来た」

 それを利用して騎士の仕事に役立てることもあると言われ、ネモは感心したように頷く。

「それで、君からはそうした気配を感じなかった。それが、まず一つ」
「一つ?」

 ネモを大丈夫だと判断した理由はそれだけではないらしい。

「これは半ば確信しているんだが、君、錬金術師だろう?」

 悪戯っぽく笑むアルスに、ネモは驚く。

「どうして分かったの?」
「君がグレートボアに使ったアイテムさ。あれは君が作ったものだろう? あんなアイテムは見たことが無い。そうすると、あれはオリジナルアイテムだ。そして、そういうものを使い慣れる程に気軽に使える人間は、それの制作者である可能性が極めて高い。そんな物を作れる旅人なんて、野良錬金術師くらいのものさ」

 そう言われ、確かにその通りだと苦笑する。
 アルスの言う野良錬金術師とは、一所ひとところに落ち着かず、世界中を旅する錬金術師を指す言葉だ。そんな野良錬金術師は変わり者が多いが、彼等が作るアイテムはオリジナリティが高く、性能も格段に優れている。これは旅暮らしの中で性能を試す機会が多くあり、改善を繰り返した結果だ。

「そして、錬金術師は時間停止のマジックバックを作れる者が多い」

 ネモは大きな溜息を吐いて、言う。

「はー……。そうね、当たりよ。私は時間停止のマジックバックを作れるわ。あんまり得意じゃないけどね」

 時間系統の付与は難しいからなかなか成功しないのよ、と付け加えて肩を竦める。

「それで自分で作れる人間なら問題ないと思ったのね」
「そうだ」

 嬉し気に頷くアルスに、ネモは小首を傾げる。何だか、彼の笑顔の度合いがネモの説教を回避したからにしては喜び過ぎに感じたのだ。

「そんなにお説教は嫌だったの?」
「ん?」
「ニコニコしすぎ」

 その指摘にアルスは口角の上がった口元を隠し、視線を泳がせる。

「ああ、いや……。その……、実は、錬金術師に憧れていて……」

 錬金術師を前にするとつい嬉しくなってしまって、と彼は恥ずかしそうに頬を掻いた。
 アルスは、本当は騎士ではなく錬金術師になりたかったそうだが、どうにも才能がなく、断念したのだという。

「君は『白銀の錬金術師』を知っているか?」
「え……。ええ、まあ……。それが二つ名の、野良錬金術師よね?」
「彼の方は我がガラム王国の恩人なんだ」

 今から五十年ほど前、ガラム王国ではゼーノ病という疫病が発生した。その病が発生したケイジュ領はすぐさま町や村を封鎖。領地外への異動を禁止した。
 幸い、疫病の封じ込めには成功した。しかし、ケイジュ領はガラム王国でも有数の穀倉地帯だった。もし、疫病によって人々が死に絶えればどうなるか……。
 領地の人間も、その外の人間も絶望の未来に項垂れるなか、一人の旅の錬金術師が声を上げた。

「その時、白銀の錬金術師が言ったんだ。諦めるな、と」

 そして、白銀の錬金術師は世界中を巡って手に入れた手持ちの薬草類を全て吐き出し、遂に特効薬を作り出した。

「どんなに感謝してもしきれない、とお祖母様が言っていらした」
「お祖母様……」
「ああ。その白銀の錬金術師はお婆様――前王妃のご友人だったそうなんだ」

 前王妃は、ケイジュ領の領主の娘だった。
 当時は王子の婚約者でもなんでもなく、王家とのかかわりは薄かった。
そんな彼女は社交界では変わり者と言われていた娘で、領地を馬に乗って駆けまわる程活発な令嬢だった。
 しかし、そんな彼女だからこそ、旅の錬金術師――白銀の錬金術師と出会ったのだ。

「偶然あの方が領に来ているときに疫病が発生したんだ。あの方が世界中を旅している際に知った病に似ていると言って治療薬を作って下さり、それを更に改良して特効薬を作ったのだと聞いた」

 そして、前王妃は白銀の錬金術師から衛生知識を授けられた。彼女はそれ広め、徹底して守らせた。
 更に病人はを全て一か所に集めるようにし、外部と接触を禁止した。
疫病が領地外へ広まらなかったのはそうした活動のお陰もあった。
 残念ながら死者も多く出たが、特効薬の完成以降はその数が激減し、治らない病気ではなくなった。
 
「お祖母様はその時の働きが認められ、王城へ招かれ、前国王陛下であるお祖父様と出会ったんだ」
「ふぅん……。恋愛小説みたいなロマンスが繰り広げられそうな話ね」

 実際、当時王太子だった前国王は一目惚れこそしなかったが、聡明な領主の娘に興味を持ち、次第に想いを募らせたそうだ。

「その時、丁度お祖父様は婚約者と上手く行っていなかったらしく、婚約解消の話が持ち上がっていたから、それを機にお祖母様と婚約を結びなおしたんだ」
「へー……」

 そして、そんな惚気話を交えながらも、彼は白銀の錬金術師の話を前王妃から聞いて育ったのだという。

「だから錬金術師に憧れていたんだが……」

 その才能の無さは、宮廷錬金術師が悲壮な顔をして首を横に振り、匙を投げる程だった。

「それなら錬金術に必要な材料をとって来られるような人間になろうと体を鍛え始めたんだ。そちらには幸いにも適性があったし、授けられた加護も上手く使えるようなった」

 アルスは憧憬を籠め、言う。

「だから、錬金術師にはちょっと詳しいんだ」

 ネモは少しばかりむず痒そうな顔をして、アルスから目を逸らした。

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