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野良錬金術師
第十話 森の中2
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ドォォ……、と大きな音を立ててグレートボアの巨体が倒れる。
グレートボアの首に突き刺さっているのは、一本の剣だ。
それを引き抜いたのは、若い男だった。
艶消しされた白銀の立派な鎧を纏い、濃紺のマントを翻す男の髪は金。背は高く、百八十センチはありそうだ。体格が良く、鎧の上からでも鍛えられているのが分かる。
彼はこちらを見ず、先に氷の中の雌のグレートボアを見た。動かないかどうかを確認したようだ。
ネモが驚きから覚め、態勢を整えた時、彼がこちらを振り向いた。
鼻筋はすっと通り、目元は優し気。瞳はブルーサファイアの如き美しい青。薄い唇は安堵に緩く弧を描き、笑んでいる。
「うっわ、トンデモイケメン……」
滅多にお目にかかれないクラスの美男子だった。
「大丈夫か? 怪我はないかい?」
甘い顔立ちの男が心配そうな顔をして言う。なんという紳士。どこの物語の王子様だ。
あっれ、私が転生したのって乙女ゲーの世界だっけ? 私がヒロイン? と思いつつも自分の年齢を思い出してスン、と真顔になる。ヒロインなわけが無かった。
男は突然真顔になった少女に少し怯むも、怪我の有無を軽く目視で確認する。
剣を鞘に仕舞いつつ、怪我はなさそうだと判断して男は言う。
「若いお嬢さんがこんな所でどうしたんだ? 仲間は?」
どうやら彼はネモが一人だとは思っていないようだ。
「あー、仲間は居ないわ」
ネモが「一人旅よ」と言ったところで、あっくんが髪を引っ張って、ぼくが居るでしょ、と主張した。
「あらら、そうだった。一人旅じゃなくて、あっくんと一緒だったわ」
一人と一匹で旅をしている、と改めて言えば、男はキョトン、と一つ瞬いて、苦笑する。
「あー、そうか。一人と一匹か。まあ、こんな見事な氷山を作るんだから、それも可能か」
普通、若い少女が一人旅など不可能だ。単純に危険すぎるのだ。
しかし、彼はネモが作り出した氷山を見て、それを可能にするだけの実力はありそうだと判断した。
ネモは目の前の青年が良い身なりをしていることから、もしかして貴族かしら、とあたりを付けつつ、一つ咳払いをして言う。
「えーっと、まず、お礼を言わせてください。危ない所を助けてくれてありがとう。私はネモフィラ・ペンタス。ネモって呼んでください。こっちは契約召喚獣のアセビルシャス。あだ名はあっくん。それで、貴方は見たところ騎士様……ですか?」
「ああ、俺はアルス。君の言う通り騎士をしている。君達が無事で良かったよ」
笑顔が爽やかだ。「光属性……」というネモの呟きに、彼は不思議そうに首を傾げた。
グレートボアや光属性なイケメンの登場に混乱していたネモだったが、落ち着きを取り戻し、思考が正常に回り始め、気付く。
「あ。あの、もしかして、どっかの村から初老のおじさんを護衛してきて、お礼に家に招待されて、薬草を採りに森に入ったりしました?」
「え、何で知ってるんだ?」
不思議そうに首を傾げるアルスに、ネモはおじさん達が心配していて、アルスを村人達が捜している筈だと告げた。
それを聞いたアルスは申し訳なさそうな顔をして言う。
「ああ、そうか……。心配をかけてしまったか……。いつも俺が突然消えても落ち着いて対処する者ばかりだったから……」
悪い事をした、と気まずそうに頬を掻くアルスに、ふと、ネモはある言葉が脳裏に過った。
そう、宿屋で、騎士の彼が――
「金髪碧眼のイケメン……」
宿屋の息子である騎士に尋ねられたではないか。金髪碧眼の美男子を見なかったか、と。
パズルのピースが嵌るように、思考が回り始め、ある推論に到達する。
「あの、もしかして、ルドっていう平民出身の騎士を知っていたりします?」
「ん? うーん……、あ、もしかして、実家が宿屋の……?」
アルスは暫く考え、思い当たって聞き返す。
その人です、と頷きつつ、ネモは言う。
「金髪碧眼の美男子を見なかったか聞かれたの。多分、貴方のことだと思うんですけど……」
視線でドウイウコトナノ、と尋ねるネモに、アルスは気まずそうに視線を逸らす。
「いや、その……、ちょっとだけの筈だったんだ。ちょっと人助けをするつもりで……」
彼が言うところによると、最初は足が弱ったお婆さんを見つけて、家に送ったらしい。それで、すぐに戻ろうとしたところで迷子の子供を見つけ、親を探し、親を見つけて別れた。そのすぐ後に通りで物取りがあり、それを捕まえて門の詰め所に連れて行った。そして更に――と、トントン拍子で困っている人を見つけ、助けていたらいつの間にか町を出ており、とある村で護衛依頼を途中放棄されたおじさんに出会ったのだという。
「それで今は森の中、と……。流れてき過ぎじゃない?」
「ははは……」
誤魔化すかのように空笑いするアルスに呆れた視線を向ける。
「まあ、兎に角、貴方はルドさんの所の騎士様なわけね。こんな所に居て良いんですか? 聖職者の失踪事件の調査とかしに来たんでしょう?」
「あー……、まあ、大丈夫だ。自慢できるような事じゃないが、よくある事だからな!」
皆慣れてる! と言い放つアルスにシラッとした目を向ける。
「それ、怒られるんじゃない? 罰もあるでしょ? 貴方だけじゃなくて、上官や部下とかも」
「いや、怒れれるのは俺だけだな。言っただろ? 慣れてる、って」
常習犯で、処罰は自分だけ。そして、降格するとかいう心配はしていなさそうだ。それはつまり……
「貴方、やっぱりイイトコのボンボンね。上位貴族でトップに近いでしょう」
「えっ」
アルスは何で分かったんだ、と書かれた顔でネモを見つめる。
ネモは肩を竦め、ため息交じりに言う。
「そりゃぁ、分かりますよ。常習犯で、降格の心配をしていないうえに、処罰は貴方だけ。つまり、それを通せる権力がある」
そこで、ネモは嫌な事に気付いた。
ルドは金髪碧眼の男の行方を聞いた時、どんな様子だっただろうか? 怒ってはおらず、どちらかといえば心配が勝っていたはずだ。
しかし、それは同僚を心配する様子ではなく、身分が上の、護衛対象を心配するような……
「ねえ……、まさかとは思うけど、第七王子とか言わないわよね?」
「えっ⁉」
アルスの顔には、やっぱりどうして分かったんだ、とデカデカと書かれていた。
グレートボアの首に突き刺さっているのは、一本の剣だ。
それを引き抜いたのは、若い男だった。
艶消しされた白銀の立派な鎧を纏い、濃紺のマントを翻す男の髪は金。背は高く、百八十センチはありそうだ。体格が良く、鎧の上からでも鍛えられているのが分かる。
彼はこちらを見ず、先に氷の中の雌のグレートボアを見た。動かないかどうかを確認したようだ。
ネモが驚きから覚め、態勢を整えた時、彼がこちらを振り向いた。
鼻筋はすっと通り、目元は優し気。瞳はブルーサファイアの如き美しい青。薄い唇は安堵に緩く弧を描き、笑んでいる。
「うっわ、トンデモイケメン……」
滅多にお目にかかれないクラスの美男子だった。
「大丈夫か? 怪我はないかい?」
甘い顔立ちの男が心配そうな顔をして言う。なんという紳士。どこの物語の王子様だ。
あっれ、私が転生したのって乙女ゲーの世界だっけ? 私がヒロイン? と思いつつも自分の年齢を思い出してスン、と真顔になる。ヒロインなわけが無かった。
男は突然真顔になった少女に少し怯むも、怪我の有無を軽く目視で確認する。
剣を鞘に仕舞いつつ、怪我はなさそうだと判断して男は言う。
「若いお嬢さんがこんな所でどうしたんだ? 仲間は?」
どうやら彼はネモが一人だとは思っていないようだ。
「あー、仲間は居ないわ」
ネモが「一人旅よ」と言ったところで、あっくんが髪を引っ張って、ぼくが居るでしょ、と主張した。
「あらら、そうだった。一人旅じゃなくて、あっくんと一緒だったわ」
一人と一匹で旅をしている、と改めて言えば、男はキョトン、と一つ瞬いて、苦笑する。
「あー、そうか。一人と一匹か。まあ、こんな見事な氷山を作るんだから、それも可能か」
普通、若い少女が一人旅など不可能だ。単純に危険すぎるのだ。
しかし、彼はネモが作り出した氷山を見て、それを可能にするだけの実力はありそうだと判断した。
ネモは目の前の青年が良い身なりをしていることから、もしかして貴族かしら、とあたりを付けつつ、一つ咳払いをして言う。
「えーっと、まず、お礼を言わせてください。危ない所を助けてくれてありがとう。私はネモフィラ・ペンタス。ネモって呼んでください。こっちは契約召喚獣のアセビルシャス。あだ名はあっくん。それで、貴方は見たところ騎士様……ですか?」
「ああ、俺はアルス。君の言う通り騎士をしている。君達が無事で良かったよ」
笑顔が爽やかだ。「光属性……」というネモの呟きに、彼は不思議そうに首を傾げた。
グレートボアや光属性なイケメンの登場に混乱していたネモだったが、落ち着きを取り戻し、思考が正常に回り始め、気付く。
「あ。あの、もしかして、どっかの村から初老のおじさんを護衛してきて、お礼に家に招待されて、薬草を採りに森に入ったりしました?」
「え、何で知ってるんだ?」
不思議そうに首を傾げるアルスに、ネモはおじさん達が心配していて、アルスを村人達が捜している筈だと告げた。
それを聞いたアルスは申し訳なさそうな顔をして言う。
「ああ、そうか……。心配をかけてしまったか……。いつも俺が突然消えても落ち着いて対処する者ばかりだったから……」
悪い事をした、と気まずそうに頬を掻くアルスに、ふと、ネモはある言葉が脳裏に過った。
そう、宿屋で、騎士の彼が――
「金髪碧眼のイケメン……」
宿屋の息子である騎士に尋ねられたではないか。金髪碧眼の美男子を見なかったか、と。
パズルのピースが嵌るように、思考が回り始め、ある推論に到達する。
「あの、もしかして、ルドっていう平民出身の騎士を知っていたりします?」
「ん? うーん……、あ、もしかして、実家が宿屋の……?」
アルスは暫く考え、思い当たって聞き返す。
その人です、と頷きつつ、ネモは言う。
「金髪碧眼の美男子を見なかったか聞かれたの。多分、貴方のことだと思うんですけど……」
視線でドウイウコトナノ、と尋ねるネモに、アルスは気まずそうに視線を逸らす。
「いや、その……、ちょっとだけの筈だったんだ。ちょっと人助けをするつもりで……」
彼が言うところによると、最初は足が弱ったお婆さんを見つけて、家に送ったらしい。それで、すぐに戻ろうとしたところで迷子の子供を見つけ、親を探し、親を見つけて別れた。そのすぐ後に通りで物取りがあり、それを捕まえて門の詰め所に連れて行った。そして更に――と、トントン拍子で困っている人を見つけ、助けていたらいつの間にか町を出ており、とある村で護衛依頼を途中放棄されたおじさんに出会ったのだという。
「それで今は森の中、と……。流れてき過ぎじゃない?」
「ははは……」
誤魔化すかのように空笑いするアルスに呆れた視線を向ける。
「まあ、兎に角、貴方はルドさんの所の騎士様なわけね。こんな所に居て良いんですか? 聖職者の失踪事件の調査とかしに来たんでしょう?」
「あー……、まあ、大丈夫だ。自慢できるような事じゃないが、よくある事だからな!」
皆慣れてる! と言い放つアルスにシラッとした目を向ける。
「それ、怒られるんじゃない? 罰もあるでしょ? 貴方だけじゃなくて、上官や部下とかも」
「いや、怒れれるのは俺だけだな。言っただろ? 慣れてる、って」
常習犯で、処罰は自分だけ。そして、降格するとかいう心配はしていなさそうだ。それはつまり……
「貴方、やっぱりイイトコのボンボンね。上位貴族でトップに近いでしょう」
「えっ」
アルスは何で分かったんだ、と書かれた顔でネモを見つめる。
ネモは肩を竦め、ため息交じりに言う。
「そりゃぁ、分かりますよ。常習犯で、降格の心配をしていないうえに、処罰は貴方だけ。つまり、それを通せる権力がある」
そこで、ネモは嫌な事に気付いた。
ルドは金髪碧眼の男の行方を聞いた時、どんな様子だっただろうか? 怒ってはおらず、どちらかといえば心配が勝っていたはずだ。
しかし、それは同僚を心配する様子ではなく、身分が上の、護衛対象を心配するような……
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