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野良錬金術師
第八話 女達の食卓
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案内された厨房は宿屋で借りた厨房程度の広さだった。
小さな教会には人があまり居ないが、何かしら行事を行う場合、教会の厨房を使うので、この広さを必要とするのだ。
ネモはマジックバックから魔道具の冷蔵庫を取り出す。これは今回の時のように、時間停止のマジックバックを使えない場合に使う食品を入れていた。
マジックバックから冷蔵庫が出てきて目を丸くするリリィに、今日の献立を聞く。
「えっと、今日はひよこ豆と人参のスープ、ソーセージとチーズに、それからマッシュポテトの予定でした」
なるほど、とネモは頷く。
「それならパンとミルクと小麦粉、鶏肉、玉ねぎ、ついでに薪も出すので、ポテトグラタンを作っても良いですか? 他にも足りないものは出すので。たぶん、この子はそれだけだと満足してくれないので」
あっくんを指しての言葉に、リリィはキョトンと目を瞬かせながらも、嬉しそうに頷いた。
二人は厨房内でおしゃべりに興じながら、せっせと手を動かす。
「えっ。それじゃあ、この教会に居るのってリリィさんだけなの?」
「はい、そうなんです。前は司祭様もいらっしゃったんですが、ご高齢でしたので引退されて……。引き継ぎの司祭様がいらっしゃる予定だったのですが……」
どうやら今回の事件の混乱のせいで、司祭の着任が大幅に遅れてしまっているらしい。
「リリィさんみたいな人が一人って、色々と危ないんじゃないの?」
「うーん、そうですねぇ……。一応、私もご覧の通りハーフエルフですので、精霊魔法がありますからそう簡単には危ない目には合わないでしょうが……」
リリィも自分の見た目が余計な騒動を引き寄せる可能性を自覚していた。同じ建物内に一人でも他に人間が居れば抑止力になるのだ。
「かといって、最近の行方不明事件がありますから、無理に来てほしいとは言えませんし……」
こればかりは事件が解決しなければどうにもならない。
人参とジャガイモの皮を剥き、切って鍋に入れてから湯を沸かす。その間にネモは玉ねぎと鶏肉を切り、リリィは瓶詰のひよこ豆を取り出す。
「ただ、事件が事件ですから、村の人達も気にしてくれていて」
「その割には私がすんなり泊まれちゃってるんだけど」
不用心では? と首を傾げるネモに、リリィが苦笑する。
「ネモさんは悪人には見えませんよ」
「いや、本当に悪い奴ほどそう見えないもんよ」
嫌そうな顔をするネモに、今度はリリィが過去に何があったんだろうと首を傾げた。
厨房の入り口からワクワクとしたあっくんの熱い視線を感じながら、二人は調理を終え、後はグラタンに火が通るのを待つばかりだ。
窯と見つめながら、リリィが嬉しそうに言う。
「グラタンなんて久しぶりです」
「今日はちょっと肌寒いから、きっと美味しいわよ」
今の季節は春と夏の丁度境だ。その為、日々に寒暖差がある。
二人はグラタンが出来るまで、洗い物を済ませようと流しに向かった。
***
夕食は二人と一匹だけだったが、賑やかなものになった。
テーブルに並べられたのはポテトグラタン、ひよこ豆と人参のスープ、ソーセージ、パン、そして度数の低いワインだ。
あっくん用の巨大なグラタン皿に目を丸くしつつも、リリィは嬉しそうにグラタンに口を付ける。
「手の込んだお料理はお祭りやお祝い事でしか食べられないから、正直、とても嬉しいです」
「教会だし、小さい村だとそんな感じになっちゃうか」
「ええ。大神殿だとまた違うんですけど、それだと料理は全て冷めちゃってて……」
それはそれで味気ないのだと言う。
「まあ、食べられるだけありがたいんですけどね」
ちょっと神官らしくなかったかな、と苦笑するリリィに、ネモは肩を竦める。
「いや、『食』は大事でしょ。美味しいものを食べたいと思うのは、当然の欲求だわ。大事なのは食べ物を無駄にしないじゃない?」
ネモはぐっ、と拳を握って熱く語る。
「粗食だろうが、贅沢な料理だろうが、大事なのはあるもので如何に美味しく作るかよ! 私が今まで旅していて一番許せなかったのは、喧嘩に巻き込まれてテーブルの上の料理を全部ダメにされたことと、何を考えたのか香辛料をでたらめにぶち込んで、値段にそぐわない不味い料理を高級レストランで出された時ね。前者は吊るしたし、後者は潰したわ」
喧嘩していた両者をボッコボコにして酒場の軒先に逆さに吊るし、レストランはとあるお偉いさんに正直に「不味かった」と話したら、一か月もしないうちに潰れた。当たり前である。
「高級レストランで不味い料理が出たんですか?」
「出たのよ。よく分からないんだけど、私が平民だと嘗めてかかって見習いですらない下働きに料理させたのを出したらしいのよ。後ろ盾に貴族が居たんだけど、見捨てられてたわ。平民が高級料理店に来たのが気に食わなかったみたい。私、ちゃんTPOをわきまえて行ったのよ? 私が平民だからってそんなことするなんて、頭がお目でたすぎるわね」
実の所、ネモがチクったのが件のお偉いさんでなければ後ろ盾の貴族がどうとでもしてくれたのだろうが、相手が悪かったために店が潰れたのだ。何とも自業自得な話であった。
世の中、変な人が居るわよね、と言うネモに、リリィも自分の体験談を話す。
「変な人といえば、大神殿にも居ましたよ。やたらと声を掛けてくる人が。下級神官は修行中の身で、そういう浮ついたことは禁じられているのに……」
疲れた様に溜息を吐くリリィは、この教会に来る前に居た大神殿で中級神官に言い寄られ、困っていたそうだ。そんな時、この教会に移動の話が出て、それに飛びついたのだという。
「神官の婚姻は還俗するか、中級神官以上になるか、なんですけど、それを下級神官の私に押し付けられても困るんです。知っておられるはずなのに、こちらの都合なんてちっとも考えてもらえなくて……。ここに移動できて良かったです」
ファンタジー世界でもセクハラによる部署移動というものはあるのだな、とネモはしょっぱい顔で頷く。
ただ、その男がまだ大神殿に居るせいで昇級試験を受けられない。その時の相手は今では上級神官で、それなりに権力有している。もし中級神官になれば、断れなくなるかもしれない。
「こういう時はハーフエルフで良かったと思いますよ。人間に比べて時間はまだまだありますからね」
その後、年頃の女達による愚痴大会となった。
そんな、楽しい食事を終えた頃だった。
教会の扉が、大きく叩かれたのは――
小さな教会には人があまり居ないが、何かしら行事を行う場合、教会の厨房を使うので、この広さを必要とするのだ。
ネモはマジックバックから魔道具の冷蔵庫を取り出す。これは今回の時のように、時間停止のマジックバックを使えない場合に使う食品を入れていた。
マジックバックから冷蔵庫が出てきて目を丸くするリリィに、今日の献立を聞く。
「えっと、今日はひよこ豆と人参のスープ、ソーセージとチーズに、それからマッシュポテトの予定でした」
なるほど、とネモは頷く。
「それならパンとミルクと小麦粉、鶏肉、玉ねぎ、ついでに薪も出すので、ポテトグラタンを作っても良いですか? 他にも足りないものは出すので。たぶん、この子はそれだけだと満足してくれないので」
あっくんを指しての言葉に、リリィはキョトンと目を瞬かせながらも、嬉しそうに頷いた。
二人は厨房内でおしゃべりに興じながら、せっせと手を動かす。
「えっ。それじゃあ、この教会に居るのってリリィさんだけなの?」
「はい、そうなんです。前は司祭様もいらっしゃったんですが、ご高齢でしたので引退されて……。引き継ぎの司祭様がいらっしゃる予定だったのですが……」
どうやら今回の事件の混乱のせいで、司祭の着任が大幅に遅れてしまっているらしい。
「リリィさんみたいな人が一人って、色々と危ないんじゃないの?」
「うーん、そうですねぇ……。一応、私もご覧の通りハーフエルフですので、精霊魔法がありますからそう簡単には危ない目には合わないでしょうが……」
リリィも自分の見た目が余計な騒動を引き寄せる可能性を自覚していた。同じ建物内に一人でも他に人間が居れば抑止力になるのだ。
「かといって、最近の行方不明事件がありますから、無理に来てほしいとは言えませんし……」
こればかりは事件が解決しなければどうにもならない。
人参とジャガイモの皮を剥き、切って鍋に入れてから湯を沸かす。その間にネモは玉ねぎと鶏肉を切り、リリィは瓶詰のひよこ豆を取り出す。
「ただ、事件が事件ですから、村の人達も気にしてくれていて」
「その割には私がすんなり泊まれちゃってるんだけど」
不用心では? と首を傾げるネモに、リリィが苦笑する。
「ネモさんは悪人には見えませんよ」
「いや、本当に悪い奴ほどそう見えないもんよ」
嫌そうな顔をするネモに、今度はリリィが過去に何があったんだろうと首を傾げた。
厨房の入り口からワクワクとしたあっくんの熱い視線を感じながら、二人は調理を終え、後はグラタンに火が通るのを待つばかりだ。
窯と見つめながら、リリィが嬉しそうに言う。
「グラタンなんて久しぶりです」
「今日はちょっと肌寒いから、きっと美味しいわよ」
今の季節は春と夏の丁度境だ。その為、日々に寒暖差がある。
二人はグラタンが出来るまで、洗い物を済ませようと流しに向かった。
***
夕食は二人と一匹だけだったが、賑やかなものになった。
テーブルに並べられたのはポテトグラタン、ひよこ豆と人参のスープ、ソーセージ、パン、そして度数の低いワインだ。
あっくん用の巨大なグラタン皿に目を丸くしつつも、リリィは嬉しそうにグラタンに口を付ける。
「手の込んだお料理はお祭りやお祝い事でしか食べられないから、正直、とても嬉しいです」
「教会だし、小さい村だとそんな感じになっちゃうか」
「ええ。大神殿だとまた違うんですけど、それだと料理は全て冷めちゃってて……」
それはそれで味気ないのだと言う。
「まあ、食べられるだけありがたいんですけどね」
ちょっと神官らしくなかったかな、と苦笑するリリィに、ネモは肩を竦める。
「いや、『食』は大事でしょ。美味しいものを食べたいと思うのは、当然の欲求だわ。大事なのは食べ物を無駄にしないじゃない?」
ネモはぐっ、と拳を握って熱く語る。
「粗食だろうが、贅沢な料理だろうが、大事なのはあるもので如何に美味しく作るかよ! 私が今まで旅していて一番許せなかったのは、喧嘩に巻き込まれてテーブルの上の料理を全部ダメにされたことと、何を考えたのか香辛料をでたらめにぶち込んで、値段にそぐわない不味い料理を高級レストランで出された時ね。前者は吊るしたし、後者は潰したわ」
喧嘩していた両者をボッコボコにして酒場の軒先に逆さに吊るし、レストランはとあるお偉いさんに正直に「不味かった」と話したら、一か月もしないうちに潰れた。当たり前である。
「高級レストランで不味い料理が出たんですか?」
「出たのよ。よく分からないんだけど、私が平民だと嘗めてかかって見習いですらない下働きに料理させたのを出したらしいのよ。後ろ盾に貴族が居たんだけど、見捨てられてたわ。平民が高級料理店に来たのが気に食わなかったみたい。私、ちゃんTPOをわきまえて行ったのよ? 私が平民だからってそんなことするなんて、頭がお目でたすぎるわね」
実の所、ネモがチクったのが件のお偉いさんでなければ後ろ盾の貴族がどうとでもしてくれたのだろうが、相手が悪かったために店が潰れたのだ。何とも自業自得な話であった。
世の中、変な人が居るわよね、と言うネモに、リリィも自分の体験談を話す。
「変な人といえば、大神殿にも居ましたよ。やたらと声を掛けてくる人が。下級神官は修行中の身で、そういう浮ついたことは禁じられているのに……」
疲れた様に溜息を吐くリリィは、この教会に来る前に居た大神殿で中級神官に言い寄られ、困っていたそうだ。そんな時、この教会に移動の話が出て、それに飛びついたのだという。
「神官の婚姻は還俗するか、中級神官以上になるか、なんですけど、それを下級神官の私に押し付けられても困るんです。知っておられるはずなのに、こちらの都合なんてちっとも考えてもらえなくて……。ここに移動できて良かったです」
ファンタジー世界でもセクハラによる部署移動というものはあるのだな、とネモはしょっぱい顔で頷く。
ただ、その男がまだ大神殿に居るせいで昇級試験を受けられない。その時の相手は今では上級神官で、それなりに権力有している。もし中級神官になれば、断れなくなるかもしれない。
「こういう時はハーフエルフで良かったと思いますよ。人間に比べて時間はまだまだありますからね」
その後、年頃の女達による愚痴大会となった。
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