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野良錬金術師
第六話 不穏な影3
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「あ、そうだ。ゼラさん、夕食の時間って終わりは何時くらいになりますか?」
「ん? ああ、そうだな。八時くらいだな」
「うちは酒を出さないし、宿泊人数も少ないからね」
この『夕焼け亭』は、ゼラ達宿屋夫妻と、昼間に通いの主婦を一人雇った少人数経営だ。部屋数も少ない方で、限界宿泊人数は十二人だ。
何故そんなことを聞くのかと不思議そうな顔をするゼラに、昼食を食べすぎたので、出来れば夕食を遅らせたい旨を伝えた。
「あ、それならネモちゃん、あたしらと一緒に食べないかい?」
「えっ」
リタの誘いに驚くネモに、ゼラもそれは良い案だと頷く。
「グレートボアはネモちゃんのお陰で手に入れたし、折角だからネモちゃんの旅の話も聞きたいな」
「ほら、ルドはお国に仕える騎士になった訳だし。世界中を旅してるネモちゃんの生の声を聞くのも為になると思うんだよ」
「えーっと……」
折角の家族水入らずなのだから三人で過ごせば良いと思ったのだが、息子のルドのために、と言われてしまうと断りづらい。
どうしたものかとルドを見れば、ルドにも是非ご一緒に、と言われてしまう。
「あー……、はい。それじゃあ、よろしくお願いします」
取りあえず、了承すると共に、あっくん用の肉を追加で渡すくらいしかできなかった。
***
「えっ、ネモさんは錬金術師なんですか!?」
夕食の席でルドが驚きの声を上げた。
一家団欒に混ぜてもらったネモの前には、美味しそうなグレートボアのステーキが出されている。あっ君の前には分厚いステーキが十枚以上積まれ、タワーを作っていた。
肉の味は豚肉っぽいのだが、食感が舌の上でとろけるように柔らかい。ステーキソースは醤油ベースで、パンではなくライスが欲しくなってしまう。
「そうだぜ。なんと、この若さで錬金術師になった凄い子さ!」
夫妻はここぞとばかりに良いワインを開け、ゼラは気持ちよく酔っていた。だからだろう。うっかり乙女の地雷を踏んだのは--
「『不老の秘薬』を飲んだから、若く見えても中身は結構なバ――」
――スコーン!
ゼラの顔の横を銀色のナニカが通り過ぎた。
ギギギ、と錆び付いたオモチャの如き緩慢さで後ろを振り向き、壁に刺さったフォークを発見する。
「ホホホ、すみません、テガスベリマシタ」
圧を感じさせるネモの謝罪に、ゼラの酔いが冷める。
そんなゼラに、リタが呆れた様子で「馬鹿だね、女に歳のことを言うんじゃないよ」と言って軽く頭を叩いた。
「ごめんね、ネモちゃん。デリカシーのない男で」
「いえ、こちらこそすみませんでした」
リタはフォークを回収し、新しいフォークをネモに渡す。彼女が右手に持つナイフじゃないだけマシだ、と思うリタも悩ましいお年頃だ。大きな子供が居ようが女を捨てていないのだ。
しかし、ナイフではなく、フォークが壁に突き刺さる力加減が恐ろしい。
女達のやり取りを見て、ルドは女性に歳のことは絶対に言わないでおこう、と心に決めた。
ルドは咳払いをして話題を変える。
「ええと、ネモさんはベルク村の方から来たんですよね?」
「え? そうね、途中からだけど、道はそっち方面ですね」
あっくんのご飯を狩るべく森に入り、道なき道を行った末に別の道に出たのである。
「その、つかぬことをお伺いしますが、道中体格の良い金髪碧眼の若い男と見かけませんでしたか?」
「体格の良い金髪碧眼の男、ですか?」
ネモは小首を傾げる。
正直、その特徴だけだと多くは無いが、数はそれなりに居る。
「もうちょっと他に特徴はありませんか?」
「そうですね……、あ、結構な美男子ですね」
「それなら居ませんでしたね!」
イケメンなんぞ見てない。そんな目の保養が居れば覚えている自信がある。
「その美男子がどうかしたんですか?」
「いえ、ちょっと捜していて……」
別に犯罪者とかではなく、ただ捜しているだけだと言う。
「それって、なんで捜し――」
「そうだ、ネモさんは錬金術師なんですよね?」
「え? ええ、そうですけど……」
何故捜しているのか突っ込んで聞こうとしたが、ルドによって話題がすぐさま変えられてしまった。
「でしたら、早めにこの国を出た方が良いかもしれません」
「えっ」
国に所属する騎士でもある彼の言葉に、先程まであった疑問が吹っ飛ぶ。
「ここだけの話なんですが、教会から錬金術の禁書が盗まれていたことが分かったんです」
これにはネモだけではなく、ゼラとリタもぎょっとして目を剥いた。
「お、おい、ルド、俺達にそんなこと喋るっていいのか?」
「そうだよ。重要機密、とか、そういうもんじゃないのかい?」
オロオロする両親に、ルドが首を振る。
「まあ、良くは無いけど、錬金術師であるネモさんには、犯人に気付かれる前に遠くに逃げてほしいんだ。錬金術師とバレたら、その知識を利用しようと巻き込まれる可能性か高いからね。そういう訳だから、父さんと母さんにはネモさんのことを秘密にして欲しい」
そういった理由から話したのだ。
リタが心配そうにルドに尋ねる。
「でも、それってネモちゃんを国で保護するとかできないのかい? 危ないんだろう?」
「いや、国を出てもらった方が安全だと思う。……実は、王都の大神殿からも上級神官を始めとして、数人の神官が消えてるんだ」
それは、とんでもない事態だった。
王都の大神殿といえば、王宮と並ぶ程に守りが厳重な所だ。それが破られたとなれば、この国に安全な場所は無いのかもしれない。
「騎士として情けないかぎりですが、どうか貴女の安全のためにご一考ください」
ネモは神妙な顔をして頷いたのだった。
「ん? ああ、そうだな。八時くらいだな」
「うちは酒を出さないし、宿泊人数も少ないからね」
この『夕焼け亭』は、ゼラ達宿屋夫妻と、昼間に通いの主婦を一人雇った少人数経営だ。部屋数も少ない方で、限界宿泊人数は十二人だ。
何故そんなことを聞くのかと不思議そうな顔をするゼラに、昼食を食べすぎたので、出来れば夕食を遅らせたい旨を伝えた。
「あ、それならネモちゃん、あたしらと一緒に食べないかい?」
「えっ」
リタの誘いに驚くネモに、ゼラもそれは良い案だと頷く。
「グレートボアはネモちゃんのお陰で手に入れたし、折角だからネモちゃんの旅の話も聞きたいな」
「ほら、ルドはお国に仕える騎士になった訳だし。世界中を旅してるネモちゃんの生の声を聞くのも為になると思うんだよ」
「えーっと……」
折角の家族水入らずなのだから三人で過ごせば良いと思ったのだが、息子のルドのために、と言われてしまうと断りづらい。
どうしたものかとルドを見れば、ルドにも是非ご一緒に、と言われてしまう。
「あー……、はい。それじゃあ、よろしくお願いします」
取りあえず、了承すると共に、あっくん用の肉を追加で渡すくらいしかできなかった。
***
「えっ、ネモさんは錬金術師なんですか!?」
夕食の席でルドが驚きの声を上げた。
一家団欒に混ぜてもらったネモの前には、美味しそうなグレートボアのステーキが出されている。あっ君の前には分厚いステーキが十枚以上積まれ、タワーを作っていた。
肉の味は豚肉っぽいのだが、食感が舌の上でとろけるように柔らかい。ステーキソースは醤油ベースで、パンではなくライスが欲しくなってしまう。
「そうだぜ。なんと、この若さで錬金術師になった凄い子さ!」
夫妻はここぞとばかりに良いワインを開け、ゼラは気持ちよく酔っていた。だからだろう。うっかり乙女の地雷を踏んだのは--
「『不老の秘薬』を飲んだから、若く見えても中身は結構なバ――」
――スコーン!
ゼラの顔の横を銀色のナニカが通り過ぎた。
ギギギ、と錆び付いたオモチャの如き緩慢さで後ろを振り向き、壁に刺さったフォークを発見する。
「ホホホ、すみません、テガスベリマシタ」
圧を感じさせるネモの謝罪に、ゼラの酔いが冷める。
そんなゼラに、リタが呆れた様子で「馬鹿だね、女に歳のことを言うんじゃないよ」と言って軽く頭を叩いた。
「ごめんね、ネモちゃん。デリカシーのない男で」
「いえ、こちらこそすみませんでした」
リタはフォークを回収し、新しいフォークをネモに渡す。彼女が右手に持つナイフじゃないだけマシだ、と思うリタも悩ましいお年頃だ。大きな子供が居ようが女を捨てていないのだ。
しかし、ナイフではなく、フォークが壁に突き刺さる力加減が恐ろしい。
女達のやり取りを見て、ルドは女性に歳のことは絶対に言わないでおこう、と心に決めた。
ルドは咳払いをして話題を変える。
「ええと、ネモさんはベルク村の方から来たんですよね?」
「え? そうね、途中からだけど、道はそっち方面ですね」
あっくんのご飯を狩るべく森に入り、道なき道を行った末に別の道に出たのである。
「その、つかぬことをお伺いしますが、道中体格の良い金髪碧眼の若い男と見かけませんでしたか?」
「体格の良い金髪碧眼の男、ですか?」
ネモは小首を傾げる。
正直、その特徴だけだと多くは無いが、数はそれなりに居る。
「もうちょっと他に特徴はありませんか?」
「そうですね……、あ、結構な美男子ですね」
「それなら居ませんでしたね!」
イケメンなんぞ見てない。そんな目の保養が居れば覚えている自信がある。
「その美男子がどうかしたんですか?」
「いえ、ちょっと捜していて……」
別に犯罪者とかではなく、ただ捜しているだけだと言う。
「それって、なんで捜し――」
「そうだ、ネモさんは錬金術師なんですよね?」
「え? ええ、そうですけど……」
何故捜しているのか突っ込んで聞こうとしたが、ルドによって話題がすぐさま変えられてしまった。
「でしたら、早めにこの国を出た方が良いかもしれません」
「えっ」
国に所属する騎士でもある彼の言葉に、先程まであった疑問が吹っ飛ぶ。
「ここだけの話なんですが、教会から錬金術の禁書が盗まれていたことが分かったんです」
これにはネモだけではなく、ゼラとリタもぎょっとして目を剥いた。
「お、おい、ルド、俺達にそんなこと喋るっていいのか?」
「そうだよ。重要機密、とか、そういうもんじゃないのかい?」
オロオロする両親に、ルドが首を振る。
「まあ、良くは無いけど、錬金術師であるネモさんには、犯人に気付かれる前に遠くに逃げてほしいんだ。錬金術師とバレたら、その知識を利用しようと巻き込まれる可能性か高いからね。そういう訳だから、父さんと母さんにはネモさんのことを秘密にして欲しい」
そういった理由から話したのだ。
リタが心配そうにルドに尋ねる。
「でも、それってネモちゃんを国で保護するとかできないのかい? 危ないんだろう?」
「いや、国を出てもらった方が安全だと思う。……実は、王都の大神殿からも上級神官を始めとして、数人の神官が消えてるんだ」
それは、とんでもない事態だった。
王都の大神殿といえば、王宮と並ぶ程に守りが厳重な所だ。それが破られたとなれば、この国に安全な場所は無いのかもしれない。
「騎士として情けないかぎりですが、どうか貴女の安全のためにご一考ください」
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