野良錬金術師ネモの異世界転生放浪録(旧題:野良錬金術師は頭のネジを投げ捨てた!)

悠十

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野良錬金術師

第一話 転生

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 事の始まりは何処かと聞かれれば、ネモフィラ――通称ネモは間違いなく五歳の頃の事を指す。
 ネモはその頃にすっ転んで頭を打ち、前世の記憶を思い出したのだ。
 前世は何のことは無いごく平凡な女だった。地球という星の日本という国に生まれ、学校へ行き、卒業してからは中小企業へ事務員として就職。どうして死んだのかは覚えていないが、途中で記憶が途切れているということは、そこで何かがあったのだろう。
 自分の死に方など思い出しても良いことはなさそうだし、ネモは今生きているのでそれで良しとした。
 ネモが新たに生を受けた世界は、生前創作物としてよく見た異世界ファンタジーのような世界だった。
 魔法があり、精霊や妖精、恐ろしい魔物や悪魔などが居る世界だ。
 まさか異世界転生するとは思わず、踊る心を隠しきれなかったネモは、今世の家族に早々に前世の記憶を思い出したことがバレた。
 ネモはそれにより家族に疎まれることを恐れたが、家族は「前世の記憶を思い出すなんて珍しいね」と言って簡単に受け入れてしまった。
 驚いたネモがどうしてそんなに簡単に受け入れられるのかと尋ねれば、前世の記憶を思い出すことは珍しいが、ちょっと大きな町に行けば必ず一人や二人はいるものだと返って来た。
 それどころか、前世の記憶を思い出した人間のなかには不思議な知識をもつ者もおり、大抵の場合は歓迎されるのだという。
 そうした面で気を付けることはあれど、迫害は無いのだと聞き、ネモは安心した。
 それからは順調に成長し、ネモは錬金術師へと弟子入りし、錬金術師になった。
 異世界ファンタジーならではと言える職業の一角であるそれは、ネモにとってとても面白いものだった。
 フラスコの中に種と蜜、小さな魔物の魔核を入れ、液状の薬剤を入れてフラスコを振れば、フラスコの中の種から芽が出てスルスルと育ち、白い花を咲かせて枯れていく。
 枯れた花は朽ちて砂になり、それらを外に出せば砂と共に小さな琥珀の様な結晶体がコロリと出てくる。前世ではありえない反応と結果だ。
 こうしたことが楽しくて、ネモはずっと――長く長く錬金術にのめり込み、気付けば二つ名を与えられるほどの錬金術師になっていた。
 


   ***



「すみませんでした……」
「いえいえ、そんな。こちらこそ盗賊を退治してくださって、ありがとうございました」

 ネモは小さく身を縮めて頭を下げた。
 そんなネモに鷹揚に微笑みながらそう言うのは盗賊達に襲われていた商人だ。

「まさかこんな所で錬金術師様にお会いできるとは思いませんでしたな」

 ネモの緑の乙女の蔓から解放された冒険者達に、次々に簀巻きにされている盗賊達を眺めながら商人は言う。
 錬金術という技術は世界中に溢れているが、錬金術師と名乗る事を許されている者は少ない。
 錬金術と分類される技術の分野は幅広い。
 植物学、薬学、自然科学、魔道学、精霊学――その他にも学ぶべきことは多岐にわたる。それこそ、全てを学び終えるには人の一生では足りないのではないかとすら言われているのだ。
 それ故に錬金術は薬師ならばそれに類する錬金術を。魔道具師ならばそれに必要とされる部分のみの錬金術を治めている。
 そんな学問であるからこそ、それらを全て治めて錬金術師を名乗る事を許される者は少ない。
 

「その若さで『不老の秘薬』をお作りになり、飲まれたとは……。優秀でいらっしゃるんですね」
「ハハッ」

 乾いた笑い声がもれる。
 『不老の秘薬』とは、その名の通り不老となる薬だ。
 前述したように、錬金術師となるにはエルフ達のように長命種でなければ難しい。その為、人間や獣人などの種族はまず『不老の秘薬』を作る事を目標とする。
 故に、どれだけ若い姿で時を止めたかでその優秀さが測れるのだ。
 しかし、ネモの場合、ただ運が良かっただけなのだ。
 まず『不老の秘薬』を作るには、材料を集めるのに苦労する。しかし、ネモの場合は弟子入りした錬金術師の師匠に使い残しが多数在った。そこに、ネモが偶然必要とする残りの材料を手に入れた為、師匠に作ってみろと言われ、師匠の完全監修の元に作り上げることに成功したのだ。
 手こそ出さなかったが、完璧な指示を与えられたからこそ作れた。本来材料から何から全て一から揃え、自分の力のみで作るものだ。果たして、それをネモの実力としていいものか……
 気まずそうに視線を泳がせるネモに、商人は少し不思議そうな顔をしつつも、本題を切り出す。

「それで、こんな時に何ですが、ちょっとご相談がありまして……」
「あ、ハイ。なんでしょうか?」

 相手が商人となれば、話は一つだ。

「実は私、魔法薬やちょっとした魔道具などを取り扱っておりまして、何かお売りいただけるようなものがございましたらと思いまして」
「んー……と、そうですね……」

 商談である。
 錬金術師と言えば、その希少性と有用性から国のお抱えとなる事が多い。もしくは、気に入った土地に工房を構え、仕事を受けるのだ。
 しかし、それに当てはまらない変り者も居る。
 土地から土地へと旅を続ける『野良錬金術師』と呼ばれる者達だ。
 そうした連中は何かしらの刺激を求める者達で、必要に駆られてか、町住まいの錬金術師たちより引き出しが多い。それ故に、町の錬金術師にはない珍しい物を創り上げていることがあった。
 
「そうですねぇ……。ヒールポーションやマジックポーションとかオーソドックスな物じゃな方が良いですよね」
「えっ。いえ、待ってください。マジックポーションをお願いします」
「え」

 少し驚いた様子で商人の男を見返せば、彼は苦笑しながら教えてくれた。
 確かにマジックポーションは珍しい物ではないが、それを作れる者は意外と少ないのだという。

「確かに薬師でも作れますが、あれは魔力を微調整しながら混ぜなくてはいけないでしょう? それがとても難しいんです。それこそ、薬師の中でも熟練の技が必要となります」

 そう商人は言うが、錬金術師のネモとしては、魔力の微調整などいつもしていることだ。なので、マジックポーションを作るなど簡単な作業なのだが、薬師の仕事には魔力の微調整が必要な薬など滅多にないらしい。

「薬師ギルドでは三級薬師の資格を取るのにマジックポーションの作成があるくらいですから」

 そのランクは上から特級、一級、二級、となるのだが、三級からでないと弟子が取れない。その為、薬師は三級の資格を取れてようやく一人前とみなされる。

「知らなかった……」
「錬金術師の方は当たり前のように行っている技術ですから、意外と知らない方が多いそうですよ」

 更に言うなら、魔道具師の方が仕事柄魔力の微調整が上手く、マジックポーションを作る時だけ臨時で雇われる事もあるらしい。

「ああ、だから場所によってはヒールポーションより二倍以上の値段になるのね。材料が不足しているからなのかと思ってたわ……」
「作れる人間が少ない地域だったんでしょうね」

 錬金術師になって結構経つが、ようやく知った新事実であった。

 

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