野良錬金術師ネモの異世界転生放浪録(旧題:野良錬金術師は頭のネジを投げ捨てた!)

悠十

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野良錬金術師

プロローグ

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 薄暗い森の中を少女が走っていた。
 白銀の髪をなびかせ、パッチリとした瑠璃色の眼で背後を振り返り、様子を確かめながら足を動かす。
 それなりに美少女のくくりに入れて良いだろう容姿の彼女は、器用に木々の間を走り抜け、街道に出たのは数分後のことだった。しかし、ここでまさかのバッティングをしてしまった。

「命が惜しけりゃ、大人しくしな!」
「ふへへ、女は傷つけるなよぉ?」
「ヒィィィィ!?」

 まさかの、盗賊に襲われる商人一行とその護衛達とのバッティングだった。
 茂みから急に飛び出して来た少女に盗賊達は驚き、また、少女の方も盗賊達に驚いていた。

「え。ちょ、何で居るの!?」
「はあ?」
「おうおう、元気なお嬢ちゃんだな」

 驚く少女に、盗賊達はゲラゲラと下卑た笑い声をあげる。
 商人一行はそれに怯え、その護衛の冒険者達は警戒し、それぞれが獲物を構えたが、飛び出して来た少女だけは己の飛び出して来た背後の森を何度も振り返り、盗賊達の事は半ば無視していた。
 そんな、こちらを気にせず、怯えもしない少女を面白くなく思ったのか、盗賊の一人が声を上げようとし――

「おい、お前、何を――」
「あ、ヤバ、来た」

 ドゴ、メギャギャギャギャ!

「ギュオォォォォォォォ!!」

――失敗した。
 森から、突如木々を薙ぎ倒し、巨大な猪の化け物が出て来たのである。

「ひ、ま、魔物……!」

 魔物とは、魔力を持つ凶暴な獣や蟲の総称である。これらは心臓の他に魔核というもう一つの心臓を持ち、尋常ならざる力を持って生態系の上位に君臨していた。
 その魔物を前に、立ち竦むのは盗賊達だけではなかった。それは、商人の護衛でもある冒険者もまた、その存在を目にして愕然とした顔でそれを見つめていた。

「おい、あれ、グレートボアじゃねーか!」
「嘘だろ、Bランクの魔物だぞ⁉」

 巨大猪――グレートボアは、小山の如き巨体を興奮で震わせ、前足を苛立たし気に大地に打ち付け、吠えた。

「ギュオォォォォォ!」

 森の主と言っても過言ではないその迫力に、一同の顔には怯えが走る。しかし、たった一人だけ、それをしれっと受け流したものが居た。

「あー、ヤッバ、人が居るとは思わなかったからなぁ……」

 それは、飛び出して来た銀髪の少女だった。少女は腰のポーチから試験管を一つを引き抜き、その栓を抜き、言った。

「《走れ、風の乙女》」

 その瞬間、一瞬だけ、確かに小さな風の精霊が生まれた。
 そして、周囲に爆発するような突風が吹き、鋭い風の刃がグレートボアを切り裂いた。

「ギュアァァァア!?」

 頑丈な筈の毛皮を切り裂かれ、グレートボアが悲鳴を上げる。
 
「やっぱ、コレじゃダメか……」

 傷を負わせはしたものの、致命傷にはほど遠い様子に、少女は苦い顔をする。
 しかし、グレートボアという魔物は盗賊や冒険者達が絶望の表情を浮かべるに相応しい程の危険度が高い魔物だ。少女の様な細っこい若い娘が、ただ一人で傷を負わせる事が出来るようなランクの魔物では無い。
 それ故に、周りの人間は信じられないものを見る様な目で少女を見ていたが、少女はそれに気付かずグレートボアを睨み付けていた。
 そして、少女は何かを諦めたかの様な表情をして、呟いた。

「仕方ない……、眼球は諦めるか……」

 良い薬の材料になるんだけどな、とぼやいた後、少女はグレートボアを睨み付け、告げた。

「あっくん、お願いします!」

 その言葉を合図に、少女のハーフアップに結われた長い髪を掻き分け、肩口に出て来たのは赤い宝石が額に埋め込まれた、大きなマスコット体系の白いリスだった。

「頭を狙って! あの猪、お肉とタンは美味しいから気を付けてね!」
「きゅいっ!」

 少女の言葉に、愛らしい姿の白リスの目がギラリと輝いた。リスは木の実や木の芽などの植物を食べる筈なのに、白リスは明らかにグレートボアを食物と見なしている。
 見た目は弱そうな、けれど明らかに食物連鎖の上に立つ雰囲気を醸し出す、ヤバイ気配を纏ったリスもどきは、涎をたらさんがばかりの顔つきでグレートボアを見て、高らかに鳴いた。

「ぷっきゅーい!」

 ご機嫌な小動物の鳴き声と共に、額の赤い宝石が強く光り輝き、可愛らしさの欠片もないエネルギー波――所謂ビームがそこから放たれた。
 それは、真っ直ぐグレートボアに向かい、その鼻から上の頭蓋を簡単に吹き飛ばし、蒸発させた。
 可愛らしい小動物が作り上げた光景を前に、周囲の者達は口をポカンと口を開け、茫然としている。
 脳を失ったグレートボアは暫く体をふらつかせ、そのままドォッ、と重い音を立てて崩れ落ちた。

「ふー……。あっくん、ありがとう!」
「きゅっ!」

 一つ息を吐いた後、血抜きしなきゃ、と少女はグレートボアに近付いて行った。
 その姿を、周囲の者達は茫然と見つめる。
 そんな中、ふと、盗賊団の一人がある情報を思い出し、叫んだ。

「あ。あ、あ、あー! 思い出した! 銀髪の、でかい白リスを連れた女!」

 少女を指さし、男は言った。

「山姥ネモ‼」
「誰がババアだってぇぇぇぇぇ!?」

 眦吊り上げて、鬼の形相で振り返った少女に、人々の肩が跳ねる。
 
「私はネモフィラ! 永遠の十七歳のネモフィラ・ペンタスよ! 断じて! 山姥じゃないわ!」

 ハーフアップにした白銀の髪を背に払い、ネモは胸を張って高らかにそう名乗った。

「やっぱり山姥ネモじゃねえか! 銀髪の野良錬金術師! 不老の秘薬を飲んで年を取らなくなった外見詐欺!」
「不老の秘薬?」
「え、じゃあ、実年齢は……」

 盗賊の男がギャーギャー騒ぐ向こうで、冒険者と商人達がヒソヒソと声を潜めて話し合う。

「五月蠅いわね! 十七歳の時に不老になったんだから、私は永遠に十七歳なのよ!」
「え……」
「それはちょっと……」

 ネモの言葉に、男達は顔を見合わせ、首を振る。その様子を見たネモの口元が引きつり、その顔から明らかに機嫌が損なわれていくのが見て取れた。
 そして、ついに言ってはならぬ事を言う馬鹿が現れた。

「永遠の○○ってのは、ババアしか言わねーんだよ!」
 
 その一言が、トドメだった。その言葉を受け、ネモの堪忍袋の緒がブチブチブチィッ、と盛大な音を立ててちぎれていく。
 ネモはふるふると肩を震わせ、怒りの形相で男達を睨み付けながら、腰の試験官を引き抜いた。

「よくも、言ったわねぇぇぇ‼《縛り上げろ、緑の乙女!》」

 試験管から花と緑の蔓を纏った精霊が飛び出し、男達の足元を飛び回って地面を撫でると、その足元から植物の蔓が生え、盗賊や冒険者、商人を問わず縛り上げた。
 突然の惨状に、男達が驚き、悲鳴を上げるも、ネモはそれを無視して怒鳴った。

「私は、ババアなんかじゃないんだからぁぁぁぁぁ‼」

 ネモの魂の叫びが、辺りに虚しく響き渡ったのであった。


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