魔導士がいるからとパーティーを追い出された弓兵 ~訳ありパーティーで冒険者の頂点を目指す~

野良子猫

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冒険者の邂逅4 「残念だったな」

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「うがぁぁああああ」

 片足を吊り上げられてジタバタと暴れて揺れ動くココア。
 取り敢えず無事を確認すると、俺はその場所を確認できる可能な限り遠い場所で身を潜めた。
 フードで顔を隠して周囲の気配に気を巡らす。

 一面雪景色の中で俺の黒装束は目立つが、なるべく木や陰で同化する。
 いつでもココアを守れるように弓を握り、矢をつがえて待機する。

「おうおう、魔物用に用意した罠だが、まさか人間がかかるとはなぁ」

 ココアに近づいてきたのは大きい袋を片手に毛皮を纏った筋骨隆々の男だ。
 二メートルを超える体躯に、背中に担ぐ刃の大きいバトルアックスには古くない血がべっとりと着いている。
 
 結構な距離離れているが“遠視の才”のおかげでその男の様子を詳細に観察できる。
 血と共に刃に付着している長く白い毛はこの地域の生態系からしてグラウルスのものとみていいだろう。
 
 男の身体に怪我の類が無い所を見ると自衛でグラウルスを殺した訳じゃなさそうだ。
 グラウルスの性格上、街に行くことは無いだろうから討伐の依頼もないだろう。

 つまりあの男は殺すつもりでグラウルスを殺したということ。
 依頼以外でアネクメネの魔物を討伐する行為は違法だ。
 アネクメネの資源を巡って戦争が起きないように、アネクメネは冒険者協会が管理している。
 資源の独占が起きないよう、冒険者は依頼されている以上の事をしてはいけない。

 それ以上は納得のいく説明が無い限り密猟、密採に値する。
 だがそれらを生業としている人達がいる。
 
 それが闇ギルドと呼ばれる組織だ。
 アネクメネの資源が枯渇しないよう管理している為、協会に依頼すれば資源が調達できるとは限らない。
 無いより有るほうが良いという理由では依頼が拒否されることもある。

 そこで闇ギルドが依頼を請け負い、アネクメネの資源を調達してくる。
 冒険者協会も闇ギルドへの依頼元まで調べる余裕はないし、闇ギルドのいる連中は元々冒険者じゃいられなくなった連中や犯罪者達なのでお互いに持ちつ持たれつの関係だ。

 俺達冒険者には闇ギルドの犯罪者達を排除する使命がある。
 逮捕が望ましいが、最悪生死は問わない。
 
 俺が身を潜めたのは、あの大男のアジトを探る為だ。
 あの男一人捕まえるより、拠点を見つけて協会に報告した方が良い。

「うがぁぁ放すです! 殴りますよぉ!」

「おうおう元気なこって。嬢ちゃん、冒険者か?」

 ココアは大声で騒いでいるから聞こえるが、男の声は小さくてこの距離では聞こえない。
 “遠視の才”で男の口元を見て、“識の魔眼”で口の動きと表情から単語を推測して会話文となるよう構成していく。
 一分も会話すれば完璧な読唇術が可能だが、今はこれが限界だ。

「ココアは冒険者です! そっちこそ誰ですか!」

「オレか? オレァ……お前と同じ冒険者だ」

「嘘です! なんか声がモヤっとしてるです!」

 あのバカ、適当に話を合わせときゃいいのに。
 勘の良さは冒険者にとって必要な能力だが、素が単純だと弱点になる。
 
 単独で闇ギルドの連中と鉢合わせた場合、いかに冒険者じゃないことを証明するかが大事だ。
 こっちが冒険者と分かった途端、戦闘へと発展する。
 逆に同業を偽れば、その場を何事なくやり過ごせる。

 ライセンスを持っていない事を証明できない限り、本当の意味で信用されることは無いが、向こうからすれば一部の快楽殺人者を除いて、拠点が見つからなければ問題ない。
 向こうは向こうで戦闘などという危険な橋を渡りたくないからだ。

 ココアが話を合わせれば、解放もしくは放置されて男は去る。
 俺はココアと合流した後、男を尾行して拠点を見つけることが出来る。
 まーもうその策は使えないわけだが。

「ふん、お前さては新人だな。こういう時は適当に話を合わせておくもんだぜ。もう遅いけどな」

 男は背中に担いだバトルアックスを手に取った。
 単なる脅しではなさそうだ。
 バトルアックスを掴んだ瞬間漏れる、人を殺すことに抵抗のない突き刺すような気迫。
 
 それを感じた瞬間、俺は空に向かって矢を放つ。
 エクディキスの弦を引くとゴリゴリと金属が曲がるような音が鳴り、指を離した瞬間ズドンという通常の弓ではありえない音が響いた。

 黒い矢が空へと延び、弧を描いて男の方へ。
 その矢が男に届くより先に、俺はココアを吊っている縄を狙う。

「さ~て、嬢ちゃんの肉はどんな感じに切れ――――ッ!?」

 ココアににじり寄る男は咄嗟の反応で上から降ってきた黒矢を叩き落とした。
 男の目線は叩き落とした黒い矢。
 俺はその隙にココアを吊るす縄を射抜いた。

 「わぷっ――――」

 ココアが頭から雪に突っ込む中、俺は男との距離を詰めていく。
 その間に二本の矢を男に黒い矢を撃ち込んでいく。
 男がその二本も払い落とす頃には男との距離は目前にまで迫っていた。

「馬鹿がッ!!」

 男がバトルアックスを振り下ろす。
 弓の最大の長所である距離を捨てた俺に対して、男はわずかな油断をした。
 
 俺は振り下ろしてきたバトルアックスをエクディキスの弓幹で受け止めた。
 火花が散り、衝撃が手に伝わる。
 俺は右に体を捻り、受け止めた威力を地面に流す。
 その勢いを利用して俺は右手で左腰の吹き筒を握りしめた。

「ふっ!」

 息を吐いて身体の勢いを右手へと流して、男の側頭部を吹き筒で殴りつける。

「――がぁっ!?」

 男は出血しながら吹き飛んだ。
 純白の雪に男の血が鮮やかに散る。

「大丈夫かココア?」

「ぶはぁっ! 大丈夫です!」

 雪から勢いよく顔を出すココア。
 特に怪我とかはなさそうだ。
 
「んだお前。嬢ちゃんの仲間か?」

「ま、そんなところだ。おたくは冒険者じゃなさそうだが、その袋には何が入ってるんだ?」
 
 俺は男が大事そうに持っている大きい袋に目をやった。
 
「ま、どうせグラウルスの骨とかだろ。高値で売れるしな」

 グラウルスの骨は光の屈折率が高い。
 それはまさに宝石のような輝きを放つが、グラウルスは同種の骨を食べてしまう習性がある為、その骨を自然に採取できることは少ない。

 宝石の魅力の囚われた者がグラウルスの骨を欲しても冒険者協会に依頼しても受けてくれないことがほとんどだ。
 なんせ毛と違って骨を採取するということはグラウルスを殺さなくてはならない。
 
 それはアネクメネの生態系を過剰に乱す行為で、それを依頼として成立させるわけにはいかない。
 グラウルスの骨は冒険者が散策中に偶然見つけることで市場に出回る。

 闇ギルドによるグラウルスの密猟行為はなかなか解決されない問題で、闇ギルドが存在している限り解決することは無いだろう。

「その袋に入ってるのは一頭か?」

「まぁな。多いに越したことはねぇが、狩り尽くすと今後のビジネスに響く。お前ら正規冒険者は勘違いしがちだが、俺ら非正規の冒険者もちゃんと考えて殺してんだぜ」

「だが、おたくのやってることは犯罪だ。立場上おたくをとっ捕まえなくちゃいけないわけだけど……どうする? 無抵抗の人間を痛めつけるようなことはしたくないんだが?」

「大人しく捕まらねぇよ。残るは嬢ちゃんだけだしな」

 男の不可解な言動。
 だがすぐさま俺は理解する。
  
 動体視力を上げる“動視の才”と超情報収集処理記憶能力がある“識の魔眼”の影響か、眼に映る世界が遅くなる瞬間がある。
 俺の魔眼は映るすべてにピントを合わせる視野の広さで情報を集めて、視界に入るものが何かを理解し、それを記憶として保存する。

 稀に来るこの無窮のような一瞬は、見たものを処理している時間。
 世界が遅く見える感覚は冒険者ならよくあるそうだが、それはあくまで体感的な話だ。
 遅くなった世界では思考速度も愚鈍になる。

 俺の場合、遅くなった世界を完全に理解出来る。
 もちろん実際に時間が遅くなっている訳じゃないが、熟考した最善の行動を最速で決めるアドバンテージがある。

 “理の魔眼”を持つシャーリーも同じ体験をしているらしく、彼女はこの時間を“虚界きょかい”と呼んでいる。

 俺の目前、地面の雪から突如現れた男。
 体型の分かるピッチリしたミルク色の服、細身の身体、白く塗られた肌に、銀色の眼。
 世界に溶け込む全身白色の服を着て、手にはガラスの短剣。

 雪から跳ね上がるようにして出現した白い男のガラスの短剣は、俺の喉元に迫っていた。
 この初手を躱すのは問題ない。だが、男の反対の手にももう一本ガラスの短剣を所持している。

 崩れた体制でも初手は回避できるが、それ以降は分からない。

 俺が考えるべきは二手目以降の動作。
 弓はダメだ。おそらく崩れた体勢とそこから予想される二手目以降の攻撃に弓では対応出来ない。
 吹き筒で防御する? いや、超一流の剣士ならともかく、俺の棒術は手数の一つであり完璧じゃない。
 手が届くこの間合い、体勢を整えていない状況では相打ちは狙えても先手にして最速の防御は出来ない。

 紙一重で初手を躱す。
 崩れた体勢、俺の視線はもう一つの短剣へ。
 なるべく相手との距離を離すように倒れたこと踏まえて、次のガラスの短剣が俺に届くまでコンマ五秒。
 ギリギリ、いける。

 ――――<創造の宮殿アナザーパレス

 俺の魔法は“識の魔眼”で得た情報を記憶し、実物として引き出せるもの。
 <創造の宮殿アナザーパレス>は言わば記憶の保管場所。
 イメージ的には<創造の宮殿アナザーパレス>で保管している記憶を外に持ち出す感じで、俺は記憶を物質として顕現させる。
 魔力で創り上げているので一定時間が経てば消滅するが、消滅するまでは実物としてこの世に確かに存在している。
 
 イメージの中、俺がいるのは武具を納めている一室。
 整理された一室は何がどこに置いてあるかが容易に分かる。
 俺は白銀に輝く石を手に取って宮殿の外に出る。


 現実、ガラスの短剣が届くまでコンマ三秒。
 俺と白い男の間でわずかに空間が歪むと、そこからテレポートしたように突然白銀の鉱石が現れた。
 
 透明感と輝きが混在する鉱石。
 瞬きすら許されない寸秒の世界ですら、それが何かを理解することが出来るほど、それは有名なものだった。

 白い男は反射的に目を逸らす。
 瞬きすら命とりの中で男は目を逸らしてしまった。
 それも瞳だけではなく、その鉱石を視界に収めること拒否するように顔ごと横に逸らした。
 その動きを俺は見逃さない。

 顔を動かすにあたって性格だった短剣の狙いが僅かに外れる。
 二手目を躱し、雪で踏み込みが効かないながらも距離を取って今度こそ矢をつがえた。

 創った石がボトリと雪に落ちる。
 白い男は恐る恐る石を見た。
 白銀に輝く鉱石は存在が夢だったようにフッと消える。

「……紛い物……か」

「対魔物用の目くらましに使われる、魔力を光に変えて放つ閃光石。本物なら直視で数分目が使えないほどの光が出るわけだ。おたくが知ってる保証はなかったが、ほんの少しでも俺から意識が外れればそれでよかった」

 シャーリー曰く、対人戦闘で最初に行うべきは敵のプロファイリング。
 体格や筋肉量、武器の種類やそれを装備している場所のような外見的な情報だけでなく、表情や言動、攻撃してくる場所やタイミングから敵の性格や癖などを推測する。

 雪に溶け込む外見、雪景色で視認しにくいガラスの短剣、罠の下に隠れ、最速最短で急所を突く鋭い攻撃。
 攻撃するチャンスはいくらかあったが、俺の意識が完全にバトルアックスを持つ男に向いた瞬間に攻撃してきた。

 性格は慎重かつ厭戦的。
 俺が何かを出せば十中八九食いつき、自分を犠牲にしてまで殺しに来るようなタイプじゃない。
 そして、実際に顔を逸らしたところを見ると分析はあまり外れてなさそうだ。

「で、どうする? さっきので俺を殺せなかったのはおたくにとって最悪の結果じゃないか?」

 白い男の実力は高い。
 理由は白い男の力の流れが見えないからだ。
 
 “流見の才”は重心や力の流れを可視化できるわけだが、白い男にはそれが見えない。
 それはあの白い男が"擯斥ひんせきの才"を持っているからだ。

 “擯斥ひんせきの才”は他人に干渉するタイプの才覚の効果を無効にする才覚だ。
 俺の“流見の才”は今も風の流れやココアとバトルアックスの男の力の流れ、重心が眼に見えているわけだが、白い男に関しては俺の才覚が拒絶されてそれが一切見えない。

 上級冒険者なら大概持っていて、俺も二年の修行で身につけているからそれほど驚くような才覚ではないが、“擯斥の才”は場数の証明と言われる。
 シャーリーのように圧倒的な実力差があれば“擯斥の才”をもっていないこともあるが、相手の実力を測る指標の一つにはなる。

 あの白い男の場合、隠密や暗殺のを行う上で探知されるような才覚に何度も遭遇したのだろう。

 かくいう俺も探知系才覚を持つ奴らと命がけのかくれんぼをしたものだ。
 本気で隠れた俺を誰よりも見つけ、満面の笑みで襲い掛かってきたシャーリーがトラウマになりかけたのは今ではいい思い出だ。

「最悪の結果? ふん、不意打ち速攻を躱されることなどいくらでもある。今も所詮、優位から対等に変わったまで。貴様らこそ、無用な戦いを避けたければお互い見逃すというのもありだ。我々も無駄に命を賭けるのは避けたい」

 闇ギルド側はそうだろうな。
 あいつらが冒険者と戦う理由は自己防衛がほとんどだ。
 今この状況では、俺達が戦う意思を示さなければ戦う必要なんかない。

 闇ギルドを捕えるのは基本的に冒険者の仕事だが、遭遇して互いに見逃す事例は珍しくない。
 白い男の言う通り、この場は互いに引いても良いわけだが……

「ココア、そっちの大男は任せた」

「がってんです!」

 いずれは対人戦を体験する。
 こいつらにはココアの経験値となってもらおうか。

「ということだ。残念だったな――――」
 
 戦闘開始の合図がてら、俺は白い男に矢を放った――――。
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