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冒険者の邂逅1 「ここは誰ですか?」
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雪山に放り出されたが別にシャーリーを恨んではいない。
彼女のイタズラは今に始まった事ではないし、冗談の範疇を越えるようなことはしない。
雪山に頬り出されて凍え死にそうになったが、“馴致の才”で身体が慣れて今では薄着でも問題ないし、“針路《しんろ》の才”で方角が分かるから遭難の心配もない。
俺からすればドッキリ程度のイタズラなわけだ。ちょっと腹立つけど。
下の方になると吹雪は収まり、針葉樹に積もった雪がボトっと落ちて、小動物がちらほら見える。
ティーゼルの宝具は左手で開けたことのある扉を繋げる。
ってことはあんな吹雪のキツイ、何の目的で作られたか分からない小屋に来たことがあるってことだよな。
「何しにんなところに行ってんだよ。んっ?」
山を下りてしばらく地面に奇妙なものがあった。
深雪に不自然に生えた物体。
植物じゃないが、風に吹かれて揺れ動くもしっかりと根を張っているようで飛ばされない。
見かけた小動物は魔物じゃなかったからここはアネクメネじゃないし、視界の真ん中に生えてれば魔眼が無くても目に留まる。
無視しても良いが、久しぶりの外の世界にやや興奮気味の俺に沸き上がった好奇心は抑えることが出来ない。
抜いてみようとその物体に手を伸ばす。
淡い茶色をしたそれは今も風で揺られる。
「髪の毛みたいだな……」
サラッとした感触は毛のようだった。
指で弾いて摘まみ上げる。
ピンと張って話すとふんわりと元に戻る。
少し愛らしい動きをするが、結局何か分からない。
抜いてみようとそれをしっかりと掴んで上に引っ張り上げる。
それはピンと張り詰めて――――
「うがぁああああああ!!!!」
断末魔のような声がどこからか響いた。
途端、謎の物体が生えている場所より少し前の雪が盛り上がり、ズボッと人の手が伸びて俺の手首を掴んだ。
「ぎゃぁあああああああ!!」
響いた断末魔に負けないくらい俺は声を張り上げた。
正直に言う。ちびるくらいビビった。
俺はすぐさま謎の物体から手を離して掴んできた手を振りほどこうとするが、俺の力でも外せないくらいガッチリと掴まれていた。
「ちょっ、力強ぇ――――」
指を一本ずつ外そうとするがそれすらも出来ない。
魔物のゴリラ並みの強さに俺はナイフを取り出して、
「恨むなよ!」
研ぎ澄まされたナイフを手にぶっ刺した。
すると鋼鉄でもぶつけたように火花が散り、衝撃が俺の手を伝った。
「嘘だろっ!?」
焦燥感で冷や汗が出る俺だったが、やがてその手は緩んで俺を解放した。
距離を取って弓をつがえる。
雪から生えた毛のよう物体と手。
うねうねと動いて盛り上がった地面がさらに盛り上がって、
「ぷはぁ! およ? ここは誰です?」
積もった雪から少女の顔が出てきた。
◆◆◆
この場合、俺は一体どうすればいいんだろうか。
雪から顔を出した少女は風呂から上がるように身体を出した。
俺が抜こうとしたのは彼女のアホ毛だったようで淡い茶色の頭を少女は抑えていた。
見た目からして年齢は俺と変わらなさそうだ。
布を切っただけの服は雪で濡れ汚れて酷いことになっている。
「えっと……」
「ここは誰ですか?」
そして無垢な表情で繰り出される意味の分からない質問。
場所を聞いてるのか俺の名前を聞いているのかはっきりしてほしいところだ。
「っと、俺はジャックドー・シーカー、冒険者だ。ここがどこかは今は分からん。分かるのは『ラケルタ』の領内ってことだけ。それでおたくは誰だ? なんで雪に埋まってたんだ? 雪崩にでも巻き込まれたか?」
「ほぇ…………」
俺が質問すると彼女はだらしなく口を開けて考え込んだ。
矢の狙いを定めたまま彼女の返答を待っていると、彼女のお腹から気の抜ける音が響いた。
「なんかお腹がグルグルするです」
「腹減ったとか今はどうでもいいからおたくの名前を……まぁいいや」
彼女の名前を聞きだしたところでどうという訳でもないし、あまり深く関わるのはよそう。
“刻読の才”からしてもうすぐ正午になるし、飯の時間には丁度いい。
俺は矢筒に矢を収めて遠くを指さした。
「もうすぐ町があるから腹減ってるならそこでなんか食えば? 案内くらいはしてやる」
山の上、吹雪が落ち着いた頃に“遠視の才”で見つけた町。
それほど賑やかな感じではなかったが食べる場所くらいあるだろ。
「行くです!」
先を行く俺に少女は元気についてきた。
久しぶりに外の景色だったが、後ろの少女が俺以上に辺りを見渡していた。
まるで初めて外の世界を見たかのように。
あれはなんですか、これはなんですかと少女の質問を最低限の会話で流して歩いて町に着いた。
それほど距離があったわけではないが、なんだか長い道のりだったように思えてくる。
除雪作業がされている町には厚着の住人がちらほら見える。
「さ、後は適当に町の人に声かければ飯屋に連れってくれるさ」
俺は別に長居する気はないので彼女とはここでお別れだ。
と、思ったが彼女の身なりを見て俺は足を止めた。
「……おたく、金持ってる?」
雪で汚れてボロボロの薄い服。
金をどこかに隠し持っているとは到底思えない。
「かね……ってなんですか?」
「マジですか……」
奢ってやる義理なんて当然ない。
だが、ここで置いて行くのも気が引ける。
「……はぁ、分かった。奢ってやるよ」
「おご……なんだか分からないけどありがとうです!」
マジで何なんだコイツ。
俺は町で適当に酒場を見つけて中に入った。
ここに来るまで、いやここに来た後もだが人の視線が彼女へ集まっていて一緒にいる俺は落ち着かない。
当然だ。
少女の見た目は悪目立ちしすぎている。
「完全に身売りされた少女だもんな~」
「んっ、なんへふか?」
口に食べ物を含んだ状態で無垢な瞳をこっちに向けた少女。
相当腹が減っていたのか頼んだ食事がどんどん消えていく。
俺はホットココアで身体の内を温めて少女が食い終わるのを待った。
金だけ置いて立ち去ってもいいが、ここまで来たら彼女について教えてもらいたい。
「それで、おたくは何で埋まってたんだ? ナイフで刺しても傷一つ付かなかったし、ナニモンなんだ一体?」
少女は口に入れていたものを水で流し込んで一息ついた。
そしてやや不満げな表情を浮かべた。
「そのおたくって呼びかた嫌です。距離を感じるです」
距離って言われてもほぼ他人なんだが。
「分かったよ。名前何て言うんだ?」
「なまえ……なまえってなんですか?」
おちょくってんのかコイツ。
「いや名前だよ名前。ほら、親とか親代わりの人とかそうでなくても、周りはおたくを何かしらで呼んでただろ?」
訳ありだと仮定して地雷はなるべく踏まないように言葉を選びながら言うと、彼女は視線をあちこちにやり、アホ毛がぴょこぴょこと左右に揺れて、ハッと思い出したように口に手を当てると、
「なにも覚えてないです!」
「今完全に思い出したモーション入ってたじゃねぇか!」
駄目だ話にならない。
記憶喪失にしてはパニック状態になってないし、わざと答えないのかと疑ってしまう。
「なまえ付けてほしいです! なまえ欲しいです!」
前のめりになって顔を近づけてきた少女。
ぴょんぴょんとアホ毛揺れている。犬みたいだなコイツ。
「名前ねぇ……とりあえずココアでいいや」
俺は飲んでいるホットココアを見て少女をココアと名付けた。
どうせ話を進める上での仮名だし、茶髪だしで丁度いいだろ。
「ここあ……分かりました! ココアの名前はココアです!」
ココアは嬉しそうに言った。
「それでココアは何で地面に埋まってたんだ? 一体何があった?」
「んー分かんないです。目が覚めたら真っ暗でこの辺がビンビンしたです」
ココアはアホ毛を抑えた。
つまり俺が彼女のアホ毛を引っ張ったタイミングで意識を取り戻したってわけか。
「無理に思い出さなくてもいいんだが、逆に今覚えてることって何?」
「なまえはココアです!」
「いやそれさっき俺が付けたやつ」
「ご飯美味しかったです! 特にぐらたん? がべちょべちょしてて美味しかったです」
「その食レポだとまったく美味そうじゃないんだけど……。ま、つまり何も覚えてないわけね」
言葉は通じるが意思疎通は難しいな。
嘘をついているようには見えないし、本当に記憶が無いんだろうか。
嘘を見抜く才覚があるらしいけど、残念ながら俺は目覚めてないから魔眼で収集した彼女の口の動きや仕草、表情筋の僅かな反応から読み取るしかない。
診断結果、エピソード記憶は完全に無し、意味記憶は一部消滅、食器とかは使えてるから手続き記憶は問題なし。
嘘をついているなら大したものだ。
「どうすっかな……」
彼女のポジティブさからして何とかなりそうなものだが、頑張れよと放置するのも良心が痛む。
せめて誰かが彼女の様子を見守れる環境を作ってやりたいところだが、その前に変な注目を浴びないように身なりだけはしっかりさせよう。
「あーすいません。この町に風呂屋と服屋、あと床屋ってあります?」
会計で呼び出した店員に訊くと、どうやら全部があるこの町唯一の施設があるようだ。
飯を食い終えた俺達は早速紹介してくれた施設へ行った。
あまり大きくないこの街で、ここは唯一の観光名所らしくいろいろ揃っていた。
特に大浴場は人気が高いようで、遠くから来た人もちらほら見かける。
シャーリーの監禁修行では体調管理も兼ねた効率の良い身体作りよりも、過酷と負荷による生死の境を行くようなものだった為、風呂のような贅沢なものはなく水浴び程度の事しかやってなかった。
久しぶりの風呂だし、俺も堪能しようか。
俺達はさっそく銭湯へ。
受付で武具の類を預けて脱衣所へ向かった。
脱衣所でくつろぐ人たちの雰囲気からしていい湯であることは期待してもいいだろう。
「これからなにするですか?」
「体を洗うんだよ。いつまでも汚れたままじゃ――――いやなんでいるの!?」
「およ?」
「こっちは男湯! おたくはあっち!」
俺はココアを女湯の入り口まで引っ張っていく。
大丈夫だよな、風呂の入り方も分からないとかだったら困るんだけど。
「風呂って入ったことある?」
「ふろ?」
「マジですか……」
どうしよう、流石に女湯に入って体を洗うわけには……
「いや待てよ。大義名分があればワンチャン……」
何考えてんだ俺は。
「あれ、ジャック?」
違和感はあれどなんだか懐かしい声。
翡翠色の髪がさらりと揺れて、若々しくも大人びた雰囲気がある少女。
「ニーナ……ニーナか!? 久しぶりだな!」
『サギッタ』国にある小さな酒場。
【迷い猫亭】の看板娘――ニーナの成長した姿がそこにあった。
彼女のイタズラは今に始まった事ではないし、冗談の範疇を越えるようなことはしない。
雪山に頬り出されて凍え死にそうになったが、“馴致の才”で身体が慣れて今では薄着でも問題ないし、“針路《しんろ》の才”で方角が分かるから遭難の心配もない。
俺からすればドッキリ程度のイタズラなわけだ。ちょっと腹立つけど。
下の方になると吹雪は収まり、針葉樹に積もった雪がボトっと落ちて、小動物がちらほら見える。
ティーゼルの宝具は左手で開けたことのある扉を繋げる。
ってことはあんな吹雪のキツイ、何の目的で作られたか分からない小屋に来たことがあるってことだよな。
「何しにんなところに行ってんだよ。んっ?」
山を下りてしばらく地面に奇妙なものがあった。
深雪に不自然に生えた物体。
植物じゃないが、風に吹かれて揺れ動くもしっかりと根を張っているようで飛ばされない。
見かけた小動物は魔物じゃなかったからここはアネクメネじゃないし、視界の真ん中に生えてれば魔眼が無くても目に留まる。
無視しても良いが、久しぶりの外の世界にやや興奮気味の俺に沸き上がった好奇心は抑えることが出来ない。
抜いてみようとその物体に手を伸ばす。
淡い茶色をしたそれは今も風で揺られる。
「髪の毛みたいだな……」
サラッとした感触は毛のようだった。
指で弾いて摘まみ上げる。
ピンと張って話すとふんわりと元に戻る。
少し愛らしい動きをするが、結局何か分からない。
抜いてみようとそれをしっかりと掴んで上に引っ張り上げる。
それはピンと張り詰めて――――
「うがぁああああああ!!!!」
断末魔のような声がどこからか響いた。
途端、謎の物体が生えている場所より少し前の雪が盛り上がり、ズボッと人の手が伸びて俺の手首を掴んだ。
「ぎゃぁあああああああ!!」
響いた断末魔に負けないくらい俺は声を張り上げた。
正直に言う。ちびるくらいビビった。
俺はすぐさま謎の物体から手を離して掴んできた手を振りほどこうとするが、俺の力でも外せないくらいガッチリと掴まれていた。
「ちょっ、力強ぇ――――」
指を一本ずつ外そうとするがそれすらも出来ない。
魔物のゴリラ並みの強さに俺はナイフを取り出して、
「恨むなよ!」
研ぎ澄まされたナイフを手にぶっ刺した。
すると鋼鉄でもぶつけたように火花が散り、衝撃が俺の手を伝った。
「嘘だろっ!?」
焦燥感で冷や汗が出る俺だったが、やがてその手は緩んで俺を解放した。
距離を取って弓をつがえる。
雪から生えた毛のよう物体と手。
うねうねと動いて盛り上がった地面がさらに盛り上がって、
「ぷはぁ! およ? ここは誰です?」
積もった雪から少女の顔が出てきた。
◆◆◆
この場合、俺は一体どうすればいいんだろうか。
雪から顔を出した少女は風呂から上がるように身体を出した。
俺が抜こうとしたのは彼女のアホ毛だったようで淡い茶色の頭を少女は抑えていた。
見た目からして年齢は俺と変わらなさそうだ。
布を切っただけの服は雪で濡れ汚れて酷いことになっている。
「えっと……」
「ここは誰ですか?」
そして無垢な表情で繰り出される意味の分からない質問。
場所を聞いてるのか俺の名前を聞いているのかはっきりしてほしいところだ。
「っと、俺はジャックドー・シーカー、冒険者だ。ここがどこかは今は分からん。分かるのは『ラケルタ』の領内ってことだけ。それでおたくは誰だ? なんで雪に埋まってたんだ? 雪崩にでも巻き込まれたか?」
「ほぇ…………」
俺が質問すると彼女はだらしなく口を開けて考え込んだ。
矢の狙いを定めたまま彼女の返答を待っていると、彼女のお腹から気の抜ける音が響いた。
「なんかお腹がグルグルするです」
「腹減ったとか今はどうでもいいからおたくの名前を……まぁいいや」
彼女の名前を聞きだしたところでどうという訳でもないし、あまり深く関わるのはよそう。
“刻読の才”からしてもうすぐ正午になるし、飯の時間には丁度いい。
俺は矢筒に矢を収めて遠くを指さした。
「もうすぐ町があるから腹減ってるならそこでなんか食えば? 案内くらいはしてやる」
山の上、吹雪が落ち着いた頃に“遠視の才”で見つけた町。
それほど賑やかな感じではなかったが食べる場所くらいあるだろ。
「行くです!」
先を行く俺に少女は元気についてきた。
久しぶりに外の景色だったが、後ろの少女が俺以上に辺りを見渡していた。
まるで初めて外の世界を見たかのように。
あれはなんですか、これはなんですかと少女の質問を最低限の会話で流して歩いて町に着いた。
それほど距離があったわけではないが、なんだか長い道のりだったように思えてくる。
除雪作業がされている町には厚着の住人がちらほら見える。
「さ、後は適当に町の人に声かければ飯屋に連れってくれるさ」
俺は別に長居する気はないので彼女とはここでお別れだ。
と、思ったが彼女の身なりを見て俺は足を止めた。
「……おたく、金持ってる?」
雪で汚れてボロボロの薄い服。
金をどこかに隠し持っているとは到底思えない。
「かね……ってなんですか?」
「マジですか……」
奢ってやる義理なんて当然ない。
だが、ここで置いて行くのも気が引ける。
「……はぁ、分かった。奢ってやるよ」
「おご……なんだか分からないけどありがとうです!」
マジで何なんだコイツ。
俺は町で適当に酒場を見つけて中に入った。
ここに来るまで、いやここに来た後もだが人の視線が彼女へ集まっていて一緒にいる俺は落ち着かない。
当然だ。
少女の見た目は悪目立ちしすぎている。
「完全に身売りされた少女だもんな~」
「んっ、なんへふか?」
口に食べ物を含んだ状態で無垢な瞳をこっちに向けた少女。
相当腹が減っていたのか頼んだ食事がどんどん消えていく。
俺はホットココアで身体の内を温めて少女が食い終わるのを待った。
金だけ置いて立ち去ってもいいが、ここまで来たら彼女について教えてもらいたい。
「それで、おたくは何で埋まってたんだ? ナイフで刺しても傷一つ付かなかったし、ナニモンなんだ一体?」
少女は口に入れていたものを水で流し込んで一息ついた。
そしてやや不満げな表情を浮かべた。
「そのおたくって呼びかた嫌です。距離を感じるです」
距離って言われてもほぼ他人なんだが。
「分かったよ。名前何て言うんだ?」
「なまえ……なまえってなんですか?」
おちょくってんのかコイツ。
「いや名前だよ名前。ほら、親とか親代わりの人とかそうでなくても、周りはおたくを何かしらで呼んでただろ?」
訳ありだと仮定して地雷はなるべく踏まないように言葉を選びながら言うと、彼女は視線をあちこちにやり、アホ毛がぴょこぴょこと左右に揺れて、ハッと思い出したように口に手を当てると、
「なにも覚えてないです!」
「今完全に思い出したモーション入ってたじゃねぇか!」
駄目だ話にならない。
記憶喪失にしてはパニック状態になってないし、わざと答えないのかと疑ってしまう。
「なまえ付けてほしいです! なまえ欲しいです!」
前のめりになって顔を近づけてきた少女。
ぴょんぴょんとアホ毛揺れている。犬みたいだなコイツ。
「名前ねぇ……とりあえずココアでいいや」
俺は飲んでいるホットココアを見て少女をココアと名付けた。
どうせ話を進める上での仮名だし、茶髪だしで丁度いいだろ。
「ここあ……分かりました! ココアの名前はココアです!」
ココアは嬉しそうに言った。
「それでココアは何で地面に埋まってたんだ? 一体何があった?」
「んー分かんないです。目が覚めたら真っ暗でこの辺がビンビンしたです」
ココアはアホ毛を抑えた。
つまり俺が彼女のアホ毛を引っ張ったタイミングで意識を取り戻したってわけか。
「無理に思い出さなくてもいいんだが、逆に今覚えてることって何?」
「なまえはココアです!」
「いやそれさっき俺が付けたやつ」
「ご飯美味しかったです! 特にぐらたん? がべちょべちょしてて美味しかったです」
「その食レポだとまったく美味そうじゃないんだけど……。ま、つまり何も覚えてないわけね」
言葉は通じるが意思疎通は難しいな。
嘘をついているようには見えないし、本当に記憶が無いんだろうか。
嘘を見抜く才覚があるらしいけど、残念ながら俺は目覚めてないから魔眼で収集した彼女の口の動きや仕草、表情筋の僅かな反応から読み取るしかない。
診断結果、エピソード記憶は完全に無し、意味記憶は一部消滅、食器とかは使えてるから手続き記憶は問題なし。
嘘をついているなら大したものだ。
「どうすっかな……」
彼女のポジティブさからして何とかなりそうなものだが、頑張れよと放置するのも良心が痛む。
せめて誰かが彼女の様子を見守れる環境を作ってやりたいところだが、その前に変な注目を浴びないように身なりだけはしっかりさせよう。
「あーすいません。この町に風呂屋と服屋、あと床屋ってあります?」
会計で呼び出した店員に訊くと、どうやら全部があるこの町唯一の施設があるようだ。
飯を食い終えた俺達は早速紹介してくれた施設へ行った。
あまり大きくないこの街で、ここは唯一の観光名所らしくいろいろ揃っていた。
特に大浴場は人気が高いようで、遠くから来た人もちらほら見かける。
シャーリーの監禁修行では体調管理も兼ねた効率の良い身体作りよりも、過酷と負荷による生死の境を行くようなものだった為、風呂のような贅沢なものはなく水浴び程度の事しかやってなかった。
久しぶりの風呂だし、俺も堪能しようか。
俺達はさっそく銭湯へ。
受付で武具の類を預けて脱衣所へ向かった。
脱衣所でくつろぐ人たちの雰囲気からしていい湯であることは期待してもいいだろう。
「これからなにするですか?」
「体を洗うんだよ。いつまでも汚れたままじゃ――――いやなんでいるの!?」
「およ?」
「こっちは男湯! おたくはあっち!」
俺はココアを女湯の入り口まで引っ張っていく。
大丈夫だよな、風呂の入り方も分からないとかだったら困るんだけど。
「風呂って入ったことある?」
「ふろ?」
「マジですか……」
どうしよう、流石に女湯に入って体を洗うわけには……
「いや待てよ。大義名分があればワンチャン……」
何考えてんだ俺は。
「あれ、ジャック?」
違和感はあれどなんだか懐かしい声。
翡翠色の髪がさらりと揺れて、若々しくも大人びた雰囲気がある少女。
「ニーナ……ニーナか!? 久しぶりだな!」
『サギッタ』国にある小さな酒場。
【迷い猫亭】の看板娘――ニーナの成長した姿がそこにあった。
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