魔導士がいるからとパーティーを追い出された弓兵 ~訳ありパーティーで冒険者の頂点を目指す~

野良子猫

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魔女の導き4 「俺は絶対に忘れない」

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 焼け落ちて、溶けていく。
 大好きだった故郷が、夜闇を朱く染め上げる。
 
 地獄、地獄だ。
 一人、また一人と倒れていく村のみんな。
 燃えて崩れた家屋の下敷きに、逃げようと走る足を射抜かれて、泣き叫びながら斬り捨てられる。
 
 山賊、盗賊。
 そんなもの可愛らしく思えるほど残忍で、残虐で。
 十年経った今でもあの日――五歳になった誕生日のことは鮮明に思い出せる。

 四肢をもがれ、動かなくなった後でも剣を突き刺され、飛び出し転がってきた父親の目玉は震える俺を映し出していた。
 皮膚はただれ、肺は焼かれ、業火の中でも母親は俺の身を案じて逃げてと叫ぶ。

 奴らの目的は? なぜこの村を?
 そんなことを冷静に分析できるほど達観したガキじゃなかった。
 逞しく優しく尊敬していた両親が原型を留めることのない肉塊になっていくのを見て渦巻く感情。

 大切なものをなくした時も、友達と喧嘩した時も抱かなかった感情。
 楽しかった思い出も、嬉しかった出来事も、全て黒く塗りつぶされるような激情。
 噛み締めた唇から血が出てもなお噛み締めて、爪が食い込んでもなお握りしめてようやく繋ぎ止められる衝動。

 ――そのガキで最後です。

 奴の姿にノイズが走る。
 だが俺は奴の名前を忘れない。
 記憶に、魂に、心に、刻み込んで。
 
 ――参りましょう、様。

 身体の一部に黄金の刺青をした連中を、俺は絶対に忘れない。



 ◆◆◆



「ハッピーバースデイディアジャック君! 無事十七歳になった感想はどうだい?」

「えっ、ああ……もうそんな日か。感想? 感想ねぇ……今まで生きれて良かったです」

 黄土色の髪、人形のような顔立ちと豪奢なドレス、翡翠色の瞳。
 二年前と一切変化のないシャーリーは、俺の感想に笑って返した。

「あれごときで大袈裟だな。これでも君が効率よく効果的かつ無理のないよう配慮したんだぞ」

「なら今後の参考にするといい。人間は飯だけ与えてれば不眠不休で動けるわけじゃないんだよ」

「被害妄想がすぎるぞ。睡眠は与えていただろう」

「深い眠りに入ったらしばかれたけどな」

「君は格闘家になりたいのか? アネクメネに安息できる場所も恵まれた食事が必ずあるわけではないだろう。おかげで今の君は戦場でも休むことができる。何もベッドに横になるだけが寝る方法じゃないのさ。それに才覚を目覚めさせるのは生半可な修練じゃ無理なんだ。それは君も理解したはず。全部君を想ってのことさ」

「スパルタンな愛情表現に涙が出るぜ」

 皮肉めいたことを言っているが、これでも俺はシャーリーに感謝している。
 俺の原動力は憎悪だ。生半可な覚悟じゃないし、エルドラードに辿り着けるならなんだってやる。
 だが俺だけなら二年で今のようになれたか分からない。いや、おそらくならなかった。

「さて、辛く厳しい修行に耐えた君にプレゼントがあるんだ。ティーゼル、彼を例の部屋に案内してあげたまえ」

 髪を後ろで結んだ燕尾服のティーゼル。
 スパルタン修練生活の中で俺の唯一の癒しだ。
 彼女の料理やマッサージは極限を超えて倒れた俺のオアシスだった。
 むしろ彼女の施しを受けるために死にかけるのかもしれない。

 シャーリーは当時九才(自称)の時、豪雨の中で倒れていたところをシャーリーに拾われたそうだ。
 彼女から感じる活発な雰囲気と気品ある振る舞いが微妙に合わなかったのは、もともと使用人となる教育を施されていなかったからだろう。
 だが拾われてから俺が彼女に出会った時までの一年程度で上流階級の使用人並に仕立て上げたシャーリーの指導力は認めるしかない。

「ジャック様、こちらへ」

 ティーゼルの宝具によって扉のつながれたどこかの部屋へ俺は案内される。
 壁一面に剣やら槍やら武器防具の類が取り揃えられていて、中心には飾るように黒装束が立てかけられていた。

「武器庫か?」

「わたしは宝具を集めるのが趣味でね、集めた宝具をこうして飾ってあるのさ。ま、半分は宝具を作ろうとして失敗した骨董品だがね」
 
 ざっと数えて五十近くある。
 たとえ半分でもこれだけ宝具があるのなら相当なものだ。
 
 それに宝具は冒険者協会の取り扱いになる。
 新しい宝具を手に入れたら登録しないといけないし、普段使わないものに関してはギルドに預けなくちゃならない。
 使用権は当人にあるが、それでもこれだけの数を個人的に管理できるのは協会に対してそれなりに力が効く証拠だ。

「初めての弟子に師匠からのプレゼントだ。まず中央にある服はティーゼルが仕立てたものでね。サイズも君に合わせてある。黒鋼牛こっこうぎゅうの皮を使っているから防刃性能には優れているが過信はしないように」

 飾っていたフード付きの黒装束を着てみる。
 烏のような濡羽色がスマートな印象を与えて、なかなかに良い。
 いつ採寸したのか、二年前から成長して体格も変わった俺にちょうど良いサイズで、防刃性能に優れているそうだが特に動きづらいとかはない。
 
「次に武器だ。君は無から有を生み出す便利なものだが、二年で多少マシになったとはいえ魔力量がゴミなことに変わりはない。魔力を消耗するのはできるだけ避けた方がいいからな。そこで色々と取り揃えておいた」

 棘のある言い方だが、そんなのが気にならない品々が並べられていて俺は眼を奪われた。
 テーブルの上に並べられたクナイのような小型の投擲武器、触らずとも鋭さが分かる研ぎ澄まされたナイフ。
 
 衣服同様漆黒の矢柄と数種類のやじり
 どれもこれも眼を引くものだが、すべての視線を集めるもの。

「気に入ったかね?」

「ああ……なんつーか、良い」

 雰囲気だけを感じ取り、抽象的な事しか言えない。
 だが、手に取っただけで確信できた。

 高級感のある黒い短弓。
 握った時に手に馴染む丁度いい手触りと大きさ、持った時のややずっしりとした扱いやすさ。
 俺の為に用されたと錯覚するような弓。

「弓の宝具。刃を受け止め打撃武器としても使える。ああ勿論弓の性能はあるよ。むしろ単一素材だが複合弓に勝るくらいさ。名はその見た目から黒曜弓と呼ばれている。生半可な奴では弦を引くことすら出来ないが、今の君なら問題ないはずだ」

 シャーリーの説明を受け、俺は弦を引いてみる。
 碇が巻き上げられるような重厚な音がする。
 洗練され熟練した俺の“豪躯の才”ですら、張り合える引力に驚くしかない。

「太さのわりに引力強いな。だが今の俺には丁度いい」

「それはそうだろうな。今の君なら普通の弓では加減しないと引いただけで弓幹が折れてしまう。だが宝具の弓なら問題ない。それは普通の弓より速度も距離も強度も桁違いだ。さぁ、気に入ったのなら名をつけると言い」
 
 黒曜弓は仮の名だ。
 宝具との契約は宝具に名をつけることで成立する。
 
「名前はもう決めてある。エルドラードを殺すには戦える宝具が必要になるからな。名前は覚悟を具現化したものにしたかった。"エクディキス"……それがお前の名だ」

 漆黒の弓が俺の声に呼応する。
 焼けるような感覚が左手の甲に広がる。
 契約の刻印が左手の甲に刻み付けられてエクディキスの能力が脳内に刷り込まれていく。

「“復讐エクディキス”か……悪趣味だな。だがわたしは好きだ」

「悪趣味が好きとかおたくもしかしなくても性格悪い?」

「せめてもしかしてくれないか。性格が悪いと言われた事は無いよ。わたしの前ではね」

「その言い方だと陰で言われてるみたいなんだが」

「…………」

「あ、否定しないのね」

「その件については前から疑問を呈したいと思っているんだ。性格の良し悪しなど所詮相対的評価で、わたしより性格が良い奴はわたしの性格は悪いというし、わたしより性格が悪い奴からはわたしの性格は良いと言う。確かにわたしよりも性格が悪い奴と会うのは珍しいことなのは認めるが、数多くいる人類のほんの一部しか相対していない中でわたしという人間を評価するのはどうかと思うのだよ。むしろ趣味嗜好思想の違う相手を陰で貶す方が性格悪いと思わないかい? それに性格が悪いと評判になったのは意見を述べる上で対価を頂いてたからだろうけど、わたしはボランティアではなくビジネスとしてこの立場にいるだけで取引として対価を頂く権利は当然あるはずだよ。君もそう思うだろう?」

「そっすね」

 途中から聞いてなかったけどとりあえず返しておこう。
 そんなことより今後の方針だ。

「それで俺はこれからどうすればいい? おたくでも尻尾が掴めないエルドラードが相手だ。正直、俺だけじゃ相手にできない。おたくの力がいる」

 十二年前に故郷を襲ったエルドラードの一味。
 家族を殺されて、村の子供達は実験の途中で死んでいった。
 あの頃のことをシャーリーに根掘り葉掘り聞かれた時、まだ魔眼を持っていなかった俺でも覚えていた過酷な日々を話したが、たった一つちゃんと答えられなかった事がある。

 エルドラードの顔、体格、声。
 実験に使われた施設の中や、そこにいた他の奴らのことはハッキリ思い出せるのに、エルドラードのことだけは記憶が朧げだ。
 時間が経って忘れていったというよりは意図的な何かによって思い出すのを拒絶されてるような感覚。
 記憶の奥にひっそりとある一室、その部屋にエルドラードがいるのだろうけど、扉には鍵がかかっていて、そこから聞こえる声もノイズが走って聞き取りづらい。

 そして部屋を開ける鍵を俺は持っていない。

 シャーリー曰くこれがエルドラードの正体が掴めない理由だそうだ。
 エルドラードの息がかかった犯罪者を捕まえて情報を吐かせようとしても、エルドラードに関することだけは不明瞭になる。
 だからこそ、情報が集まるシャーリーの力が必要になる。
 
「ふむ。勿論わたしは今まで通り情報を集めるが、奴の尻尾を捕まえようにも奴が尻尾を出さなければ難しい。そこで君だ。君がここに来た時、わたしがエルドラードの一味なら何かしらコンタクトを取ると君は言っていた。つまりエルドラードにとって君は接触に値する人物だということだろ?」

「向こうがそう思っているかは知らんけどな。ただ俺が施設から逃げ出した時は必要以上に追ってきたからそう思っただけで。だがおたくの話を聞いた今はエルドラードが俺を手に入れたい可能性が増した。俺から情報が漏れないのなら逃亡した俺を放っても問題ないはず。そうしなかったのは俺が人工魔導士の成功例、貴重なサンプルだったわけだ」

「なら君がやるべきことはただ一つ。有名になりたまえ。冒険者なら目指すは序列の頂だ」

 冒険者序列の頂点。
 それは化け物と言われた特級冒険者達よりも上に行くということ。
 
「えっ、無理ゲーじゃね?」

「おいおい今から諦めモードでどうする。エルドラードの目に止まるのに頂点を目指す必要はないが、わたしが師である以上一番になってもらわないとメンツに関わるからな」

「私的な理由かよ」

「あと目立つと言っても悪目立ちはするなよ。あくまで自然な目立ち方だ。評議院に君のことを調べられたらエルドラードを捕まえるために利用するだろう。個人の人権など彼らは計算に入れてないからな」

 評議院はヴェルト連合発足後から存在する別称“世界の抑止力”と言われる世界の平和を維持する機関だ。
 国を捨て、存在を捨て、自分を捨て、洗脳じみた教育を受けた連中の集まりで、世界の秩序が乱れるとなれば一つの国を滅ぼすこともやりかねず、自分の命一つで世界が平和になるのなら簡単に命を差し出すイカれた連中。

 憲兵団はあくまでヴェルト連合下の組織のため国の発言力によって行動が左右されるが、評議院はどの国も制御することが出来ない組織となっている。

 シャーリーの話によれば、エルドラードは評議院が管理している戦略級魔導兵器の設計図を持っているらしく、評議院はエルドラードがその兵器を完成させる前に捕まえなければならないと躍起になっている。
 そんな彼らが俺の正体を知れば評議院の監視された生活を送ることになる。

「君の人権でエルドラードが誘い出せるのならいいが、その程度で誘い出せる相手ではない。それに君が評議院に捕まればわたしにも手に負えない。それは癪なのでな、君にはエルドラードに見つかるために目立って、評議院に見つからないようにして欲しいのだよ。評議院も優秀な冒険者というだけで調べるほど余裕も人員も足りてないから、普通に序列をあげれば問題あるまい」

「それで、エルドラードの関係者が接触してきたらどうすれば良い?」

「捕らえてくれるのがベストだが、そういかない時の為にこれを渡しておこう」

 シャーリーに言われてティーゼルが持ってきたのは特に目立った特徴のない指輪だ。
 
「んだこれ?」

「それを肌身離さず持っておけ。いざという時に役に立つ」

「これが何かについて説明はナシか。大丈夫なのか?」

「我が弟子にすらここまで信用がないとなると流石に悲しいな。協会関係で困ったらその指輪を見せるといい。連中は君に頭を垂れて感謝するだろう」

「え、なにそれ怖っ……」

 一見便利そうな指輪だが、何か裏があると思えるのは気のせいだろうか。
 やや不安だが取り敢えず俺は指輪にチェーンを通して首にかけた。
 
「薬指にはめてくれると嬉しかったんだが?」

「んでだよ。そもそもサイズが合ってないんだよ。別にこれでも良いんだろ?」

「ああ問題ないよ」

 やや不満気に紅茶を流し込むシャーリー。
 そんなあからさまに拗ねられても期待に応える気はないからな。

「そういえばこの二年で情勢はどうなってんだ? さすがに何も知らない状態なのは恐いんだけど」

 この二年間、言い方は悪いが軟禁状態だった俺は今世界がどんなことになっているのか分からない。
 そこまでの変化はないだろうが、もしこの二年で魔装が著しく進化していたら戦闘前の分析に誤差が出る。

「安心したまえ。君に関係するような事件はなかったよ。それはもう退屈なくらいに。強いていうなら【女神の盾アミュレット】が名を挙げてきたということかな。一年前に全員が上級になり、中でもアレックス・エドワーズは協会からも一目置かれている」

 【女神の盾アミュレット】は俺が所属していたチームだ。
 アレックス達がいずれ上級に行くのは予想できていたが、既になっているとは思わなかった。
 俺の代わりに入った魔導士と上手くやっているんだろう。

「挨拶しに行くかい? アレックス・エドワーズは今、『オクタンス』という国を拠点にしておる。扉を繋げてやっても構わないが?」

「いやクビになったパーティーに会わされるってどんな罰ゲームだよ。出来ればしばらく関わらない所にしてくれ」

「仕方ない。ティーゼル、『ラケルタ』の扉を開けてもらえるかな」

「『ラケルタ』つったら北方の小さな国だよな。そこに何かあんのか?」

「特別な理由は特にないさ。ただ、『オクタンス』から適度に離れ、しばらく実戦から離れている君に丁度いい難易度のアネクメネが広がっている。スタート地点には最適だと思っただけさ。田舎の国だから問題が起きるほど冒険者もいない」

「それじゃそこで頼むわ。今更アレックスと会っても気まずいだけだし」

 ティーゼルが扉を開けると小屋のような部屋が広がっている。
 長らく外の景色を見ていない俺にとって、小屋の向こう側に胸を膨らませている。

「シャーリー……いや師匠、ティーゼル。ありがとう」

「君に感謝されるのは少しむず痒いものがあるな」

「御武運を。ジャックドー様」

 今生の別れという訳でもないが、言うべきことを言っておかないとな。
 
「それじゃ行ってくるわ」

 小屋に入り、徐々に締まる扉を見た。
 頭を下げるティーゼルと、不敵な笑みを浮かべるシャーリー。

 そう、彼女は笑っていたのだ。
 嬉しい時や気分が良い時も彼女は笑うが、あの笑い方は別だ。

 俺は急いで小屋の扉を開ける。
 扉を開けた瞬間、冷たい風が俺の身体に襲い掛かった。
 広がる銀世界と凍てつく吹雪。

 雪山の、それも超悪天候の場所を提供してくれたようだ。

「うん、やっぱアイツ性格悪いわ」

 今頃笑っているであろう師匠に苛立ちつつ、俺は雪の世界に踏み込んでいった――――。
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