魔導士がいるからとパーティーを追い出された弓兵 ~訳ありパーティーで冒険者の頂点を目指す~

野良子猫

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魔女の導き1 「パーティーを抜けてもらう」

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 魔物が住まい、危険とロマンが両立する区域――アネクメネ。
 アネクメネに関連する依頼をこなすのが冒険者である俺の仕事だ。

「ジャック……ジャックドー・シーカー。悪いが君にはパーティーを抜けてもらう」

 突き放されるような冷たい声が俺に向けられる。
 金髪碧眼の整った容姿と凛々しい雰囲気が漂うアレックス・エドワーズ。
 中級ながらに周囲から一目置かれているパーティーのリーダーだ。

「んなっ、どうしてっ……」

 俺がアレックスに問い詰めると、彼は鋭く光る双眸を俺に向けて淡々と告げる。

「周りのパーティーを見て、薄々気が付いているだろう。今の時代、弓兵は必要ないんだ」

 アレックスの言っていることは理解している。
 こんな日が来るだろうとは前から思っていた。
 だが、俺にとって最悪なタイミングで言い出されたのが悔しくてたまらない。

「三年前までは魔導士をパーティーに組み込むのはリスクがあった。魔法発動までの時間が長く、その間無防備で、魔法以外の戦闘力は皆無。魔導士は街で出発する冒険者に魔法をかけるのが三年前の常識だ」

 魔導士が魔法を使う際、魔法陣を形成し、回路に魔力を流し込んでようやく起動する。
 魔法が使えない者にとっては魔法陣を作って魔力を注ぐ2ステップだと思いがちだが、実際は魔法陣形成の際に威力の調整や対象の指定、起動のタイミングや速度も一から組まなければならず、下級の耐性付与魔法でも一分を要していた。
 加えて魔導士が魔法を起動するまでの間は完全に無防備になるので狙われやすい。
 
 これらの理由により、魔導士をパーティーとして組み込むことは珍しく、事前に街で必要な魔法をかけてもらうのが一般的だった。

 だが、その常識は三年前に覆される。
 天才魔導技師フェルムッドが開発した“魔装”が魔導士の在り方を完全に変えた。
 魔導士が魔法発動に必要な魔法陣の構築や調整などを魔装が補助することで、弱点だった効率の悪さとリスクをなくしたのだ。

 今となっては一分かかっていた下級魔法も一秒満たないまでになり、魔装によって使える魔法の幅も広まり、魔導士の需要は一気に高まった。

「パーティーに一人は魔導士を組み込むことが常識となった今、君は僕の目標にとって不要な存在となった」

 アレックスの目標とは、冒険者協会が定める冒険者序列の頂点。
 序列を決める主な指標が依頼の報酬額である以上、アレックスは俺と魔導士を天秤にかけることになる。

「冒険者規約で報酬がパーティー内で完全折半とされている以上、無駄に人員を裂くわけにはいかない。僕のパーティーに魔導士が来ることになった今、君は僕にとってお荷物な存在でしかない」

 トラブル防止の為、クエスト貢献度に関わらず報酬は完全な山分けになっている。
 パーティー内に人が増えるということは自分が得る報酬が減ることになる。
 となれば、弓兵の俺と魔導士なら後者を取るのは自然だ。
 出来ることの多さに圧倒的な差があるからだ。

「君の弓の技量は認めているし、今までよくやってくれたとも思っている。才能が無いとはいえ魔力を持っているようだし、魔導弓兵として道はあるだろう。僕の所じゃなくてもやっていける」

 真っ当な理由を並べられて何も言えない俺にアレックスは冷淡な瞳とは裏腹に鼓舞するようなセリフを吐いた。
 だがそのアドバイスは無意味だ。
 
 確かに俺は魔力を持っているが、それは訳あって手に入れた産物で魔導士のように魔法が使えるわけではない。
 魔装を使って試したことがあったが、下級魔法ですら起動しなかった。
 
 魔導弓兵としての道は最初から存在しない。
 俺が積み上げた技術と経験は、見事に取り残されたってわけだ。

「僕からは以上だ。異論反論はあるかい?」

 俺にとって不都合な結果だが、それを覆せるような意見を持っていない俺の負けだ。

「いや、何もない。今までありがとう」

「今後の健闘を祈るよ」

 こうして俺は時代に追い出された冒険者となった。



 ◆◆◆◆◆



「はあああぁぁぁぁ…………」

 日中の酒場で俺は肺の中の空気を全て出し切りながらテーブルに項垂れた。
 今更弓兵なんか募集してる物好きなパーティーなどいない。
 ソロで活動してもいいが、中級冒険者である俺がソロで活動できる依頼は少ない。

 冒険者協会が定めた冒険者等級。
 下級から始まり、中級上級を経て、特級に至る。
 中級冒険者は中堅層にして最も人口が多い。
 
 下級はソロで活動できず、中級は簡単な依頼ならソロで活動できる。が、大した金額にならないし俺の目的を果たすのに中級では無理だ。
 
 メンバーを集めようにも中級ごときが募集をかけたところでまともな人なんか集まらない。
 ましてや魔導士によって淘汰された弓兵ごときが。

「大丈夫?」

 萎れている俺に優しく声をかけてくれたのは行きつけの酒場『迷い猫亭』の看板娘であるニーナだ。
 翡翠色の髪は手入れされ、元気に働く姿は固定客が多い。ちなみに俺もその一人。

「大丈夫……って言いたいけどそうでもない」

「そこまでして冒険者でいる必要ってある?」

「必要はない。けどメリットはある。いろいろ考えた結果、冒険者が一番効率がいいんだ。憲兵団は自由が利かなくなるし、評議院はまともな奴は入れないしな」

 治安を維持する憲兵団や、国際的な平和を維持する評議院。
 どちらも目的の為に情報を得るには問題ないが、他の仕事が忙しすぎて自由に動けない。

「そっか……なら『レオーネ』に行ってみたら?」

 八十八カ国が加盟するヴェルト連合。
 加盟国の最高責任者が集う“カーディナル”で発言力や影響力が大きい常任理事国の一つ、冒険者協会本部がある『レオーネ』は軍事国家と言われている。
 冒険者ライセンスがあれば問題なく入国可能だが……

「何のために?」

「『レオーネ』の首都レグルスの十七番通りに何年も空き家のまま放置されている建物があるらしいんだけど、噂ではどこかに隠し通路があってその道は魔女のいる部屋に続いていて、魔女が悩みのある冒険者に助言してくれるんだって」

「胡散臭すぎ何だけど……」

「まー確かに怪しいっちゃ怪しいんだけど、ただの噂、都市伝説にしては現実味がある話なの。実際にその建物から女性が出てくるのを目撃してたりとか、冒険者協会の重役が建物に入ったまましばらく出てこなかったとか」

「それで、その魔女に逢うにはどうしたらいいんだ?」

「どうしたらって……だからレグルスの十七番通りに行って……」

「そうじゃなくて、その空き家に行った後。噂のままってことは簡単に隠し通路は見つからないんだろ?」

「あーそういうこと。その空き家の中に一冊の本があるんだけど、そこに悩みを書くの」

「……それだけ?」

「うん、それだけ。本は確かにあるんだけど、噂や都市伝説のままになっているのは悩みを書いても何も起こらなかったってのがほとんどだから。だから信憑性は低いかも」

 途轍もなく怪しい都市伝説。
 それでも簡単に縋る程度には俺は冒険者として追い詰められていたんだろう。
 

 次の日には『レオーネ』に向かっていた。


 
 ヴェルト連合最大の軍事国家『レオーネ』。
 軍事国家と言ってもそれほど殺伐としたところではない。
 ありとあらゆる分野で世界一へ駆け抜け、その中でも突出しているのが軍事というだけだ。

 そんな大国の首都は田舎出身の俺は何度足を運んでも慣れることは無いだろう。
 広いとは言っても限られた場所に人が集まる分、自然と建造物は上へと延び、大きな通りには圧巻を通り越して鬱陶しいほど人が賑わっている。

「うっ、吐きそう」

 目をやる度に人、人、人。
 息苦しいったらありゃしない。

「やっと着いたぁ……」
 
 おもに住宅街となっていて昼間は働きに出ている人が多いのか、十七番通りは他と比べて人気は少ない。
 俺はぐったりしながらも目的地に到着した。

 高層の建物が並ぶ中、その建物は珍しく平屋だった。
 赤い三角屋根と出窓がオシャレな雰囲気を出している。
 周りが住宅ということもあってここでカフェでも開けばそれなりの集客が見込めそうだが、本当に空き家だった。

 キィーっと金具の擦れる音が出るドアを開いて中を覗くと、人気のない空間が広がっていた。
 動くごとに埃が舞い上がるほど人が生活している感じがなく、中に入れば床からキシキシと音が鳴っている。
 だが、生活している感じはないが何もないわけじゃなかった。

 もともと設置されているキッチンや箱型の魔法器――魔石灯の他に、時計や絵画、本棚と埃を被っていなければ生活感溢れる空間となっている。
 前の家主のものなのか、空き家になってからも放置されているのは気になる。

 俺は魔石灯から伸びる紐を引いた。
 魔力を有する“魔石”、魔力に反応して特別な効果を発揮する“反応石”。

 反応石を組み合わせて作られた魔法器は生活に欠かせない道具だ。 
 魔造所で魔石を分解して魔力を抽出し、街中に引かれた回路を通じて反応石を組み合わせた魔法器を起動させる。

 魔造所から魔力を引いてくる必要があるので設置型の魔法器しかなかったが、最近では携帯型の魔法器も出てきた。
 長持ちしないので普及には至っていないが。

 魔石灯の場合、スイッチを入れると魔造所から供給された魔力が流れて中の反応石が光る仕様だ。

 日中ということもあって部屋の中はそれなりに明るかったが、魔石灯を点けることで部屋の隅まで見えるようになった。

 さらっと見回した感じ、隠し通路はなさそうだ。
 そして本当に部屋の真ん中にある机の上に本とペンが置いてあった。
 
 本の中身は白紙のページが続き、ペンとインク壷は使った形跡がある。

「カバーに刻印……ってことはこの本は宝具の類か……」

 宝具はアネクメネに存在する特殊な能力を持った道具だ。
 反応石を使った魔法器とは違い、原理や構造、素材、作成者など一切分かっていない産物だ。
 宝具と契約すれば使用者と宝具に契約の刻印が刻まれ、契約を破棄するか使用者が死なない限り他者が勝手に扱うことが出来ない。

 本型の宝具なら、そんなものがこんな場所にある理由は一つ。
 ニーナの話ならこれが魔女の所へと誘うカギになっているはず。
 この白紙のページに何かを書くことで、状況が変わると考えるしか今の俺にはできない。

 合言葉、ページ指定、筆記体。
 もしそんなものでやり取りしているのなら、絶対に分からない。

 ニーナの話なら魔女は相談を選別してる。
 金か、内容か、それとも気まぐれか。
 
 まーどれにしろ、俺の知りたいことも悩みの種も一つだけ。

 俺は白紙のページに書き入れて何か起こるのを待った。
 待つこと数分、ガチャリと鍵の音がした。
 それはたった一つの出入り口から聞こえた気がした俺は鍵をかけられたと思いすぐに確認した。

 中からは内開きとなる扉を開けると、

「お迎えに上がりました。どうぞこちらへ」

 外の景色が広がるはずが、俺の視界には貴族の屋敷のような優雅な廊下に繋がっていて、俺を待っていたかのように一人の少女が手招いている。


 丁寧な言葉と振舞をしているが、品格よりも活気を感じる燕尾服を着た少女が奥の方へ歩いて行き、俺は緊張感や警戒心で喉が渇くのを我慢して少女の後を追った――――。
 
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