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第一部
スー=スレイプニル(幼女エルフ:9)
しおりを挟む時は少しさかのぼり・・・。
オオカミに咥えられたスーは、自分の左手を、右手の氷で殴りつけていたが、やがて薬の効果で眠りについてしまった。
スーは涙と鼻水で、顔がベトベトのまま、死んだように動かなくなった。「眠ってやっと、大人しくなったか・・・」と、紫オオカミが思ったかどうか? は定かでないが、そこから走る速度がグンと上がったのは確かだった。
オオカミはなんの迷いもなく、薄暗い森の中を進んでいく。ザザザザッ、ザザザザッ、ザザザザッと一定のリズムで草をかき分けていく。
やがて光が漏れ、それが辺りを照らし出すと、オオカミは光に包まれた場所まで走り抜けた。
「アォーーン」
オオカミは、スーを降ろして、一声、吠え、「ボシュッ」という音と共に、ケムリとなって消えた。森の外まで連れ出されたスーは、そこに一人、放り出された。
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スー=スレイプニル(幼女エルフ:9)
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次にスーが目を覚ましたのは、お日様が一番高いところを通り過ぎた頃だった。「うっ!」目を開いたスーの目に、ものすごい光が、刺すように飛び込んできた。
ずっと森で暮らしてきたスーにとって、平野の昼の日差しは眩しすぎた。それに、秋になり肌寒くなってきた森の中と比べると、随分と暖かかった。逃げる時にフリイが巻いてくれた、もはやボロ布と呼べてしまうマントを羽織っているので、むしろ暑いくらいだった。
(てか・・・マントが、こんなになるまで戦って・・・。マントがこんなになっても、ボクのこと、心配して・・・フリイはどんだけ、お人好しなの!)
スーは、また怒った。怒らないと泣いてしまいそうだったから。
光に目が少し慣れると、スーは目をこすり(泣いていた訳じゃない、と自分に言い聞かせて)森の中を目指した。だが、何度、スレイプニルに戻ろうとしても、すぐに入り口に戻された。何度も何度も戻された。
夕暮れになり、スーは、初めて一息入れて、改めて森の外の景色を眺めてみた。目の前には広大な小麦の野原があった。小麦が黄金に色づき、ファサファサと揺れていた。夕焼けに染まったそれは、とてもとても綺麗だった。
(森の中で、本で見たのとは、違う)
少し興奮して、息を吸い込んだことで、逆にスーは落ち着いた。スーは、フリイが導きのネックレスを持っていたことを思い出した。きっとフリイは、ミドにぃとおねぇとタクローを連れて、申し訳なさそうな顔をしながらも、ここに来てくれる。
スーは景色を眺め「本の中と現実は違う」ということを噛みしめながら、みんなを待つことにした。
ーーーーーー
スーの生活能力は皆無に近かった。4人の門番から(当人達はそのつもりはなかったが)甘やかされ過ぎていた。スー自身も「おねぇに料理を習って、フリイにそれを食べさせる」・・・という計画を練っていたが、遅々としてそれは進んでいなかった。
「どこでも、ご飯が食べられる」環境にいたスーは「料理を作る」ということに「興味」も「緊急性」もあまり感じていなかった。スーはこの頃から、興味のないことを覚えるのは苦手だった。
そんなわけでスーは、融点ギリギリの氷を、魔法で創り出しては舐め、食べられる野草を食んで、森の入り口近くで、景色を眺めて過ごした。食べられる野草の知識はミドウとの散歩で教えてもらったことだった。
「いろいろ、教えてもらってて、よかった・・・でも、火を使えないと、不便・・・」
その日の夜、スーが改めて「自分のできること」と「自分にできないこと」を考えていると、森の中からメラメラ、パチパチと音がした。
やがてそれは、ゴウゴウと燃えさかり始め、夜空を赤に染めた。
呆然とするスーをよそに、その炎は、朝になって雨が降り始めるまで、消えることはなかった。スーは氷のキューブを壁に、氷の板を屋根にして雨をしのいだ。
昼過ぎには雨が上がったので、スーは氷の階段を作って、森を上から見渡してみた。焼けずに残った世界樹を中心に、つまりはスレイプニルを中心にして、森はドーナツ状に6割方、焼け焦げて、炭になっていた。
みんなの無事が気になったスーは、再び森へ入ろうと試みたが、やはり入ることはできなかった。「森の上をできるだけ進んでみよう」と思いつき、氷の階段の上を進んでいったスーだったが、いつの間にか森の外へ向かって、階段を作っている自分がいるのに気づいた。
「できることが増えた」つもりだったが、スーはこの時、途方もない無力感に襲われた。
それからのスーは雨風も気にせず、ほとんど食事も摂らず、フリイのボロ布にくるまったまま、森を背にして、座って過ごした。あんなに綺麗だと思った、目の前にある小麦の草原も、まるで目に入っていなかった。
勇者聖女捜索隊の兵士達がそこにたどりついたのは、その3日後のことだった。
ーーーーーー
「これが、聖女様?」
兵士の一人がそう呟いてしまうくらいに、スーは薄汚れてうつろな目をしていた。
「だが預言のとおりだ。・・・というより、こんな状態の子をどちらにせよ、放ってはおけんだろ」
兵士長の判断で、スーはそのまま保護された。兵達は「森の調査隊」と「スーを王都まで護衛する部隊」に分けられ、それぞれの職務に取りかかった。
森の調査隊は、スレイプニル出身の女エルフを先導に、森へ入っていった。護衛部隊は、物言わぬエルフの幼女を馬に乗せ、とにかく近くの街をめざした。
この時、スーに意識があれば、導きのネックレスを持った妙齢の女性エルフの存在と、中に入っていく兵士達の姿が見えたのだろうが、心身ともに衰弱しきった彼女には、まるで何も見えていなかった。
こうしてスーは、名も知らぬエルフが森へ入っていくのと入れ違いに、森の外の世界へと出て行くことになった。
ーーーーーー
それから2週間ほどかけて、スーは王都へ移動させられた。スーは、運ばれるがままだった。ほとんど何も口にしなかったので、隊長は試行錯誤することになった。優しい言葉をかけたり、おいしいニオイのするものを用意したり、話しかける担当を変えてみたり・・・。
隊長にとって意外なことに、一人の口の悪い、女兵士の言葉にだけ、スーは従った。その口調がフリイに少し似ていたのだ。「ほら、食わねぇと、死ぬぞ!」ぶっきらぼうなその言葉に従って、スーは出されたものを手に取って食べた。隊長は一安堵した。
王都に着くとスーは聖女テストを受けた。・・・といっても大したテストではなく、試しの石版に手を乗せるだけだ。石版は勇者か聖女が手で触れると光を放つ。
スーが(口の悪い女兵士に言われるままに)石版に手を当てると、それは当たり前のように、まばゆい光を放った。感嘆や賞賛のため息が聞こえる中、スーは別室へと連れられて、自分の役割を聞かされた。
すなわち魔王討伐のメンバーに選ばれた、と。だが、スーには何の実感も沸いてこなかった。頭にあったのは「だったら、何?」この一言だった。
ーーーーーー
スーはセントルム郊外の庭付き一軒家で他の勇者、聖女の発見を待つこととなった。「聖女」だとわかった今、スーの取り扱いは慎重かつ、厳重なものだった。
家の周りには女兵士が5~6人配備され、給仕係もつけられた。軽い軟禁状態で、スーの行動は監視されていた。外出制限まではされておらず、スーが出かける際には兵士が付いていく手はずになっていたが、当のスー自身は、どこへ行くでもなく、日の当たる場所でウトウトと寝て過ごした。
真っ白だった肌は少し日に焼けたが、それに反して体力は落ちた。南にも東にも北にも西にも、スーの行く場所はなかったのだ。
そんな状態のスーに、森の調査隊からは、さらに残酷な情報がもたらされた。
「集落は焼け落ち、誰もいませんでした。おそらくは全滅です」と。
スーはさらに内向的になった。スーは毎朝起きて「生存者は、発見された?」とだけ聞くカラクリ人形のようになった。その度に、お付きの兵士は、哀しそうに首をふるのだった。
ーーーーーー
秋が過ぎ、冬を越え、春がとても近くまで、やって来た頃、スーは「他の勇者や聖女が全員見つかった」と、聞かされた。無気力なまま、言われるがまま、スーは、他のメンバーに会う謁見へと向かった。
王座の間で、他の3人と共に、大臣らしき人物の、説明を聞かされたが、スーの耳には半分も入ってこなかった。入ってきた内容も、事前に聞かされていたとおりで、スーは立ったままウトウトと眠りかけた。
「ポチタロウ殿、聞こえておられますか?」
「へ・・・?」
突然、説明が中断され、スーは「ビクッ」となって、目を覚ました。「ポチタロウ」と呼ばれた獣人の少年は、辺りをキョロキョロと見渡していた。この少年も寝ていたのだろうか? それにしては様子が変だった。まるで「今、自分がいる場所すら、わかっていない」ようだった。
その後も、ポチタロウはぶつぶつ呟いたり、急に質問してみたり、一人変なタイミングでうなづいてみたりと、説明の間中、悪目立ちした。少年が何かする度に、耳や尻尾がくるくる動き、獣人を初めて見るスーは少し興味を惹かれた。
スーが「何かに興味をもった」のは久々のことだった。
ーーーーーー
大臣らしき人物の説明を聞き終え、スーは渡り廊下で、大精霊を宿す儀式の準備ができるのを待っていた。預言によると四大精霊の力がないと、魔王は倒せないのだという。スーにとってはどうでもいいことだったが。
「みんな、さっきはゴメンね。ちょっと混乱しちゃって・・・。僕はポチタロウ? だよ。・・・よろしくね」
渡り廊下で、4人並んで待っていると、ポチタロウがみんなに自己紹介を始めた。さっきの狼狽ぶりと比べると、思ったよりは、しっかりしていそうだった。若干、自分の名前が疑問形になっていた気はしたが・・・。
ポチタロウは自己紹介を終えると、順にみんなに握手していった。自分の番が来ると、スーは身構えた。同年代と、うまくいった試しがなかったスーは「同年代コンプレックス」を抱えていた。未だに同年代が苦手だった。
手を掴まれたスーは、ビクッとしたが、その手は優しく、ポチタロウは、ニッコリと微笑んでいた。何より、耳が垂れ、尻尾がゆっくりと左右に振られているのを見て、彼に悪感情はないのだと、スーは理解した。
「ワフルは、ワフルでドワーフだゾ。よろしくナ」
そう言った自分と同じくらいの身長の短髪少女も、みんなに握手をしていった。スーにニカッと、いい笑顔を見せた。
「サファです。ヒューム(人間)です。よろしくお願いします」
ほんの少しだけ背の高い、ふわ髪少女は、丁寧な口調でそう言うと、おじぎをした。そしてやはり同じように、みんなに握手をしていった。
「スー。・・・よろしく」
あまり、よろしくする気もないまま、スーはそう言った。みんなが何かしら期待するような目でこっちを見てきた。きっと、自分にも握手をしていくことが求められているのだろう・・・。
4人の門番達との暮らしで、少しは協調性を身につけたスーではあったが、今はそれをしたくなかった。心がまだ、どこか遠いところにあった。
スーの視界の隅で、パタパタふられていた、ポチタロウの尻尾が、シュンとなった。下向きに垂れて元気がなくなった。きっとこの少年の心情をそのまま現しているんだろう。
(わかりやすっ!)
スーは思わず、心の中でそうツッコんだ。そして少しだけ吹き出した。笑ったのも、半年ぶりくらいのことだった。スーはちょっとだけ、気が抜けた感じになった。
ポチタロウのせいで、握手をしていく流れができて、ポチタロウのせいで笑わされて、何か悔しく思いながらも、スーはみんなにそっと、握手をしていった。ポチタロウの顔は、尻尾と同じくらいに嬉しそうだった。
「よろしくね、スー!」
「・・・よ、よろしく」
つられて笑っている自分に、スーは気づいていなかった。止まっていたスーの時間が再び動き出した瞬間だった。
ーーーーーー
ー おまけ ー
「二人とも、勇者くんの耳と尻尾については、何も言わないであげてね」
「ん? どうしてダ?」
「・・・?」
「獣人はね、耳と尻尾に、ものすごく感情が出ちゃうから、普段はそれを隠してるんだって。誠実さを示す時にだけ、特定の相手にそれを見せるって聞いたの」
「へぇーーーっ」
「あの勇者くんは、それを包み隠さずにやってるわけだから、すごく勇気がいると思うの・・・。あんまり『尻尾に出てるよ』みたいな言い方をしてあげると、よくないと思う」
「あーーっ、なるほど。わかったゾ」
「・・・それを、言われたら、尻尾が、さらに、シュンとしそう・・・」
「だナ! わふふっ♪」
ポチタロウが大精霊を宿される番が来て、彼が一人、席を外している間に、他の3人の間では、そんな会話がなされていた。
獣人のそのような特性や習性について、まるで知りもせず、耳と尻尾を丸出しで「みんなに感情が丸わかりだった」ことを、ポチタロウが知るのは、もっとずっと先のことである。
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