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第一部
スー=スレイプニル(幼女エルフ:6)
しおりを挟むー ヒュンヒュンヒュンヒュン! ー
静寂の闇を切り裂いて、突然、矢の雨がスレイプニル北門に降り注いだ。「うっ!」「ぐはぁ!」「うぁあ!」柵の上にいた何人かの衛兵が、ドサリと地面に落ちる。
「来たぞ、敵襲だーーーっ!!!」
衛兵頭のテグロムが叫び、一人の衛兵がカンカンと鐘を鳴らした。
満月がちょうど、空のてっぺんに登った頃、戦いが始まった。
■■■■■■
□□□□□□
スー=スレイプニル(幼女エルフ:6)
■■■■■■
□□□□□□
ー ヒュヒュヒュヒュッ・・・ヒュンヒュン ー
闇に紛れた敵影に向かって、衛兵達の反撃の矢が弧を描いた。だが、敵の勢いは一向に収まる気配がない。ドドドドドドドッと大群の押し寄せる音は止まない。
血色の悪い、オークやゴブリン達が、サクノソトへ土足で踏み入り、北の門と柵へ群がった。敵のネクロマンサーは、魔物の死体まで使役しているらしい。
「突撃ぃぃぃぃ!」
衛兵頭のかけ声と共に、サクノソトの小屋やテントに隠れていた衛兵達が槍や剣を携えて飛び出し、魔物達を追いかけた。
北の門の回りに住んでいた住民達はすでに南側へと避難が済んでいた。彼らの住居内にはひっそりと音を殺して、ヨモギでニオイを消した衛兵達が潜んでいたのだ。
「宣戦布告の手紙を送ってくる類の相手じゃ。おそらく真っ正面、北門からやって来るじゃろう・・・」
そのメリエムの予想は的中した。
伏兵と動きを合わせて、北の門も開かれた。そこから飛び出した新たな衛兵達が、柵に取り付いた魔物に一斉に槍を突きだしていく。前と後ろから挟撃する形になり、兵士達はゴブリンやオークを少しずつ減らしていった。戦況は好転したかに見えた。
ー ゴッ!!! ー
鈍い音と共に、衛兵達が何人か、吹っ飛んだ。同時に闇の中から、巨大な影がぬっと現れる。そいつは鎖のついた鉄球を、スリングショットでも振り回すように、軽々と回している。
単眼、一角、6mを超える巨体モンスター、サイクロプスだった。その充血した大きな目には生気がない。サイクロプスもまたネクロマンサーに使役されていた。
「あんなのまで、くるぅ!?」
北の門の守護についていたオネイロは、驚愕しながらも、そちらへ向かった。勇気を振り絞り、サイクロプスの鉄球や、手や、足を、氷の斧を振りかざしては凍らせて、足止めをして距離をとる。
「矢を放てぇーーー!」
そのタイミングで、衛兵頭のテグロムが号令をかけ、サイクロプスに矢が放たれた。だが、ほとんどの矢はその屈強な筋肉に阻まれた。何本か、突き刺さった矢もあったが、まるで意に介することなく、その一つ目の魔獣は進んでくる。
「ブモォォォォォーーーーーッ!!」
別の大きな影がまた闇の中から出現した。人の体に牛の頭、巨大な巻きヅノの、ミノタウロスだった。手には大きく禍々しい斧を携えている。猫背気味に前傾姿勢だったが、それでも4~5mはありそうに見える。肩幅が広く、大胸筋が張り裂けんばかりに、鍛え上げられているので、より一層大きく見え、すさまじい威圧感を放っている。
闇の中からは、さらに3m程の体格のオーガの群れが現れた。その後ろから、オーガロードも姿を現す。オーガロードは、身長こそ、先の2体の巨体モンスターに及ばなかったが、極限まで凝縮されたような、引き締まった体から放たれるオーラは、別格だった。
「進め、進めぃ! 甘く未熟な血のニオイがする! 我をそこまで連れていけぃ!」
オーガの群れとオーガロードを先導にして、アポストルは眷属のネクロマンサー2人を従えて、戦場を突き進んだ。彼は久々に嗅ぐ、子どもの血のニオイに興奮していた。アポストルは子どもの血が好物だった。
(可愛い女の子がいたら、何人かは、我の血を注いで、眷属にするのもいいやもしれん・・・何年か待てば、合法幼女・・・合法幼女とセックスできる・・・)
アポストルから血を注がれると、その者は眷属となり、そこで体の成長は止まる。眷属になっても、ある程度は自分の意志で動けたが、主の命令は絶対となる。アポストルは可愛い幼女をそのままの姿で留めるべく、先を急いだ。
(幼女は、生もの。鮮度が大事)
アポストルもまた、幼女が好きだった。
彼は子どもの血のニオイを感じてからは、戦略をまるで無視して、ただニオイの方へと進みだした。そのせいもあり、戦場は乱れに乱れた。
北の門で敵兵を足止めして、数を減らしていく手はずだった、衛兵頭とオネイロは、予期せぬ大型モンスター、サイクロプスの足止めに手一杯になった。
アポストルの「進め」という号令に、ネクロマンサー達が従い、ゴブリンやオーク達を引き連れて、主の命令どおりに進軍を開始した。
魔物とダークエルフの混成軍は、北の門の戦況を無視して、東西に別れ、ぐんぐん南下していった。
「てーーーーーーっ!!!」
西の門で、指揮をとっていたハリティ頭のメリエムと副頭のスザンヌは、魔物達へ矢を放った。だが魔物達は矢が刺さったままで進んでくる。痛みを感じない死体軍団の前になすすべがないように思われた。
「・・・!!! あやつらだ! あやつらを全力で狙え!!!!」
他と異質な存在感を放つ敵に気づいたメリエムが、衛兵達に指示を飛ばした。衛兵達は、すかさず指示のあった方向へ矢を放った。スザンヌも、自分が持てる最大最強の雷魔法を放つ。
ー ヒュンヒュンヒュンヒュン ー
ー ゴロゴロゴロ・・・・・ビガッ!!!・・・ドガシャーーーーーーン!!! ー
アポストルとダークエルフの眷属二人に、矢と魔法が降り注いだ。眷属の一人は、たまらず、もう一人の体を盾にして、それを防ぎ、アポストルはそのまま矢と魔法を受けて、ぶっ倒れた。
ー シューーーーーッ・・・ ー
焼け焦げたニオイが辺りに漂う。それと同時に、そこらじゅうにいたオーク達がドロドロに溶けていった。ミディアムレアに焼け焦げ、矢でハリネズミになった方のネクロマンサーが、使役していた魔物達だった。
「や、やったか?」
衛兵の一人が、余計なフラグを立ててしまった。
「我が名はアポストル! 夜の帝王ヴァンパイアなり! 我が体は無敵なるぞ!」
アポストルは、そう叫ぶと、倒れた時の逆再生のように起き上がった。刺さった矢も燃え尽きる。
「ヴァンパイア・・・ですって!?」
「伝令班!!! 全員に知らせよ!!! アポストルは! 敵の大将はヴァンパイアだ!」
伝説級の魔物の出現に場は騒然となった。あらかじめ伝達用に、編成されていた足の速いエルフ達は、それでも一斉に、駆けだして各所へそれを伝えに走りだした。
一撃離脱。西の陣で指揮をとったスザンヌとメリエムは南へと待避した。
ーーーーーー
タクローは、遊撃隊として育児室の警護をスザンヌにまかされていた。「ドーーン」という音がして、不穏な空気に包まれたこの場を、彼はなんとか和ませようとして迷走していた。
「今のは、幼女を祝福する福音でゴザルよ。ドーーンと祝福するぞ・・・みたいな・・・」
さすがに自分でも、無理があるかな? とタクローは思った。
「タクローしゃんが、こう言っててくださることでしゅし、みんな落ち着いていきましょー♪」
ハリティになったロザンヌがフォローを入れた。あいかわらずの舌っ足らずで10歳程度にしか見えない彼女だったが、子ども想いの、いいハリティになっていた。ロザンヌが赤子を抱きかかえても、妹や弟をあやす、少し年の離れたお姉ちゃんにしか見えなかったが。
「ロザンヌ殿・・・」
「タクローしゃん・・・」
「伝令ーーーー!!!」
ちょっといい雰囲気になりかけた、二人のところへ、伝令係のヨンクロウが駆けつけた。彼は特に短距離走に秀でていたので、タクロウ他、何人かから「ダッシュ=ヨンクロウ」と呼ばれていた。
「敵の総大将は、ヴァンパイアです!!! 繰り返します、敵の総大将は、ヴァンパイアです!!! 西からこちらをめざしてます! こちらをめざしてます! 」
「ヴァンパイアですと!?」
タクローは思案した。物語の中の彼らは、確か、鏡に映らず、ニンニクが嫌いで、光を浴びると灰になる・・・。
乳幼児もいるここで、全員でニンニクを食べる訳にもいかないし、今は手元にニンニクもない・・・。タクローは、残った方の弱点にかけることにした。
「みなさん、提案があるでゴザルが・・・」
彼は、育児室に残ってくれていたハリティ達に、作戦を説明した。
ーーーーーー
東の門では大剣を右肩に担いで、椅子に腰掛けたフリイが待ち構えていた。
ー ザッ、ザッ、ザッ、ザッ ー
やってくる敵の進軍音を聞いて、フリイはうんざりした。10人程度の足音なら聞き分けられる自信があったが、今のこれはその20倍以上はありそうだ。
「やれやれ。これは、骨が折れそうだ・・・奴らの骨もへし折ってやるかな」
フリイは立ち上がると、敵影に向かって吠え、そのまま突っ込んだ。
「うおおおおおおおおーーーーっ、らーーーーっ!!!」
ーーーーーー
「おっと。ここは通さねぇぜ?」
育児室から、すぐ近く。出産準備室に控えていたミドウは、やってきた魔物の群れの前に姿を現した。今、出産準備室にいる妊婦は、半分以上がミドウの子を孕んでいたので、彼はここに配置されたのだ。
「ギッギッギッ。ギギッ!」
ゴブリン達はよだれをたらして、歓喜していた。近くで妊婦のニオイがしたからだ。彼らは胎児を好んで食べた。頭蓋までも柔らかいそれを、妊婦の腹から引きずり出して、むしゃぶりつくのは、彼らにとって最高のごちそうだった。
「させないぜ!!!」
ゴブリン達と言葉が交わせたわけではなかったが、ミドウには、ゴブリン達がやろうとしていることは、なんとなく動きでわかった。もちろん、それをさせてやるつもりはない。
ミドウは双剣を手に取り、円の軌道で舞い踊った。「ギャッ」「グッ」「ゲギャッ」「ギー!」ミドウが回転する度に、ゴブリン達は、切り刻まれていったが、しぶとく死ななかった。痛みを感じていない様子の魔物達を見て、ミドウは容赦なく手、足を切り取っていった。
「だーるまさんが、こーろんだ♪」
ミドウはスーと遊んでる時のように、そう呟き、ビュンと血を飛ばして、双剣を鞘に収めた。
そこにはダルマ状になった、ゴブリン達が何体も転がっていた。
ーーーーーー
タクローは大量の武器を背負い、育児室の裏手を出て、世界樹の階段をめざしていた。
作戦を伝えたハリティ達は、歩けない幼子達を抱いて、先に世界樹を登り始めていた。歩けるようになっていた子達も、ヨチヨチと1段ずつ階段を上がっていた。都度ロザンヌ達がフォローを入れていく。
タクローは、階段の入り口に有刺鉄線でワナを仕掛けた。そこから100段程、上がる毎にワナを追加で設置していった。
「これでなんとか、時間をかせぐでゴザル・・・」
その頃、アポストルは子ども達の残り香に誘われて、育児室までたどりついていた。
ーーーーーー
「おーーーっら、よっ!!と」
フリイが一見、雑に見える動きで大剣の側面をぶち当てて、現れたゴブリン達を吹き飛ばしていく。ゴブリンの飛んだ先には、ダークエルフの弓兵達。ゴブリンと一緒に吹っ飛び倒れたダークエルフを、門番見習い達が、ヤリで、ゴブリンごと突き刺していった。
「フリイ様、そろそろ引きましょう!!!」
「ああ、そうするか!」
数が減ってきたところで、門番見習いの一人からそう進言があった。
西と東担当になった兵士は、ある程度、敵を削いだら早めに南に集結して、そこで敵兵を迎え撃つ算段になっていた。フリイが後退の号令を出そうとしたところに、満月を背にした大きな影が、ぬっと現れ、フリイの影を丸ごと覆い隠した。
彼女が振り返ると同時に、そいつは雄叫びをあげた。
「ブモブモ、ブモーーーーーーッ!!!」
それは、北から進軍してきたミノタウロスだった。その巨体で、名乗りをあげるように、斧を掲げていた。
「こいつは・・・」
「フリイ様!!!」
「お前らは引けっ!!! あたいもすぐ、追いつく! ・・・こいつを倒してな・・・」
「ですが!」
「こんなの、うちの可愛い娘のとこまで、通すわけには、いかねぇだろ? ほら、いけっ!」
フリイは不敵に笑った。
ーーーーーー
「よし。お前らはここまでだ。あの双剣使いを潰してこい」
子どものニオイに誘導され、世界樹の階段までたどりついたアポストルは、オーガロードとオーガを使役するネクロマンサーにそう告げた。オーガの団体に着いてこられては、階段が抜け落ちそうだったからだ。
ここに来る途中ミドウが魔物達を切り刻んでいるのをアポストルは見ていた。だがそのままスルーしてここまで来た。彼の頭の中の最優先事項は、幼女を眷属にすることだったからだ。それでも最強の駒を、あれに当てなければ戦況が瓦解する予感はあった。
上に登った子ども達を護衛している奴らが、どの程度の強さかはわからないが、それでもあの双剣使いほどではないだろう。オーガロード達が浮いた駒になった今、それをけしかけるなら、あの双剣使いだろう。
「行ってこい!」
「はっ!」
オーガ達を操っていたダークエルフは、命じられるまま、ミドウの元へと向かった。
ーーーーーー
「ミドにぃ、おねぇ、タクロー・・・フリイ」
南の門のサクノソト。フリイの家で、スーは、みんなの無事を祈る・・・のではなくて「自分にできること」を、ひたすら考えていた。
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