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日本編

訪ねて来た人に面識はありません

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 身分証をまずは返さないと。

「身分証をお返しします。」

 渡辺祥太郎さんに身分証を手渡した。
「確かにお返しして頂きました。」

 渡辺祥太郎さんが身分証を仕舞っている間に、コップに入れた麦茶とお煎餅をちゃぶ台の上に置いた。クーラーもない扇風機だけしかない部屋なので、窓は網戸のままで外の風が入るようにして、扇風機のスイッチを入れて、来客の方へ扇風機の風が当たるようにした。

「どうぞ、ちゃぶ台に麦茶とお煎餅ですが用意しました。座って下さい。」
「それでは、失礼します。」

 渡辺祥太郎さんが座ったので、私も、ちゃぶ台の反対側に座った。

「渡辺祥太郎さんと身分証にありましたが、私の親戚なのでしょうか?」
「厳密には違いますが、遠い親戚なのは間違いありません。私もつい最近まで外国にいたので、恭太郎さんが何年も前に亡くなっているとは知りませんでした。恭太郎さんの奥様も亡くなってしまっていて、帰国した私が恭太郎さんのお孫さんを探すのに、1月ほどかかってしまいました。」
「で、今になって私を捜す理由を知りたいのですが。」
「実は、海外赴任で日本に戻って来れない結衣子さんのご両親から、貴女を捜して欲しいと頼まれたのです。」
「産まれて物心がついてから、両親の話を祖父や祖母から聞いた事もありません。ましてや、親に一目でも会った事もないので、私の中では他人と一緒です。今更です。会いたくありません。」

 渡辺祥太郎さんは、頑なな態度の私に呆れることなく、仕方なさそうに、やれやれと言った表情で説明をしてくれた。

「何か誤解なさっているようが、ご両親は恭太郎さん宛に毎年手紙を送って、その返事で結衣子さんの成長を知っていたのですが、ここ5,6年、ご両親の手紙が行先不明で戻って来るし、恭太郎さんと一切の連絡を取れなくなってしまっていたのです。」
「だから、何なんですか。」
「ある日、恭太郎さんが、自分の仕事に嫌気をさしてしまいましてね、奥様と、たまたま遊びに来ていたお孫さんの結衣子さんを連れて、行方をくらましたのですよ。そのせいで、結衣子さんのご両親は仕事に追われ、恭太郎さん達を探し出した時には、「戻らない!!」と宣言して、勝手に引っ越してしまったのです。その証拠の手紙がこれです。読んでみて下さい。」

 渡辺祥太郎さんが古ぼけた手紙を渡してきたので、読んでみた。

『涼太郎、結衣さん、勝手に仕事を押し付けて、孫の結衣子まで連れて逃げたのは卑怯だったと思う。
 でも、そうでもしないと仕事から逃げられなかったし、結衣子を連れて行けば、お前達に仕事を押し付けても、
 私の手元に結衣子がいる限り、お前達が仕事を投げ出さないのでな。
 
 このまま日本で、のんびり過ごそうと思っている。結衣子は問題なく大きくなっているので、お前達が仕事から 逃げ出さない限り、結衣子の近況を教えてやろう。ただし、写真を送ったりはしないので、そちらからも写真を
 送らないで欲しい。お前達が居なくても、結衣子には問題ない。私達を両親だと思っている。

 約束を破ったり、結衣子や私達の居場所を突き止めようとしたら、何度でも引っ越すからな。
 私の代わりに仕事を頑張ってくれ。                          恭太郎より』


 育ててくれていた祖父がクズだった。いくらなんでも、私だって祖父や祖母を両親だとは思わない。私を人質にして、両親に仕事を押し付けて逃げてきたクズ。

 その祖父の言いなりで、私の話を殆ど聞いてくれなかった祖母。祖父が一番で私は邪魔だと時々、祖父に愚痴を零していた祖母の姿を何度も盗み見たから、あの人達には期待しない事にした。期待しなければ、絶望する事もない。

 周りからはいつでもどこでも親に捨てられた可哀想な子扱いだった。何度もクラスの人と仲良くなる前に転校したので、友達を作る事を諦めた私。貧乏で、必要な物を買ってもらえずに、誰かからの同情のお下がりを貰って過ごしていた。

 そう言えば、祖父や祖母は新しくてキレイな服を着ていたな。2人共、毎晩、お酒を飲む余裕があるなら、私の服を買ってくれって頼んだら、ご近所のお下がりで充分だって言われたしな。

 「貴女の心の声が聞こえました。酷い扱いを受けていたのですね。先週、25才になって、耳が生えてきてしまったと。貴女の目から零れて溢れている涙を拭いて下さい。」

 優しい言葉にこの25年間、鬱積していたモノが心から溢れ出た。渡辺祥太郎さんの前で、号泣してしまいました。

 暫く泣いて、少しだけスッキリしたら、猫耳の話をしてしまったのだと焦ってしまった!!どうしよう。
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