雲居の神子たち

紅城真琴

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魔導士との対決①

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女の手によって、髪や体に塗っていた白粉はきれいに拭き取られてしまった。

「真っ白だねえ」

着ていたものを脱がされた私を見て、女は感嘆の声を上げる。

そういえば、先ほど女につけられた傷はきれいに消えている。
瘡蓋どころか跡もない。
やはりこの女には不思議な力があるんだ。

「早速だけれど、神子様の命を少しだけ分けてもらうからね」

そういうと女は私の腕に刃物を当てた。

ザクッ。

痛いっ。

先ほどのようにナイフを滑らせるのとは違い、まっすぐ腕に突き立てられた。
激痛が全身を走り、傷口には火をつけられたような感覚。

イタイイタイ、痛い。

本当はのたうち回りたいのに体は動かない。
それでも痛覚は普段のままで、痛みに変わりはない。

ザクッ。

一旦ナイフを抜いた女が、もう一度ナイフを刺した。

あああぁー。
声が出るなら大絶叫していただろう。

まさに、地獄。
生き地獄ってこういうことを言うんだわ。

***

痛みに襲われもがき苦しむ私の腕から、幾筋もの血液が流れ落ちる。
そのしずくは床に落ちる前にガラスの容器へと入っていく。

「なんて美しいんだろうねえ」

ろうそくの光を反射して光輝く液体。
確かに自分のものとは思えないほど美しい。

「さあ、もういいだろう」

女がナイフを抜き傷口に手を当てる。
すると、

嘘。

先ほどまでの痛みが途端に消えた。
そればかりではなく、傷跡も傷口もわからないほど、元通りの腕に戻った。

――私は殺されるの?

初めて、女に向けて念を送った。

先ほど味わった痛みをこの先も与え続けられるくらいなら、いっそ命を奪われた方が楽かもしれない。でも、できることなら死にたくはない。
そんな思いをぶつけた。

「おとなしくさえしてくれていれば、殺しはしない。ただ、」

――ただ?

「私は魔の世界に生きる者だ。その私と共に生きることが、神子様にできればだがね」


それは・・・
神子として生きてきた私にはできない相談。
それは神様を裏切ることだから。
でも、そうすると、私は殺されてしまう。

***

ガタンッ。
突然部屋の外から大きな音がした。

「おや、神子様にお迎えが来たようだ」

え?

バンッ。
今度はドアをけ破る音。

そして現れたのは、須佐と尊と石見の三人。

「稲早、大丈夫か?」
須佐が駆けよってくれるけれど、私は声が出ない。

「しっかりしろ、すぐに助けるからな」
石見がそっと抱き上げてくれた。

「このまま黙って返すと思うのかい?」
意地悪い顔をする女。

「返してもらうさ」
尊の方が一歩女に近づいた。

多勢に無勢ではあるけれど、ここは女の家で、女は魔法を使う。
状況的には私たちが不利に思える。

「おや、あなた様は?」
尊の顔を見た女が、驚いた表情をした。

「俺の顔がわかるということは、おとなしく渡した方が身のためだってこともわかるな?」
さらに脅しをかける尊に、
「そうかい。若様のお気に入りとはね」
女は独り言のようにつぶやく。

女は尊を知っているらしい。
それも、若様と呼んだ。
尊、あなたは一体、

「若様のお気に入りとなればますます欲しくなるんだがねえ」

「そのためにおまえ自身が命を失ってもいいのか?」

「それは・・・イヤだね」

「じゃあ、諦めろ。またこいつに手を出せば、その時は俺が本気で相手をするぞ」

いいなと念を押し、尊が石見から私を奪い抱き上げる。

よかった、助かった。
そう思ったら、緊張の糸が切れて涙が出そうになった。

***

これで深山に帰られる。
元の生活に戻れる。
ホッとして尊の腕の中で目を閉じようとした時、

「やっぱりこのまま返すのは嫌だねえ」
女が剣とろうそくを両手に持って笑っている。

「何をする気だ?」
石見が声を上げ、須佐が身構える。

次の瞬間、ガラス瓶に入っていた私の血液が割れて飛び散り、霧となって部屋中に舞った。
そして女が何やら呪文を唱えろうそくの炎が霧となった血液に引火する。

ボッ。
一瞬にして部屋中が炎に包まれた。

「息を止めろ、吸い込むな、体の中が焼けるぞ」
尊の叫び声。

私は近くにあったシートをかけられ尊に抱きしめられた。

熱い。でも、我慢できない暑さではない。
それは火というよりも熱風のような感じ。
尊の言う通り、息を止めじっと炎が消えるのを待った。

数十秒後、部屋を覆っていた炎は消え、同時に女の姿も消えていた。

***

「逃げられたな」
悔しそうな石見。
「ああ」
尊は何か納得できない顔をしている。

「稲早、大丈夫か?」
駆け寄ってきた須佐。

「うん、平気」
あれ、声が出る。

女が消え、部屋の空気が焼き尽くされたことで、私の呪縛も消えたらしい。

待って、そうなると気になるのは白蓮のこと。
奴らは私が白蓮の偽物だと気づいていたし、もしかして・・・

「お願い、白蓮のところに連れて行って」
自分の状況も考えずに口にしていた。

「お前はバカか、その体で何ができるんだよ」
尊にはあっさり否定された。

「どうしても行くの」

言い切ってみたところで、尊に抱えられたままでは身動きできない。
わかってはいても、どうしても行きたい。

「お前の手当てが先だ」
やっぱり尊はきいてくれない。

でもね、私には策がある。

***

「須佐、八雲のことが気にならないの?」
「え、なんで八雲が?」

ほら反応した。
須佐が八雲と聞いて動かないはずがない。

「石見だって、白蓮が気にならないの?」
「それは・・・」

石見だって白蓮が気にならないはずがないものね。

「さっきの魔導士が、白蓮や八雲を襲っているかもしれないのよ。それでもいいの?」
「「それは・・・」」

「わかった。行けばいいんだろう」
とうとう尊が折れた。

ヨシッ。心の中でガッツポーズ。
でも、この時の私は移動手段までは考えてなかった。

「ただし、最速で稲早に負担が少ない移動方法をとるから、文句は言うなよ」
「もちろん」

最速の方法なら文句なんてない。

「須佐、石見、俺の体をつかめ」

は?
尊に抱えられ動けない私はポカンと口を開けた。

意味が分からないまま肩や腕をつかんだ二人。

「よし、目を閉じろ。そして、何があっても目を開けるな。絶対に動くな。いいな?」

「あ、ああ」
「わかった」

「稲早も、じっとしていろよ」
「うん」

返事をし、とりあえず目を閉じた。
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