雲居の神子たち

紅城真琴

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身代わり計画②

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***side石見


稲早を送って行き、木戸をくぐり入っていく姿を見て後悔の念に襲われた。

もちろん、白蓮に罪はない。
あいつも気の毒な子だ。
しかし、だからと言って、そのことが稲早を窮地に追いやっていい理由にはならない。
俺はなんて罪深いことをしたんだと、やっと気づいた。
尊との約束があるから今は見守ることしかできないとわかっているが、何もできないことがもどかしい。


「どうだ?」

通りの向こうの物陰で米問屋を見張っていると、尊に声をかけられた。

「まだ動きはない」
「そうか」
なぜか首をかしげる尊。

「何か気になるのか?」

「いや」
考え込んで、尊は眉間にしわを寄せた。

どことなくつかみどころのない男。
それが尊を表現するのにピッタリの言葉。
立ち居振る舞いや言葉の端々から煮気味出る威厳。
それは高貴な生まれ故のもの。

「お前はいったいどこの皇子様なんだ?」
かまをかけるつもりで聞いてみた。

どうせ正直には答えないだろうから、直球なくらいがちょうどいいだろう。

***

やはり尊は自分の素性を明かすことはしなかった。
不機嫌そうに俺をにらみ、

「殺すぞ」
冷たい声で言い放った。

きっとこれが仮面を外した尊。
冷酷で、強くて、怖い男。
それが本当の姿なんだろう。

「悪い、ちょっとした好奇心だ」

気にはなるが、聞いてしまえば気安く声をかけられなくなる気もする。
はぐらかされてよかったのかもしれない。
そんな思いでいると、

「なあ」
塀の向こうを眺めていた尊が、声をかけてきた。

「どうした?」

「静かすぎないか?」

へ?
そりゃあ夜だし、静かでもおかしくないだろう。

「みんな寝ているんじゃないのか?」

「そうか?それにしても、住居側が暗すぎる」

塀を越して漏れてくる光は、確かに暗い。
しかし、人を奪い取るように連れ込んだんだ。
煌々と明かりをつけてどんちゃん騒ぎでもないだろう。

「行ってみよう」
「はあ?」
間抜けな声を上げてしまった。

「様子がおかしい」

「・・・わかった」

異論もあるが、ここまで真剣な顔をした尊を止めることはできなかった。

***

「なあ、どうやって塀を超えるつもりだよ」

数時間前に稲早が入っていった裏木戸の前で、俺たちは立ち止まっていた。

これだけの家だ、戸締りは厳重だろうしこっそり入り込める隙があるとは思えない。
ましてや今夜は満月。明るい月明かりに照らされ、闇に偲ぶなんてことはできそうもない。

ガタンッ。
しばらく裏口の前に立っていると、扉の向こうから小さな物音がした。

え?

それを待っていたように、尊が木戸へと手をかける。

「嘘、だろ」

信じられないことに、音もなく木戸が開いた。

そんな馬鹿な。
稲早が入っていった後、確かに締められたのを俺は見は見ていた。
締め忘れなんてありえないし・・・

「行くぞ」

呆然と口を開けた俺は、何事もなかったように敷地の中へと入っていく尊の背中を見つめた。

こいつは本当に何者なんだ。
只者じゃないとは思ったが、俺の想像のはるか上を行っている。
俺はとんでもないやつを誘拐してしまったらしい。

「しっかりしろ、ボーッとするな」
状況整理がつかない俺に、尊の檄が飛ぶ。

ああ、そうだった。
今は稲早の心配をする方が先だな。

***

尊の言う通り、家の中は驚くくらい静かだった。

深夜のせいか店舗の方も静まり返り明かりも消えている。
使用人たちもすでに休んでいるんだろう。
しかし、気になるのは住居側も真っ暗なこと。
もう寝たんだろうと言われればそれまでだが、そのままスヤスヤと眠ったとは考えにくい。

おかしい、何かが変だ。

「静かすぎるな」
「そうだな」

俺の感じた不安は尊も感じていたらしい。

さあどうしようかと思っていると、尊が何やら小さな竹笛を口にした。

かすかな風の音にしか聞こえない竹笛の音。
俺には尊の行動の意図がわからない。
しかし、

ガサッ。
庭の茂みの揺れる音。

ガサガサッ。
それは一か所ではなく、俺たちの周りを囲むように前後左右から聞こえる。

囲まれた。
それが正直な感想。

「稲早の所在を確認しろ」
低い声で命令する尊。

ザワザワと再び茂みが動き、気配は消えていった。

俺は信じられない思いで、ただ尊を見つめるしかなかった。

***

ヒュー。
尊と2人庭にたたずむ俺の耳に、風の音が聞こえた。

それは意識しなければ聞き逃してしまうほど小さな音。
しかし、

「どうだった?」

尊はさも当然のように、空に向かって声をかける。

「すでにこちらに姿はありません」
茂みから聞こえる男性の声。

「今はどこにいる?」

「主とともに町はずれの別宅に向かったようです」

「わかった」
尊が返事をすると、俺たちの周囲を囲む気配が消えた。

はあー、俺は今一体何を見ているんだろうか?
きっと彼らは尊の従者。
それも一人や二人ではなかった。
こいつ、本当に何者なんだ。


「町はずれの別宅にいるらしい、行くぞ」
「ああ」

聞きたいことは山ほどあるが、どうせ聞いても答えてはくれないだろうから、今は素直に従うしかない。
とにかく稲早を救出することが最優先なんだ。

俺と尊は町はずれにあるという別宅へと駆けだした。

***

「ここだよな?」

駆け足で20分ほど走った町外れの別荘地帯。
久しぶりに全速力で走った。

一体いつどうやって稲早をつれ出したのか今となってはわからない。だが、目の前の屋敷には明かりがついていて誰かがいるのは確かだ。

周囲の家よりもひときわ大きい男の別邸。
高い塀で囲まれた屋敷の中から明かりが漏れている。

「ここで間違いないようだな」
悔しそうな尊。

まさかこんなところに連れてこられたとは思っていなかっただろうから、尊の計画が狂ったのだろう。
何か思案するようにキョロキョロと周りを見て時々高い壁を見上げている。

「で、どうするんだ?」

尊に頼るようで申し訳ないが、正直俺には何の策もない。
米問屋に監禁されていたのなら火事を起こしそのどさくさに紛れて稲早を連れ戻す計画だった。
多くの使用人が出入りする店舗なら火の不始末で火事が起きても不思議ではないし、そのために店の見取り図を手に入れていた。台所の焚口からでも出火したように見せかけようと準備も整えていた。
しかし、男の別荘となると話も違う。
人の出入りは限られるし、家の作りも全くわからない。どこに何があり誰がいるのかが分からなければ手も足も出ない。

「偵察を潜り込ませたから何かあれば連絡が来るだろう。しばらく様子を見よう」
落ち着いた風はしているが尊もいつもよりも苛立っている。

不安な気持ちは尽きないが、尊の言うように今突入するのは得策ではない。
もう少し様子を見よう。
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