雲居の神子たち

紅城真琴

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身代わり計画①

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「巻き込んでしまって、すまない」

街に入りもうすぐ目的の家が見えるようになったころ、石見が口にした。
歩みを止めるわけでなく、前を見たままつぶやかれた言葉。

「もう、いいんです」
私はためらうことなく返事をする。

誘拐されたのは運命。
でも、白蓮の身代わりとなると決めたのは私自身。

「どんなことをしても、助け出すから」
「はい」

今は、尊と石見を信じている。


尊が立てた計画。
それは、頃合いを見計らって火事を起こそうというもの。
住居の方は男一人が住んでいるとはいえ、渡り廊下でつながった店舗には多くの使用人がいるし、町の知名人であれば用心棒だっているかもしれない。
具体的にどのタイミングで、どんな風に火事を起こし私を助けるつもりなのかはわからないが、「お前が一人になったタイミングで火事を起こす。完全に火が回る前に必ず助けに入るから待っていてくれ」そう言われた。

不安がないわけではない。
それでも尊と石見を信じるしかない。

***

トントントン。
石見が3度裏木戸を叩いた。

しばらくして扉が開けられ、現れたのは若い男性。
白蓮を要求してきた男は50代と聞いていたからこの人は別人。
きっと身の回りの世話をする人たちもいるのだろう。
こんな様子で私が1人になるタイミングなんてあるのだろうかと不安になった。

「どうぞ」
青年は私が中に入るようにと促す。

石見は何も言わなかった。
どうやら石見がついてこれるのはここまでで、ここから先は私1人で行くしかないらしい。

チラリと石見を振り返り私は青年に続いて庭へと入って行く。

白蓮の家を出る時、尊は「必ず見守っているから、1人じゃないから安心しろ」と言ってくれた。
今は1人で心細いけれどその言葉を信じるしかない。

時々歩が遅くなる私を青年が何度か振り返りながら建物の方へと進んでいく。

「参りましょう、旦那様がお待ちです」
私のためらいを感じとって青年が声をかけた。

私は返事をすることもなくゆっくりと足を進めた。

***

そこは立派な住居だった。

深山の宿舎も何不自由ないところだけれど、こことは豪華さが違う。
店舗とは別に作られた住居と聞かされていたが、置かれている調度品も家具も全てがきらびやかで美しい。
決して華美なわけではないが、いかにもお金をかけた家。
これだけの財があるからこそ、白蓮を自分のものにしようなんて思うのかもしれない。


「どうぞ」

玄関には回らず、軒先から家に上がった。
こっそりと、人目には触れないように私を家に入れたいらしい。


「こちらでお待ちください。後ほど主人が参ります。もし御用がありますときは呼び鈴を鳴らしていただければ、すぐに参ります」
青年は一方的に説明をすると、返事も待たずに部屋を出て行った。

それまで一度も私を見ようとしなかった青年と、部屋を出る瞬間目が合った。
そこに映るのは驚愕と、恐怖と、哀れみ。

青年の目には私が化け物にでも映っているらしい。

***

通されたのは20畳はありそうな和室。

部屋に入ってきた廊下側の壁は一面の障子張りで、縁側からの月明かりが差し込んでいる。
部屋の中には大きな飾り棚があり、ガラスの食器や螺鈿の細工が並んでいる。
きっと、どれ一つとっても私には手の出ない高級品だろう。
ぼんやりと揺れるろうそくの炎を見ながら自分が夢の中にいる気になっていた。

温かく優しいオレンジの光。
そしてどこからか香るお香の匂い。

ダメ。
この香りは・・・危険。
そう思ったときには、体が動かなかった。

深山では秘薬や毒薬についても勉強する。
その中でも、身をもって体験するようにと何度か嗅いだ眠り香。
それと同じ香りが部屋の中を漂っている。

眠ってはダメ。
目を開けなくては・・・

しかし、充満していく眠り香にあらがうことはできない。

ゆっくりと目を閉じ、座っていた体が床へと崩れ落ちる。
私は自分の意識を手放してしまった。

***

「やっと寝たか、強情なお嬢さんだ」
意地悪く笑う男。

意識を手放したはずの私になぜかその男の声が聞こえた。

それに・・・
理由はわからないけれど、床に倒れこんでしまった私を覗き込む男の姿が、見える。
見えるのは男だけではなく、横になったまま動かない自分自身の姿も。

どういうことだろうか?
まるで、私の魂が体から抜け出たよう。
天井から人ごとのように見下ろす私がいる。

一瞬、これは夢だと自己完結しようとして、

「きれいな顔だ」

武骨な手で私の顔をなでる男を見て、夢ではないと気づいた。
気持ち悪いほど鮮明に、男の手の感覚が伝わってきた。

「この世には不思議な生き物がいるものだなぁ」

頬をなで、髪に指を通し、頬ずりまでしようとする男。

ううぅー。
叫んでも声にならないとわかりながら、私は身もだえした。

逃げたい、けれど逃げられない。
魂はここにあるけれど、肉体は意識を失い男の腕の中にあるのだから。

***

「旦那様、用意が整いました」
どのくらい時間がたったときだろう、廊下から青年の声がした。

私を抱きかかえ、物珍しそうに見つめていた男が私を下ろす。

「かまわん、入って支度をしてくれ」

「「はい」」
複数の声。

同時に障子が開き、数人の若者が部屋へと入ってきた。

「手荒なことはするな、この子は神の化身だ。うかつなことをすれば、祟られるぞ」

脅すように言った男性の言葉に、若者たちが顔を見合わせる。
私は鬼か化け物とでも思われていることだろう。

「さあ、始めてくれ」
男の指示で、若者たちが動き出す。

持ってきた厚めの布で私の体を包み、その上から紐をかけて動きを封じる。
さらに大きな袋に体ごと入れると、2人がかりで担ぎ上げてしまった。

「裏口にはこいつの仲間がいるかもしれないから、荷物を運ぶように店から出してくれ」
「はい」

確かに、袋に入れられたまま店先から運び出されたんじゃわからない。
これはまずい展開。
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